2021/2/15

なぜサイバーエージェントは、企業研修に「ボードゲーム」を導入したか

NewsPicks Brand Design / Senior Editor
つまらない、実務に結びつかない、義務感しかない──「社員のために」と、せっかく用意された企業研修やセミナーには、こうした本音が見え隠れする。

さらにコロナ禍で、人材育成の難易度は一段と高まっている。リモートワーク化で、OJTなどの従来のシステムが機能しなくなってしまった、と頭を抱える人事担当者も多いだろう。

そんななか、ユニークな研修を導入しているのがサイバーエージェントだ。オフィス/リモートのハイブリッドな働き方を行う同社のインターネット広告部門では、研修で経営視点を身につけるビジネスゲームMarketing Town(マーケティングタウン)を活用している。

いったいボードゲームで、どのような研修が行われるのか。導入の背景、そしてその効果とは。マーケティングタウンを開発したNEXERA代表取締役社長の⾶⽥恭兵氏を交え、インターネット広告事業本部統括の⽻⽚⼀⼈氏に話を伺った。

「ボードゲーム」で経営を学ぶ企業研修

──サイバーエージェントでは「人材の成長=企業の成長」というカルチャーを掲げ、人材育成に力を入れていると聞きます。社員には、どんなスキルや資質を求めているのでしょうか。
⽻⽚ 全社的な採用基準は「素直でいいやつ」です。
 加えて僕の管轄している部門としては、PL(損益計算書)の見方を理解していて、少しでも経営視点を持てる人材を育成したいというニーズがありました。
⽻⽚ というのも広告部門は、お客様から予算をお預かりして、メディアの広告施策の企画から運用までを行う。そのなかで、お客様の売上責任を一緒に追いかけることになります。
 その際にお客様はもちろん、自分たちのビジネスモデルを理解しているか否かで、アウトプットに大きな差が出る。
 だから、PLを読み解けるかは重要なのですが、現場のメンバーにとっては縁遠く、経験も知識も足りない領域なんです。
飛田 メンバーレベルでは、なかなかPLを見る機会がありませんからね。
⽻⽚ そうなんです。僕自身は、新卒2年目で子会社の社長に抜擢され、かなり早い段階で経営者の立場になりました。
 だからこそ、本当の意味でPLの見方を理解するには、実際にやるしかない。そして、若いうちから経営者として経験を積むべきだという実感があります。
⽻⽚ でも、実際に子会社の社長を任される社員は、サイバーエージェントでもごく少数。
 さらに、インターネット広告事業は約2,700億円規模と、メディア事業とゲーム事業を加えたメイン事業3つの中でも最大です。
 この事業規模になると、お取引先も大きいので、若手にいきなり丸ごと全部は任せにくい。規模に比例して、業界や会社全体の構造を理解し、自分の仕事を俯瞰する難易度も上がっていきます。
 僕が会社に経験させてもらったように、何か若いうちから経営視点を養える研修プログラムがあれば、と思いました。
 でも、そもそも僕は座学が嫌いで、「習うより慣れろ。実際やったほうが早い」のタイプ。何か良い方法はないかと考えていたときに、たまたまTwitterでマーケティングタウンを見つけたんです。
⽻⽚ 実際に、次世代リーダー候補者とゲームをプレイしてみると、まさに疑似的に経営ができるというか、経営の基本を体感できました
飛田 ありがとうございます。研修を外部に任せる企業が多いなか、サイバーエージェントは、人材育成を内製化されていることで有名です。ご連絡をいただいたときは驚きましたね。

「経営の疑似“経験”」で意思決定の場数を踏む

──マーケティングタウンでの研修は、どんな流れなのですか?
飛田 研修では、講義とゲームを繰り返しながら学習します。
 マーケティングのフレームワークである4Pや3Cはもちろん、PLとBS(貸借対照表)、CS(キャッシュフロー計算書)という財務3表をゲームと紐づけながら解説します。そこで得た知識をゲームで実践していただく。
 さらにゲーム後には、「プレイ中のアクションが、自社で言えばどんな意思決定にあたるか」を、実際の現場に置き換えて解説させてもらいます。これが基本の流れです。
 これによりマーケティングや財務、経営戦略をつなげ、全体最適を考える「経営視点」を養います。
飛田 導入企業さまにフィットしやすいように、講義やゲームルールをアレンジすることもあるのですが、サイバーエージェントの研修で印象的だったのは、資金調達ルールの変更です。
飛田 通常は「前年の売上高の2分の1を与信として借入可能」としているのですが、メンバーの勘どころの良さを見極めるという狙いから、「事業計画書を書き、その計画の精度で融資金額を決定する」という特別ルールを設けました。
 研修を“育成の場”としてだけでなく、社員の“力を試す場”、そしてマネージャーが“資質を見極める場”と、3つの狙いで活用されるのは、サイバーエージェントならではでしたね。
──大胆なルール変更ですね。事業計画書のフォーマットもゲーム用に用意したのですか?
⽻⽚ それはお断りしたんですよ。フォーマットがあると「これに沿って書けばいいんだ」と思考停止してしまう。
 エレベーターピッチが典型的ですが、思考を整理し、シンプルに伝えるのは、経営における必須スキル。それを伝えたくて、独自ルールを取り入れさせてもらいました。
飛田 僕らにはないリアルな発想でした。
⽻⽚ 自戒を込めて言いますが、すぐに経営がうまくいくわけではありませんからね(笑)。
 資本金3,000万円なんて、家賃や人件費であっという間に使い果たす。僕も初めて社長に就いてすぐ、CFOに「あと3,000万増資してください」ってお願いしなければならなくなりました。
 僕にとって、この経験がかなり大きかったんですよ。子会社だろうと若手だろうと、「その戦略なら、せいぜい増資は1,000万円かな」と、事業計画書でシビアに判断された。
⽻⽚ はじめから精度の高い事業計画を立てて、多くの資金を調達できた会社ほどスケールする。研修メンバーにもそういった戦略を期待していたのですが……残念ながら、最中は誰も気づいてくれませんでしたね。
飛田 そこまでできたら、すでに経営者候補ですね。
 そういえば、1期目が終わったところで、お一人だけ事業計画書を提出して、満額調達されていましたね。
⽻⽚ そうそう、彼はもともと筋がいいなと思っていた子なんです。マーケティングタウンで、予想どおり素質を持っていることが証明されたと感じましたね。
──研修を受講した方々の反応はいかがでしたか。
⽻⽚ 「こうすればよかった」とか「あの一手はズルかった!」と講評し合って、研修らしからぬ盛り上がりでした。研修後の飲み会まで有意義になったのは初めてです(笑)。
 見ていて意外だったのは、みんな広告代理店なのに、広告のアクションに投資しないこと。広告投資が回収できるのか不安だったようです。
 でも結果として、クライアントの方々が我々に予算を投じてくださるありがたみを実感できたようです。
⽻⽚ マーケティングタウンでの研修が期待を超えてフィットしたので、その後3回リピートしています。
 ビジネス用語すらおぼつかない新入社員を対象に実施したときは、経営層や事業責任者との“共通言語”を持てたと感じられたのが良かったですね。
 ゼロからでも、マーケティングタウンでの疑似的経営体験を通じて、経営の基本要素を網羅できるんです。
飛田 僕らはそれを「疑似“経験”」と呼んでいます。単なる体験ではなく、本当に経営の意思決定を行うかのような経験を積める。そんな感覚を目指して、研修プログラムを開発しました。

ビジネスの本番で失敗しないための“バッティングセンター”

──そもそも「ボードゲームで人材開発をする」という発想がユニークですよね。
飛田 僕自身、ビジネスゲームで経営やマーケティングに対する見方がガラリと変わったというのが、原体験にあるんです。
 もともと、大学で経営やマーケティングについて学んでいて、企業の経営者育成研修に使われているビジネスゲームを教授から教えてもらいました。
 それを初めてプレイしてみたとき、それまで学んできた知識の点と点がつながって、「なるほど、会社ってこういう仕組みなんだ」と実感できたんです。
飛田 ただ、40年ほど前に開発されたゲームなのもあって、基本的に「モノを作れば売れる」時代の考え方なんです。
 これはこれで良い部分もあるのですが、もっと現代的な、マーケティングを中心とする考え方を学べるゲームがあればいいなと考えたのが開発のきっかけです。
 それに、ビジネスの現場って、戦略や理論を学んでから実践するまでが急すぎると思いませんか?「勉強して、練習なしにすぐに本番」みたいな。
 野球でいうバッティングセンターみたいに、もっとOJTとOFF JT(※業務から離れたセミナーや研修)の橋渡しとなり、ビジネスの本番でベストなパフォーマンスが発揮できるような研修方法が必要だと思ったんです。
⽻⽚ そういう意味では、マーケティングタウンはリアリティがあって、経営やマーケティングの重要なポイントをしっかり押さえている印象ですね。
 子会社の社長を務めていた時代、一番怖かったのは「資金がなくなっていくこと」だったんです。最初は資金を何に使っていいのかわからなかった。
 だから、マーケティングタウンを受講する社員がみんな「出店」や「販売」といった身近なアクションで小さくお金を使いたくなる心理もよくわかる。
「もっと圧倒的に勝てる戦略があるのに」と思いながら、見守っていました(笑)。
──経験するほど意思決定の精度が上がっていくんでしょうね。「失敗は成功の母」とは言いますが、実際のビジネスではそうはいかない現実があります。
⽻⽚ そこが「経営視点をボードゲームで学ぶ」というコンセプトの素晴らしさですよね。何度でも失敗できる。実際にやってみて学べるのが、うちのカルチャーにぴったりでした。

オンライン研修でも“熱量”を共有するには

──コロナ禍で、リアルの場に集まる難易度も高くなってきました。研修方法も変わってきたのでしょうか。
⽻⽚ 10名以上参加するものは、基本的にオンラインにシフトしました。
 1回目の緊急事態宣言で、僕らはフルリモートではなく、オフィス出勤を併用する働き方でいこうと決めたんです。
 サイバーエージェントはネットカンパニーですが、実際に会って熱量を共有するのが、僕らの競争優位の源泉になっている。
 だから、事業はオフラインのコミュニケーションを重要視しつつ、研修はオンラインで効率化。オンライン・オフラインの良さを生かして適宜使い分けています。
──多くの企業がオンライン研修を行っていますが、反応が見えにくいので、「伝わっているか不安」といった声も聞かれます。
⽻⽚ こんな時代だからこそ、研修をきちんと機能させて熱量も共有できたら、もっと強い会社になれる。研修には、かなり気合を入れて取り組んでいますよ。
 そういう意味では、マーケティングタウンのオンライン版は、良い研修材料になりました。
飛田 ありがとうございます。僕らもいろいろと研究しまして、オンライン版として「マーケティングタウン ザ チーム」を開発しました。
 最初はそのままオンラインに移植したのですがプレイヤーが主体的になれず、どうもおもしろさが生まれない。
 オンライン版には、リアルの場以上に、熱量の高いコミュニケーションを発生させる仕組みが必要だと気づいたんです。
 そこで、思いきって、5人で一つの会社を経営するチーム制にしました。
 すると、参加者がみな当事者意識を持てるようになったんです。いかに自分の戦略を他のメンバーに伝えるかがカギになるので、「自分だけカメラをオフにしておく」なんて考えられない熱量が生まれます。
⽻⽚ オフラインとはまた異なる経営視点へのアプローチでしたね。
 つまりオフライン版は、0から100まで自分1人で考え抜かなければならない。「経営者は孤独」とよくいわれますが、だからこそ意思決定力が鍛えられるし、難易度も高い
 一方でチーム戦のオンライン版は、事業責任者としてアセットをすべて使って成立させればいい。メンバーそれぞれの専門分野を生かしながら、何を任せるかを決める。そのジャッジもメンバーと相談できます。
 現実的な企業の課題として、僕らは事業責任者を任せられるような社員を増やしていきたい。オンライン版は、まさにそのニーズと合致しています。
 一方で、次世代リーダーも育てていかなければならない。どちらも大切なんです。

人材育成は事業部がコミットしなければうまくいかない

──こうしてお話を伺うと、人事部ではなく、事業部サイドが主体的に研修に取り組んでいらっしゃるんですね。
⽻⽚ やはり、育成は事業部がコミットしなければうまくいきません。実際に事業をやっている人でなければ、なかなか育成すべき能力を定義できませんから。
飛田 おっしゃる通りです。当社でも研修を設計する際、なるべく事業部の責任者の方を打ち合わせの場にアサインしてもらうようお願いしています。
飛田 現場ではどんな人材を必要としているのか、どんな能力を身につけてもらいたいのか。実際に聞いてみなければ、“生きた研修”にはなりません。
 そのために、マーケティングタウン自体もさらにブラッシュアップしていくつもりです。
 もっと技術や政治、経済状況など、実際に起こりうる要因を組み込んで、よりリアルでハイレベルな経営の疑似経験が積めるようにしていきたいですね。