2021/2/18

酒井高徳「日本サッカーは世界のサッカーと全く違う」

株式会社マックプランニング
「Jリーグのサッカーは世界のサッカーとは違う種目」そう言ったのは、昨年に引退を発表した内田篤人だった。世界を知る男の言葉を我々はどれだけ真剣に受け取ったのか。
 もう一人、同じサイドバックで世界と戦ってきたのが酒井高徳だ。19歳でブンデスリーガへ渡り計8シーズン、主将も務めた。一昨年にヴィッセル神戸へ戻りクラブ史上初の天皇杯制覇やアジアチャンピオンズリーグ出場に貢献しているサイドバックへの独占インタビュー。
 30歳を迎え感じる、「日本サッカー界の現在地」そして「アスリートとしての価値」について語る。全2回。
酒井高徳(さかい・ごうとく)1991年生まれ。Jリーグ・ヴィッセル神戸所属。ポジションは左サイドバック
アルビレックス新潟ユースを経て2009年にトップチーム加入。2012年ドイツ・ブンデスリーガのVfBシュトゥットガルト、2015年にハンブルガーSVに移籍。ブンデスリーガで初の日本人キャプテンとなる。2019年J1ヴィッセル神戸に完全移籍。日本代表には2010年に初選出。2012年UAE戦でA代表デビュー。ロンドンオリンピック、ブラジルW杯、ロシアW杯など日本代表Aマッチ通算42試合出場。

日本移籍で覚悟していたこと

──2009年にJリーグのアルビレックス新潟でデビューしたのち、2011年にドイツ・ブンデスリーガで8年間プレーし、2019年からヴィッセル神戸でプレーしています。海外から戻ってくる選手も増えてきましたが、その時の日本のイメージはどうでしたか。
酒井高徳(以下、酒井) 最初にドイツから帰ってくるという決断をした時に想像していた自分の姿は、選手としてはヨーロッパにいた時のレベルの維持は難しいだろう、ということでした。
 正直に伝えたいのですが、周囲にも「戻ったらレベルダウンすると思う」と言っていたうえでの移籍だったんです。
──レベルダウン。
酒井 ヨーロッパを基準としたレベルです。
 言葉が適切かわからないんですけど、ヨーロッパと日本ではキャリアの進み方が違う感覚があります。サッカーの上下(うえ・した)ではなく、そのヨーロッパ的な基準で言えば下がる。
 ドイツにいるまでは「成り上がりたい」「海外のトップ選手相手にどう戦うか」「(彼らを)どう追い越していくか」という戦い方を意識していました。そうしたところからは離れてしまうだろうな、と。
 日本に戻ってきて1年半ぐらいになりますが、その部分は良くも悪くも想像していた通りですね。
──想像していた通りというのは、自分のパフォーマンスのレベルにおいても、ということでしょうか?
酒井 そうですね。もうちょっとできたかなっていうところもあるけれど、本当に良くも悪くも自分が想像していた通りの“立ち位置”かなと思いますね。
──例えば、内田篤人さんが引退会見で「日本と世界のサッカーの距離は遠ざかっているんじゃないか」と指摘したことがあります。その感覚は、酒井選手が実際にピッチに立ってみてどのように持っていますか?
酒井 ストレートに言うと、篤人くんの意見に100%賛同です。篤人くんが「Jリーグは違うスポーツだ」と言っていたんですけど、僕たち海外を経験した選手が思っていることを代弁してくれたなって。
「CL決勝とJリーグの試合を見られるけど、違う競技だなと思うくらい、僕の中では違いがあります。怒られるかな?こんなこと言ったら」(内田篤人・引退会見より)
 もちろん同じサッカーなんですけど「違う競技」という感じが本当にあるんですね。
 篤人くんも言っていたと思うんですけど、日本人選手は上手くて頭が良くて勤勉です。いわゆる「日本人が知っているサッカー」に対しては、それらの能力はすごくマッチしている。
 でも、実際に海外で活躍している選手が増えている中で、「じゃあ日本(全体)のレベルは?」っていうと、それとこれとは全く違う話になってしまうんです。
 こう言うと劣っているというような捉えられ方をされるんですけど、そうではなくて。日本のサッカー、日本のリーグ全体がやっているサッカーが、世界と比べられないイメージなんですね。そもそも世界に向かっている感覚すらないというか。
 自分たちのリーグで自分たちのサッカーをやって、その中での勝ち方だったり強さだったりを見出している。
 だからヨーロッパのサッカーに近づこうとしているとか、モダンになっていくヨーロッパのサッカーに近づいているという印象は一切ないです。
──Jリーグと世界のサッカーとは別物という感覚。
酒井 僕はそう思っています。両方のサッカーを「経験した事実」をもとに話すとそうなります。実際、ヨーロッパの5大リーグでプレーしたことがある選手の多くは、口を揃えて同じことを言うんです。
 これは「(ヨーロッパでプレーしていたような)パフォーマンスができている」から、もしくは「できていない」から、言ってるわけじゃなくて。
 実際に経験してみないとわからない感覚がある。
──酒井選手が「日本のサッカーが強くなってほしい」という強い思いを持っていることはずっと聞いてきました。その表れの一つが日本代表を目指さないと決めたこと。その酒井選手から見て、日本のサッカーが世界のサッカーと比べて“違う種目”というのは良いことですか、それとも悪いことでしょうか。
酒井 どちらもあります。まず良い方向でいえば、周りを見ながらプレーできること。技術やアジリティ、戦術眼、試合を読む能力があります。そういうインテリジェンスのあるサッカーは、日本人はすごく得意としていると思うんです。
 周りを見て動く、他人への配慮ができて行動できるのは、日本人の国民性が影響しているんだと思いますけど、プレーにも表れている。
 だからこそ適応能力が高く、周りを見ながらプレーできる選手が海外で活躍している。
 実際に多くの日本人選手が世界に出ているのは、そういうところが1つあるかなと思います。
 ちなみに「良いところ」と言いながら話がそれますが──現実で言うと日本人の持つ勤勉さだけでは生き残れなくなりつつあるのが今のヨーロッパの流れです。しっかり守れる、気が利くだけでは、特に5大リーグのようなレベルでは評価されないんですね。
 それを踏まえて、悪い方向でいうと、独自のリーグで勝つことに専念していることがあると思います。当たり前なんですが、Jリーグの中にも「海外に行きたい」と言う選手が多くなってきている中で、日本も少なからずヨーロッパや世界のサッカーを参考にして、試合をしていると思います。
 でも、それが「リーグ全体」に反映されていないのは、結局各々のチームが“日本国内向けのサッカーの強さ”で勝とうとする、勝負しようとする。ここを強化しているからなんじゃないかと思います。
 そういう意味では世界に近づけていないというか、それ以上の進歩がないというか。
──それは「Jリーグの中で1位を取れば良い」という目線になりすぎているということですか? プロクラブとして当然のことでもあるように思います。
酒井 そうですね。だから矛盾するようなんですが、現状が良い悪いではなくて、ヨーロッパ志向ではないということですね。
 例えば、日本のチームは「攻め急がない」。引いて守るとか、守ってカウンターだとか、いろんなスタイルがありますけど、その中で「攻めないことも正しい」というような雰囲気がある。
 ドイツで8年間、ヨーロッパリーグから2部までさまざまな経験をしましたけど、どのレベルであっても、その「攻め急がない」サッカーは“基本的に前の選択肢”を持っていないと捉えられます。
 となると、試合の展開に「速さ」が出てこないので、「日本のリズムってゆっくりだよね」「日本って迫力ないよね」となる。
 もちろんヨーロッパのチームにも「ボールを失っちゃいけない」という決まりはあります。ただ、それにしても圧倒的に前へのトライの数が少ないのが日本です。
 つまり、日本の場合「ボールを奪われないことが正しい」とされているけれども、それは海外と比べた時にはあまりにも消極的すぎるんです。
 守備も消極的すぎます。ゴールを奪いに行く観点から見ても、昨シーズンそれができたのは川崎フロンターレだけでした。それ以外のチームも「ボールを取りに行くためにチャレンジ」をしようとしたけれど、結局はやめてしまった。
 昨シーズンに限って言えば、(新型コロナウイルスの影響で)過密日程やコンディションの部分で「取りに行けなくなった」こともある。とはいえ最終的に、後ろの選手は動かないでブロックを組んで戦うチームが多かった現実があります。僕たちヴィッセル神戸もそうでした。
 これは日本独自のサッカーをリーグで展開しすぎている部分かなと思っています。
 裏を返せば「リーグで優勝すること」がイコール「国内で結果を出すこと」なのでそれはそれで正当なアプローチではあるんですけど、じゃあ日本サッカーの成長というテーマになった時には、やっぱりそれではレベルアップにはなっていない。
 やっていることが間違っているわけではないけど、日本がヨーロッパに近づくために必要なことかというとそうではないというように思うわけです。
 JリーグのサッカーをJリーガーたちがやっている。それが現実。だから違うスポーツのように感じるんですね。

世界のテンポ、Jリーグのテンポ

──戦術で言えば、例えば「ブロックを引く」シーンというのは、「守ること」であって「攻撃」の要素が日本にはない。「我慢の時間」のように表現されることもあります。しかし、ドイツの場合、「ボールを取りに行くためにブロックを敷いている」。”攻撃のための守備”という考えがあるかどうかでアクションが違ってくる。そういうイメージでしょうか。
酒井 はい。もちろんスペインのアトレティコ・マドリーや、イングランドのマンチェスター・シティといった強いチームでも低い位置でブロックを組むことはあります。でもそれは相手のボールを「取り損ねた」からです。
僕がすごく大事にしていることはブロックを敷いたところから出ていく守備、つまりブロックしているところからアタックしていく守備の仕方、あるいはボールを奪ったときの前に出る迫力なんです。
分かりやすい例が、ロシアワールドカップでのベルギー戦。僕たちが後半アディショナルタイムで逆転されたシーンです。
──決勝トーナメント1回戦で日本はベルギーに3対2で負けました。
酒井 ブロックを引いていたシーンではなかったですが、ベルギーの選手たちはあの時間帯(94分)で、あのダッシュができる。しかも5人が一気に行った。
 ああいうダッシュができる能力って、やっぱり普段からやっていないとできないわけですよ。それを当たり前のようにアディショナルタイム近くになっても発揮できるのは、やっぱりヨーロッパ、世界と日本の差です。
 日本代表も、あのときピッチにいた多くが海外でプレーする選手でした。それでもあのスピード、迫力でこられたら戻りきれないのがワールドカップのレベルの高さでもある。
 そう考えたら、日本代表の選手たちが戻れないのに、Jリーグで戻れるかといったら戻れないんですよ。Jリーグではあのインテンシティで試合が繰り返されていないので。
 そもそも、その基準でJリーグではサッカーしていない。守備も攻撃も。そういうのがやっぱり世界との差というか。
 こういうことを言うと、「じゃあ、Jリーグで高徳はそのレベルでやっているの?」って言われるんですけど、ここに難しさがあります。
 実は移籍した当初はそのテンポでプレーしようとしていたんですね。そうすると「縦に急いでいる」とか「守備で相手に食いつきすぎている」と言われるようになった。
 縦に急ぐにしても、例えば僕がボールをインターセプトした時に、海外だったら、そこでもうスイッチが入って、周りが動き出しているんでけど、日本では誰かがボールを取ったら、「ボール取ったら、よし回そう」となる。
──いったん落ち着こうとなる。
酒井 取ったボールが横パスか後ろへのパスになって、ゆっくりとボールを回すことが多い。
 勝つためにチームのやり方に合わせないといけないので、僕もそれに合わせなければいけない。ヨーロッパ的ではないかもしれないけど、ゆっくりボールを回すこと自体が悪いわけではないですから。
 そういうサッカーに合わせることが当たり前になってくると、僕自身も「前へ」という選択をしなくなってきました。反復練習と一緒です。取ったら下げる、取ったら下げる、じゃないですけど、前を狙わない、攻め急がないってなると、それが染み付いて周りに合わせられるようになる。
「なんか、高徳、普通の選手じゃない? 大したことないね?」みたいに見られているのは感じています。評価は任せますけど、そういう理由もあるんですよ。
── Jリーグのサッカーやテンポに合わせた、と。
酒井 そうです。だから、最初に話したように、自分のレベルがそうなることは想定済みだったんです。だったら、意識を高くやればいいじゃんって言われても、そういうことじゃないんですよ。
──目指している方向性と、どういうサッカーでどう勝つかという戦術の違い、環境の問題が大きい、と。
酒井 あとは自分がやりたいサッカーがイコール勝てるサッカーとは限りませんし、正解でもないですし、一人ひとりの感覚や試合の進め方があって、自分の意見はただ一つの引き出しでしかない。
 今、僕が話してきた(ヨーロッパ的な)サッカーを全員がやればいいのかというと、そういうことでもないんです。それを強要するのはただのエゴになりますから。
 ただ、チームが勝つために最善の方法をとることはもちろん大事なことではあるけれど、自分たちが目指しているアジアチャンピオンズリーグ(ACL)やクラブワールドカップに出たときにはどうなのか。
 そこで「スペインのレアル・マドリーと同じようなサッカーしているじゃん」っていう印象を与えることができれば、自分たちのサッカーは変わってくるはずなんです。
 でもそうじゃなくて、Jリーグでまず勝つとなると、正直に言えば、安パイな部分が抜けなくてインパクトに欠けてくるとは思っています。
 Jリーグは違う種目だと言っているけれど、それは決して批判しているわけではなくて、ヨーロッパと同じサッカーをしていないけど、Jリーグで勝たなきゃいけないから、違うスポーツになっているわけなんです。
 だから(日本サッカーと世界の関係で考えれば)今の国内のサッカーでやるという概念を壊さない限りは、日本のサッカーはやっぱりそこまで変わらないと思います。
──いまの日本サッカーの概念を壊すことが、Jリーグがヨーロッパに近づくための条件になると。
酒井 そうですね。もちろん、個人が伸びるか伸びないかっていったら伸びていると思いますよ。先ほども言ったように実際に海外に出ている選手も増えています。
 とはいえ考えなきゃいけないこともある。例えば、日本代表で活躍しているレベルの選手しか、今5大リーグ(イングランド・スペイン・ドイツ・イタリア・フランス)で活躍できていないこと。
 Jリーグから毎年のように多くの選手が海外に行くようになっていますけど、長くプレーできずに帰ってきたり、試合に出られずにいたりします。
 もちろん海外に行くか行かないかだったら絶対に行ったほうがいいと、僕自身は思っていますけど、じゃあ活躍できないのに選手をどんどん送り込むのはどうなのかなとも感じています。
 海外で活躍できる基盤を持っている選手がもっと育てば、そうした懸念すらなくなってくる。そういうのを無くすために、Jリーグのクラブも根本の部分で変わらなきゃいけないんじゃないか。
 若手を試合に出して育成を強化して、海外に流通するツールやルートをもっと作って、よりグローバルにならなきゃいけないのに、まだ保守的なクラブが多い印象があります。
──その指摘でいえば、本当に根本の部分ですね。
酒井 世界を見るなら、これは違う方向じゃないか、ということはたくさんあるわけです。
 例えば、ユースチームからトップチームに上げて4年契約して育てたとしても、そのときすでに彼らは22、23歳です。ヨーロッパから見たら、22、23歳の日本人に手を出そうとはなかなか思えない。
 じゃあそれはなぜか、と考えれば中学や高校から世界を意識したサッカーをしている人がどれだけいるのか。それを教えている指導者がどれだけいるのか、といった問題もあります。
 そもそもJリーグがそういうリーグだと考えたら、やっぱり生まれるものも生まれないのは必然だと思います。
──例えば、ヴィッセル神戸はトルステン・フィンク前監督やアンドレス・イニエスタ選手、トーマス・フェルマーレン選手を連れて来たりと、まさにトップトップの人材を呼んで世界のサッカーに近づこうと実践していたはずです。しかし、そのレベルにおいてもJリーグという日本のサッカーのほうが、浸透度合いが強いわけですか。
酒井 そうだと思います。アンドレスの場合は、その技術が本当に言葉にならないぐらい高いので、1人で局面を打開できてしまう。
 確かに、アンドレスが高いインテンシティを特徴としてサッカーをしているのかといえば違います。でも、相当高い技術でプレーができるというのはサッカーの究極だと思います。つまるところ特別な選手なわけです。
──フェルマーレン選手はコンディションなどの理由もあったと思いますが、苦労しているように見受けられます。
酒井 トーマスはベルギー代表に呼ばれるくらいの素晴らしいディフェンダーです。守備は1人でできないですから、日本のサッカーに戸惑いながら試行錯誤していると思いますね。
 さっきの話にも通じますが、例えばヨーロッパの守備はファーストディフェンダーから始まるんですね。そこから、セカンドディフェンダー、サードディフェンダーの予測が生きてきます。
 でもJリーグの場合はファーストが行くことがあまりないので、トーマスも行きづらいところはあると思います。トーマスも自分がこうしたいと思っているプレ―ができずにいるのは感じます。
──日本に世界の一流の選手が来て活躍ができないと、「環境が合わない」などと思われがちですが、サッカーの方法論が違いすぎることが原因になりうる。
酒井 あると思いますね。実際、トーマスは僕と同じタイミングぐらいで神戸にやって来て、最初はそういうことを考えずに自分の感覚だけでサッカーしていたから、すごい迫力のあるプレーを見せていた。
 自分もそうだったのですごくわかります。そこは一緒ですね。チームに合わせなくちゃいけないと考えるようになってくると、少しずつプレーも変わってくるんですよね。
──それは成長なのか後退なのか。
酒井 難しいところです。でもそれを「後退」としてしまうと、言い訳にしているように聞こえてしまう。僕自身は「慣れ」だと思っています。
 誰でもそうだと思いますが、環境に慣れていくじゃないですか。どれだけ自分が意識を高く持ってやっても、それに慣れてしまう。
 そういう慣れは誰にもあることで、それを後退というかどうかは……。もちろんそのパフォーマンスを比較したら後退なのかもしれないけれど、僕らはサッカー選手であってプロフェッショナルで勝つためにサッカーをしていて、11人で勝たなきゃいけないからそれぞれが合わせていかなきゃいけない。
 勝つためにチームの役割の中でやっていることなんです。
 だから“違うスポーツ”でありながらも、Jリーグで勝つためにどのようなサッカーをしなければいけないか。それをプロだから考えてやる。
 だから成長か後退かと聞かれたら、もしかしたら後退に見えるかもしれないですけど、僕らはそれを批判したいとかレベルが下がって不満に思っているわけではない。そこは言い切れます。
 自分たちがプレーしているのはJリーグであって、Jリーグのサッカーですからね。