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「麻薬中毒者台帳は廃止して」 大麻使用罪創設なら守秘義務に配慮を

大麻の使用罪を創設し、医療用大麻を使えるように法整備をしようとする議論。使用者を社会から排除しないために、どのような配慮が必要なのでしょうか?

大麻に対する規制強化や医療用大麻の法的な位置付けの議論が始まっている。

国際的には大麻への寛容的な政策が広がる中、日本はどんな方向に向かうのか。

有識者会議「大麻等の薬物対策のあり方検討会」の構成員で、薬物依存症が専門の国立精神・神経医療研究センター薬物依存研究部長、松本俊彦さんに、今回の議論の行方と論点を聞いた。

使用罪ができたとしても...... 「刑罰ではなく治療」を阻むな

ーー今回の議論の行方ですが、医療用大麻を難治性のてんかんなど必要な人に使うために、なんらかの法律の整理が必要だとわかりました。そこでどさくさに紛れて厳罰化、というのは、回復支援の立場に立つ松本先生としては避けたいと考えているわけですね。

そうですね。避けたいところなのですが、避けることの重要性を一体どれだけ人々に理解してもらえるのか、はなはだ心許ない気はしています。

使用罪を作るということは、大麻の成分であるTHC(テトラヒドロカンナビノール)が尿から出てきたら、逮捕される可能性が出てくるということです。

大麻を所持していたら、大麻取締法で捕まり、尿検査でTHCが出てきたら、麻薬及び向精神薬取締法(麻向法)で捕まることになる。

メディアでは簡単にわかりやすく「使用罪」と報道して、日本はますます厳罰政策を進めた、となる流れです。

その時に、薬で困っている本人たちが回復支援や治療にアクセスできなくなるという問題が一つあります。

僕ら依存症の専門医は、患者さんの違法薬物の使用がわかっても、医師としての守秘義務を優先させますが、一般の医師、たとえば救命救急センターの先生たちの多くが通報します。使用罪ができたらますます「通報しないといけないんだ」という思い込みが強くなると思います。

だから、もし使用罪を作るとするならば、相談支援や治療の場では援助者に守秘義務を優先させるような通達を出してほしい。そのことを国として明確な方針として打ち出してくれないとまずい。

最近数年でやっと薬物の問題を抱えている人が精神科医療機関を頼る流れができはじめました。

私が実施している全国の精神科病院の調査でも、年々治療を受けている薬物依存症患者の数が増えており、しかも、「最近1年以上は薬物使用がない」という患者の割合が増えているのです。

これは単に治療につながる薬物依存症の人が増えただけでなく、そこで治療を受けるなかで薬物をやめるようになった人が相当数出てきていることを示唆します。

ようやくわが国でも、「刑罰ではなく治療」という流れが生まれつつあるわけです。そのような状況を阻むような施策を、よりによって厚生労働省がやるべきではないと思います。

ついでにいうと、司法機関も変化しています。

法務省が刊行している2020年度犯罪白書では、「薬物犯罪」が特集されていますが、以前、同じテーマを特集した1995の白書と比べると、驚くほど中身が変貌をしているのです。

なんと大半が、治療や回復支援の試みに割かれていて、また、薬物事犯者の生育歴におけるトラウマ体験に関する調査結果など、「その人がクスリを使わざるを得なかった歴史」にも光を当てているのです。

そこから浮かび上がる覚醒剤取締法事犯者は、従来の「極悪人」ではなく、「こころの痛みに苦しみ、悩めるひとりの人間」というイメージとなっています。これは明らかに大きな変化です。

治療や回復支援では守秘義務優先を明記して

それから、刑の一部執行猶予制度が2016年から施行されています。これは、従来、覚醒剤依存症の人をもっぱら刑務所という施設内に閉じ込め、物理的に覚醒剤から遠ざけるというやり方だったのを、地域内、社会内で処遇していこうという動きの第一歩であると認識しています。

具体的にはこうです。

覚せい剤だと初犯は執行猶予ですが、執行猶予期間中にまた捕まると、2回の逮捕分の刑罰が執行されます。3年ぐらい刑務所に入ることもあって、長いのです。満期で出るとその直後に使う人が多くて、無意味だと言われていました。

そこで、この制度では、一部執行猶予は3年のうち1年を執行猶予にして、2年ぐらいで出す。その代わり、2年間保護観察がついて、2週間〜1ヶ月に1回ぐらい出頭して、保護観察所がやっている回復支援プログラム「SMARPP」を受けながら検査も受けるということをやっています。

その検査で陽性が出たら刑務所に戻ることになるのですけれども、それでも保護観察官はわざと検査のタイミングをずらしたりして、刑務所に入れないように頑張ってくれている。刑務所が回復に意味がないとわかっているからです。

ところが、保護観察所でやっている唾液を用いる検査キットは、覚せい剤だけでなく、大麻にも反応してしまうのです。

そうすると、今まで保護観察中で検査で陽性が出て刑務所に戻ってしまう人が増える。せっかく施設内処遇から社会内処遇へ流れができたのに、大麻の使用罪ができることによって、治療や回復支援、司法機関なのに回復支援を頑張っているところの処遇に大きな影響が出る可能性があります。

その影響を最小限にするためには、回復支援の場で大麻使用がわかった場合の取り扱いを変えなければならない。犯罪の告発義務があるとされる公務員であったとしても、自分の本務が回復支援や治療や相談だった場合には、守秘義務を優先しなければならないとしてほしいのです。

今までは解釈でそれが許されていたので人によって対応にばらつきがありました。そうではなく、通達などの公的な文書ではっきりと方針を打ち出す必要があると思います。

麻薬の依存症者は「中毒者台帳」で監視・監督される

ーー今まで他の薬物で、告発より守秘義務を優先するように通達が出たことはあるのですか?

ないです。麻薬中毒者の届出義務があって、LSDやモルヒネ、コカインなどいわゆる麻薬に指定されているものは、依存症の状態になっていることを医師が診察した場合には、都道府県知事に届けないといけないとなっています。

届けると、都道府県の薬務課の中で逮捕権を持っている司法警察員や各厚生局の麻薬取締官が動いて、どこから買ったのかなどを情報収集します。入手先の売人を摘発するという「環境浄化」をするのです。

その人が入手できないように環境を整備すると共に、「麻薬中毒者台帳」にその人の名前が収載されます。そしてその後、定期的に監視・監督を受けるのです。

自治体にある麻薬中毒者台帳から名前を消してもらうためには、5年以上、麻薬を使わないクリーンな状態であること、そして、正規の職員、常勤の正社員としてどこかに雇用されることが必要です。

ーーハードルが高いですね。

そうですよね。ですからほとんどの人が死亡をもって台帳から抹消される。逆に言えば、死ぬまで監視を受け続けるわけです。

2016年に起こった相模原事件をめぐる議論では、措置入院を解除されて退院した人に対しては、保健所が半年ほど監視・監督をするかしないかで、大いに揉めました。そして、保健所の監視・監督については、「人権侵害だ」という声もありました。

ところが、麻薬中毒者だと、そんなもんじゃない、半永久的な人権侵害が行われるんです。この制度ができたのは昭和30年代の前半です。この時代の感覚だったら、刑罰だけでなく、医療的な支援を促すという意味で一定の先進性はありました。

しかし、今や、保護観察のような刑事処分よりもはるかに長期にわたる人権の制限として、今日における精神保健分野の人権擁護感覚からは著しく乖離しています。

これは麻薬に関するものじゃないかと思うかもしれませんが、大麻を繰り返し使って依存症の状態になった人も麻薬中毒者に該当します。

もし、大麻依存症の人が受診した場合、それを都道府県に届け出ると、その人は半永久的に人権侵害を受けることになります。

ーーその台帳に載っていると監視される他、何かできなくなることがあるのですか?

おそらく国家資格などは取れなくなるでしょうね。定期的に都道府県の麻薬取締員や、厚生局の麻薬取締官の人から電話がかかってきたり、年に1回面接をしなければならなかったりする。すごく大変で屈辱的です。こういうことが許されているのはおかしいと思います。

だからもし使用罪ができて、THCが尿中から検出されたら罪に問うとしても、麻薬中毒者台帳に載せるのはやめてほしい。というか、ぜひこの機会に麻薬中毒者制度の廃止についても検討すべきです。

実際にはその制度があってもほとんど使われていません。死に体制度といっていい。医師国家試験にはよく出題されるものの、試験に合格した瞬間になぜかみんな忘れてしまう。都道府県知事に届け出ることを知らずに警察に届け出る医師もいるんです。

日本で厳罰化以外の道はないのか?

ーー海外で大麻を嗜好品として合法化している国では、医療用大麻との制度的な棲み分けはどうしているのですか? 医療用大麻も誰でも処方できる感じですか?

このあたりは、国によって様々だと思います。

向精神薬として、規制対象としてリストされつつも、その制限の程度は軽重様々です。処方できる医師の資格や医療機関を制限したり、処方日数の制限があったり、個人輸入に一定の制限をもうけたり。その意味では、睡眠薬とか安定剤と同じ扱いの国もあります。

ーー日本でもそういう位置付けにすることはできなくはないわけですよね?

やれなくはないと思いますが、まず、これまで大麻を危険な薬物として啓発してきた歴史があります。

また国連麻薬委員会でも、大麻の規制カテゴリーは「特に危険で、医療上の用途もない」カテゴリーⅣではなくなったけれど、Ⅰは医療用の用途はあるけれど乱用の恐れがあり、危険な薬物という位置付けです。

そんな薬物をベンゾジアゼピンなどと同じ位置付けに置くわけにはいかないという見解です。オピオイド系鎮痛薬やADHD治療薬のように処方医の資格を制限する形とせざるを得ないのではないでしょうか?

難しいのは国連も一枚岩ではないということです。

先日の厚労省の検討会の資料では、国連の国際麻薬統制委員会の見解を出し、大麻の使用を合法化した国に対して懸念を表明していることを紹介しました。

一方、国連の麻薬特別総会や元々ポルトガルの首相で非犯罪化を進めたアントニオ・グテーレス事務総長は、非犯罪化の考えです。

「国連はこう言っている」と示す時に、国連のどの部署の意見を取り上げるかによって、いくらでも色合いは変えられるわけです。

ーー国連の見解として、国際麻薬統制委員会の意見を資料として出してきた厚労省の意図が透けて見えますね。

カテゴリーⅣからⅠにした時に、国連の中で加盟国が投票して僅差で危険度を下げる賛成票が勝ちました。もちろん僅差だから多くの国が賛同しているわけではないという言い方はできます。

でも賛成している国を見ると、ほとんどが欧米の先進国です。

一方、反対している国は、ロシア、中国、開発途上国です。社会主義的な独裁国ばかりです。日本はどちらの国の系列に入りたいと思っているのですか?ということを国民に聞きたいですよね。

ーーそして、日本はこの投票で反対票を投じたわけですね。

そうなんです。勝手に反対票を出さずに、国民、せめて専門家に問うてから投じてほしいですね。

犯罪化や厳罰化は誰を幸せにするのか?

ーー弁護士の亀石倫子さんたちが今回の議論が始まるのを受けて、大麻などの薬物取り締まり強化と大麻使用罪創設に反対する署名活動を始めましたね。どのようにご覧になっていますか?

薬物のことに関して、健康被害の程度が明らかになっていないにもかかわらず、あたかも殺人犯と同じぐらいの程度で極悪人扱いする報道や、ラベリングをすることによって、ひどい人権侵害が起きています。

ある嗜好をもっているけれど、危険とは言えない人の排除が行われることになる。それによって、社会に貢献できる有益な才能や能力を持っている方たちが抹殺されてきた歴史があるような気がします。

大麻で逮捕された俳優の伊勢谷友介さんが持っている優れた能力や才能が大麻だけで全て失われたり、再チャレンジできなくなったりすることはあっていいのかと思います。そこまで悪いことをしたのかなと思うのです。

過剰な人権侵害がまかり通るのは、犯罪化しているからです。

「法律で決まっているから」という人がいますが、法律は常に正しいのかも問い続けなければいけません。

例えば、子どもたちにどんなにブラック校則でも従うべきなのだと大人は言うべきでしょうか? ブラック校則があったらみんなで集まって議論して、その校則を変えるべきなのじゃないかと僕らは子どもたちに伝えたいと思います。

社会全体が罰則で人をコントロールしようとしていないか?

ーーちょうど今、新型コロナウイルスが流行し、入院などを拒否した患者に罰則を科すことが検討されています。意外と賛同する国民が多いこともショックですが、今の日本の世相や空気感を表しているのでしょうか?

日本だけではないと思いますが、人は罰によって変わることができる、とか、人権とか主体的な選択を尊重する人と、上意下達的な上の者には従えという感覚と2分されていますね。

「罰による安易な解決」に流れやすい人がいるのは事実です。

人を変えるためには殴ればいいし、殴ってわからない奴はもっと強く殴ればいい、という理屈です。脅して人を変えようとする態度です。

ーーその傾向が強まっていますね。

本当に強まっています。マスクをするしないもそうですね。

ーーその空気が今回の議論の流れを決めるのは怖いですね。

少なくとも世論はそういう流れに賛同して、ある空気を作っていく気がします。使用罪を作ることのデメリットは何なのか、治療や回復支援の話として訴えても、「でも彼らは使ったんでしょ!」「犯罪者なんだから結果の責任は引き受けるべきだ」という声が出てきます。

少数のルール違反者を社会から抹殺して、いかだから弱い奴はどんどん落としていく。最後に生き残った奴が一番偉いんだ、落ちた奴は自己責任だという社会になっている気はします。

もちろん、今からアルコールを違法薬物とする必要はないのと同じレベルで、多少とはいえ依存性や健康被害がわかっている大麻を、いまからあえて解禁する理屈もないと思います。その意味では、僕は別に合法化を支持しているわけではありません。

でも医療用大麻が有用であるならきちんと使うべきだと思っています。その時に管理の体制を作らざるを得ないのは事実だと思います。

一方で、それによって回復支援の場や薬物で困っている人たちが相談しにくくなってしまうことは危険です。だから困っている人が相談できるように秘密を守る場がある、ということも同時に国としてかなり強烈に発信しなければいけないと思います。

「じゃあそれやるから、『ダメ。ゼッタイ。』は続けさせて」と国は言うかもしれません。それが全て無駄だったとは思いませんが、日本の薬物政策は次のフェーズにきています。

10代の子たちは市販薬の乱用が深刻ですし、成人の場合は処方薬の乱用依存が深刻です。日本人は違法なものは手を出さないけれど、捕まらないものに対しては貪欲です。だから「ダメ。ゼッタイ。」では限界があります。

薬物問題を健康問題として考えれば、被害者は自分です。法的な規制の出発点になっている1961年の「麻薬単一条約」の前文には、「人類の健康及び福祉に思いをいたし」と書いています。

にもかかわらず、日本の中では刑罰が偏見を作り出し、人間の健康と福祉を冒している可能性があります。人間の健康と福祉に役立つ規制はどのようなものか。これから慎重に議論する必要があると思います。

【松本俊彦(まつもと・としひこ)】国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所 薬物依存研究部長、薬物依存症センター センター長

1993年、佐賀医科大学卒業。2004年に国立精神・神経センター(現国立精神・神経医療研究センター)精神保健研究所司法精神医学研究部室長に就任。以後、自殺予防総合対策センター副センター長などを経て、2015年より現職。日本アルコール・アディクション医学会理事、日本精神救急学会理事、日本社会精神医学会理事。

『薬物依存とアディクション精神医学』(金剛出版)、『自傷・自殺する子どもたち』(合同出版)『アルコールとうつ・自殺』(岩波書店)、『自分を傷つけずにはいられない』(講談社)、『よくわかるSMARPP——あなたにもできる薬物依存者支援』(金剛出版)、『薬物依存症』(ちくま新書)など著書多数。

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