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「正しいことをする」のと「正しくやる」のは必ずしも一緒ではない。より多くのエネルギーが後者にかけられるのを見てきたように思います。変革には前者が必要というは、大切な考察。
貴重なインタビューです。が、英語原文も読みたいです…
正しい、とか、正しく、なんてとらえ方をしている限り、ずっと本質にたどりつけない気がしています…

正しくやる、とは、オペレーショナルエクセレンス、ととらえます。すでにある方法をより改良し続けていくことが得意。

漢字を輸入して、ひらがな、カタカナ作ってきたことに始まり、車も外車分解して構造理解して自分たちで作り続けてきたり…とこれはずっとやってますよね。

では、正しいことをやる、の方はどうか。これは別の言い方をすると、どうなるか…

ここでは例としてAppleが出てきます。Appleの革新は何か。
最近こう思うようになりました。すでにある製品に別の機能を組み合わせて新たな価値を生むのがうまいことではないかと。

PCにデザインを、ウォークマンにネット接続を、携帯電話にPCとiPodの機能を統合することでAppleの人気製品は産まれてきたように見えます。

すでにマーケットがあるものの組合せだから当たり方もデカイ。

新たな組合せの巧みさ。では、どーやってその組合せを見つけるか?それは、人が何に価値を見い出すか?を知っていることにほかならないと考えます。

美しさ、かっこよさ、便利さ…人が何を求めているか…人の欲…欲の奥にある本能…

つまり、ヒトをよく知っている、ことが新たな組合せを見い出すことにつながっていると考えます。

ここまでつきつめると、いくつか疑問が生まれます。

本当に日本企業は新しい組合せを考えることが苦手なのか?
日本の人のなかに、ヒトをよく知っている人はいないのか?

…そんなことはない気がします。

というわけで、私はGoogleやFacebookや Netflixが日本にないのは別に要因があるように想像します。