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「勉強の必要性を感じない」... DX人材育成ニーズの背景と課題

DXを推進する人材を幅広く指す「DX人材」。DXブームを背景に、採用や育成に取り組む企業が増えている。

以前、IT人材・デジタル人材・DX人材の違いを考察する記事を書いたが、本記事ではDX人材が求められる時代背景、そしてIPAの調査報告書をもとにしたDX人材の定義、DX人材に期待される役割、そして、DX人材育成の課題を深掘りする。

“DX人材”の時代がきた

企業の投資対象が設備から人に移り始めた。日立製作所はグループ全16万人にDX教育を実施し、2021年度から本格化させる成果型人事制度に備えると発表。富士通も、全社員13万人をDX人材へ転換させると宣言した。

なぜ今、DX人材のが必要とされるのか。そこには当然ながら、ビジネスを取り巻く時代背景が大きく関わってくる。

戦後、日本の経済成長を支えたのはモノの大量生産だった。まずは革新的な技術、次に製品の性能・機能性。競争優位性が変わるなか、企業はおもにリニア思考[*1]とn倍化[*2]の手法で大量生産し、ビジネスを拡大していった。

*1. リニア思考:「販売数量が増えれば売上高が増える」というように、物事を線形の関係で捉えること
*2. n倍化:勝ちパターンを見つけ、同じフォーマットで商品を大量生産すること

しかし、2000年代に入ると消費社会に限界が訪れる。大量生産型の無個性な製品と、泥沼化する価格競争。そのなかで企業は「消費者・社会の本質的なニーズを理解すること」、それを「企業のビジョンと照らし合わせ、事業の刷新もしくは創出で対応すること」が求められるようになった。

これらをデジタルによって推進することがDX(デジタルトランスフォーメーション)であり、それを実現できる人材が「DX人材」といえるだろう。

そのため、スキルセットに言及される「IT人材」「デジタル人材」とは異なり、DX人材は思考法・スタンスを含むマインドセットが大きく関わる、といえるのではないだろうか。

そのようなDX人材のあり方、また、果たすべき役割は、企業の存続に欠かせないものであると同時に、AIがまだ代替できない分野[*3]でもあるだろう。そのため、DX人材のニーズが増加すると同時に、各企業がこぞって育成に取り組んでいると考えられる。

*3. AIがまだ代替できない分野:波頭亮 著「AIとBIはいかに人間を変えるのか」によると、AIは「他人の感情」を扱うことが難しく、「クリエイティブ要素」が含まれる仕事を苦手とする

「キーパーソンこそ育成」の理由

このようなDX人材のニーズは、IPA(独立行政法人 情報処理推進機構)が2020年5月に発表した「DX推進に向けた企業とIT人材の実態調査」からも見えてくる。

同調査ではまず、主なDX人材を6項目に分類している。

① プロデューサー
  DXやデジタルビジネスの実現を主導するリーダー格の人材
② ビジネスデザイナー
  DXやデジタルビジネスの企画・立案・推進などを担う人材
アーキテクト
  DXやデジタルビジネスに関するシステムを設計できる人材
④ データサイエンティスト/AIエンジニア
  DXに関するデジタル技術(AI・IoTなど)やデータ解析に精通した人材
⑤ UXデザイナー
  DXやデジタルビジネスに関するシステムのユーザー向けデザインを担当する人材
⑥ エンジニア/プログラマ
  上記以外にデジタルシステムの実装やインフラ構築などを担う人材

そして、それぞれの人材について不足感および充足方法を尋ね、現状のDX人材のニーズや課題を浮き彫りにしている。

それでは、まずDX人材の不足状況を見てみよう。

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出所:「DX推進に向けた企業とIT人材の実態調査」

不足が目立つのは、デジタル人材といえる「データサイエンティスト/AIエンジニア」(61.0%)、次いで「プロデューサー」(60.3%)「ビジネスデザイナー」(58.2%)だ。

こう見ると、やはり最も不足しているのは先端テクノロジーに従事するデジタル人材であり、スキルセットが課題なのではないか、と思われるだろう。

そこで着目したいのがDX人材の充足方法だ。以下は、企業が各DX人材をどのように充足しようと考えているかをアンケートした結果である。

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出所:「DX推進に向けた企業とIT人材の実態調査」

中途採用がメインの「データサイエンティスト/AIエンジニア」と異なり、「プロデューサー」「ビジネスデザイナー」は8割以上が既存人材からの育成が必要と回答している。

この理由としては、プロデューサーおよびビジネスデザイナーには、企業のビジョンや既存アセットへの理解が深く、それを起点として課題設定やビジネスモデル設計をできる人物が望まれることが考えられる。

この人材が生み出す価値は、外部リソースでの代替が難しく、また、事業や製品・サービスの競争優位性に直結する。いわば“DX人材の要”ともいえる人材であるため、社内育成が強く望まれているが、現状ではまだ十分に育っていないことがうかがえる。

こぞってデザイン思考

DX人材を育成するべく、企業がこぞって取り組んでいるのがデザイン思考の教育だ。前述の日立製作所、富士通はともに、DX人材教育にデザイン思考を組み込むとしている。

デザイン思考は、1980年代にデザインファーム「IDEO」が作り出した製品開発手法だ。人間中心設計で、アイデアを具体的な戦略や実行へと変換させる、イノベーションへのアプローチの1つと定義されている。

デザイン思考はEDIPT[*4]を回し、ユーザーニーズを実現する手法だ。そのため、製品・サービスのリニューアルや付加価値化には大きな効果を発揮するといわれている。

*4. EDIPT:デザイン思考のフレームワークで、共感(Empathise)・定義(Define)・アイデア(Ideate)・プロトタイプ(Prototype)・テスト(Test)の頭文字をとった言葉

一方で、そもそもの課題を設定することについてはどうだろうか。

例えば、商品Aの売上低迷を打破するというミッションがあるとする。デザイン思考を活用した場合、おそらくはUX改善や新機能追加によって、商品A’が出来上がることになる。

しかし、そもそもの原因が市場縮小にあったなら? デザイン思考によってより良い商品ができたところで、売上アップは厳しくなってくるだろう。また、その商品がユーザーにとって“a must-have”(絶対に必要なもの)であるならまだしも、“a nice-to-have”(あったらいいもの)だったら? ユーザーのなかにまだ答えが存在しないものに対し、“共感(Empathise)”を起点に、システマチックにアプローチするのは現実的ではないと考えられる。

ここで重要になるのは「Where」(そもそも向かうべき方向はどちらか)あるいは「Why」(そもそもなぜその製品なのか)を特定する力といえるだろう。特に“攻めのDX”では、新製品・新サービスの開発、ビジネスモデルの抜本的な改革を行うことになる。そのDX推進のカギを握るのは、最初に本質的な課題を設定できるかどうかだ。

この課題設定力こそ、企業が最も既存人材から育成したいと考えている「プロデューサー」「ビジネスデザイナー」に求められるスキルといえるだろう。そして、課題設定力は、デザイン思考が含まれる「デザイン領域」を超え、ビジネスの仮説を設計する「ビジネス領域」のスキルともいえることから、従来通りのデザイン思考のアプローチだけでは不十分であると認識しなくてはいけない。

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© 2020 Monstar Lab

このことから、DX人材を効果的に育成するには、どの領域においてどのような人材を育てたいかをクリアし、適切なアプローチをすることが重要だと考えられる。

モチベーション欠如という難関

前述のIPAの調査結果からは、人材育成における別の課題も見えてくる。それは、目的の不明瞭さによるモチベーションの欠如だ。

IPAは、企業の社員を対象に、ITやデジタル関連のスキルアップに向けた勉強状況についてもアンケートを実施。このうち、AIやIoTなどの先端ITに従事していない社員について見てみよう。

先端IT非従事者がスキルアップのために自主勉強する時間は、週平均1時間。このうち48.8%は「ほとんど勉強しない」と回答している。

その理由として最も多いのは「勉強の必要性をあまり感じない」こと。なかでも、「現在のスキルで十分だと思う」が26.2%、「会社側から特に求められない」が17.6%となっており、合計すると43.8%もの社員が該当する。

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出所:「DX推進に向けた企業とIT人材の実態調査」

また、世代別で見ると、将来の活躍に期待がかかる20代の47.4%が「新しいスキルを習得しても、それを活かす場がない」と回答している。

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出所:「DX推進に向けた企業とIT人材の実態調査」

これらの調査結果からは、「DX人材として成長してほしい」という企業側の希望とは裏腹に、社員のモチベーションは学びの目的・活躍の場の欠如によって、著しく低いことがわかる。

つまり、企業がDX人材を育成したいのであれば、ビジネスフレームワークの学習プログラムよりもむしろ、社員が能力をアウトプットできる機会を明確にする、社員が達成感・有能感を覚えながら仕事できる環境を整備する、流動的な異動に対応するなど、DX推進におけるモチベーション・マネジメントに取り組むことが重要課題になってくる。

ここまでの課題をまとめると、DX人材を育成するには

① ビジネスやデザインなど、領域ごとに適切なアプローチを試みる
② 実践・活用の機会を設けてモチベーションマネジメントしながら、スキル・ノウハウを習得させる

以上の2点がキーポイントとなると考えられる。

DX推進に必要な3本柱

ここからは、DX推進に必要な3つの領域(ビジネス・デザイン・テクノロジー)と、そこを担うDX人材の役割を考察する。

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© 2020 Monstar Lab

まずはビジネス領域。ここで行うのは課題設定だ。解決するべき課題を見極め、仮説を立て、多角的な情報から検証する。ここで必要なのは視野の広さ・視座の高低だろう。プロジェクト周辺はもちろんのこと、業界内やデジタルビジネス界隈の動向、ユーザー・社会の変容まで把握・理解しなければならない。

これがすなわち「プロデューサー」「ビジネスデザイナー」の役割だが、既存人材に不安がある場合は、知見・実績のある第三者を介入させるのが手っ取り早い。実地訓練は学びだけでなく、その機会自体がモチベーションにも繋がることもある。第三者を介入させるメリットは他にも、業界ならではの前提や常識に気づいたり、上下関係を緩和し議論を活発化させたりすることなどがあるだろう。

次にデザイン領域。ここで行うのはデザイン思考などを用いた人間中心設計だ。プロジェクトに合った手法でリサーチし、ユーザーニーズを把握した上で、課題やビジネスモデルとすり合わせる。

ここに該当するDX人材は「ビジネスデザイナー」「UXデザイナー」だ。ここには、前述のデザイン思考を含む「人間中心設計」に知見・実績がある人材が適任だろう。特に、UXデザインにおける質的調査では、ターゲットの深層心理に迫るインタビューやフィールドワークを行う必要がある。また、それを整理する手法も適切なものを選び、進行しなければいけない。この工程は座学で一足飛びにできるものではないため、少なくとも初期段階では、知見のある人材にサポートを受ける必要がある。

最後にテクノロジー領域。実装する機能の優先順位を見極め、工数を見積もって計画し、MVP(最小限の機能を搭載したプロダクト)・製品の開発に着手する。

ここで活躍するのが「データサイエンティスト・AIエンジニア」「エンジニア・プログラマ」などのデジタル人材だが、デジタルの知見はさることながら、企画設計から理解できているかどうかも重要になってくる。

DX推進におけるデジタルプロダクト・サービス開発では、ビジネス→デザイン→テクノロジーと一方通行で進むのではなく、必要に応じて3つの領域を行き来しながら、随時テストや実装を重ねていくのが成功確率を上げるカギだ。つまり、テクノロジー領域のメンバーであっても、決まったものを作るのではなく、主体性を持ちながら自走できることが重要となる。これはQCDS(品質・コスト・納期・スコープ)を左右する要素でもある。

DX推進は、これらの領域を一気通貫する取り組みだ。それを支えるDX人材もまた、一貫した課題感とその解決に向かうマインドを持った上で、専門領域のスキルを向上することが求められるだろう。

■引用・参考資料
・安宅和人 著|イシューからはじめよ 知的生産の「シンプルな本質」
英治出版)
・ハーバード・ビジネス・レビュー|2018年2月号 特集:課題設定の力(ダイヤモンド社)
・IPA(独立行政法人 情報処理推進機構)|DX推進に向けた企業とIT人材の実態調査


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