2021/2/10

【RPA×ポケマル】事業創造の着火点は「地方」にある

NewsPicks Brand Design 編集長
 2000年代初頭からデジタルテクノロジーを活用する新規事業をプロデュースし、BizRobo!などRPAを使ったプロダクトやサービスをリリースしてきた。そのRPAホールディングスが、昨年7月に100%出資の子会社「OPEN VENTURES」を立ち上げ、コーポレートベンチャーキャピタル(CVC)事業に乗り出した。 デジタルによってビジネスにかかるコストやリソースは大幅に減り、誰もがアイデア次第で社会を変えられる時代。「これからの事業創造は、個別の課題にいかに深く向き合うかがカギになる」とRPAホールディングス代表取締役・高橋知道氏は語る。『東北食べる通信』の創刊編集長であり、株式会社ポケットマルシェ代表取締役CEO・高橋博之氏を迎え、“二人の高橋氏”が、事業創造のフロンティアとしての「地方」の可能性、コロナ後の「地方」がめざすべき方向性を語る。

デジタルは「個性を輝かせる」

RPA高橋 先日、「ポケットマルシェ」を利用させてもらったんですよ。
ポケマル高橋 それはうれしい! ありがとうございます。
RPA高橋 広島の牡蠣を注文して、漁師さんに商品について質問したり、食べた感想を送ったり。スーパーで購入するのとはまったく違う体験ですね。
 生産者を知るとますますおいしく感じるし、食べものやそれをつくる人へのありがたみも増す。
「またこの人から買いたい」って思えるんですよ。
ポケマル高橋 ポケマルでは、生産者の情報を商品と一緒に届けることで、一次産業の価値を少しずつ向上させていこうとしています。
 食べておいしいことはもちろん、人間にとってストーリーや情報ってすごく大事なんです。他人から見たらどうでもいいことでも、自分にとって意味があると判断すれば、その行為の価値は上がる。自分の行為に意味づけするのが人間です。
RPA高橋 何を買うかだけではなく、誰からどうやって買うかも意味づけするうえで重要ですよね。
 ただ、スーパーで買い物していると、ときどき思うんです。僕は1000円分の商品を買ったけれど、このうちのいくらが生産者さんに渡るんだろうって。
 きっとその方が直接タッチしないあらゆるプロセスのコストが載っているから、手元に残るのは10%ぐらいなんじゃないですか。
ポケマル高橋 そうでしょうね。もちろん、生産者から消費者のもとに商品を届けるには、流通や販売も必要です。でも、そのコストに圧迫されて、食の大元をつくっている生産者が「食っていけない」のはおかしい。
 この矛盾をなんとかしたいと思って、僕は『東北食べる通信』や「ポケットマルシェ」を立ち上げたんです。
RPA高橋 ポケットマルシェは、生産者と消費者を直接つないで流通の仕組みを変えた。
 それだけでなく、生産者の負担を軽減して、商品の付加価値を上げるためのコミュニケーションや情報発信など、もっとも創造的で楽しいプロセスに集中させることができている。
 これは、RPAホールディングスが企業やホワイトカラーを相手にやってきたことと同じだと思いましたね。
ポケマル高橋 高橋さんがRPAを始めた動機はなんだったんですか。
RPA高橋 デジタルを「人の個性を輝かせる」ために使う。そのための事業がどんどん生まれるような世の中をつくりたかったんです。
 僕らはこれまで「RPA(Robotic Process Automation)」を使って、ルーチンワークに代表される「人がやらなくてもいい業務」をロボットに代行させ、人はもっと創造的で楽しい仕事に注力できるよう取り組んできました。
【図解】先進国で最低の生産性。沈みゆく日本を救う「RPA」とは何か?
 多くの企業や人がルーチンワークに忙殺されている。それをロボットに代行させれば、人それぞれ自分がもっとも関心のある課題や得意なことに向き合う余力が生まれます。
 我々が目指すのは、効率化や省力化のその先。企業や個人が付加価値を生み出し高めていけるような事業創造を応援したいんです。

コロナが生産者の意識を変えた

RPA高橋 ポケットマルシェはいつ、どのようにスタートしたんですか。
ポケマル高橋 そもそもの始まりは2013年、食材付き情報誌『東北食べる通信』を創刊したことです。ここで得た知見や一次産業従事者とのつながりを活かして、2016年に「ポケットマルシェ」のサービスを始めました。農家や漁師が自分で値付けをして出品し、消費者とアプリだけで直接売り買いができるようにしたんです。
 食べる通信にもポケマルにも共通するのは、分断された生産者と消費者を情報でつなぐこと。一次産業の価値を上げて、生産者と消費者がお互いを補完し合う健全な関係をつくりだすことです。
RPA高橋 生産者自身が発信することで、全国に個性的な生産者がたくさんいることが見えてきました。デジタルやビジネスの仕組みで付加価値を生み出すって、こういうことなんですよね。
ポケマル高橋 そうですね。食べものをつくることは、生きるための一丁目一番地。そんな大切な仕事を、僕らは農家や漁師の皆さんに委ねて代わりにやってもらっている。そのことに無自覚で、安さばかり追い求めるのって不健全だと思います。
 とはいえ、スーパーで農産物や海産物を手に取っても値段しか見えなくて、食べものの裏側にある生産者の努力や工夫、苦労や喜びを知る手段がない。だから値段だけが基準になってしまう。
RPA高橋 合理化によって価格を下げる努力も必要ですが、それだけだと過当競争になってしまう。なにより、働いている方々も楽しくないですよね。耐え忍ぶ感じになってしまって。
 ちゃんと作り手のオリジナリティや工夫が見えれば、スーパーで売っている食材の2倍、3倍の値段でも、「こんなに安くていいの?」と感じるわけですから。
ポケマル高橋 おっしゃるとおりで。農家や漁師と友人になって話を聞いたり、現場に同行させてもらったりすると、彼らは自然と向き合って命を張って仕事をしているとわかります。そうやって顔が見えると、「彼らの商品は言い値で買おう」と思うようになりました。
 この体験を全消費者がすれば、一次産業の価値はグッと上がる。食にまつわる情報を付加価値にして、頭と舌で味わってもらえば、結果的に生産者の利益も増えていくだろうと考えたんです。
RPA高橋 地方の特産市のようなマルシェは以前からあったけれど、デジタルを使えば格段に広い層にリーチできるし、生産者の思いを伝えることもできる。
 ただ、全国を見ればデジタルの活用を難しく考えて抵抗を感じる方も少なくありません。農家や漁師の皆さんには、アプリやオンライン決済をすんなりと受け入れてもらえたんですか。
ポケマル高橋 自然相手の職業で、物事は人間の思い通りにはいかないと考えている人たちばかりですからね。ネット販売なんて胡散くさいと不信感を持っている生産者は多かった。
 でも、そういった反応も織り込み済みでした。会社のパソコンの前に座っていても出品者は増えませんから、僕自身が全国の農業、漁業の現場を歩き回ってきました。47都道府県を回るのも、もう6周目です。
 幸い、食べる通信が生産者ファーストの雑誌と認知されたおかげで、あれをやってたヤツならと話を聞いてくれる人も多かった。コロナ禍を境にしてようやく、出品者が4600人に達したところです。
RPA高橋 コロナの影響は大きかったですか。
ポケマル高橋 それはそうですよ。これまで生産者のこだわりや質で付加価値をつけようと頑張っていた生産者の売り先は、飲食店などのBtoBでした。ところが、飲食業の自粛で直販先のなくなった生産者たちが、ようやくネット販売に踏み切ったんです。
 今はほとんどの人がスマホを持っているし、ポケマルなら個人が直販できる環境は整っている。そこにコロナ禍が直撃して「やってみようか」と思う人が急激に増えた。
 D2Cなら距離の壁を飛び越えて全国を相手に商売ができるので、売り上げを伸ばしている人もたくさんいます。山間部でも離島でも普通に物を売れることがわかったから、地方のディスアドバンテージがだいぶ薄らいだ。やる気さえあれば、地方でもいろいろできるとわかった人は多いはずです。

RPAはゼロ地点に立つためのツール

ポケマル高橋 RPAホールディングスは、企業のホワイトカラーを相手にデジタル活用を進めてきたわけじゃないですか。デジタルに対する抵抗感ってあったんですか。
RPA高橋 それはまだまだありますよ。よほど大きな困難に直面しなければ、みんな従来のやり方を変えたくないものです。
 RPAは業務の効率化・省力化に役立ちますが、ツールを使いこなすのは組織であり、人間です。導入のプロセスには、かなりのエネルギーがいりますから。
 しかし、今は好き嫌いを言っていられない状況です。地方の中小企業では若い人材が集まらない。特に総務や経理といった管理業務は10人求人を出しても1人しか採用ができないという状況にもなっています。
 ルーチンワークをロボットに代行させることは、マイナスをゼロにすることに過ぎない。それだけでは未来のある若い人材を採用できない状況は変わらないでしょう。
 でも、少なくともゼロに戻すことができれば、その企業が本当に得意な中核業務にリソースをシフトさせる余力が生まれます。全員が商品やサービスの付加価値を磨き上げることに集中できるようになります。
ポケマル高橋 ポケマルが喜ばれているのが、まさにそこなんですよ。注文が入るとお客様の住所や名前を印字した発送伝票が自動的につくられ、配送業者さんが持ってきてくれる。
 生産者は荷詰めをして集荷をかけるだけで仕事が終わるから助かると言われますね。これまで伝票書きをしていた時間を商品の生産や加工に使ってもいいし、お客さんとのコミュニケーションにも使える。
RPA高橋 おっしゃるとおりです。事務作業やルーチンワークを省いて生まれたリソースを使って、その人が本当に得意なこと、その会社が本当に得意なことを、事業を通じて社会に還元していく。一方で、我々のようなロボットを活用した事務や管理が得意な人たちは、そのプロセスを設計し、ロボットやサービスを組み合わせて生産性を高める事業に集中していけばいいんです。
 これがこの先の生産性革命だとすると、必ずしも大きなビジネスである必要はない。人と比べて安価なコンピューターリソースを活用して、一人ひとりが自分が対面している目の前の課題解決に取り組めばいいんですから。
 そういった意味では、まだ手つかずの領域が残された地方にポテンシャルがあるのではないでしょうか。
ポケマル高橋 そうですね。農林水産などの一次産業も、産業の更新が遅れていた領域です。たとえば、これまでは生鮮の通販は無理だと言われていたけど、そんなふうに特別視する必要はもうどこにもないと思います。
 日本には世界一の物流網がありますし、今は生産者の手のひらにスマートフォンというパーソナルコンピューターがある。
 そうなると規格や安定供給の縛りから解き放たれ、これまで地域の物産展でしかお目にかかれなかったレア物が掘り起こされたりする。規格外で流通に乗らないから農家が自分たちで食べているような食材って、たくさんあるんです。
RPA高橋 デジタルの恩恵をうまく使えば、従来の流通プロセスで殺されていた生産者の個性が輝きます。地方の方には、RPAなどのツールや我々の事業創造やプロセス設計の知見をどんどん使い倒してほしい。
 僕らはそういった仕組みづくりや、すでにあるツールを組み合わせてロードマップを考えるような面倒くさいことが大好きで、得意なんです。

考えるより「着火点」を見つけること

── 地方で熱い思いや課題意識を持っている人は、潜在的には多そうです。どうすればそういう人たちの熱を広げていけると思いますか。
RPA高橋 そのために僕らにできるのは“武器”を提供することだと思っています。
 今、子会社のコーポレート・ベンチャー・キャピタル(CVC)、OPEN VENTURESが、東北大学の学生と共同で新規事業の取り組みを進めています。
 彼らが研究しているのは、新型コロナで外出しづらい高齢者を対象にしたオンラインのリハビリテーション。今後、オンラインリハビリは保険適用される流れがありますし、同じ課題を抱える地域は全国にありますから、ビジネスのポテンシャルは高い。
 そこでOPEN VENTURESがスタートアップ立ち上げのノウハウや資金、管理部門のロボット化を支援する。学生さんにとっては本質的な価値創造に集中できる環境が整います。
 これからは浅く広い課題解決ではなく、地域特有の狭くて深い課題解決が求められる時代。情熱があって行動できる人にはどんどん武器を提供していきます。
ポケマル高橋 食べる通信は僕が創刊した『東北食べる通信』が火付け役となり、日本全国に広がりました。ただ、僕が広げたわけではありません。あの媒体のコンセプトに賛同し、各地でご当地版を立ち上げた人たちがいて、自然と広がったんです。
 元々、東北の被災地と都市をつなげたい一心で始めた取り組みでしたが、生産者と消費者が分断され、効率性や価格競争ばかりが優先されるという同じ課題を抱えている地域は全国にあった。
 そこに共感した人たちから「自分たちの地域でもやりたい」と声が上がったから、僕はノウハウをオープンにしただけ。そうしたら、あっという間に広がった。
 今は熱意と行動力さえあれば、ネットの力で共感を集めることができるし、その熱量を全国に広げていくこともできる。地方や個人の力では難しかったことも可能になっています。
RPA高橋 地方の課題って掘り下げれば掘り下げるほどその土地固有の状況が出てくるから、ほかの地方と競合しないんですよ。自分がいる地域社会や経済圏の課題を解決する方法が見つかれば、そのノウハウをどんどんシェアしてローカライズしていけばいい。
 とはいえ、実際に東北から全国に輪を広げられたのはすごいことです。ご自身では何が成功の要因だったと思いますか。
ポケマル高橋 僕自身の経験からですか? ……ひとつだけ言えるのは「何も考えないほうがうまくいく」ということです(笑)。
 僕はもう何年も前から大学生や若い人たちと車座になって座談会をやっていて、今もオンラインで続けています。そこで話していると、何をどうすればうまくいくかと、みんな頭で考えすぎだと感じます。
 人生が考えたとおりに進むことなんてない。よく考えてみてほしいんですけど、世界中の企業の事業計画は、全部コロナで吹き飛んだんですよ。
RPA高橋 本当にそう。未来は誰にも予測できない(笑)。
 僕も今のような仕事をするとは、学生のときには想像もしませんでした。
 思えば子どもの頃、新聞の野球欄を1時間でも2時間でも眺めて数字や確率をもとに試合展開をシミュレーションするのが楽しかった。今は、その楽しさの中身が毎日の経営数字やビジネスの仕組みを考えることに変わっただけです。
 自分の得意なこと、好きなことを軸に、直観で進む方向を選んできたら、いつの間にかこうなっていた。仕事柄多くの起業家を見てきましたが、その時々の状況に応じて直観を信じて行動することは本当に大事だと思います。
 たとえ、その結果が周りから見たらピボットだと映ったとしても、その瞬間瞬間で夢中になってやり続けられることに没頭するのが何より大事だと思います。
ポケマル高橋 そんなものですよね。僕もその瞬間にやりたいこと、楽しいことに熱中してピボットしまくったら、偶然今いる場所にたどり着いた。何もしないうちから世の中を変えようとか、そんな大それたことは考えていないんですよ。
 だから学生たちには、考えるな、まず外へ出ろと焚きつけています。自分の目で見て、耳で聞いて、心で感じろと。目的なんて、あとから降ってくるものです。
 僕と話をした人はすぐに会社を辞めたり、起業したりするから「放火魔」って言われますけどね(笑)。
RPA高橋 いいですね。RPAホールディングスやOPEN VENTURESも、デジタルの力を使って「放火魔」になりたいんです。
 どんなに小さなことでもいいから、自分が変えたいと思うことや、もっとこうなったらいいのにと想像することを少しだけ具体的に考えてみる。そこに可能性を感じられたら、実現するためのノウハウやツールはたくさんあります。
 頭で考えているよりも、直観に従ってビジネスを動かしていくほうが絶対におもしろいですから。夢中で取り組んでいるうちに「気がつけば起業家になっていた」という人たちに火を点けて、支援していきたいですね。