2021/2/9

なぜあの「最強スマホ」は熱狂的なファンを獲得できたのか

NewsPicks Brand Design Editor
京セラの携帯通信機器事業が、30周年を迎えた。1989年に携帯電話端末の第一号機を市場に投入して以来、京セラは「ユーザーのさまざまなニーズに応えること」を掲げ、ビジネスに取り組んできた。連載「京セラ 通信の30年」第3回は、防水や防塵、耐衝撃性の高いタフスマホ「TORQUE(トルク)」の企画・開発チームにインタビュー。TORQUEはなぜ、国内累計出荷台数140万台を突破する人気シリーズに成長したのか。スマホでありながら、ファンイベントへの応募が殺到するほど「愛される」理由とは。京セラのブランド哲学をひもとく。

北米生まれのタフスマホ、躍進の理由

 2013年ごろから急速に普及し、もはや生活必需品となったスマートフォン。毎年続々と新商品が市場に投入される一方で、デザインや機能面での差別化が難しくなり、「コモディティ化」が進みつつあるのも事実だ。
 そんな状況にも関わらず、高いブランド力を持ち、ファンの心をつかみ続けているスマホもある。京セラのタフスマホ「TORQUE」は、その代表的な存在だろう。
 2021年1月現在、「TORQUE」シリーズの累計国内出荷台数は140万台を突破。高耐久スマホ部門で大きな国内シェアを持っている。
2019年発売の最新モデル「TORQUE G04」。
 TORQUEの最大の特長は、防水や防塵、耐衝撃をはじめとする高い耐久性能だ。また、独自性と優位性を兼ね備えた耐海水性も持ち合わせている。
 その仕様は米国国防総省の調達基準に加え京セラ独自の厳しい耐久試験をクリアしており、「最強スマホ」とも呼ぶべきタフさを誇る。
 「以前使用していた端末を落としたり、水没させたりして壊してしまい、『とにかくタフな端末が使いたい』とお求めいただくケースが大多数ですね。
 アウトドアや建築現場など過酷な環境でも壊れにくいと好評で、発売以来多くのお客様が継続購入されています」
こう語るのは、TORQUEのビジネス全体を統括する通信機器事業本部の湯浅紀生氏だ。
仮にある程度の高さから落としてしまっても、TORQUEならばそれまで使っていた端末のように壊れたりはしない。
 そのタフさがユーザーの愛着や信頼につながり、「もうTORQUE以外は使えない」というファンになる。この熱烈なファンの存在も、TORQUEの大きな特長だろう。
 京セラにはユーザー、いやファンからの「こんなシチュエーションでもTORQUEは壊れなかった」というエピソードが多数寄せられているという。
 TORQUEの圧倒的な強度のルーツは、2007年に北米市場で発売された京セラ(当時は事業承継前の三洋電機)のフィーチャーフォンにさかのぼる。
 現地の警察や消防、建設現場など機器への耐久性が必要なシーンで使えるプロフェッショナル向けの法人端末として開発されたものだった。
 2013年にはスマホ普及のトレンドに合わせ、京セラ初のタフスマホとして北米市場でTORQUEシリーズが誕生。
 翌年、現地モデルを逆輸入する形で日本市場向けにも「TORQUE SKT01」が発売され、同年夏にはauからコンシューマ向けにアレンジした「TORQUE G01」が発売された。
 「TORQUEは国内で端末を供給して以来、ユーザーとの綿密なコミュニケーションを通して改良を重ねてきました。
 おかげさまで、国内シリーズでは現在4世代目を発売中です。京セラの高耐久モデル全体では、世界で累計1,100万台を出荷しています」(湯浅氏)

初のファンイベントは「応募倍率20倍」を記録

 国内市場におけるTORQUEの歴史は、ユーザーとの「共創」の歴史でもある。
 購入者アンケートを行えば、1万通を超える叱咤激励のメッセージが寄せられる。京セラの開発チームは、こうした声をひとつひとつ拾いあげ、プロダクトに反映し続けてきたのだ。
 たとえば「本体が重い」という声だ。開発を担当する長谷川隆氏は、改良の過程を次のように説明する。
 「金属などの素材をふんだんに用いれば、スマホの強度は上がります。
 ただし、それではスマホの重量が重くなってしまう。実際、初期シリーズでは『本体が重い』という声が多く寄せられていました。
 そこで、最新モデルの『TORQUE G04」では設計を一から見直し、内部の金属プレートを軽い樹脂製の部品に変更。樹脂同士の締結箇所を従来の機種よりも増やし、重量を抑えつつ金属プレートと遜色ない強度を実現しています」(長谷川氏)
 「共創」に必要なユーザーの声は、アンケートにとどまらない。小売には携わらないメーカーでありながら、京セラはTORQUEユーザーと積極的に交流の場を設け、ユーザーロイヤルティを高めるイベントを重ねてきた。
 TORQUEオーナーズイベントを初めて開催したのは、2016年のこと。これには想定外の反響があったという。
 「製品への愛着を深めてもらうためにイベントを企画したところ、当初想定した抽選枠50名に対し、その20倍の約1,000名の応募が集まりました。驚きましたし、やはり嬉しかったですね。
 当日は、開発者と触れ合うブースを用意したり、製品化に至らなかったデザインのモックアップを特別に展示したりしました」(湯浅氏)
オーナーズイベントの様子。
 オーナーズイベントの開催に加え、京セラはユーザーの興味関心に合った外部イベントにも積極的に足を運んでいる。
 大型のフィッシング大会やトレイルラン(林道、砂利道、登山道などに特化したランニング)イベント、ショッピングモール主催のアウトドアフェアなど、イベントの種類は多岐にわたる。
 現場で得た生のフィードバックこそが、次の製品アップデートへとつながるからだ。「ユーザー共創」によるエッセンスは、本体デザインにも色濃く反映されている。
 「北米モデルは黒色のみでの展開でしたが、ユーザーの気持ちを鼓舞するような商品にしたいと考え、カラーバリエーションを拡充しました」
 こう話すのは、デザイン担当の森孝裕氏だ。もとは北米の法人向けに生まれたTORQUEだが、日本版モデルでは北米市場で培った思想をコンシューマ向けに転用し、スポーティな感覚を付け加えた。
「アウトドア利用が多いことを考慮し、太陽光で綺麗に光るメタリックなカラーリングを選択。
 ワクワクした気持ちでアクティビティを楽しめるよう、端末のダイナミズムが感じられるデザインを意識しています。
 TORQUEの利用シーンは他端末と比較して明確。ユーザーとしての自分の経験もいかせますし、いっそうニーズドリブンな開発やデザインができるのかもしれません」(森氏)
 こうしたイベントやアンケートを通したファンとの触れ合いは、製品へのフィードバックとして有用なだけでなく、企画開発に携わるメンバーのモチベーションアップにも繋がる。
 「交流を通してファンの熱量を感じているので、日々の改良も『彼/彼女たちのために、さらに頑張ろう』と思えるんですよ」(森氏)
TORQUEの歴代端末とオリジナルグッズ。毎年10月9日は「TORQUEの日」として、抽選でTORQUEロゴ入りグッズのプレゼントキャンペーンを実施している。この企画も、ユーザーの熱い要望から生まれたという。

タフスマホは「ビジネス」をどう変えるのか

 個人ユーザーからの熱烈な支持を得ているTORQUEシリーズだが、実は数百社以上の国内法人企業にも導入されるなど、B2B領域でも実績を持つ。
 これまでは建築・土木現場や物流、警備などハードな動きが求められる業界が中心だったが、医療・介護領域やホテルなどのサービス業にもターゲットを広げる予定だ。
 「労働人口の減少が予測され、生産性の向上はあらゆる企業にとっての急務です。
 昨今は新型コロナウイルスの影響もあり、IoTデバイスの導入が盛んですが、高耐久端末も生産性向上の一助になると考え、ターゲットを拡大する判断に至りました」(湯浅氏)
 TORQUEシリーズは高耐久性に加え、B2B領域で求められる利便性も兼ね備えている。その一つが、端末側面にある大型の「ダイレクトボタン」だ。
 これは、PTT(Push To Talk)の発話ボタンとして使え、片手がふさがっているときや停電・火災などの非常時でも、ワンタッチで通話ができる。
専用のPTTアプリケーションをダウンロードすれば、電話番号を入力せずともボタンを押すだけで、複数人との同時通話が可能だ。
 こうした「ミッションクリティカル(任務や業務の遂行に必要不可欠な要素)」への適応力も、法人顧客から選ばれる理由となっているのだ。
 また、京セラのB2Bビジネス拡大の背景には、昨年3月に日本でも商用利用が開始した5Gテクノロジーも関係している。
 同年にラスベガスで開催された世界最大のテックイベント「CES 2020」で、京セラは5G対応高耐久端末のコンセプトを発表した。
5G対応端末のモックアップ。
 また、今年1月11日には国内にさきがけ、北米向けに5G対応モデルを発表。現在、日本市場向けにも5G対応モデルのローンチ準備を進めているという。
北米向けの5G対応タフスマホ。
 「5Gという通信のジェネレーションが変わるこの機会に、プロダクトはもちろんのこと、その周囲にあるコミュニケーションデザインを含めて新しい価値を提供していきたい」
 こう話すのは、事業開発を担当する辻岡正典氏だ。
 通信インフラの進化に機敏に対応しつつ、京セラは、B2B、B2Cの両軸でTORQUEブランドのさらなる加速を見込んでいる。

コモディティ化しない「ブランド」とは

 徹底的な高耐久の追求、ファンイベントの開催やユーザーフィードバックへの真摯な対応、新たなテクノロジーへのキャッチアップ。開発チームはこうしたTORQUEのすべての活動が、一つの哲学に帰着すると話す。
 それが、「LIVE MORE.FEAR LESS.」というTORQUE独自のコンセプトだ。
 「スマートフォンが壊れるからと躊躇していたこと、できなかったことも、TORQUEでなら挑戦できる。
たとえば、海や川、雪山など、スマホが壊れる危険性が高い場所に、果敢に向かえるようになる。バイクや自転車の運転中に落としたり、雨で濡れてスマホを壊したりしていた人が、TORQUEならスマホの故障を恐れず楽しくバイクや自転車に乗れるようになる。
 コンセプトには、すべてのユーザーにそうなってほしい、という思いを込めています」(辻岡氏)
 機能や技術のアップデートのみを追い求めるのでなく、その機能の先にある体験や感情に寄り添い、開発・改良を続ける。この言葉には、京セラ通信事業の哲学が表れている。
 成熟しつつあるスマホ市場においてTORQUEが選ばれ続けるのは、こうしたブランド哲学によるものだろう。
 「私たちがTORQUEを通して提供したい価値は『幸福感』です。『毎日使って楽しい』『もっとTORQUEのいろんな情報を知りたい』と、お気に入りのスポーツチームやアーティストのように思ってもらえるブランドを目指しています。
 TORQUEを単なるスマホを超えた、ユーザーにとって特別な存在にしていきたいですね」(辻岡氏)