2021/1/28

スタートアップ、グローバル展開のリアル。私たちはこうして、世界に漕ぎ出した

NewsPicks Brand Design editor
 日本から世界に挑戦し、事業を軌道に乗せているスタートアップは、まだ数えるほど。資金も乏しいなかで、商習慣も文化も異なる海外で成功事例を生み出すのは、至難の業と言えるだろう。
 それでも「グローバル展開は当たり前」と、躊躇なく海外市場を切り開くのは、ニュースアプリが日米合算で5000万ダウンロードを達成したユニコーンの一角、スマートニュースCOOの浜本階生氏と、2014年に米国で創業し、排泄予知のウェアラブルデバイスを開発・販売するトリプル・ダブリュー・ジャパン代表の中西敦士氏だ。
 具体的にどのように、市場を開拓しているのか。スタートアップがグローバル展開する上での課題とは何か。国際経営を専門とする慶應義塾大学総合政策学部の琴坂将広准教授が聞いた。

グローバル展開は“当たり前”

琴坂 中西さん率いるトリプル・ダブリューと、浜本さんがCOO を務めるスマートニュースは、すでに海外に支社を持ちグローバル展開を進めていますね。
中西 私のなかでは、「日本から海外に進出している」という意識はあまりないんです。私たちが解決しようとしている社会課題は、日本に限定したものではありません。
「世界をもっと良くしたい」という思いで起業した初めのときから、グローバルでの展開は、“当たり前”と考えてきました。
 私たちが開発・販売するのは、膀胱に尿がどの程度たまっているかを検知、通知できるウェアラブルデバイス『DFree』という製品。排尿に困難を抱える人は世界中にいらっしゃるので、届けるべきは、まさに全世界の人々なんです。
 米国留学中に考えついたビジネスアイデアだったこともあり、最初から米国に拠点を構えました。今は本社は日本ですが、カリフォルニアとパリに支社を置き、海外での販売を進めています。
浜本 私たちは2012年に日本でニュースアプリの『スマートニュース』をリリースし、2年後にニューヨークとサンフランシスコに拠点を開設して米国版をリリースしました。
 スマートニュースはミッションとして、「世界中の良質な情報を必要な人に送り届ける」ことを掲げています。
 ですので私たちも国内の市場にとらわれる事業ではなかったことから、創業からグローバルでの展開は意識していました。純粋に、メディアの中心である米国で挑戦したいという「思い」の部分も強かったですね。
 またスマートニュースの前身として作ったアルゴリズムで、すでに全世界のあらゆる言語のデータを扱うことができていたんです。そのデータを見ているうちに、このアルゴリズムの可能性をもっと知りたい、世界で試したいと思うようになりました。私としては、それも動機の一つでしたね。
琴坂 一方で起業家の中では、グローバルを目指すのはホームである日本で足場を固めてからという考え方が大勢を占めています。その点については、どう思いますか?
中西 市場を日本に限定している間に、海外で他社にシェアを取られてしまうのは絶対に避けたかった。こういったデバイスは、世界で私たちしか作っていないこともわかっていたので、国を問わず、ニーズのあるところに広げていく戦略がベストだと考えたんです。
 大きなプロモーションをかけずに販売だけするなら、そこまで大きなコストもかからないので。
琴坂 取られる前に取ると。販売だけなら大きなコストにならないとのことですが、海外での事業運営にはお金がかかるイメージを持つ人も多いと感じます。具体的にどの程度のコストをかけているのでしょうか。
中西 米国の専任スタッフは一人だけ。決まったオフィスも持っておらず、固定費としては月100万円程度で済んでいます。
 プロモーションやセールスは、必要に応じて専門のフリーランスに、業務委託で依頼しています。案件ごとに、“バーチャルチーム”を作っているイメージですね。もちろん彼らはその道のプロなので、製品についてのインプットさえすれば、トレーニングも必要ありません。
 専任の駐在スタッフは前職でソニーの米国事業を担っており、私たちに出資してくれた投資家の部下だった方です。
 発売前の『DFree』を、障害を持つ息子さんに試してくれて、「これは自分の手でぜひ世界に届けたい」と私たちの事業の意義に共感してくれて、トリプル・ダブリューにジョインしてくれました。
『DFree』は、下腹部に装着することで膀胱の動きを検知し、排尿のタイミングを予測・通知してくれるウェアラブルデバイス。スマホアプリにログも蓄積できるため、使うほど予想の精度が増していく。排泄に不安を持つ高齢者や障害者、介助者の負担を削減するとして、注目を集めている。

英会話カフェでユーザーテスト

浜本 スマートニュースは、創業から2年は国内事業で精一杯でしたね。サービスのアルゴリズムは世界共通なのですが、コンテンツを取り扱う以上、国を変えるとかなりの準備が必要なんです。
 それでも米国への思いを諦めたくなくて、国内事業が少し軌道に乗ってきたタイミングで、米国版のプロトタイプを作ってみたんです。
 それを持って英会話カフェに出向いて、店内にいる欧米人に「この画面を見て使ってみて、感想を教えてください」と頼みました。
 これが意外と評判が良くて、UIやアプリ名も受け入れてもらえたんです。「これはいけるかもしれない」と自信を強めて、本格的な開発に乗り出しました。
琴坂 英会話カフェでユーザーテスト、まさにリーンな(無駄がない)開発体制ですね。その後、米国拠点を開設してからサービスの提供開始までの過程、特にチームをどう組成したのかを教えてください。
浜本 国内と同時に米国事業を進めていくわけですから、本当に困難の連続でした。組織づくりという意味では、当社に出資してくれていた投資家が米国の投資家につないでくれ、現地のベテランリクルーターを紹介してもらったのが軌道に乗せる契機でしたね。
スマートニュースの米国オフィスのメンバー。投資家につないでもらったリクルーターも、いまではメンバーの一人になったという。(写真提供:スマートニュース)
 彼に米国版のアプリを見せて説明したところ大感激して、その日から熱心に活動してくれました。当社でバイスプレジデントを務める、ウォールストリートジャーナルのWeb版を立ち上げた人材も、彼のおかげで採用できました。
琴坂 やはり人を動かすのは共感ですね。ミッションやビジョン、プロダクトに対する共感が、経営人材を惹きつけるために何より重要ですね。
浜本 実は「世界中の良質な情報を必要な人に送り届ける」という私たちのミッションが、日本以上に米国人の心に刺さっている実感もあるのです。
 米国事業を立ち上げた当時は今ほど表面化してはいなかったものの、米国社会の分断が進んでおり、その背景には受け取る情報の偏りが相互不信を生んでいる側面がありました。
 スマートニュースの米国版アプリは、ユーザーの趣向とは異なる情報もバランスよく表示する機能を持っています。こうした姿勢を見て、同志が集まってくれた側面も大いに感じていますね。
スマートニュースの総ダウンロード数は、5000万を超える(2019年10月末時点、日米合算)。2019年9月には、多様な視点を比較できる「News From All Sides」という機能の提供を開始。ユーザーは、保守寄りから中道、リベラル寄りまで、論調が異なる記事を視覚的に認識しながら閲覧できる。(画像提供:スマートニュース)

CES出展が契機に

琴坂 グローバル展開において、手応えを感じ始めたのはいつごろでしたか。どこかにターニングポイントはありましたか。
中西 正直まだまだというフェーズではありますが、米国で開催される世界最大のデジタル見本市CESへ出展できたことは、米国事業拡大のエンジンになりました。
 これは、JETRO(独立行政法人日本貿易振興機構)等によって運営されている、経済産業省が推進するスタートアップ企業の育成支援プログラム「J-Startup」の支援メニューを活用することで、コストをほとんどかけずに参加できました。
 CESではヘルスケアウェアラブル領域で3つの賞を受賞でき、広告換算すると億単位に相当するほどの露出ができたんです。ここから現地の大企業と、圧倒的につながりやすくなりました。
グローバルに活躍するスタートアップを創出するため、2018年6月に始まった支援プログラム。実績あるベンチャーキャピタリストやアクセラレータ、大企業の新事業担当者等の外部有識者からの推薦に基づき、J-Startup企業を選定、官民で集中支援を行う。経済産業省・日本貿易振興機構(JETRO)・新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が事務局を運営している。
 CES出展における支援に加えて、「ジェトロ・グローバルアクセラレーション・ハブ」というスタートアップ支援のメニューも、使いすぎなんじゃないかというくらい、活用させてもらっています(笑)。
 『DFree』を米国でスケールさせるためには、現地企業との協業はカギになると考えていて。このアクセラレーション・ハブの支援は、米国企業とのパイプを築くうえで大きな力になっています。
 弁護士など現地の専門家を紹介してもらい、国の規制関連についても助言いただくなど、自分たちだけでは解決が難しい課題について相談させてもらいました。
日系スタートアップを対象とした日本政府の支援スキーム。世界のスタートアップエコシステム27箇所で、現地の有力アクセラレータや駐在員が、ブリーフィング、メンタリング、マッチング等の支援を提供する。https://www.jetro.go.jp/services/jhub/
浜本 私たちの場合は、地道なプロダクト改善と組織づくりを重ねるうちに成果が積み上がってきたと感じています。
 この6年間、共同代表の鈴木はニューヨークやサンフランシスコなどの大都市だけでなく、フロリダ、テキサスなどの南部や、アイオワといった中部の州も含め、米国を広く旅してきたんです。
 そして各地のスターバックスなどで、現地の方々にインタビューを重ねました。その場で知らない人に声をかけて、「どんなアプリを使っているか」「どんな使い方をしているか」を聞いて回ったのです。
 こうした活動も含めて少しずつ、現地ユーザーの感覚やニーズをつかんでプロダクトに反映し、ここまで来たというのが実感です。
浜本氏が米国のカフェでユーザーインタビューする様子。(写真提供:スマートニュース)

「わからない=投資しない」は正しいか?

琴坂 地道な活動の上に、良い人材との縁や外部サポートが加わることで、大きな力が生まれるのですね。
 それでも日本のスタートアップ界隈を見渡して、グローバル展開の知見が蓄積されているかというと、その段階には遠く及ばない。何が阻害要因なのでしょうか。
中西 投資家からの理解を得ることの難しさは、大きなボトルネックになっていると思います。
 グローバルで活躍する日本発のスタートアップを育てるのに必要なのは、経営者がバッターボックスに立てる環境作りだと思うんです。まずは実際に海外に挑戦する以外に、海外の市場を知る方法はないと思うからです。
 ですが海外展開を前提とする事業戦略上の資金調達は、かなり難易度が高い。投資家の中でも海外進出した場合と、しなかった場合のリターンを比較して評価するノウハウがまだ十分ではないと思います。
 だからこそ投資家も、「海外展開は評価できないから出資できない」「わからないものに出資できない」と躊躇してしまうのではないでしょうか。
琴坂 私自身も、新興国向け小口融資サービスを展開するスタートアップの役員を務めているのですが、ここでも出資を断られる最大の理由は「デューデリジェンス(投資を行うにあたって、投資対象となる企業や投資先の価値やリスクなどを調査すること)が難しい」というものです。
中西 もちろん私たちが海外で大きな成功を収めれば、投資家の判断を助けるモデルの一つになるのでしょう。ですがそれでは鶏と卵のどちらが先かという議論になるだけ。
 投資家側はスタートアップが「チャレンジする」こと自体をもっと評価して、その代わりスタートアップ側は成功も失敗も洗いざらい共有していく。そんなノウハウの蓄積をすぐに築いていければ、日本のスタートアップ界全体を前進させられるのではないでしょうか。
 とはいえ今の段階では、スタートアップと投資家の間だけで、そういったエコシステムを築くのはまだ難しい。
 だからこそ、「J-Startup」プログラムによる支援のように、政府や公的機関から後押しするようなファイナンスの仕組みや、事例を蓄積してリスクを評価できる制度があれば、非常にありがたいと思っています。
2019年のCESで、トリプル・ダブリュー・ジャパンの『DFree』が、CES 「Innovation Awards - Fitness, Sports and Biotech」IHS Markit 「Innovation Award - Fitness, Wearables and Health Devices」Engadget「Best of CES - Digital Health and Fitness」の3つのアワードを受賞した際の写真。「J-Startup」プログラムを活用したことで、ほとんどコストをかけずに挑戦できたという。(写真提供:トリプル・ダブリュー・ジャパン)
浜本 本当にそう思います。海外市場で一つの事業をスケールさせたサクセスストーリーがあれば、そこで経験を積んだ人が、別の事業領域でチャレンジしている人へ貢献でき、そこで生まれた成功を基に、また次の人へ貢献していける。
 そんなリレーのような流れを、生み出していきたいですよね。
琴坂 そうですよね。たしかに国内のスタートアップの資金調達状況は劇的に改善しています。しかし、たとえばB2B SaaSのように一定程度は勝ち筋が見えている事業、定石が固まりつつある事業領域に投資が集中しているように感じています。
 起業家が海外に挑戦するためには、その起業家を支援していくサポーターの方々、投資家のみならず、弁護士、会計士、ヘッドハンター、そしてアクセラレータのような中間支援組織などを含め、多くの専門家がともに挑戦していくことが必要なのだと思います。
 戦後の日本企業の国際化は、まさに多種多様なサポーター、そして資金を提供する銀行が積極的に海外展開を支援し、それを成し遂げていこうという気運に支えられていました。あの当時のような熱狂を、再度、日本のスタートアップシーンにも作り上げたいと思います。
■ジェトロ・スタートアップ支援課

 世界で活躍するスタートアップ創出のために、政府や関係機関と連携し、スタートアップのグローバル展開を支援する日本貿易振興機構イノベーション・知的財産部内の組織。世界各地のスタートアップ・エコシステムと直結した展示会等のイベントへの出展支援や、ブートキャンプ等のハンズオン型プログラムの企画・運営、現地アクセラレータ/VCとのメンタリング・マッチング機会等を提供。

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