2021/1/28

企業の“命運”を左右する「健康経営」。実現するためのポイントは

NewsPicks, inc. BRAND DESIGN SENIOR EDITOR
「健康」の2文字に、あなたはどんな感情を抱くだろうか。経済産業省の調査によると7割以上の人が「コロナ禍で健康意識が変化した」と回答。健康に注目が集まっている一方で、目を背けたい人もいるはず。
 しかし、企業にとって個人の健康意識を高める「健康経営」の推進は待ったなしだ。事業を推進する人材の健康に投資しなければ、モチベーションの低下や組織の活力減少を引き起こし、企業価値や競争力を失いかねない。
 では、健康経営を企業に実装し、浸透させ、従業員に行動変容を起こすにはどうすればいいのか。DeNA CHO室 室長代理の平井孝幸氏と、筑波大学名誉教授で自治体などに健康づくりの施策の立案や、健康習慣化アプリ「SUNTORY+」の監修を行った田中喜代次 氏に話を聞いた。

日本人は、健康に主体性が足りない

──「日本人は健康管理に対して意識が低い」というOECD(経済協力開発機構)による調査結果があります。日本は各国と比べて健康意識が低いと思いますか?
田中 世界30カ国をまわった感想として、日本人の健康意識は実は総じて高く、特に高齢者層では健康に関心を持つ方が多いと思います。
 一方で問題なのは、健康への主体性や積極性に欠けている人が多いこと。「何かあれば病院に行って医師の診療を受ければいい」と、他者依存的なマインドを持っているし、情報に根拠が乏しくても“右にならえ”で、素直に受け入れる国民性もあります。
 健康寿命を延ばすためには、自分で健康行動を起こす意志が必要です。その意志がないと、他者に依存したまま長寿を願うだけに偏りがちで、要介護や寝たきり、認知症は確実に増えてしまいます。
 つまり「健康」に関する認識がズレているために、自ら健康をつくりあげる人生、元気な生き方を見い出す意欲を喚起すべきだと思っています。
──平井さんも、日本人の健康意識に課題は感じていますか?
平井 健康を意識している20〜30代が少ないことは、やはり課題に感じます。寝なくても、食事をおろそかにしても、全く運動しなくても健康でいられるという思い込みのまま、ほとんどの人が過ごしていますよね。
 結果、少しずつ不調が出て仕事のパフォーマンス低下につながる。しかも、支障をきたしていても病気には結びついていないので、若い人が多い会社では「健康に対して関心が低いこと」が大きな問題につながると思います。

不健康は会社の大切な資産を失う原因

──パフォーマンスの低下というお話がありましたが、健康習慣がないことは、企業や人にどんな影響をもたらすでしょうか。
平井 腰痛や肩こり、眼精疲労といった健康上の問題で仕事のパフォーマンスが低下している状態を「プレゼンティーイズム」と呼んでいるのですが、この初期段階で対応しないと休職リスクが高まります。
 体や心に不調があるまま働いていても、新しいものを生み出す発想力は低下していきます。健康習慣のあるなしは個人の問題だけでなく、会社として大切な資産を失う原因にもなるんです。
 特にこのコロナ禍において、今まで健康経営で従業員の健康習慣を作れていた企業は、働き方の自由度が増し、通勤時間がなくなった分を睡眠時間に充てたり、自炊したりと、ますます健康度が上がっていることがわかっています。
 一方、今まで健康度を高められていなかった企業は、従業員が不健康になってしまう傾向があるんですね。まさに、健康の格差が生まれています。
田中 健康習慣というと、早寝早起き、ヘルシーな食事、毎日の運動、アルコールは適量に、タバコは吸わない…といったことが浮かびますが、すべてを実行するのは難しいですよね。
 でも、健康習慣がない年数を積み重ねてしまうと、いずれ不調をきたして健康を諦めるようになります。だから、少しでもいいので食事・運動・睡眠に“留意”して日常生活を過ごすことは大切です。
 ここで気をつけるべきは、健康に関して正しくない情報も世の中にあふれているということ。たとえば、健康診断の結果を見て「自分は健康長寿は難しい」と悲観するのは正しくないんです。
 数値で「メタボ」の判定をされた人の中には、実はあまり問題のない人もいるし、「健康」の判定をされた人の中には、実はリスクの高い人もいます。
 体質や年齢、生活習慣、生活環境といった個人差でリスクは異なるので、「本当に自分はリスクが高いのか」をきちんと判別できる仕組みが必要なのです。

健康意識の低い人は「健康」を遠ざける

──健康といっても、人によって多種多様であることを認識しないといけないんですね。そうなると、企業が働く人の健康意識を醸成するのも、工夫が必要ですね。
平井 そうなんです。健康意識の高い人たちは、勝手に知識を吸収して健康を手に入れるための行動をしてくれますが、低い人はそうはいきません。
 気づかないうちに健康状態が悪化して、いつの間にか休職することになってしまう。
 ただ、健康に関するセミナーなどの取り組みをしても、健康意識の低い人は興味がないから全く反応してくれません。
──つまり、健康という言葉自体に壁があるわけですね。
平井 その通りで、喫煙者やジャンクフード好きな人などは、「健康」という言葉を聞くと、自分たちの行動が制限されるのではないのかと、身構えてしまう。そういう人たちに興味を持ってもらうための工夫がとても大事です。
 私が実施した施策で有効だったのは、健康に関する研修やセミナーの切り口を「健康」ではなく、「ワークパフォーマンス」や「コンディショニング」にして、健康に関わる運動・食・メンタルの見せ方を変えたことです。
写真提供:DeNA
 また、座りっぱなしの人が多いIT企業で「腰痛撲滅プロジェクト」も実施しました。すると運動には興味がなくても「腰痛をなくせる」ことには興味を示してくれたんですね。
 セミナー後に実施したアンケートの回答結果によると、参加者の85%が腰痛を改善できたことがわかりました。
 たとえ、健康に興味がなくても、仕事のパフォーマンスを上げることには興味を持ってもらえる。こうした工夫で健康意識を醸成することが大切だと思っています。

自分に合った健康を、自分で見つける

──田中先生は健康意識の醸成に必要なことは何だとお考えでしょうか?
田中 平井さんの取り組みのように、自ら主体的に体験してもらって、結果にコミットする流れを作るのは大切だと思います。
 そもそも、専門家や有識者が示している健康に対する標準的な答えは、全員に当てはまるわけではないのです。
 つまり、自分にはそれが合うのか合わないのかを自ら体験する必要がある。それが、健康意識醸成の第一歩になります。
 日本人は国や会社、病院が健康を守ってくれるものだと思いがちです。しかし、健康の主体となるのはその人自身です。
 私は健康をよく「駅伝」にたとえるのですが、第1走は自分なのです。そして、第2走は健康保険法に基づく保険者や企業で、第3走は家族や友人、第4走に栄養士や保健師へとわたり、アンカーが医師。
 つまり、自分に合うやり方を自分で体験しながら知り、それを会社や家族、栄養士のサポートによって継続する。医師は最後に「無理なくそのまま続けてください」とうなずくだけの役割がベストということ。
 この役割が浸透すれば、個人の主体的な健康意識が醸成されて、企業の健康経営につながると考えています。
──個人個人で健康の定義は違う。その意識のアップデートが必要だということですね。
田中 そうです。コレステロールや中性脂肪、血糖値など、生活習慣を変えても良くならない人がいますよね。
 それでも100年生きる人もいれば、60歳で心筋梗塞を起こして亡くなる例もいる。
 もし、努力しても改善しないなら、残りの人生を想定した設計をするためのオーダーメイド医療が必要だと思っています。

健康行動のハードルを極限まで下げる

──ここまで、人々の健康意識を上げるための様々なお話を聞いてきました。では、健康的な行動を継続していくために、企業ができることや、個人が挫折しない仕組みづくりのポイントはありますか?
平井 成長実感を得ることが、健康行動の継続には欠かせません。たとえば、1日の歩数を増やし、飲み物をヘルシーなものに変えて、マインドフルネスな呼吸法を取り入れると、体重が減り健診結果も良くなるという効果が得られることもあります。
 そうした変化に加えて、「呼吸を変えたらイライラしにくくなった」といった、健康行動によって何が変わったのか、という実感値を記録し、成果を見える化することがポイントです。
 この見える化をするために、ツールを企業が従業員に提供するのは一つの有効な手段だと思います。
田中 挫折しないという点では、健康的な行動を継続していくために、何かしらのインセンティブを設計しようと考える企業は少なくありません。
 でも、インセンティブは一部の健康エリートを作り出すことしかできません。平井さんがお話しされたように、健康意識の高い人たちが最も積極的に取り組むからです。
 健康意識の低い集団を「健康エリート」に近づける術を確立できればいいけれど、ほとんどが一過性の取り組みで終わってしまいます。
 継続のポイントは、目標達成に対して報酬を付与するのではなく、健康行動のハードルをとにかく低く下げることなんです。
 私は、健康経営をサポートする「SUNTORY+」というアプリを監修したのですが、普段と変わらない日常生活にプラスαすることで簡単に従業員の健康行動を習慣化できるよう設計しました。
 具体的には、「朝起きて水を一杯飲む」「よく噛んで食べる」「肩甲骨を寄せて広げる」といったタスクが提示されるのですが、簡単なものばかり。
「出勤前にコーヒーを飲む」「食事中はお茶を飲む」というタスクもあります。コーヒーは内臓脂肪の蓄積を抑える効果が期待でき、緑茶は体脂肪の燃焼を促進する効果が高まるという報告もあります。
 きつい運動タスクは一つもないのに、体脂肪と血糖、コレステロール、血圧に対応しているため、これを長期間続けることで確かな効果を感じた人もいると聞いています。
 実際、健康意識の低かった人たちの生活習慣が変わり、成果が出ているという報告も受けていますよ。
──ものすごく低いハードルのタスクだからこそ、健康を意識せずに継続できるわけですね。
田中 そうです。食事や睡眠、ストレス、運動に関する50種類のタスクを用意しているので、その中で一つでも効果が実感できると自信につながります。
 たとえば、湯船に浸かる習慣のない人が「温かい湯船に浸かる」というタスクを実行して、翌朝気持ちよく起きられたら、それも一つの良い効果ですよね。そういった小さなことの積み重ねから健康意識を変えていくのが大切です。
平井 ハードルの低さは非常に大事ですね。こういった健康に関するサービスは、当事者の「変わりたい」「サービスを使ってみよう」という気持ちを引き出さないといけない。
 健康意識は年齢層によって違うので、一つのサービスで全従業員をフォローするというのは難易度が高い。
 でも、「SUNTORY+」のハードルの低さは、年齢や健康意識の有無に関係なく取り入れられる内容なので、多くの企業で成果を出しやすいんじゃないかなと思います。
田中 ちょっとした健康行動が家族や友人、職場に伝播して健康意識の向上につながり、その積み重ねが健康経営の推進力に貢献するような社会を作れたら嬉しいですね。