2021/2/19

【津田健次郎×WOWOW射場】激動の時代こそ、エンタメの力で先に進め

NewsPicks, Inc. Brand Design Senior Editor
新型コロナウイルスの感染拡大の脅威は続き、予断を許さない日々。日常のさまざまなシーンで制限が生じ、人々の不安が消えることはない。未来を明るく捉えられない状況における「エンターテインメントの力」とは何か。

2021年に開局30周年を迎え、新機軸の“エデュ・エンタ”番組「異才FUTURE うたえミライの歌」などさまざまなプロジェクトが始まっているWOWOW。

作り手に“偏愛”の士が多く、演者や視聴側にも長年の愛好者が多いWOWOWでエグゼクティブ・プロデューサーを務める制作部の射場好昭氏と、声優や俳優のほか制作側でもマルチに活躍している津田健次郎氏の対談を通じて、エンタメの価値を伝えるメディアの役割や、エンタメがビジネスパーソンにもたらすものを思考していく。

コロナ禍で痛感したエンタメの力

──新型コロナウイルスの影響で、社会のさまざまな価値観が変わったように思います。エンタメ業界の変化はありますか。
津田 エンタメって、何か大きな事件が起こると真っ先に苦しむ業界で、とてももろいと思うんです。エンタメがなくても、人間として基本的な生命維持はできるから。
 でも、ご飯も大事だけど、ご飯だけでは生きていけない。エンタメの出番は必ずやってきます。
 2020年にコロナ禍になったとき、まずは自分たちの身を守るために、一回引きこもって、シェルターの中に入った。じゃあ次は何が必要かとなったときに、一歩遅れてエンタメが登場したと思うんです。
 みんながネット配信やYouTubeを見始めたり、動画配信のサブスクリプションがはやったり。その半面、生の演劇やイベントは直撃を受けています。
 僕ももともと演劇出身なので、全然他人事ではなくて。そういう意味では、エンタメやアートの真価を問われているような気がしますね。
1971年生まれ。声優・俳優。NHK連続テレビ小説「エール」(語り)、TVアニメ「呪術廻戦」七海建人、映画「スター・ウォーズ」シリーズのカイロ・レンなど、アニメ・外国映画吹き替えなど多数出演。また、舞台や映画などのプロデューサーとしても幅広く活躍している。WOWOW開局30周年記念プロジェクト「アクターズ・ショート・フィルム」では監督業にチャレンジする。
射場 コロナ禍ではいろいろなものが止まってしまいました。人間の身体にたとえると、血の流れが一回止まって、関節も筋肉も全部固くなって、すごく動かしづらくなったような状態になってしまった。
 血の巡りをよくするため、循環するために必要だったこと。それは、「感情を動かす」ということだと改めて気づかされたんです。音楽でもいいし、芝居のセリフでもいい。人の声を聞いて、それで心がどれだけ動くかということを痛感した。
 それがないと本当にダメだなと、2020年にはっきり分かった。
 今までのエンタメは「余裕のあるときに楽しみましょう」という存在感だったけれど、実は水や食べ物と同じくらい大切なものなんだと。
 真っ先にあおりを受けるのはエンタメ業界かもしれないけれど、ウィズコロナでも普通に生きている状態になる、ニューノーマルに生きるには、エンタメが絶対必要なんですよ。
1967年生まれ。番組プロデューサー。WOWOW開局30周年記念『異才FUTURE うたえミライの歌』『電波少年W〜あなたのテレビの記憶を集めた〜い!〜』などを担当。坂東玉三郎、野村萬斎、立川志の輔など、舞台の上に華咲く天才たちを映像化した作品を得意としている。
津田 さらに面白いなと思うのが、コロナ禍で働き方も変わっていって、無駄な会議や通勤時間は要らないんじゃないかとなった。つまり、要らないものと要るものが割と明確になりつつある気がするんです。エンタメの世界でも、その辺がすごくシビアになってくると思いますね。
 特に演劇界なんて、ビジネスとしてお金が回っていない部分が大きかった。でも、回さないと、本当につぶれるんだということに気づいたと思うんですよ。自分たちの好きなことだけをやるのではなく、お金もちゃんと稼げるような、でもやっぱり面白いものを作らないといけない。
 この2つを兼ね備えたものじゃないと生きていけなくなる。そうした意味での“淘汰”が始まるような気がするんですよね。

「クリエイティブ貯金」をぶち込んで

──開局30周年を迎えるWOWOWが手掛ける「アクターズ・ショート・フィルム」。津田さんも参加されているそうですが、どんなプロジェクトなのでしょうか。
射場 「アクターズ・ショート・フィルム」は、5名の俳優さんが同条件(共通の予算で、原作のない25分以内の作品を、監督本人が出演)で監督する短編映画のシリーズで、津田さんのほか、磯村勇斗さん、柄本佑さん、白石隼也さん、森山未來さんといった映画通として知られる俳優さんたちに参加してもらっています。
 その中から視聴者・映画評論家の投票で選ばれた1作が国際短編映画祭「ショートショート フィルムフェスティバル&アジア」に出品されることになっています。
 日本のアニメは世界で売れているのに、なぜ日本の映画はそこまで行かないのか。それはチャンスが多くないからなんですよ。
 アニメは1クールに新作が40、50本出て、面白いものが残って、1番になるとお金も回る。だけど、日本の映画ってなかなか実験できない風潮がある。失敗してもいいからトライしてみたらいい。そんなところからこの企画は始まっています。
津田 ずいぶん前から構想していたプランがちょうど短編に向いているのかなぁと思って、今回の企画のために脚本化したのが『GET SET GO』(主演:竜星涼/大東駿介)という作品です。
 自殺しそうになっている男が、ロシアンルーレットの銃の賭博をやらないかと持ちかけられて、持ちかけた男と交流を重ねながら一発ずつ引き金を引いていくという物語。
射場 ひと言で言えば、バディものですよね。
津田 そうですね。「生きるか死ぬか」は昔からある大きなテーマですけど、今回は、葛藤する男2人の物語を堅苦しくなく、テンポ良くスピーディーに作りたいと思ったんです。
 いろんな実感を失っている、リアリティの欠如からくるある種の空虚感。そうした、現代に生きる人たちに蔓延する病のようなものにずっと興味があって。
射場 2019年、津田さんにWOWOWで舞台制作をお願いしたことがあるのですが、すごく粘り強い方なんだと感心しました。その時の信頼感もあって、今回も、予想のつかないものを作ってくれるのだろうな、と。
 津田さんの「クリエイティブ貯金」みたいなものを、際限なくぶち込んでもらおうと思って依頼しました(笑)。
 津田さんの作品は、設定やキャラクターがしっかりしていて、展開もすごく凝っている。あと、映画がものすごく好きというのもよく伝わります。
 デイヴィッド・リンチの映画を観ているときの面白さを感じたり、ジム・ジャームッシュの構図を思い起こさせたり、映画好きがクスッとくるようなシーンの使い方がたくさんある。
津田 まぁ「貯金」というと聞こえはいいですが、言い換えるなら、ストレスでもありますね。表現者って、ストレスがエネルギーになることはすごく多いと思います。もちろんポジティブなこともパワーにはなるんですが。
 素敵なものを見た、嫌な思いをした、すごくストレスフルだった──。日常で感じる些末なことから、不安とか疑問とか理想とか、そういう大きなことまで、自分の中に蓄積されているんですよね。
 僕はそういうものを具現したいし、外に出さないと気が収まらない。脚本執筆から撮影準備、そして撮影本番。すべてが大変でしたが、とても充実した日々でした。

「エデュ・エンタ」という新しい挑戦

──WOWOWといえば演者側にもファンが多いことで知られています。WOWOWならではのコンテンツ作り、不易流行はどんなところでしょう。また、WOWOWが「アフターコロナ」を生き抜くために挑戦していることは。
射場 30年前は、地上波のテレビにはない世界がWOWOWにありました。当時はエンターテインメントに特化するだけで、特別な存在だった。でも、世の中にエンタメがあふれかえるようになって、そうこうしているうちに誰も予想もしていなかったコロナ禍になって……。
 セグメントされていたエンタメだけではなく、もっとオープンなインプットの中でエンタメも循環させていくことが求められていると思うんです。スポーツも音楽も将棋も演劇も。
 それがマニアックな分野だったとしても、「こんなマニアックな世界があるよ、のぞいてみない?」というスタンスが強みだと思うんです。ジャンルが束になっているところがWOWOWのいいところだと自負しています。
津田 執念を感じますよ(笑)。WOWOWがすごいと思う瞬間は多々あります。たとえば、誰も注目してなくて全然盛り上がっていないスポーツを長年ずっとしぶとくやり続けていて、ある日突然火がつく。急に盛り上がってきたらWOWOWの独り勝ち、みたいなね。
射場 WOWOWって、流動性があまりある方ではないんです。新しいことを次々やるというよりは、ちょっとずつアップデートしていくような感じ。
 今までやっていたことを全部忘れて次に行こうとか、これまでの信頼関係を捨てて新しくしようとか、ある種身軽さみたいなものはない。ステップ・バイ・ステップの中で、じわじわアップデートやイノベーションをする。
 そういう文脈の中で、僕がいま注目しているのは“エデュ・エンタ番組”です。今日から始まる30周年記念番組「異才FUTURE うたえミライの歌」は、堅苦しい教育にもエンタメ性があった方がいいのではないか、楽しく学べるものこそ身につくのではないかというコンセプトから生まれました。
 やっぱり、NHKのチコちゃん(※「チコちゃんに叱られる!」)がエデュ・エンタの可能性を拓いた。学校で学んでいたようなことをチコちゃんのフォーマットで言われると、みんな飛びつく。信長と秀吉の関係なんかを5歳児が語るんですから(笑)。
 WOWOWは今までジャーナリズムが無かったけれど、楽しく知ること、エデュ(education)とエンタメ(entertainment)を分け隔てなく取り組むことに新しく挑戦していきたいと思っています。
津田 素晴らしいと思います。もともと僕の知識は、エンタメから学んだことが多い。たとえば、映画。歴史ものの映画を観て「こんな時代があったんだ」って勝手に興味をもって、勝手に深掘りし始めたら、いつの間にか周囲の誰よりも詳しくなっている。知識の入り方が全然違いますよね。
射場 アイデアをクリエイティブの力を使って創造していくという意味では、ビジネスもエンタメも同じですよね。面白いアイデアやクリエイティブな発想を生むためには“循環させること”が必要だと思います。
 WOWOWが皆さんに提供できるのは循環のためのきっかけ。番組をきっかけに知っていただいて、あとでもっと調べるなどして、自分らしく楽しんでいってもらえればいい。
 このコロナ禍における我々メディアの役割は、楽しいことがどんどん巡っている面白さを皆さんに体感してもらうこと。
 音楽や演劇、スポーツの試合がなくなったら、これはWOWOWとしては呼吸できなくなっている状態に等しい。
 コロナ禍でそのダメージはかなり受けてはいるのですが、そうした状態からまた、皆さんにエンタメを心待ちにしてもらえるか、楽しむことを忘れずにニューノーマルを過ごしたいと思っていただけるかどうかが、勝負です。
 止まっているように見えても、動いているものもある。私たちが悲観することなく、エンタメを応援し続けていれば、エンタメの力はまた世の中に戻ってくる。そう、確信しています。