2021/1/22
【阿部修平×森永康平】拡大し続ける格差。生き抜くために何をすべきか
SPARX | NewsPicks Brand Design
NewsPicksのもう1つの編集部、NewsPicks Brand Designから『NewsPicks Brand Book ニューノーマル時代にお金を育てる』が発売された。「ニューノーマル時代の経済は、私たちを幸せをするのか?」──そんな“壮大な謎解き”が始まった2021年。自分や社会を変えるため、お金を生かし、育てる方法のヒントが詰まった1冊だ。
この1年で、人々の働き方や暮らし、余暇の過ごし方やお金の使い方は劇的な変化を遂げた。将来の不確実性が高まる中で、私たちは自らの暮らしをどうやって守っていけばよいのだろうか。
景気や物価の動向にも詳しい経済アナリストの森永康平氏と、投資家でスパークス・グループ社長の阿部修平氏に、変化し続ける時代を生き抜く方法について語り合っていただいた。
『NewsPicks Brand Book ニューノーマル時代にお金を育てる』に掲載された対談記事の一部を抜粋し、ここに掲載する。
分断と格差が広がる中、資本主義はどう変わるのか
阿部 森永さんは経済アナリストとして、景気や物価などの動きをウォッチし、分析していますね。最近の私たちの暮らしに、どのような変化が起こっていると感じますか。
森永 日本は長いことデフレやディスインフレに苦しんできましたが、最近の物価変動を見ていると、コロナ禍で国民生活に重大な変化が起きていることに気づきます。
消費増税や幼児教育の無償化といった制度変更の要因を除けば、今も物価の下落傾向が続いています。本来なら物価の下落は、生活費が安くなるという恩恵もあるはずなのですが、そうはいかない状況が生じていると思います。
阿部 読者の皆さんに、もう少し詳しく説明してもらえますか。
森永 物価全体は下落しているにもかかわらず、食料品への支出割合は上昇しているのです。家計の消費支出の中で食費の割合を示す「エンゲル係数」は歴史的な水準まで上昇しており、削ることのできない最低限の生活コストが上昇していることになります。
実は米国でも同様の傾向が見られ、クレジットカードの利用データを見ると、コロナ禍においては外食や娯楽の決済は激減したのに、食品スーパーや小売りなど必需品の決済は減っていなかったのです。
阿部 収入の少ない人ほど物価下落の恩恵を受けることができず、生活はどんどん苦しくなってしまいますね。
森永 その通りです。米国では人種によって新型コロナに感染した際の死亡率が違うというレポートがありますが、ブラック・ライブズ・マターといった人種差別に対する抗議運動が拡大した1つの要因になっているのでしょう。
これは決して対岸の火事ではなく、日本でも分断が相当進んだように感じています。
同じ景気後退局面でも、2008年のリーマン・ショックでは金融危機が起こってから、市井の人たちに悪影響が及ぶまでには時間がありました。
しかし今回は、感染拡大を食い止めるために経済活動を意図的にストップさせたので、一般の人たちが突然、大きな打撃を被っています。
その結果、何が起きたかというと、リモートワークができるようなホワイトカラーの人たちはそれほど痛みを感じることなく、むしろ通勤地獄や無駄な会合から解放されるといったメリットさえありました。
株価は一時的に下がっただけですぐ回復し、その後は上昇したので、株式を持つ人たちはむしろ資産を増やせています。
その一方で、スーパーや飲食店の店員など出勤を要する職種の人たちは、休めば賃金を失う非正規雇用の人も多く、感染リスクにおびえながら仕事を続けなければなりませんでした。
中には収入が大幅に下がったり、職を失ったりする人もおり、経済的、社会的に弱い立場にある人ほど、苦しい状況に追い込まれています。
阿部 コロナ禍によって、すでにあった格差が拡大してしまったんですね。私はこのデフレはいずれインフレに転じると考えていますが、賃金を上げられない状況で生活必需品の価格だけが上がるという歪んだ形の物価変動が進むと、こうした分断はいっそう深刻になりますね。
森永 デフレ下では、高所得層は現金を持っていればどんどんその価値が上がるので、むしろおいしい思いをしています。
企業経営の観点から見ても、所得が低い層が苦しむほど安い賃金で雇用できることになりますし、やっぱりこういうところでも分断が進んでいると実感します。
阿部 私の若いころを振り返ると、経済が警戒すべき存在はインフレであり、大学でもインフレのことばかり教わった記憶があります。しかし現実には、この30年の間、日本はデフレに苦しみました。森永さんは、デフレの時代しか生きていないことになりますね。
森永 私はプラザ合意の年に生まれたので、日本が“ジャパン・アズ・ナンバーワン”を謳歌した時代は、物心がつくころには終わっていました。この目で見てきた日本はどんどん衰退していっていたので、悲観的な方向に考えが傾きやすくなっているかもしれません。
阿部 森永さんから見て、日本人の暮らしはどうなっていくと思われますか。
森永 こうした分断を招いた要因の1つは、行き過ぎた資本主義であることは間違いありません。だからといって、資本主義が終わるといった極端なことにはならないでしょうが、これまでとは異なる新しい資本主義への移行が議論されることになると考えています。
自由とは、ある程度の規制や管理の中にあってこそ
阿部 新しい資本主義とは?
森永 簡単に言えば、「中国モデル」です。中国は新型コロナウイルスの発生源であったにもかかわらず、感染を抑え込み、いち早く経済を回復させました。これはやはり、一部にだけ資本・自由主義経済を取り入れた共産主義という特殊な社会があってこそ、実現できたものです。
米国は資本・自由主義を掲げてきましたが、今回の危機時には超低金利の環境下において金融政策では打つ手がほとんどなくなってしまいました。
そこでかつてない規模で財政政策をしていますが、これはある意味、“大きな政府”になりつつあると感じます。実際、日本や欧州でも同様の事態が起きていますよね。
今すぐというわけではなくとも、この先10年ぐらいかけて私たちを取り巻く環境に社会主義的な要素がミックスされ、マイルドな管理や再分配が進んでいくのではないかと思っています。
阿部 人々はそれを望むでしょうか。中国が新型コロナ感染を抑え込んだのも、人々の自由やプライバシーを少なからず犠牲にした結果ですよね。
森永 もちろん自由は素晴らしいとは思いますが、すべての人があらゆることを自分で判断して行動に移し、その責任を取りきれるわけではありません。そもそも、自由というものはある程度の規制や管理の中でこそ、その価値を認識できる面もあります。
私自身、独身のころは、自分が自由だなんて意識したことはありませんでした。結婚して子どもが生まれて、自分1人の時間が無くなった状況になって初めて、休みに1人で釣りに行けることを自由だと感じるようになったのです。
日本人は意外と、完全な自由より、マイルドな管理下に置かれるのを好む人が多い気がしています。
阿部 私の世代にとって、自由とは先人が大きな犠牲を払って勝ち取ってきたものですが、森永さんの世代はそんなふうに受け止めているのですね。
森永 ここまで格差が拡大すると、それが本当に正義かどうかは考え直す必要があると思っています。
かつての冷戦で資本主義社会が勝利し、拡大した。そこから、庶民にはまったく関係ないところで金融市場がリスクを取り過ぎ、リーマン・ショックを引き起こしましたよね。結果として、何の罪もない庶民が職を失いました。
「これはおかしいんじゃないか」と考え始めたところにコロナ禍がやって来て、再び弱い立場の人が窮地に立たされた。
国民を救えるのは政府だけ。こうした経緯を見る限り、完全なる資本主義にはもう限界 がきている気がします。
自衛しない“中間層”はふるい落とされる
森永 今、差し迫った困難にあるわけではない“中間層”の人たちも、無関係ではいられません。以前であれば、日本は中間層が分厚い社会で、よほど運が悪くなければ中間層のどこかにいましたよね。
しかし今起こっている分断は、中間層と言われる人たちがどんどん下に落ちていくことで加速しています。かつては“一億総中流社会”といわれた日本ですが、今や中間層にとどまることが難しい。
何もしなければ自動で落ちていく社会になってしまっているのです。
そして、一度転落すると、なかなか這い上がることができません。こうした社会で豊かさや幸せを獲得するには、下の層でも楽しく生きられるよう価値観や生活水準を変えるか、中間層からふるい落とされないよう自衛するしかありません。
執筆:森田悦子
編集:奈良岡崇子
写真:タカハシアキラ
デザイン:月森恭助
編集:奈良岡崇子
写真:タカハシアキラ
デザイン:月森恭助
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