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ビジネスや社会の議論がより上位目的化しています。ここで避けて通れないのが、幸せの定量化や可視化です。言葉はHappinessやWellbeingやしあわせなどいろいろありますが、大事なのはどこの言葉を使うかではありません。
 むしろ大事なのは、「よい幸せ」と「悪い幸せ」の区別です。実際、大量の実データの解析から、注目したその人自身は幸せなのに、その人が関わっている周りの人が、おしなべて幸せではない場合がかなりの頻度で見られます。とても偶然ではない頻度です。それは、人の幸せを犠牲にして、自分だけ幸せになっている人が相当数いるということです。例えば、ストレスの多い仕事は部下に押しつけて、自分だけストレスから逃れている人が考えらます。あるいは、人を圧迫する態度により、まわりに要求を通すことで本人は主観的な幸せを得ている場合も考えられます。これが行きすぎるとパワハラになります。家庭では、妻の幸せを犠牲にして自分だけ勝手にする夫などもあります。このような幸せをここでは「悪い幸せ」と呼びます。
 幸せを数値化するものさしとしては、このような「悪い幸せ」は排除すべきです。我々がこだわったのはここです。周りの幸せを犠牲にして得た幸せは、幸せには含まないことにしたのです。このような周りを犠牲にしないで実現した人の幸せを「よい幸せ」と呼びます。このような「よい幸せ」をアプリをダウンロードすればスマホで計測できるようにしました。
 「よい幸せ」では「幸せの総量を増やす良い幸せの要因」と「まわりの幸せを犠牲にした悪い幸せの要因」を区別して定量化可能にしたのです。これは企業でもまちづくりでも、基本になると思っています。
どんなにデジタル技術を駆使しても、最後は人の心をうまく読み解く技が勝敗をわけそうです。人間のウエルビーイングとは何か、個々に捉えることが出来る企業に市民の信頼は寄せられるように思います。したがって今数値化されている財務目標だけでなく、被財務目標を企業のパフォーマンスに上手に入れ込み経営ビジョンを打ち出す信念が必要なのではないでしょうか。
ここで語られている「良い幸せ」と「悪い幸せ」はなんとなく経済学のpositive externalityと negative externalityにも通じるところがあるような。Positive externalityをもたらすものは供給量が社会的に最適なレベルより低くなってしまうのです。ただ、この記事では幸福度を10秒ごとのアクティビティーレベルで計量してるようなのですが、10秒毎アクティビティーレベルと幸福度の因果関係、また、良い幸せと悪い幸せの区別やまわりの人の幸福度への影響をどう計るのかなど、もう少し詳しく知りたいと思いました。
UXの時代という理由だけでもなく、そもそも政策の有効性をチェックすることは必須。国民の満足度を測るのは今後ますます必要になるだろう。公的サービスにNPSを導入しても良いだろう。矢野さんはお得意のウェアラブル端末でのハピネス係数の話をされているが、その前にやれることはたくさんあるはず。記事最後にあるリテラシーを高めることについては、私は今回のトランプの件やコロナの件でかなり絶望的になっている。リテラシー向上に期待してはダメではないか。
リテラシーで片付けるのは思考としては危険ではある。
なぜなら、発信者側が正しいのだと無意識に認識しているから。

デジタル化の流れは不可逆的なものであるからこそ、対話によって取り残されるだろう人に対する理解が求められる。