2021/1/22
デザイン思考だけじゃ「企業変革」はできないのか
NTTコミュニケーションズ | NewsPicks Brand Design
問題解決のアプローチとして、熱い視線を集め続けている「デザイン思考」。近年は企業経営にもデザイン思考を取り入れる動きが活発化しており、ビジネスを加速させる力として大きな期待が寄せられている。
そんななか、NTTコミュニケーションズが昨年4月に、新たなデザイン組織である「KOEL」を立ち上げた。
KOELは、NTT Communicationsのデザインスタジオ。2020年4月の組織再編で、事業変革・事業創出を目的としたイノベーションセンターを設立し、その一環としてデザイン組織を設立。
なぜ大企業にデザイン思考が求められているのか。そして、デザイン思考を経営戦略に取り入れ企業変革をするには、どのような障壁をクリアせねばならないのか。
KOEL立ち上げの中心人物である金智之氏と、KOELのパートナーを務めるクリエイティブファーム・KESIKIの井上裕太氏に話を聞いた。
企業の変革を阻んでいるものは何か
──そもそもなぜ、ビジネスにデザイン思考が求められるようになったのでしょうか?
井上 経営者が「自分たちのビジネスで誰をどう幸せにするのか」という原点に立ち返る必要が出てきた、というのが、ひとつの理由だと思います。ビジネスは成長すればするほど、経営者とユーザーとの距離が離れてしまうものです。
マッキンゼー、WIREDの北米特派員、TBWA HAKUHODOなどを経てスタートアップスタジオのquantum Inc.設立に参加。CSOやCIOとして大企業やスタートアップとの共同事業開発及び投資を主導。Panasonic Game Changer Catapult、JR東日本 ON1000、LION NOILなどの新規事業開発プログラムを立ち上げた。その後カルチャーデザインファームのKESIKI INC.の設立に携わり、現職。
かつては目の前のお客様に喜んでもらうために始めたビジネスなのに、経営者とユーザーとの距離が離れるほどユーザーが求めるものがわからなくなってしまう。最終的にはExcel上の数字でしかユーザーを把握できず、「今の数字さえ良ければそれでいい」となりやすい。
でも「本当にそれでいいのか」という揺り戻しがきている。CSV(共有価値の創造)やSDGsへの注目もそのひとつの表れだと感じています。そこで改めてビジネスを再定義しようというときに、デザイン思考が有用なものとなります。
デザイン思考のフレームワークは、ユーザーについて理解を深め、問題を定義するところからスタートします。「ビジネスが誰をどう幸せにするのか」から出発するわけです。
金 時代の変化に合わせて進化を続ける企業になるには、組織としていかに「試行錯誤」ができるか、個々人が自律的に創造性を発揮できるかが問われます。
ユーザーの理解から始まるデザイン思考は、そのあとアイデア創出、試作、テストと続き、仮説検証のループをぐるぐる回し、まさに試行錯誤しながら、ユーザー理解の解像度を高める。
そこから真の課題を見出し、最適なソリューションへとつなげる。まさにこれからの経営の課題を解決する手段として、欠かせない存在になりつつあります。
九州芸術工科大学卒。2005年、NTTコミュニケーションズ株式会社入社。音楽配信サービス、映像配信サービスなど数多くの新規事業開発を経て、11年にUXデザインを社内に普及推進するUXデザインスタジオを設立。デザイン戦略立案、事業部門との実践活動、人材育成活動などに従事。2020年4月デザイン組織「KOEL」設立に携わる。HCD-net認定人間中心設計専門家。
──一方で、DXがうまくいかない、デザイン思考を知ってはいるけど、どう実践していいかわからない、という声も聞きます。なにが障害となっているのでしょうか。
井上 DXやデザイン思考は、あくまで変革のためのツールでしかありません。まずは、前提にある「企業の変革を阻んでいるものはなにか」を見極める必要があります。
そもそもの企業変革を阻む要因としては、大きく3つあると考えています。
1つは、先ほどもお話しした「ユーザーとの距離」。会社が大きくなるほど、経営者とユーザーが直接話す機会はなかなか訪れません。ユーザーが求めているものがわからなければ、なにを変えるべきかもわからない。とはいえすべてのユーザーに会うわけにもいきませんので、デザイン思考などの仕組みが別途必要になります。
2つめは「実装との距離」です。組織が大きくなるほど、意志決定者と実装の現場は離れていくもの。担当部署を決め、予算取りがあり、計画を立て、外注先を決めるコンペをし……と、何らかの工程が挟まるほど実装までの時間とコストがかかってしまう。意志決定者の思いと、実装されるものが一致しない可能性も高まります。
最後のひとつが「既存事業への最適化」。既存事業に一生懸命取り組んできた企業ほど、社内のありとあらゆるプロセスが既存事業へ過度なまでに最適化されています。
裏を返せば、既存事業から外れたものに対しては効率が落ちたり障害があるということ。新しいことをやろうとしても、他社の事例を求められたり、検討に時間がかかったり、ということが起きがちです。
ユーザーとの距離、実装との距離を縮め、既存事業への過度な最適化からいかに脱するか。この3つを考えることが、変革を前に進める大前提だと考えています。
変革のために「社内の地雷を全部踏み抜く」
──では、まずどこから着手すればよいのでしょうか。
井上 特に大企業に顕著なのですが、既成事実に弱いんですね。「事例を出せ」と迫られるのも、既成事実がほしいから。ですので、なにかひとつ実績を作ると、途端に話が進み出します。私はこれを「一点突破」と呼んでいます。
──とにかく最初に1個作ってみると。これは新規事業における、PoC(実証実験)であるとか、MVP(実用最小限の製品)であるとかとは少し意味合いが違うんでしょうか。
井上 そうですね、そういったこともありますが、それらを含んだ最初の実践で、やりきることです。
そもそも「デザイン思考」そのものを理解してもらうのはそんなに難しいことではありません。要するに、ユーザーとちゃんと話そう、ユーザーとプロダクトのあり方をちゃんと描こう、そしてそれをちゃんとテストしながら何度も改善していこう、というすごくシンプルな話です。
──たしかに。
井上 一方で、大企業でそれをいざやってみようとすると、いろいろな地雷があるんですよ(笑)。前例のないものを作れば、新しい業務プロセスや、これまでと違う評価基準など、既存事業に過度に最適化されたルールや仕組みにぶつかります。
「広報からやたら難色を示される」「法務にめちゃくちゃ怒られる」「他部署から『うちの領域だ』と文句がくる」なんてことから、「ぶ厚い事業計画書を書け」「事例を出せ」「費用対効果を証明しろ」と言われるとか……さまざまなリアクションがあるでしょう。
──目に浮かびます。
井上 そういった社内の地雷をまずは全部踏み抜くんですね(笑)。デザイン思考を企業に浸透させるには、既存の業務プロセスやカルチャーを変えていかねばなりません。
一度地雷を踏み抜くことで、変えるべき部分がわかる。怒られたり、調整が必要だったりと簡単ではありませんが、最初の一回を作りきってしまえば、他のプロセスにも応用できる「プロトタイプ」ができあがるはずです。
──社内の地雷を踏み抜くのは、かなりの覚悟が必要そうですね……。
井上 そうですね。だからこそ一点突破は「中の人」が鍵なんです。
──コンサルなど、企業の「外」からの変革は難しいのでしょうか。
井上 いくらコンサルなどが「外」から働きかけても、企業の「中」に強いエネルギーが存在しなければ変革は難しいことが多い。「中」の人にどんな想いというかエネルギーがあって、そのエネルギーをどう加速させるかを考えるのが、「外」の役目だと思っています
その点、KOELこそ、まさに企業の「中」にいる金さんが長きにわたって生み続けた、マグマのようなエネルギーが変革を形にしたものですよね。2019年11月ごろから、KESIKIも「外」の役目として、ミッション・ビジョン作成から組織と制度設計、採用支援までご一緒させていただいています。
──なぜNTTコミュニケーションズ社内にKOELは立ち上げられたのでしょうか。
金 経営戦略にデザイン思考を取り入れるなかで、よりデザインをビジネスプロセスに組み込んでいきたいと考えました。
今回新たにデザインの専門組織として立ち上げたことで、UXデザイナーなど外部の人材を積極的に採用し、NTTコミュニケーションズの変革をけん引していく狙いがあります。ちなみに宣伝ですが、今もデザイナーを絶賛募集中ですので、興味がある方は KOEL のHPをご覧ください(笑)。
井上 金さんは、まだ世間でデザイン思考が理解されていないころから、ずっと社内で実践を続けてきましたよね。デザインの力でプロダクトを良くしよう、組織をよくしよう、会社を変えようと。
10年以上かかって、ようやく時代が追いついてきた。これはもはや“執念”ですよ。金さん、よく辞めませんでしたよね?
金 実は何度も辞めようと思いましたよ(笑)。執念というか、執着かもしれません。でも、諦めるのはいやだったんですよね。
KOELという存在自体が、企業変革のプロトタイプに
──NTTコミュニケーションズ社内にデザイン組織「KOEL」を立ち上げる原点は、一体どこにあったのでしょうか
金 原点は2010年ごろまで遡ります。入社した当初は新規事業創出に取り組んでいたんですが、優秀な社員が揃っているのにどうもうまくいかない。同じところをぐるぐる回って、結果につながらない感じがあったんです。そのうち優秀な仲間が辞めていったりもして……。
そこにデザイン思考との出会いがあって、これなら事業の成功に向けて、確実に前進させられるはず、と自身の事業作りに没頭しました。その後、UXデザインの専門チームを立ち上げたことをきっかけに、リーダーとして全社のサービスデザインへと動き出しました。
井上 とはいえ、経営幹部の理解を得るのも簡単ではないわけです。金さんは社内のステークホルダーを1人ずつ口説いていましたよね。その人向けに違う資料をそれぞれ作って、話したことを齟齬のないように整理し直して……。よくそこまで粘り強くやられたなと。
金 あまりにも話が進まなくて、最初は怒りの感情で動いていたときもありましたけど(笑)、やっぱり少しずつでも仕組みが整っていくのはおもしろいんです。社内で反対する人がいても、その背景や感情を分析すると反対する理由も理解できるようになりました。
井上 金さんの場合はプロダクトやサービスを作っているだけではないですよね。さらに「会社全体をデザイン思考でどう変革していくか」という、もう一段高いレイヤーで戦っている。
金 そうですね。いまKOELでは、社内の技術部門やサービス開発部門と連携し、戦略立案や事業開発、コミュニケーション支援に至るまで、組織を横断してビジネスの場にデザインの力を取り込んでいます。
前身の組織である経営企画部 デジタル・カイゼン・デザイン室でも、「顧客志向経営」をキーワードに、経営戦略の軸にデザイン思考を採用していました。
やはり、上のレイヤーに行かないと変わらないものもあると思うんです。大きな企業であるほど組織が縦割りになっているので、各組織が相互にうまく動くことを考えるには、上位のレイヤーから考えないといけない。
そうやって徐々に視座を高くしていった結果、企業理念まで考えるようになり、2019年にはNTTコミュニケーションズの新たな企業理念「人と世界の可能性をひらくコミュニケーションを創造する。」を策定しました。こういった経験や実績が、いまのKOELへとつながっていきました。
──井上さんから見て、KOELという組織はどのように映っていますか。
井上 NTTコミュニケーションズ社内にありながら、ひとつの企業体のように動いていますよね。ミッション・ビジョンがあり、個別のWebサイトがあり、採用や評価についても人事ではなくKOEL内で決めている。
つまり、意志決定権限やリソース配分が既存事業からリデザインされている。ここもひとつの「一点突破」だと思うんです。KOELがリデザインしてくれたおかげで、今後このやり方を真似た組織が生まれる可能性がある。
KOELという存在自体が、企業変革のプロトタイプになっていると感じています。
金 確かに、そうかもしれませんね。デザイナーの評価体系も新たに設けましたから。最近は現場に社内外から新しい優秀な人も入ってきてくれて、ようやく実践に対応できるリソースが整ってきたところです。業務プロセスや組織デザインなどの上流も見つつ、個別のプロジェクトでも結果を出していこうと。
ただ、あまり上流に振りすぎるとそれこそ「現場との距離が広がる」ことになりかねませんので、やはりバランスも必要だなと思っています。
井上 その意味ではKOELとKESIKIがコンセプト立案をリードし、UI・UXデザインを担当したオンラインワークスペース「NeWork」がいい事例になりますね。
金 NeWorkは「リアルより気軽に話しかけられる」ことを目指したツールで、ユーザーはプロジェクトや話題ごとに作られた「バブル」と呼ばれる“話の輪”に入って会話をします。バブルに入らなくても、メンバー同士で“立ち話”もできる。会議も雑談も両立した空間になるよう意識しました。
開発では既存のオンライン会議システムをなぞるのではなく、改めてリモートワークの課題を洗い出していきました。
井上 「デザイン思考を実践する人」「DXを実装する人」「環境を整える人」の3レイヤーがうまくかみ合ったプロジェクトで、完成までの期間も調査1ヶ月、開発2ヶ月というスピード感でしたね。
金 ユーザーとの距離、実装との距離が見事にマッチしたチームでした。組織に属する人たちが、自由に自分の創造性を最大限発揮するのがデザイン思考であり、そのためには組織のあいだにある壁を取り払わないといけない。このことを体現できたプロジェクトだったと思います。
ユーザーに愛されるかではなく、いかにユーザーを愛するか
──KOELとKESIKIが掲げているミッションを見ると、双方に「愛される」という言葉が使われています。意外とこういったところにもデザインの奥深さがある気がするのですが、ビジネスのミッションに「愛される」を含めたのには、どういう意図があったのでしょうか。
井上 おもしろいですね。これは冒頭にお話しした内容の繰り返しになりますが、ユーザーを単なる「数字」として扱うのではなく、その姿をきちんと理解して、少しでも良い方向へ導く手伝いをしようとする行為こそ、ひとつの「愛」なのではと考えます。
「愛」という言葉はロマンチックな響きですが、ドライにビジネスを考える上でも必須の要素でもあります。
いま、世の中がたくさんの選択肢で満たされているなかで「愛されるブランド」になるには、「このサービスを使っている自分を好きになれる」とか「その企業の哲学をリスペクトできる」とか、ユーザーの感情の起伏までをデザインする必要があります。
中長期的に生き抜くために、自分たちが本当に「愛される」存在たりうるかを、真剣に考えないといけない。
金 わかります。スイッチングコストが下がっていますから、単純にニーズを満たすだけでは埋没してしまいますよね。
ユーザーが何に悩むのかを理解して、それに対してどういうアプローチができるのかを考え抜き、試行錯誤を繰り返す。そこまでやりきれてこそ選んでいただける存在になるわけで、突き詰めれば“ユーザーを愛さないと、ユーザーに愛されない”といえます。
「愛される」という言葉がミッションに入っているのも、その実現のために「愛すること」、言わばカスタマーサクセスを約束しているからです。
「愛」については、エーリッヒ・フロムも『愛するということ』の中で、「いかに愛されるかではなく、いかに愛するか」と書いていますね。それって、デザイン思考そのものの話でもあるんです。
──デザイン思考と「愛」がそこでつながるんですね。
金 『愛するということ』には、デザイン思考の技術面についても語られてますよ。相手のことを配慮する、愛することに責任を持つ、相手のことをよく知る……。
井上 まったくもって、デザイン思考に出てくるキーワードそのものですね。
金 フロムによれば、「愛すること」とは相手と将来どうなりたいかビジョンを持ち、自分も軸を持ったうえで接すること、だそうです。
デザイン思考も根底は同じで、ユーザーと一緒にどういう状態を作りたいかビジョンを持ち、自分たちの信条を持ったうえでプロダクトを提供する行為といえるでしょう。
さらに言うなら、「愛すること」は社内にも言えます。組織や役職を超え、お互いをわかり合うことで、共に高めながら試行錯誤できるチームがそこかしこで生まれ、やがて企業体全体が変わっていく。企業が変わることが求められる今、それこそがとても大きな課題なのだろうと思います。
井上 金さんが向き合ってきた課題解決の実践こそが、変革のリアリティですね。
構成:井上マサキ
撮影:吉田和生
デザイン:堤香菜
編集:中島洋一
撮影:吉田和生
デザイン:堤香菜
編集:中島洋一
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