2021/1/27

【夏野剛】空飛ぶクルマ。「空」の商圏で日本に勝機がある理由

NewsPicks Brand Design editor
人類初の飛行機が誕生して100余年。今、ふたたび「空」が新たなフロンティアとして注目されている。特に、ドローンやスカイカーの登場は「空の産業革命」とも呼ばれており、技術やサービスの開発・導入実験が盛んに行なわれているのだ。
テクノロジーに造詣が深く、新市場でのビジネスを複数手掛けるドワンゴ社長・夏野剛氏もまた、「空」という商圏に大いなる可能性を見出す一人だ。
「あたらしい商人の教科書」プロジェクト第4弾は、夏野氏と日本発ベンチャー「SkyDrive」、その事業を裏で支える伊藤忠商事にインタビューを行い、「空」という商圏の最前線を探る。

日本は「空」のデファクトスタンダードを作れる

数年前までは珍しい存在だったドローンだが、主に中国製品が民生品として爆発的に普及。日本製ドローンも橋梁やトンネル、鉄塔などのインフラのメンテナンスといった特定の用途において欠かせない存在となった。
「ドローンとカメラと画像認識のためのAI(人工知能)。この3者がそろったことで、メンテナンス市場では一気にドローンが浸透しました。5年でガラリと世界が変わった。ですが、私はまだまだ空には可能性があると感じています」
こう話すのは、ドワンゴ代表取締役社長の夏野剛氏だ。
夏野氏がドローンの次に注目する「空の可能性」とは、自動操縦で垂直離着陸する『空飛ぶクルマ』だ。夢のようだが、これはSF特集の話ではない。2020年8月、日本発のベンチャー「SkyDrive」は報道陣が見守るなかで日本初の有人飛行テストを成功させている。
有人飛行テストに成功した「有人試験機SD-03」。機体は1人乗りでパイロットが操縦するが、先進的な飛行制御システムによって容易な操縦を実現している。
これまで空の移動は飛行機やヘリコプターなどで、道路を自動車で移動するのとは桁違いのコストがかかっていた。個人で飛行機を飛ばすよりはヘリのほうが安上がりだが、ヘリも内燃機関を搭載しているため、部品の点数も多く、メンテナンスコストが高い。
「自動車と従来の空の移動との間にある大きな溝を埋めるのが、電動の『空飛ぶクルマ』をシェアリングするという発想です。モビリティ領域は広大なので、ぽっかり空いた隙間の一角を取るだけでも、相当なインパクトになります」(夏野氏)
いきなり一般人が利用できるほどにはならなくとも、社会インフラとなったドローンのように、消防・警察での活用も期待できる。たとえば、医療分野ではこれまでドクターヘリが活用されてきたが、専門の操縦士が必要になり、対応できるのは大病院に限られた。それが変わるのだ。
iStock.com/Chalabala
都心の場合は、「多少値が張ってもとにかく早く移動したい」というニーズもあるだろう。
「私は慶應義塾大学の特別招聘教授も務めていますが、都心からキャンパスにヘリで向かうとたったの10分。ただし50万円ほどかかるので、さすがにやろうとは思えません(苦笑)。
それが『空飛ぶクルマ』だと、5万円ほどに下がる。東京近辺だけでも『タクシーより高いけど、時間を買う』という感覚で、十分利用を見込めるでしょう」(夏野氏)
加えて夏野氏が指摘するのが、日本特有の国土事情が「空のデファクトスタンダード」を取るために有利に働くのではないかということだ。
「たとえばアメリカは国土が広大で、何を運ぶにも移動距離が長いから、バッテリー駆動はなじまない。そもそも、自宅の庭に自家用飛行機の滑走路があったり、ヘリの免許が簡単に取れたりというお国柄です。
それに比べて日本では人が密集している。島国でもあり、フェリーが1日に2本しか来ないような小さい島も数え切れないほどある。『空飛ぶクルマ』をシェアして使うにはうってつけの国なんです。
諸外国に先立って運用がはじまれば、それがデファクトスタンダードになる可能性は高いでしょう」(夏野氏)
ニーズはいくらでも想定できるが、空を活用するためには法整備も必要になる。たとえば安全基準。人を乗せる以上、求められる基準は一般のドローンよりも格段に厳しくなる。
もうひとつ重要なのが、『空飛ぶクルマ』が空の「どこを」「どのように」使えるようにするか、だ。空を自由に飛んでいるように見える飛行機だが、実際には定められたルートの中でしか飛ぶことを許されていない。
iStock.com/ake1150sb
「『スター・ウォーズ』を思い出してください。街の上には飛行機やバイクがたくさん飛んでいて、高速で移動するならより上を、低速なら下を飛ぶ、というようにルールがある。
ルールは裏を返せば規制です。『空飛ぶクルマ』によって、交通網の立体化が可能になれば、都市構造すら変わる。しかし、人々の生活に合わせて適切に社会実装する段階で足踏みをすることにならないかが気がかりです。
日本は新しい技術に対応する法律が立ち上がるのが遅い傾向にあります。現状、技術的にはSkyDriveが世界をリードしている状況ですから、このリードを失うことなく、世界標準となるような先例を整備できるかが勝負ですね」(夏野氏)

2023年度、クルマが空を飛ぶ時代が来る

有人飛行テストを成功させたSkyDriveは、新たなモビリティを創造すべく、自動車や航空業界大手やベンチャー企業の社員が集まった有志団体「CARTIVTOR」が源流だ。CARTIVTORの結成は2012年。それから8年で、リーディングカンパニーにまで成長した。
2018年にSkyDriveを設立した福澤知浩社長は、自社の優位性について次のように話す。
「垂直離陸する乗り物は世界で120社ほどが取り組んでいますが、有人飛行できるレベルまで開発が進んでいるのは、私たちを含めて10社ほどです。
もちろん、ただ人を乗せて飛べばいいというのではなく、何より安全性を優先しています。
さらに私たちのアドバンテージは、コンパクトであること。他社が10m四方、15m四方サイズのところ、私たちは自動車2台分ぐらいに抑えている。離着陸の場所を選ばず、従来の駐車場から転用するのも容易です」
SkyDriveのマイルストーンは、意外なほど近い未来に設定されている。まずは2023年度。大阪万博に合わせて、大阪湾岸地区で『空飛ぶクルマ』を活用したタクシーサービスを開始する予定だ。
湾岸部は橋がボトルネックになったり、電車が通れる場所が限定されたりと、交通の便があまりよくない。しかし、空を使えればかなり近道ができる。
そこで多くの人に『空飛ぶクルマ』の利便性を体感してもらい、2030年度には社会に溶け込み、当たり前に利用される状態を目指しているのだ。
新しい挑戦だからこその壁もある。
「空のビジネスを進めるうえで、参考にできる事例は多くありません。一般の人が乗れる民間航空機が日本で完成したのは1960年代のことで、しかも小型機です。ヘリも基本的には海外の会社が作っている。
現在も丸々一機を日本で作るということとはほとんどなく、行政も手探りの部分があり、空を飛ばすための認証を取るのが第一の関門ですね」(福澤氏)
実は、日本には航空機のエンジニアがほとんどいない。試験飛行場を作るにも、安全や騒音対策のため、様々な手続きが必要となる。前例がないなかで、SkyDriveは0から考えながら地道に壁を突破してきた。
もうひとつの課題が、社内に事業開発を経験したメンバーが少ないということだ。しかし、これについては急速に解決に向かっている。
今年8月、伊藤忠商事がSkyDriveへの出資を決定。新しい事業を開拓するためには、現場を知ることも必要だとして、資金提供だけではなく、航空宇宙部から社員を出向させたのだ。
社内で指名するのではなく、「やりたい」と手を挙げた社員が既にSkyDriveに出向し、一体となって『空飛ぶクルマ』の実現に向けて取り組んでいる。
伊藤忠商事航空宇宙部の高端優氏は、出資及び事業開発サポートの背景を説明する。
「2030年の一般普及を目指すプロジェクトは、商社目線ではかなり長期なものになります。社内では、『そもそも本当に飛ぶの?』という懐疑的な意見もあったほど。
ですが、官民学が2023年の運用を目指し動き出した今、技術も加速的に進歩し『空飛ぶクルマ』は実現すると確信した。
このタイミングであれば『空飛ぶクルマ』の開発段階から携わることができ、そこで新たに形成されるエコシステム、特に消費者に近い目線でのサービスの事業を推進できる。
同時に、そこで浮かび上がる渋滞、救急搬送、離島・過疎地での移動手段確保等の社会問題解決にも貢献できるということで、挑戦する意義がある、と判断しました」(高端氏)

なぜ商社は新しい商いを生み出すことができるのか

伊藤忠の既存ビジネスとのシナジーはもちろん、その姿勢もSkyDriveが出資を受け入れた理由のひとつ。SkyDriveが描く未来を最も柔軟に受け入れたのが、伊藤忠だった。
「既存の産業であれば、他社より優れた製品を提示すれば買い手を得ることができるでしょう。しかし、新しい産業では誰が買い手になるかを探ることからはじまります。まだはじまってもいないサービスの魅力を買い手候補に伝える技術も必要です。
また、一般に受け入れられるためには、デザインやプロモーションも欠かせない。高端さんをはじめ伊藤忠には、ビジネスとして私たちに足りない部分を補ってもらっています」(福澤氏)
SkyDriveと伊藤忠のタッグについては、夏野氏も頼もしさを感じている。
「アメリカのベンチャーキャピタルのパートナーは、金融系と実務系が半々で構成されることが多く、経営陣と同じくらい、あるいは経営陣以上に企業運営に力を発揮します。日本の商社には、アメリカにおけるVCと同じ働きができる条件が揃っています」(夏野氏)
優秀な人材がいて、多様なビジネスの経験が蓄積されていて、資金力があり、投資を成功させるためにはネットワークを駆使して、必要な人材を連れてくることもできる。
2020年4月、伊藤忠は28年ぶりに企業理念を改訂した。近江商人であった創業者伊藤忠兵衛の原点に立ち返るべく、掲げたのは「三方よし」だ。高端氏は、「空のビジネスは、『三方よし』の手本のようなビジネスです」と説明する。
「SkyDrive、伊藤忠、そして『空飛ぶクルマ』を支えるエコシステム(管制、離発着場等)の各プレーヤーがビジネスを継続するためには、社会に受容され成長する事業であるという『売り手よし』が欠かせません。
渋滞を気にしなくてよくなったり、たとえば近隣のファミリーマートの駐車場から『空飛ぶクルマ』で離発着するといった、空を活用した移動手段の選択肢を提供することで『買い手よし』が実現する。
そして『世間よし』。電気駆動の『空飛ぶクルマ』はESGやSDGsという観点もありますが、今後人口が減少していく日本では、限られた利用者しかいない公共交通機関を廃止するようなシビアな議論も増えてくるでしょう。
既存の駐車場でも利用が可能なSkyDriveの『空飛ぶクルマ』は、その解決策になり得るのです」(高端氏)
夏野氏は、日本のビジネスやものづくりの歴史は商社とともにあったと指摘する。鉄鋼が売れるかわからないときにアメリカに鉄を売りに行き、自動車が売れるかわからないときに自動車を売りに行った商社。当然そこにはリスクがあった。
「紀伊国屋文左衛門だって、材木の代金を先に払って、海運のリスクも負って財を成した。お金のリスクを取って、新しい商いを作ってきたのが商人です。伊藤忠もリスクを取って海外ブランドを日本に持ってきて、その後独占して販売できた成功の歴史がある。
他社がやっていることを真似れば成功率は高いでしょうが、利幅は小さい。それでは、今はよくても先細りの商いでしかない。SkyDriveと伊藤忠の二人三脚で、今一度日本のものづくりと、商社の存在感を世界に知らしめることができたら、これほど痛快なことはない。
『空飛ぶクルマ』が大阪の空を飛ぶ2023年が今から待ち遠しいですね」(夏野氏)