電力価格高騰の中で考えたこと

年末から続く電力需給の逼迫により、ギリギリのオペレーションで停電を回避してくださっている関連事業者の方に感謝をしつつ、卸電力取引所(JEPX)の価格高騰に起因する電力小売事業者の電力料金プランについての議論を眺めながら考えたことを書いてみました。電力小売事業者のリスク管理と私たちの意識についての記事です。

市場連動プラン

おそらく一番話題になったのは、JEPX市場連動プラン、つまり毎月の電気料金の従量部分が市場価格に連動する料金設計になっている場合、12月下旬以降の電力料金が大きく跳ね上がるのではないかというものです。想定される価格インパクトから一部の小売事業者が槍玉にあげられ、解約を煽るような言説もみられましたが、まずもって言えることは、電力小売事業者が、自身の経営努力の及ばない仕入れ価格の変動を顧客である需要家に転嫁するのは適切な行為だということです。むしろ、転嫁していない事業者こそ、リスクを放置した経営をしていると言えます。小売事業者は、固定仕入れー固定販売か、変動仕入れー変動販売が基本で、残余リスクをヘッジする(変動仕入れ部分を固定化するなど)のが理想です。

市場連動といっても各社いろいろなプランがある様ですが、例えばみんな電力さんのように、6ヶ月分の平均値で顧客に転嫁するフォーミュラは、その平均期間に春秋の電力需要が落ち込む時期と、夏冬の需要が旺盛になる時期のそれぞれをバランスよく含むことから、需要家にとって毎月の電気料金の変動が大きくなることを防ぐ非常に理にかなったものだと思います。単月でも価格がspikeすれば数ヶ月はその影響は生じるでしょうが、ウェブサイトで公開されている1年分だけを見ても、顧客はしばらく続いていたJEPXの低廉な価格を存分に享受できていたわけで、一過性の価格変動よりも、そもそも顧客が同社の電力に付加価値を感じていたのかどうかの方が重要でしょう。今回、図らずも電力価格に大きく注目があつまったことで、小売事業者にとっては、電力という差別化が難しい商材に、どう付加価値をつけてきたのかという今までの取り組みが試されることとなりそうです。

未成熟な低圧電力小売業界

それよりも、個人的には電力小売事業者が顧客への損失補填に近い行為をすること(必ずしも顧客が損をしたわけではないが、電気料金が上がるという経済的ダメージを事後的に緩和する措置をとること)が制限されていないことや、顧客が電力料金算出ロジックを理解しておらず、慌てて解約しているなどの事実に、自由化まもない(とはいっても2016年4月からそろそろ5年が経とうとしている)低圧電力小売業界の未熟さを感じました。
生活に必要なライフラインとしての電力と、余剰資金を運用するための金融商品との違いはもちろんあり、安易に両者を比べることへの抵抗はありますが、市場リスクを内包する商品を顧客へ販売しているという類似点からみた電力小売業界への所感は下記の通りです。

1)損失補填

日本では、証券会社による顧客への損失補填を明確に禁止しています。これには、顧客の自己責任の原則に反すること(補填があることを期待して安易な投資が行われやすいこと)、また、補填を行う証券会社の財務の健全性が損なわれることの2つの理由があります。
電力料金の構成要素は難解ではありますが、これを理解するのを放棄することは、我が国の電力インフラのコストを誰がどう負担しているのか、地政学リスクや為替リスクにどれだけ晒されているのか、カーボンニュートラル社会を目指すことはそれらとどういう関係があるのか、といった私たちの生活に大きく影響する諸問題から目を背けることと同義です。多くの国民がそれらに無関心であり続け、特定電源への非科学的な反発や、近視眼的な世論の形成がなされ、国を挙げたビジョンを持たないできた結果が、今回の電力価格の高騰の一因になっているとも言えます。全ての人が、電力料金の各項目と価格算出根拠を理解した上で契約をし、それを前提に、電力小売事業者は顧客を繋ぎ止めるための損失補填は絶対に行うべきではありません。それは、顧客の自己責任性と我が国の置かれているエネルギー安全保障問題への関心を失わせ、また、今のJEPX価格がいつまで続くか誰もわからない中では、到底サステナブルな対応とは言えないからです。電気料金の上昇分を、事業者側が被るのは、男気ではなく、狂気です。

2)小売事業者のリスク管理

小売事業者が晒されているリスクに対し、適切なマネジメントを行う規制が設けられていないこと(あるいはその方法論が認識されていないこと)も非常に危険であることが明らかになりました。たとえば、上で例にあげた期ズレ型市場価格連動プランについて、これが金融商品であれば、Seasonalityや突発的な価格Spikeに左右されずに、事業者のマージンが確実に確保できる設計になっていたはずです(解約可能タイミングに制限があるなど)。同料金プランが、即時解約可能であった場合、顧客にとってはラッキーかもしれませんが、それは必ずどこかに歪みを生んでいます(価格上昇分を事業者や他契約者が被るなど)。金融の世界で、フリーランチは即座に食い尽くされ、アービトラージの機会がすぐに消えていくように、そのような電力プランも修正され、洗練されたものになっていくはずです。
小売事業者は、電力自体はその多くを発電事業者や市場から購入し、販売するだけの商売に見えますが、実は、料金プランを自身で設計をしているという点においては、保険会社が自社の保険商品を組成しているのに近いリスクを負っています。保険会社は、引き受けた保険のリスクの多くを再保険会社へヘッジし、さらに残余リスクに耐えうるソルベンシーの確保を求められています。電力の場合、顧客に他社乗り換えの選択肢が残されているのであれば、顧客保護の観点から、小売事業者にそこまでの規制は必要ないのかもしれません。しかし、気候変動によってさらなる厳気象が発生することも予想される中、たとえば、この年末年始の価格変動を含むhistrical VaRで最大損失額を計算し、財務健全性を確保する、くらいのことは、やってもよいのではないかと思われます。業界全体でリスクの所在を明らかにし、誰が、どのようなインセンティブでそれを引き受けているのかを明らかにすることは、業界の健全な発展に不可欠であることは間違いありません。

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