• covid19jp badge
  • medicaljp badge

新型コロナ、変異で「感染力1.7倍」「子どもにも感染しやすい」は本当?ワクチンへの影響は? 専門家に聞きました

イギリスで確認された変異した新型コロナウイルス。感染の広がりやすさ、重症化率や致死率、ワクチンや治療薬の効果にどれほどの影響を及ぼすことが考えられるのか。

イギリス国内で確認された変異した新型コロナウイルスについて、連日大きく報道されている。12月25日には日本国内でもイギリスから帰国した5人から、この変異ウイルスが検出された。

前提として、ウイルスの変異は常に起きている。だが、今回のイギリスで確認された変異リニエージ(リニエージとは変異したウイルスのラインのこと)は世界中で注目を集めている。

感染の広がりやすさ、重症化率や致死率、ワクチンや治療薬の効果にどれほどの影響を及ぼすことが考えられるのか。現時点でたしかなこと、たしかでないことはどのようなことか。

米国国立研究機関博士研究員でウイルス学、免疫学を専門とする峰宗太郎医師に話を聞いた。

今回起きた17の変異

ウイルスの変異とは生物の設計図に当たるDNAやRNAに書き込まれている遺伝情報が書き変わることを意味する。

新型コロナウイルスの遺伝情報はRNAに書き込まれている。この情報が書き変わることによって、ウイルスを構成するタンパク質のパーツも変化。それによってウイルスの性質が変化することがある。

今回の変異リニエージには、「B.1.1.7」という名称がつけられている。どのような変異が確認されているのだろうか。

「このB.1.1.7では、RNA上では29の情報が書き変わり、17箇所のタンパク質が変化しています。そして、それらの変異はウイルスの設計図のあらゆる場所に万遍なく入っていることが確認されています」

「その中でも、特に注目されているのがSタンパク(スパイクタンパク)で起きた『N501Y』という変異です」

なぜ、「N501Y」に注目が集まるのか?

Sタンパクはウイルスの表面の突起を形成するタンパク質である。

この突起部分がヒトの細胞表面にある分子(ACE2という分子)とくっつき、その後ウイルスが細胞へ侵入することでウイルスへの感染は起きる。そのためSタンパクは感染の鍵を握っていると言える。

また、新型コロナワクチンの主な成分はこのSタンパクであり、ワクチンでできる抗体はこのSタンパクを攻撃するよう設計されていることにも留意する必要がある。

「N501Y」という変異によって何が起きると考えられてるのか、峰医師は以下のように語る。

「Sタンパクはヒトの細胞と結びつくパーツです。その部分に変異が起きると、細胞とのくっつきやすさが変わります。これを親和性の変化と呼びます。『N501Y』という変異によって、この親和性が上がるということが試験管内の実験結果で得られています。この実験結果はサイエンス誌でも報告されており、現段階ではかなり確からしいと判断できる情報です」

親和性が上がる、ということはウイルスがヒトの細胞とくっつきやすくなることを意味する。そのため、より感染しやすくなることが危惧されている。

加えて、この「N501Y」という変異に関して動物実験で確認されたある事実も、注目を集めているという。

「フェレットに変異していない新型コロナウイルスを感染させて、他のフェレットへ感染するかどうかを研究していたところ、『N501Y』の変異が発生したことが報告されています。ここから何が言えるのか。それは『N501Y』という変異は起きやすい可能性があるということです」

常にウイルスには様々な変異が起きている。しかし、多くの変異はウイルスにとって有利でも不利でもなく、いつの間にか消えてしまう。だが、その中で繰り返し起きやすい変異が稀にある。

研究結果を踏まえると、この「N501Y」という変異はウイルスにとって有利な変化であり、残りやすい変異である可能性が高いと峰医師は言う。

「日々様々な変異が起きる中で、この変異が残るということは、ウイルスの増殖に何らかの影響がある可能性が高い。そのため、この『N501Y』が最も注目されています」

Sタンパクには他にも…

同じくSタンパクで確認されている「P681H」という変異も注目されている。

ウイルスはSタンパクの突起が細胞と結びつき、その後、その一部が切断されることで細胞への侵入を始める。そのSタンパクの切断しやすさを左右する部分に、確認されているのが、この「P681H」という変異だ。

場合によってはウイルスが切断されやすくなる / 切断されにくくなる可能性があり、それによってウイルスがどれだけ細胞へと侵入しやすいのかが変化する。

また、「69-70デリーション」という変異も注目されている。69番目、70番目に存在した遺伝情報が消えたのが、この変異だ。

「この変異が起きると、ウイルスが人の免疫をすり抜けやすくなるのではないかという予備実験データがあります」

他にもウイルスの増えやすさに影響を及ぼす可能性がある変異などが、イギリスで検出された「B.1.1.7」では確認されている。

「感染力が1.7倍」の信憑性はどこまで?

ボリス・ジョンソン首相は19日、「エビデンスはまだない」と前置きしつつ、「変異したウイルスの感染力は、これまでのウイルスよりも最大70%高い可能性がある」と発表。

この発言を受け、日本でも変異したウイルスは「感染力が1.7倍」あると報道されている。

だが、峰医師はイギリスでこれまでに発表されているデータには様々な「限界がある」と指摘。データは「尊重すべき」としつつ、ジョンソン首相の発言の根拠となったイギリス保健省の調査は完全なものではないとした。

イギリス国内では24日、3万9000人を超える感染者が確認された。これほど大規模な感染拡大が続くイギリス国内では、感染経路の分析が十分になされておらず、確認された感染者のバックグラウンドなども定かにはなっていない状態だ。

そのような中、イギリス保健省は新規陽性者のうちB.1.1.7が占める割合が増加していることをもとに、感染力が「最大70%高い可能性」を示した。だが、現時点では本当に感染力が1.7倍あると断定することは難しい。

峰医師はB.1.1.7 がこれまでの新型コロナウイルスに比べ、感染力が高いという推測には同意しつつ、どれほど感染力が高いのか、その詳細については引き続き検証が必要であるとしている。

「ジョンソン首相も"Maybe"(もしかしたら)や"Evidence has not yet"(エビデンスはまだないが)と、言葉を補いながら、感染力が高いという推測を提示していました。つまり、今回のメッセージや決断は首相として安全を最大限担保するためのものだったと考えられます」

「将来、このB.1.1.7の脅威がはっきりとわかった時に手遅れにならないよう、現時点での科学的な正しさが50%程度やそれ以下であったとしても警鐘を鳴らすべきと考えたのだと私は理解しています」

「このリスクの取り方、判断は妥当でしょう。経済へのダメージは大きくなりますが、それを天秤にかけた上で、ボリス・ジョンソンという政治家はこうした判断をした。その後の世界各国のイギリスからの渡航禁止措置も同じ理由で正当性があると考えます」

子どもも感染しやすい?重症化率はどうなる?

イギリス国内では「B.1.1.7」は子どももより感染しやすくなっているとの説もささやかれている。だが、これは感染した子どものウイルスを解析する中で、今回の変異種が多く発見されているという段階であり、変異したウイルスは子どもにもより広がりやすいと断言できる状況ではないという。

「もしかしたら、たまたま学校など子どもたちの間でB.1.1.7のクラスターが発生しただけかもしれません。子どもが感染しやすいかどうかは、まだ慎重に検討する必要があるでしょう」

重症化率や致死率の変化については、今後治療の現場で慎重に観察する必要あるものの、現段階でイギリスで確認されたB1.1.7がより重症化しやすいことを証明するデータは存在していない。「エビデンスはまだない状態」だ。

ワクチンの効果への影響は?

治療薬については、すでに過去に起きた別の変異でそれまで有効とされてきた治療薬が効かなくなったケースが報告されている。

こうした「薬のエスケープ変異」が、今回のB.1.1.7でも起きる可能性はあるという。

体を守るため、体内に入ったウイルスに抵抗する物質を抗体と言う。

ワクチンもSタンパクによって抗体を作るという特性上、この抗体が攻撃するSタンパクの部位が変異することで効かなくなる可能性はある。しかし、完全に無効化されることは考えにくいという。

「治療薬の場合はウイルスのある部位に効果を発揮できなくなることで効果が失われてしまいます。ですが、ワクチンは1273個も存在するウイルスのアミノ酸に対して、複数箇所に抗体を作ります。ですから、たとえ1箇所にアタックできなくなったとしても、大抵の場合は大丈夫です」

「ですので、この変異によるワクチンへの影響は即座にはないだろうとは言えます。とはいえ、はっきりとは断言できる状況ではありませんので、引き続き検証することが重要です」

検査に関しては、イギリスで用いられているライトハウス社のリアルタイムPCR検査キットで「69-70デリーション」の影響を受け、正常に検査できないケースが発生したことが報告されている。

だが、ウイルスの他の部位に対する検査は通常通り可能なため、そこまで懸念する必要はないとの見解を示した。

南アフリカで確認された変異、リスクはどれほど?

新型コロナの変異については、南アフリカで確認された変異も注目されている。

南アフリカの変異ウイルスはB1.1.7よりも、さらに感染力が強いという憶測も飛び交うが、この南アフリカで確認された変異リニエージの主要な変異も「N501Y」だ。

南アフリカでは現在、マスクをつけず、祭りなどに参加する人が増加したことで感染者数が急速に増えている。

そのため、「変異によって感染が広がったのか、感染対策が疎かになったことによって感染が広がったのか判断することは難しい」。

「フェスティバル経由で広がったのが、たまたま変異したウイルスであった可能性も否定できない」とした上で、どれほどの感染力があるのかは「現時点ではわからない」という。

峰医師はBuzzFeed Newsの取材に動物実験や試験管内の実験結果と実際の感染状況のデータを組み合わせて分析することが重要であると繰り返し強調する。

「動物実験のデータや試験管内の実験データだけでは不完全です。完全な分析をするためには疫学的データを踏まえることが不可欠です」

「基本的な感染対策は変わりません」

この変異によって日頃の感染対策に何か影響はあるのだろうか?

峰医師は「なぜ、このB.1.1.7が感染しやすくなると考えられるのか。そのメカニズムから考えればよい」と話す。

「現在まで、新型コロナの感染はその多くが飛沫感染によるものであると考えられています。時折、3密環境などで飛沫が空気感染することもあると思われますが、主要な感染経路は飛沫感染です」

「ウイルスがより安定して『長生き』するような変異が起きて、感染経路が空気感染メインになるようなことがない限りは基本的な感染対策は変わりません」

「まずは3密を作らない、そしてマスクをする。それから手を洗い、適切な距離をとる。体調が悪ければ外に出ることは控えましょう。こうした基本的な対策をとって、感染経路を断てば、ウイルスが突然テレポーテーションすることはないので感染を防ぐことができます」

その上で、ウイルスの感染力が高くなったりまき散らされる量が多くなったりすることで、クラスターが発生した際の規模が大きくなる可能性は「若干ある」とコメント。しかし、「基本的な感染予防策が今後も変異ウイルスに対しても効果を発揮することは、ほぼ確か」と強調した。

個人レベルで大げさに恐れる必要はない。でも…

個人レベルでは、変異したウイルスが日本で感染拡大したとしても、今後も基本的な感染対策を徹底することが重要となる。

では、国レベルではどうか。

峰医師は今回のイギリスにおける変異ウイルス確認後の対応が「良いケーススタディとなる」と言う。

今回改めて明らかとなったのは、感染状況をモニタリングすることの重要性だ。国内で発生している全ての感染例のゲノム解析は不可能だが、できる限りサンプリングし、現在流行しているウイルスを分析することは重要だ。

日々、モニタリングしているからこそ、変異種が拡大した時、適切な対応をとることが可能となる。

「しっかりと実験をして、データを分析し、リスクを検証するということは時間を要します。場合によって数ヶ月かかる場合もある。その間に危険なウイルスが広がってしまえば取り返しがつかない」

「変異を大げさに恐れる必要はない。でも、国レベルではしっかりとリスクをコントロールするためにモニタリングをしっかりと行い、しかるべき時にはしっかりと決断を下す必要があります」

国レベルの決断と、個人レベルの感染対策との間をつなぐのが適切な情報発信だ。

「今わかっている科学的なファクトと、最悪のシナリオに陥った場合には何が必要かをしっかり説明してさえいれば十分」と峰医師は考える。

その情報発信を担うメディアに対しては一次資料を参照して適切に理解することが重要であるとし、「見出しや数字だけで煽るのはやめましょう」と苦言を呈す。

「過度に煽ることは恐怖感や不安感を覚えさせてしまいます。そのインパクトは大きく、必ず過剰に恐れる人が出てくる。インパクトの大きな言葉やデータも一人歩きしがちです」

「ですから、事実、その事実の解釈、そしてその背景を丁寧に伝えることが重要です」


【参照できる一次情報】

イギリス保健省がまとめたリスク評価に関する発表資料:https://khub.net/documents/135939561/338928724/New+SARS-COV-2+variant+-+information+and+risk+assessment.pdf/b56d4591-0466-1a18-28dc-010e0fdeef53?t=1608569319930

イギリス政府が立ち上げたコンソーシアム「COVID-19 Genomics Consortium UK」による「B1.1.7」に関する分析:https://virological.org/t/preliminary-genomic-characterisation-of-an-emergent-sars-cov-2-lineage-in-the-uk-defined-by-a-novel-set-of-spike-mutations/563

サイエンス誌に掲載されたSタンパクの「N501Y」変異に関する論文:https://science.sciencemag.org/content/369/6511/1603

欧州CDC(疾病予防管理センター)による「B.1.1.7」に関するレポート:https://www.ecdc.europa.eu/en/publications-data/threat-assessment-brief-rapid-increase-sars-cov-2-variant-united-kingdom

WHOによる「B1.1.7」に関するレポート:https://www.who.int/csr/don/21-december-2020-sars-cov2-variant-united-kingdom/en/