2021/1/17

【高原豪久】ユニ・チャーム海外展開で売上高3倍、時価総額11倍

ライター&編集者
2001年に39歳で社長に就任。当初はその経営手腕を不安視されるも、圧倒的な実績で外野の雑音を跳ね返したユニ・チャームの高原豪久社長。

生理用品や紙おむつなど国内の事業基盤を強化するとともに、新興国を中心とする海外展開を加速。80を超える国や地域に進出して現地ニーズを掘り起こし、社長就任時に約1割だった海外売上高比率を約6割に、売上高を3倍にするなど、同社を大きく躍進させた。

なぜ創業者である父のカリスマ経営から、社員が自立的に動く全員経営へと転換できたのか。海外戦略、急成長を支えた人づくりなど、社長人生20年で培われた経営の要諦を語る。(全7回)
高原豪久(たかはら・たかひさ)/ユニ・チャーム 社長
1961年愛媛県生まれ。成城大学経済学部卒業後、三和銀行(現・三菱UFJ銀行)を経て、91年ユニ・チャームに入社。台湾現地法人副董事長、サニタリー事業本部長、国際本部担当、経営戦略担当などを歴任後、2001年6月、社長に就任。

父の一言で覚悟が決まる

「お前のせいで、株価が下がるんじゃ」
2001年6月28日、私の社長就任が正式に決まる株主総会当日の朝のこと、食卓の向かいに座っていた父が立ち上がり、真っ赤な顔でこう激高したのです。
実際、その年の2月、私が次期社長に就任することを発表してからというもの、ユニ・チャームの株価は低迷。株主総会当日は3900円と、1年前の6400円より2500円も下落していました。
2001年2月、社長交代会見に臨むユニ・チャーム創業者の高原慶一朗氏(左)と高原豪久現社長(右)。(写真:時事)