【Netflix 櫻井】アニメを夢の仕事に。ひっくり返すチャンスは今だ

2021/1/16
190カ国に約2億人を超える会員を抱える動画配信のNetflix。そのコンテンツの柱のひとつがアニメーションだ。とくに日本を拠点として制作されるアニメーションは、グローバル視聴者数が毎年50%も成長する、目玉コンテンツと言える。
アニメを視聴する中心層は、ファミリーではない。ヤングアダルト層といわれるティーンエイジャーから上の好感度層だ。
日本でのサービス開始から5年、Netflixの日本での有料会員数はすでに500万人を突破している。しかし、これは人口のわずか5%にすぎない。Netflixにとって、日本はまだまだ会員数を増やせるマーケットであるとともに良質なコンテンツをハリウッドと比較して安価に供給できる発信地でもある。
アニメ制作の拠点東京で、現在11名のアニメクリエイティブチームを率いるのが、チーフプロデューサーの櫻井大樹だ。
小学生時代をイギリスで過ごした帰国子女であり、東京大学大学院修了後、アニメ制作会社、プロダクション・アイジーに入社、『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』のアニメシリーズなどの脚本家を経てプロデューサーを務めた異色の経歴を持つ。

漁師もいいなと思った

櫻井はもともとアニメが好きだったわけでも、アニメプロデューサーを目指していたわけでもない。大学院時代に、ひょんなきっかけからアニメに出会うことになる。
「プロダクション・アイジーに行って、未来のメディアや経済について意見交換してくれば?」という大学院の指導教官の勧めでスタジオを訪れると、ちょうど攻殻機動隊を新しいアニメシリーズとして制作しようとしていた。
その際、「次も来ますか」と問われ、同社に通い始めると、いつしか意見交換を続けるようになった。しかも、そこで櫻井が出したアイデアが次々とアニメの中に採用されてく。次第にアニメ制作にのめり込み、1年もたつ頃には脚本を書くようになっていた。
大学院修了後の2002年には、そのままプロダクション・アイジーに入社。勉強だと思って、ひたすらアニメを見るようになった。
プロダクション・アイジーでは、脚本家、プロデューサーとして『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』『精霊の守り人』など数々の作品を手掛けた。そして2017年、「もうアニメには疲れたので全く別のことをやろう」と思い、会社を辞めた。
次への展望があったわけではない。自室でゲームと格闘しながら、釣りの経験はなかったがテレビ番組で見たマグロ漁師が格好よく見えて、漁師になるのもいいなと思った。
そんな時、Netflixから電話がかかってきた。「日本のアニメ業界を一緒に盛り上げないか」――彼が退職したことを聞きつけたNetflix側から、毎日のように口説かれた。
長年アニメを作ってきて、英語が話せて、脚本が書けて、アニメの現場でプロデューサーをやっていた櫻井の経験は、Netflixでこういう人が欲しいと求めているまさにその人物像だった。
「君が何になりたいか?じゃないんだ。私たちがこういう人になって欲しい、という人物に君がなるんだ」
当初、櫻井はNetflixに興味はなかったが、連日にわたる熱い説得に半ば根負けする形で入社を決めた。Netflixはチームの入れ替わりが多いとも聞いていたが、それならそれでいい、と思った。
入社前から退職後の引っ越しの費用や手間を考えて、通勤には1時間半かかったが引っ越しをすることは考えなかった(Netflixに入社して3年半を経た今年、櫻井はついに引っ越しを決めた)。

信じることをやれ

現在櫻井のチームでは同時進行する80もの作品のプロデュースに関わっている。自分でも作品を担当する他、アニメクリエイティブチームのメンバーの担当作品に目を配る。
2週間に一度、全ての作品の状況を確認し、進行に心配のある部分があればチームの相談に乗るが、世界一自由な会社Netflixでは基本的な判断はそれぞれの担当者に委ねられている。
櫻井の上司は実写もアニメも担当するが、作品ごとの進行状況、内容には関わらない。作品の納期、年間何本を制作するか、どの程度の視聴を目指すのかなど、およそ考えられる数値目標についての決まりごともない。予算も決まりきったものではなく、足りなければ申し出て、余れば戻す。
「日本企業に長く居た身としては、これでよく機能しているなと毎回不思議ですよ。基本的にお前がやりたいようにやればいいんだよ、と言われています」。
Netflixにはアナリストのような機能をもつチームがいて、過去の視聴傾向、漫画原作なら売上部数や何年前の作品か、制作するアニメ会社のレピュテーション、声優という基本的な情報からどの程度、新しく企画する作品に対する視聴を期待できるのかの参考値を出す。
この数字に従って数値を高くする作品が作る必要はなく、あくまでも参考値として考えられている。結果的にファンが満足するクリエイティブは数値では測れないということを知っているのだ。
一方で、ある時櫻井が原作のないオリジナル作品を進行している時に、1話あたりの制作金額が普段より高くなっていた作品があった。さすがに気になり、早々に共有を済ませてしまおうとすると、アナリストたちから「ちょっと待って」と声がかかった。
「まずい、バレたな」と思ったら、『原作もなく、認知度もない作品だから、もっと予算をかけたほうが良いのでは?』と逆提案された。思わず戸惑う櫻井に『自信がないの?それならやめた方がいいよ』とたたみかけていく。櫻井は、「自信があるからもっと予算をかけます」と答えた。
こうした作品がファンに届かないかもしれない、と考えると怖い。けれど彼らはクリエイティブチームを信じてくれているから『過去の傾向はこうだったけれど、これは参考値だから信じることをやれ』と後押しをしてくれる。
ちなみに、Netflixオリジナル作品の2020年度の世界全体の製作費は1.8兆円と推測されている。NHKの年間製作費(1550億円)の10倍を超える。

目利きする2つのポイント

櫻井のチームは日本に拠点を置いているが、制作チームは日本に閉じているわけではない。
2021年5月に独占配信を発表しているSFファンタジー『エデン』の制作に、櫻井は初めてのチームで取り組んだ。クリエイターはこのメンバーが最強だと集められた多国籍ドリームチーム。プロデューサーはアメリカから、監督、キャラクターデザイン、脚本が日本、オーストラリア人の作曲家、制作スタジオは台湾、背景美術は中国から集結した。
コントロールが難しくて、成立しないと何人にも言われ、櫻井自身にも迷いがあった。ただでさえ原作がないオリジナルの作品に、インターナショナルなチームというリスクを上乗せしていいのか?上司に相談しても『好きにやればいいんだよ』と言われてしまう。
「頼りになるような、ならないような。でも、この言葉はありがたいといえばありがたい。ここでは、やると信じたら、全部やれてしまう。うまく進まなかったら全部自分で面倒を見る」
櫻井は初めての制作会社と組む時には、必ず自分が現地に行く。CG会社であればまずはサーバールームをチェックする。
「ビビりなんで、入念にスタジオに行きます。CG会社の間で、櫻井はすぐにサーバールームを見せろというと、うわさが立ちました(笑)。レストランでどれだけの素材と鮮度で誠意を持って料理をふるまっているかは、冷蔵庫を見ればわかりますよね。
CG会社もそれと同じで、サーバーの容量、クリエイターがどれだけ出社してきているか?どんなソフトで今何を作っているか? それを見ると、信頼できるスタジオかどうかがわかります。
余談ですが、会社のスペースの全てをクリエイティブに渡すという気持ちを持った会社は尊敬できます。たとえ社長でも部屋がない、そんな姿はとても信用でき安心してご一緒したいと思うのです」
『エデン』は進行を決める前に台湾のスタジオ、中国の美術会社に行った。監督や脚本家、プロデューサーとも直接会話を重ねた。このメンバーなら大丈夫だと、進行を決めた。
「結果、すごく良い作品が納品されてきて、こういうインターナショナルなトップチームで全くのオリジナル作品を創り上げるのはNetflixだからこそできるし、信じて賭けてみるものだなと」
『エデン』は30カ国語に翻訳をされ、2021年5月に190カ国で配信される予定だ。

骨をうずめるつもりじゃない

予算の縛りも納期もなく、クリエイティブを信じてくれる経営者がいる。配信のプラットフォームは強く、かつ世界へとつながっている。クリエイターとしては最高の職場にいる櫻井だが、会社との距離感はあくまでフラットだ。
「僕もNetflixに骨をうずめるつもりじゃないし、そういう会社でもないから、究極を言えばアニメ業界のためにならなくなったらここでのキャリアは終わりだと思っています」
その櫻井に対して、会社は望むところだ、好きにやったらいいよと返してくれるという。アニメでも実写でも、どこで作っていようが、ファンの視聴時間に貢献できることが大きく求められる。櫻井たちアニメクリエイティブチームには今、打席がたくさんまわってきている。
そんな需要の高まりに対して、日本のアニメ業界に新しい人が育たないことに危機感を覚えているという。日本制作アニメは海外へのブランド力は高いが、国内ではどうか?
「世間がアニメ業界はブラックだとあまりに宣伝したばっかりに、新しくアニメ業界に入ってきたいという若い人が増えていなくて、学校への入学者も伸びていない。ろくな訓練もせずに少年兵を戦場に送っているようでは才能のある若者が、業界を辞めてしまう一方だ。
何とか戦場で生き残れるだけのノウハウ、技術の訓練を受けた上で送り出して、かつ食えるという循環づくりに貢献する一役を買いたい。まずはネットフリックスもスタジオとして適正な制作費をしっかり確保するということ。アニメーターの才能と職場環境を引き揚げていきたいものだ」
そしてさらに、今年からはフランスのインターン生も受け入れている。インターン生が、フランスのスタジオと日本のスタジオをつなぐ力になることを期待しているのだ。今年のインターン生は1名だが、もっと数を増やしていきたいと言う。
「フランスだけでなく、ドイツからも、アメリカからも、学生を連れてきたい。逆に、日本の学生を海外のスタジオに送り込むことはできないだろうか。
アニメを作りたいクリエイターは世界中にいます。日本に来たがっている人もいっぱいいる。でもそのハブになれる人が足りていない」
日本語ともう一つ言語が話せて、アニメの現場を知っていてという人が海外での経験を活かせば、日本に戻ってきても仕事ができるし、海外にいれば、その人を中心にしたアニメのコミュニティが広がるはずだという。
「アニメがグローバルになって、自分も描いてみようかなという人が増えてきて、みんな上手いんですよ。海外は今までは5人、10人という小規模スタジオで、テレビシリーズや映画は作れなかった。でも手書きのアニメーターが200人、300人というスタジオが出始めた。もう“日本”ブランドもうかうかしていられない」
櫻井は日本アニメの未来を悲観はしていない。日本のアニメ業界を繁栄させるために、日本のアニメを世界とつなぐために、自ら先頭に立って、勝負を仕掛けていくつもりだ。
「これだけの需要があるのだから、アニメ業界の状況は国際的な感覚を持った人が何人かいれば、オセロのようにひっくり返せるはずです。アニメのクリエイターって稼げるんだ、夢のある仕事だということを周知していきたい」
熱く語る櫻井に、もう迷いはなかった。
(取材・構成:山崎紀子、編集:佐々木紀彦、撮影:沼田孝彦)

櫻井大樹おすすめ:いま見るべきアニメ

ジャンプ連載中作品のアニメ化で、王道ストーリー、魅力的なキャラクターに早くもNext『鬼滅の刃』との呼び声も高い。制作するのはMAPPA。
©芥見下々/集英社・呪術廻戦製作委員会
人間の負の感情が呪いと化し日常に潜む世界で、呪いを祓うべく呪いを宿した少年の闘いを描いたダークファンタジー。重いテーマと思いきやコミカルな楽しさも。
劇場用映画として制作されたが、新型コロナウイルス感染症の状況により劇場公開が見送られ、Netflixでの全世界配信となった作品。アジアを中心にNetflixの30カ国以上でTOP10入り。
誰にも言えない秘密を抱えた女の子がゆれ動く気持ちの中で「本当の自分」を探す物語! 優しいファンタジーと爽やかな恋が心地いい。
2020年のツイッタートレンド大賞入り。原作のジャンプでの連載は今年完了。アニメは第4期が最終話まで放送されたところで、1期から4期までの一気見が可能。海外でも人気が高い。
©古舘春一/集英社・「ハイキュー!!」製作委員会・MBS
劇的青春! 高校生活をバレーボールにかけ、個性豊かな仲間たちとともに全国大会を目指す。この作品が高校バレー部の所属人数を増やしたともいわれる。
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