【小林×村上】社外取締役は、裸の王様に「あなたは裸だ」と言えるかが問われる

2020/12/31
「NewsPicks NewSchool」では、2021年2月から「スタートアップ・ガバナンス」を開講します。開講に先立ち、プロジェクトリーダーを務める小林賢治氏と、初回のゲストを務める村上誠典氏にその概要とプロジェクトへの思いを語ってもらいました。
【小林×村上】攻めのスタートアップ企業こそ“ガバナンス”を構築せよ
【開講迫る】IPO後の成長のカギ。「スタートアップ・ガバナンス」を考える

経営と執行は分離すべき?

──ガバナンスというと、経営(の監督)と執行の分離の話もあるかと思います。例えば、比較的大きな上場企業における親会社と子会社のガバナンスについての例もあるかと思います。
小林 上場前のベンチャー企業では、ボードメンバーの構成がモニタリング型ではなくマネジメント型、要は業務執行型になっていることが多く、「ボードの監視を受けながら業務を執行していく」という認識が欠けているケースが多いように思います。
経営と執行の分離という言葉はよく聞くけど、実際のところどんな経営チームにしたらいいのか、という点で悩んでいる声をよく聞きます。
ただ、どんなフェーズのどんな会社でも「経営と執行は絶対に分離しなければならない」などということはない、と私は感じています。
実際に経営会議もしくは取締役会といった会社のハイレベルの意思決定会議体において、その会社の将来を左右するテーマになるものは何かということを考えてみましょう。
たとえばPMF(プロダクトマーケットフィット)前の会社はやはりプロダクトの話が中心になりますよね。なぜなら、それが会社の命運をかけた問題だからです。
一方、会社のフェーズが進んで事業が複数ライン走るようになると、多数の事業、子会社などのポートフォリオをコントロールする必要がでてきます。
日立のような大企業が典型的な例ですが、経営と執行が重なっている状態では、機動的なポートフォリオコントロールは不可能なので、執行と経営を分離しようという議論が当然のことながら出てきます。
ただ、これは複数の事業や子会社を有する企業における経営課題なのであって、創業直後の企業がいきなり執行と経営を分離するということはおかしな話です。
その意味で今自分たちにとっての経営イシューとは何かということを、まずは客観的に捉えるべきです。
ただ、ここで1つ重要なのが、「自分はこれが経営イシューだと思っている」と創業者が言ったとしても、実はその観点自体が内向きで、小さく閉じこもったものになっている可能性があるということ。
5年ぐらい先を見て「本当にそれが正しいのか」と考えた時、もう少し俯瞰的に見るべきだと言ってくれる人がいたほうがいいという役割を社外取締役に対して期待するという経営者も少なくないように思います。
これはプロジェクトの中でも話そうと思うのですが、社外取締役と社内取締役のバランスや、経営と執行のバランスは会社によってまちまちで、どんなバランスであれ、きちんと会社の課題に即した設計であれば意義があるのです。
したがって、これが正しく、これが誤りだと言えるほど簡単ではないということを、まずは理解していただきたいと思います。

ファイナンスとは両輪

村上 私は先月「NewsPicks」でファイナンス、資本政策についての連載記事を書きましたが、コーポレート・ファイナンスとコーポレート・ガバナンスは会社の成長にとって両輪だと考えています。
なかでも、資本政策上のストーリーとガバナンスを重ねて説明すると面白いのが、ステークホルダーの多様性。つまり、ステークホルダーが少ない場合とステークホルダーが増えた場合とでは、ガバナンスの意味が変わってくると思うのです。
それは資本政策でも同様です。たとえばニューズピックスは、ユーザベースの100%子会社であり、ステークホルダーの数がまだ少ないと言えます。
ところが親会社のユーザベースは、本社の従業員から子会社の従業員、上場企業としての多様な株主など、より多くのステークホルダーがいます。
ステークホルダーが少なければ少ないほど、コーポレート・ガバナンスが果たすべき役割は減るか、限定的になる傾向にあります。フェーズやステークホルダーの多様性ごとにあるべきコーポレート・ガバナンスは異なるということです。スタートアップの初期フェーズはステークホルダーが少なく、むしろ経営のスピードを維持する意味で少なくするべきなのですが、そのことと適切なガバナンスは大いに相関します。
大企業がなぜ経営の自由度を奪われ、イノベーションのジレンマに陥るかというと、ステークホルダーが多過ぎる割に、適切なガバナンスも十分に整備されておらず、結果重要な意思決定ができなくなり、スピードを失い、リスクを取ったスタートアップ的な意思決定がどんどんできなくなってしまっているのが日本の現状です。
コーポレート・ガバナンスの進化と会社の成長フェーズには相関する部分があり、そこを履き違えるとイノベーションが起きづらくなることもありますが、逆にステークホルダーが多いにもかかわらずガバナンスが機能しなければ、(経営が)暴走して価値を毀損することもあります。
ステークホルダーの多様性や広がりと、ガバナンスにはある種の相関が見られるということを、きちんとお伝えしたいです。これは、資本政策とも極めて密接に関わる部分です。
資本政策のコラムでもお伝えした通り、企業成長の中で不可逆性のあるものがいくつか存在します。その代表的なものが資本政策、ガバナンス、組織戦略の3つです。
一般読者が最もイメージしやすいのは組織戦略でしょう。組織戦略を例に挙げると、最初のメンバーにどんな人を選ぶのか、どういう人をマネージャーに昇進させるのか、組織をどうやってスケールさせていくのかが重要なのがわかると思います。
組織戦略において失敗経験は世の中にあふれていますし、実感を持って不可逆性を経験した人も多くいるでしょう。最初からのひとつひとつの積み上げがいかに大事かということは、実体験としてイメージできる方も多いのではないでしょうか。
ガバナンスもこれと同様のアナロジーで捉えていただければ理解しやすいと思います。ガバナンスも経営と執行の距離感や役割に関わるもので、形式だけ整えてもうまく機能しません。しっかりと積み上げて準備していくことが肝要です。「組織戦略だけに一生懸命になっても、ガバナンスがお留守では、結局企業価値を毀損することになりかねない」ということがわかっていただけるはずです。
端的に言うと、不可逆性があるわりに企業価値に甚大な影響が及ぶという意味で、資本政策とガバナンスの特徴は極めて類似性が高いと考えています。こういう認識をご理解いただければ、より広い読者の方にとってガバナンスを学ぶ意義を感じていただけると思います。

「裸の王様」では居続けられない

──スタートアップ企業はカリスマ性のある創業者に牽引されて大きくなることが多いですが、トップダウンゆえに間違えることもあると思います。
小林 カリスマ性が高く、強いリーダーシップを持つ創業者がいる企業においては、イエスマンや創業者を持ち上げる人が多くなりがちで、そうなるとブレーキが本当に壊れてしまいます。ただ、ここで会社のブレーキとは何なのか、ということはしっかり考えておく必要があります。
何かリスクがある事項に対してストップをかけられる、というような強い意味でのブレーキも時には必要ですが、社外取締役には、そういった強いブレーキというよりも、経営陣に説明責任を果たさせる、という役割をより期待すべきだと考えます。
(ある事業や施策について)どんな意義があってそうするのか、それによって生じるのが財務リスクなのか、PL上の一時的な減益リスクなのか、あるいは大規模なレピュテーションリスクなのか、といったことをきちんと説明し、リスク回避の方法や得られるリターンを説明するという意味で、説明責任を果たさせるのに最もふさわしい役割が、社外取締役だと思います。
写真:Ca-ssis/istock.com
村上 私は前職でSoftbankと長年仕事をさせていただく機会がありましたが、孫さんは皆さんもご存じの通り、カリスマ経営者の代表格です。
仮に対外的に発表されたアイデアが100あったとすると、社内で検討されたものはその100倍以上はある感覚はあります。もしガバナンスが機能していなければ、孫さんはそのすべてを実行していたかもしれません。
その中で、何を実行し何を実行しなかったかという結果が、今のSoftbankを形作っているわけです。
その際、孫さんが納得するような意見を言えるようなボードメンバーや外部のアドバイザーがいたからこそ、当然いくつもの失敗もあったとはいえ、あれだけの施策を積極的に実行しながらも、会社がつぶれることなく成長を実現してきたと言えると思います。
そう考えると、カリスマ性の強いリーダーであればあるほど、ガバナンスが機能していることによる効果が出やすいのです。アイデアが数多く出るからこそ、それを取捨選択し、一定のブレーキ機能も果たすガバナンスの重要性が高いと言えます。
最近では少人数の取締役会も流行していますが、Softbankの取締役会は多人数のメンバーで構成されています。世の中のトレンドと逆行しているように見えますが、それだけSoftbankが行うリスクテイクの幅が広がっているので、さまざまなケイパビリティを持つ社外取締役を入れないとカバーしきれない、という考え方がベースにあるのだと思います。ガバナンス構成上、多様な委員会を意思決定プロセスに取り入れているのもその証左だと思います。
写真:Sundry Photography/istock.com
──今回のプロジェクトにはどんな人に参加していただきたいと思いますか?
小林 会社を大きく成長させたい、と思っている人であれば誰にでも来てほしいと思いますが、中でもガバナンスというテーマを身近に感じている人がいいですね。
経営陣や投資に関わる方、あるいは社外取締役などの役職にある方という要件は入れていますが、それ以外では、成長企業でむしろ「ガバナンスとは何なのかよく分かっていない、でも会社を成長させたい」という人にもぜひ参加してもらいたいです。成長に対して強い意欲を持っている方こそ、ここでつかみ取っていただけるものは多いと思います。
村上 スタートアップ、成長企業が、そこそこ順調に回りだすと、経営者が「裸の王様」になってしまうことが少なくありません。そうならないためにも、コーポレート・ガバナンスを勉強していただきたいと思います。
「裸の王様」になりがちな自分に対して、空気を読まずに本質的なことをズバッと言ってくれる人が理想の社外取締役です。
スティーブ・ジョブズにしろ孫さんにしろ、周囲の人との対話を軽視せず大切にしてきたのです。「裸の王様」で居続けて、成功し続けられる人はいないと思います。
自分自身や会社に対して圧倒的な危機感を持っている人こそ、優秀なビジネスパーソンだと思います。この点に共感していただける人には、きっとガバナンスを学ぶ効果が高いはずです。ぜひこのセッションに参加してほしいと思います。
(聞き手:上田裕、中里基、構成:加賀谷貢樹、デザイン:田中貴美恵)
「NewsPicks NewSchool」では、2021年2月から「スタートアップ・ガバナンス」を開講します。詳細はこちらをご確認ください。