2021/1/20

【リアルVSバーチャル】ワークプレイス投資はどう変わるか?

NewsPicks Brand Design ChiefEditor / NewsPicksパブリッシング 編集者
 コロナ禍で、働き方の常識は激変した。リモートワークの普及で「オフィス不要論」がささやかれたり、逆に非対面でのチームビルディングの難しさが露呈したりと、ワークプレイスのあり方をめぐる議論は、まさに混迷を極めている。
 つい近視眼的に語られがちな、ワークプレイス論。しかし目まぐるしく状況が変わる今こそ、10年先の未来を見据えた大局的な議論が必要ではないか。
 そこでこの3本連載では、10年後のワークプレイスの姿を徹底議論。「リアル」「バーチャル」「カルチャー」の3つの層に分けて、より大きな価値を生めるワークプレイス作りに求められる視点を読み解いていく。
ワークプレイスを、リアル、バーチャル、カルチャーの3つの層で表した図。これからのワークプレイスは、リアルな場とバーチャルな場へと二層化し、トラスト(信頼)がその場の活動の根源となる。これらが効果的に機能することが企業のカルチャーを創り出し、企業のより大きな価値創出につながる。
 連載第2弾の今回は、「バーチャル」の側面に焦点を当てる。話を聞いたのは、時代に先駆けて本社をVR空間へ移転したロゼッタ代表の五石順一氏と、オフィスなどの空間デザインを手掛けるイトーキの二之湯弘章氏
 相反する立場に思える両者と共に、バーチャルの世界が今後ますます現実に近くなる中での、新時代の働き方について考えていく。

リモートは効率的でも効果が悪い

──ロゼッタは10月から本社をVR空間に移転したことでテレビなど様々なメディアで話題に上りました。なぜVR空間で働くことにしたのか、そもそもの考えから聞いてもいいですか。
五石 私はずっと以前から、人と人とが同じ場所に集まって、対面で仕事をする必要はないと思っていました。理由はふたつあって、通勤して出社する効率の悪さと、対面での会議の不透明さです。
京都大学法学部卒。株式会社NOVAにて経営企画室長として同社を上場に導いた後、社内ベンチャーとして翻訳・通訳事業を行う株式会社GLOVAを創業。
 通勤には多いと往復3、4時間ほどかかる人もいますよね。しかも出社するにあたっては、毎日お風呂に入ったり髭を剃ったりしなければならない。私は仕事に没頭するとご飯も忘れるようなタイプですから(笑)、そういう無駄をなくしてできるだけ仕事に集中したい思いがありました。
 会議については、クローズドな密室で意思決定が行われることに疑問を感じていました。知らぬ間に会議が設定され、参加したくない人が参加したり、参加したい人が参加できなかったり。しかもどのようなプロセスで決定がなされたかわからない。ですからロゼッタでは、創業当時から対面の会議は禁止。チャットなど記録が残るところで、オープンな意思決定を行うようにしていました。
 だからいっそ全員でリモートワークをやろうと提案していたのですが、これまでは現場から「それでは仕事にならない」とずっと拒否され続けていて(笑)。そんな中コロナの状況になり、図らずも全社一斉にリモートワークが開始されたので、この点に関しては正直うれしかったです。
──リモートにしてみてどうでしたか?
五石 確かにこれは仕事にならないと気付きました(笑)。まず経営者目線でいうと、どの企業もおっしゃる通り、本当に働いているかの把握が難しい。
 もっと重大なのは、成果物の質が下がりました。従業員の方向性・認識がバラバラなんです。先ほど対面の会議は密室なのでよくないと言いましたが、リモートは全員が密室の状態。それに起因するコミュニケーション不足は、大きな弊害をもたらします。
──リモートワークにおけるコミュニケーションの問題とは、どのようなものでしょうか。
五石 リモートからVRに移行することで、問題が明確にわかったのですが、プロジェクトが全然違う方向に走っていたんです。指示したことが見落とされていたり、異なる意味にとらえられたり。オフィスにいれば隣で「これはこういうことですか?」と聞けたり、「ちょっと待ってそれは違うよ」と言えたりすることが、できなくなった。
 VRにして改めて、リモートは時間を節約する意味では効率的ですが、生産性への効果は最悪なんだなと思いました。だから通勤時間がゼロのまま、コミュニケーションができるVRがいちばん良い。そう結論付けました。

課題は信頼構築のコミュニケーション

二之湯 すごくおもしろいなと思いながら聞かせていただきました。お話を伺う中で、ロゼッタさんのようにすべてをVRでできるかどうかは、その会社の信頼関係による部分が大きいかなと考えていました。もちろん、製造業や物流のようにリアルな場がないと難しい業種もありますが、信頼関係の度合いが重要であることは本質的に変わらないと感じます。
1990年株式会社イトーキ入社。空間デザインを中心に、オフィス・公共施設と幅広くプランニングを行う。2013年には空間デザインの既成概念の枠を超え、革新的で斬新なアイデアを取り入れたプロジェクトを評価するグローバルなデザインアワードである Shaw Contract Group2013 Design is…Awardで、空間デザインを手がけたイトーキ東京イノベーションセンターSYNQAが、Global Winnerを獲得。
 今回日本中でリモートワークが開始されて、多くの企業が実践できた。リモートは若い会社のほうが馴染むイメージがありますが、私はむしろ、旧来の島型対向式オフィスの会社こそ、リモートワークが可能になったのではないかと思っていて。
──どういうことでしょうか。
二之湯 もともとオフィスの中でみんなが集まってやっていた、社員間コミュニケーション。この積み重ねがいい意味で影響していたと思うんです。
 日々隣同士で発生するコミュニケーションを長年積み重ねて、ある程度お互いへの理解と信頼があった中でのリモートワーク。そこでは一人ひとりの性格などを十分理解していたから、これまでと変わらない仕事ができたのではと。だからむしろ、リモートワークのイメージが強いITベンチャーよりも、旧来の日本企業のほうが、コミュニケーション面では移行がしやすかったのではと思っています。
五石 そこは本当に重要な点ですね。2001年に著名なエンジニアたちが発表した「アジャイルソフトウェア開発宣言」の原則のひとつに「ビジネス側の人と開発者は、プロジェクトを通して日々一緒に働かなければなりません」というものがあります。
 私はこれをずっと不思議に思っていたんですよ。だってエンジニアって一般的には、「みんなで集まって働こうよ!」なんてエモーショナルなこと言わないですよね。
 でも今なら、意味がわかります。特にアジャイル開発のようにスピード感を求めたとき、バラバラに作業するのはダメなんだと。常に営業と開発が近くにいて、今日ユーザーから聞いたことをすぐに会話で伝えられないといけない。週に1回報告書のやりとりをするのでは遅いし、細かい情報やニュアンスが落ちていく。その点において、すぐに会話のできる距離にいて、信頼関係を築きながらチームで仕事をすることは重要ですね。
二之湯 まさにそういうことだと思います。その距離感で働いた経験のないままリモートで分散してしまうと、お互いの信頼関係が醸成されていないので、新しく仕事を立ち上げるのは難しいのではないかと思うんですよね。特にITベンチャーなら、これから爆発的に成長曲線を描くことが重要と思いますので。
 ロゼッタさんはそこをVRで解決されている。でもじゃあすべてがはじめからリモート、あるいはVRで良いのかというと、それは危険だなとも思うところもあるんです。

リアルとバーチャルを選択する時代が来る

──そもそもVRで働くってどんな状況なんでしょうか? メリットなど教えてください。
五石 まずデスクに何台もモニターを置かなくても、空間に画面が出てきて無限にアプリが開ける。それをスマホのように手で触って操作する。まさにSF映画の世界です。
 コミュニケーションに関しても、「◯◯さーん!」と呼んだらホログラムがフッと現れ て、隣にいるのと同じことができます。
 10年後がテーマということですが、10年後はもうオフィスとかVRとかの議論はなく、リアルそのものが完全に消えるかもしれませんね。すべて仮想空間で生活したほうが人生幸せですし。過激な思想ですけど(笑)。
──VR空間ならではのメリットはなんでしょうか。
五石 一番驚いたのは、VR空間では人格が変わることですね。本当は私、人見知りで。できれば人前には出たくないと思っているんです。でも一度テレビにVRで出演した際、部下の顔と体を使って出演したら、なんと踊り出しちゃったんです。本来なら性格上ありえないですよ(笑)。自分ではないアバターを使うと、恥がここまで消えるのかと驚きました。
 同様に仕事上のコミュニケーションでも、メンバーがみんな思ったことを言いやすくなります。すごくオープンに。背景を海とか山とかにしているから、楽しくなっちゃって開放感が増すというのもあるかもしれません(笑)。
二之湯 なるほど。これまで言えなかったことが言えるようになるのなら、より本質に向かうというか、純粋にテクニカルな話やイノベーティブな話をしやすくなるかもしれませんね。そこで話したことが実現するという成功体験が積めれば、リアルよりVRで働くほうが成長のスピードも速くなる気がします。
五石 しかもVR空間では、内向的などの性格面だけではなく、身体的なハンディキャップもなくなります。全員がフラットな状態で輝けるようになる。もちろん容姿も関係なくなるので、内面の美しい人がより魅力的に思えるようになります。
二之湯 純粋なコアだけが残るってことですね。すごくおもしろい。
──逆にデメリットはありますか?
五石 そもそもなんですけど、いま普及しているゴーグルタイプは重いし圧迫感があるので、2〜3時間が限界なんです。キーボードも打てませんしね。今は1日の中で決められた時間だけ、VR空間に集まって仕事をするようにしています。あとは回線の問題もあります。接続が悪い人がいると、粉々になって消えちゃうんですよ。
二之湯 それは衝撃的ですね(笑)。
五石 でもこういう問題はすぐに消えます。キーボードはもう来年中には、VRの中で打てるようになります。VRゴーグルも、すぐにVRグラスとなり、メガネの形で使えるようになります。
二之湯 いやはや、とても引き込まれますね。五石さんとしては、いずれみなVRに移行すると思いますか?
五石 そうなると思います。いや、そうしていきたい。マトリックスの世界ですね。
 一方で、使わない会社も残るでしょうね。今でもFAX使っている珍しい会社ってたくさんあるじゃないですか。官公庁や病院も普通に使っている。でも、我々のようなITベンチャーで時代を創る人間としては、仮想空間に行かない理由がないんです。物理的な制約から解放されるメリットが多すぎますから。
二之湯 ロゼッタさんは、AI翻訳でそういった世界をリードする会社ですものね。個人的にも興味津々ですが、やはり現実的には、0か100かではなく、リアルとバーチャルがシームレスにつながっていくのではと思いました。個人個人が自らの生産性があがるように、業務や気分に合わせて、バーチャル含めワークプレイスを選んでいく。
五石 自宅から働ける前提にすることは増えるでしょうね。体は消えませんから。
二之湯 そうですよね。自宅をそのように誂えることができる人もいれば、近所のVR空間にアクセスしやすいコワーキングに行く人もいる。
 分散と集中が進む中での選択肢のひとつとしてのリアルなオフィスは、より密度の濃い空間、生産性と共同作業に特化した空間になると思います。それにともなって企業は、ワークプレイスへの投資のバランスを変化させていく必要があると推察しています。これまではまず場所を借りていたのを、リアルなオフィスはより密度濃く、一方でVRへも投資をする。企業ごとにいちばん良い形を探っていく時代になると思います。
五石 自宅の投資は増えそうです。リアルは消えていくと言っても、食事なんかはVRではどんなにがんばっても無理でしょうからね(笑)。おっしゃる通り、個人個人が選べるあり方なのかもしれません。

未来を見据える覚悟はあるか

──ここまでお話を伺って、五石社長が非常に先進的なチャレンジをされていることがよくわかりました。これから10年後の未来を見据えて、まだ挑戦ができていない我々はどうすべきでしょうか。
五石 未来を見据えて……とよく聞かれますが、そういう人たちってそもそも、本当に未来を見据えたいんですかね? 本当にそうしたいなら、GAFAや中国のテック系企業がやっているようなことにどんどん手を出していかなければいけません。
 私たちのVR本社も日本では新しい、先進的だと言われていますが、FacebookがOculusを買収したのはもう6年も前。その頃から、VRは来るとわかっていたんです。GAFAやBATHの買収企業や研究開発を見ても、それはもはや「既定路線」です。そしてその次は必ずxRが来る。VRが最先端だと言っているようでは、未来を見据える気なんかありませんよ。
※xR: Virtual Reality、Augmented Reality、Mixed Realityなどの技術の総称
──耳が痛い人も多そうです。
五石 私は大手のメーカーに「技術があるのにどうしてVRグラスをつくらないんですか?」と聞いたんです。そうしたら、時期尚早だと。まだ普及するのは数年後なので、いまやっても売れないと言うんです。普及したときって、技術に差をつけられて市場が独占されたあとですよね。手遅れです。
 これはインターネットのときも、スマホのときもそうでした。日本は技術を持っているのに、いつだって新しいものを馬鹿にして、目を逸らしているうちに乗り遅れている。そうするうちにもう追いつけなくなったら、今度はもう勝てないからと目を逸らすんです。本当に未来を見据えたいのなら、どうすれば良いかと聞くのではなく、覚悟を決めて向き合わなければいけませんよ。
二之湯 すごく刺激的なお話で。確かに日本が遅れているのは実感するところではあります。いまお話を伺って、私がイトーキの人間として思ったのは、今後こういう働き方が大事だろう、だからこういうオフィスをつくろうとワークプレイスだけを進化させていったところで、人はそこでも結局同じ働き方をしてしまうんではないかと。
 例えばロゼッタさんの真似をして形だけVRに本社を移しても、結局働き方は変わらない んだろうと。未来を見据える気のないままでは。
 そうやって島型対向の机でやっていたことを、そのままVRでやるだけでは意味がないですよね。時代に合わせて、企業のあり方に合わせて、未来を見据えて働き方も変えていかなければならない。
 じゃあ私たちイトーキのように、働き方をデザインしていこうという企業には何ができるのか。どんな世界観をつくって、どうしたらその会社にとっての、そこにいる人たちにとっての幸せが生み出せるのか。
 こういうところを、今後私たちはデザインしていかなければいけないんだなと。五石さんのお話を伺って実感しました。その営みの中で、日本と世界の間にできてしまった溝を埋めていければなと思います。
五石 ぜひ、一緒にそうしていきましょう。