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 米Apple(アップル)の自動車分野の取り組みに注目が集まっている。同社が電気自動車(EV)の生産を目指して、関連技術の開発を進めているとロイター通信や台湾メディアが報じたのが契機だ。同社の自動車分野への進出は以前から取り沙汰されている。既に「CarPlay」といった車載機器との連携機能を提供済みだが、Apple自らが本当にEVまでを製品化するかどうかが、最大の関心事だ。仮にAppleのEVが製品化されるとして、Appleブランドという点を除いて、他の自動車メーカーと何を差異化ポイントとするのか。

 ロイター通信の報道では、Appleは独自の電池技術で差異化を図るとしている。だが、それは一筋縄ではいかない。例えば英Dyson(ダイソン)が電池技術を軸にEV事業の参入を表明したものの、全固体電池の研究開発などを除いて、2019年10月にEV事業から撤退を決めた。こうした背景を考慮すると、Appleの場合、iPhoneとの連携を含めたユーザー体験(UX)で差異化を図るのが自然だろう。

 既にその萌芽(ほうが)はある。車載情報機器とiPhoneを連携させるCarPlay機能を通じて、UX向上の知見をためている。同社がCarPlayを発表した14年から、対応する車載情報機器や車種は徐々に増え、今や多くの自動車で採用されるようになっている。20年6月に開催した開発者会議「WWDC20」では、世界の新車の約80%、米国ではそれを上回る97%の新車がCarPlayに対応していることを明らかにした。

 CarPlay機能を使うことで、「マップ」「電話」「ミュージック」「メッセージ」といったiPhoneアプリが車載ディスプレー上に表示され、ユーザーはアイコンをタッチしたり、車載機器のボタンを押したりすれば、各アプリを利用できる。音声対話機能「Siri」による操作にも対応する。一連のCarPlay対応アプリの中で、最も利用頻度が高いのがマップによるナビ機能だろう。そのため、マップ機能強化に注力している。この基盤となる地図アプリ自体も、先行する米Google(グーグル)の地図アプリの背中を猛追している。

 加えて、クルマのデジタルキーの分野にも参入した。iPhoneやApple Watchをデジタルキーとして利用できる「CarKey」である。ドイツBMWが対応車を発売済みだ。20年の時点ではNFCで施錠・解錠しているが、21年に超広帯域無線通信技術「UWB(Ultra-Wide Band)」でも実施できるようにする。既にiPhoneやApple Watchの最新機種にはUWBを採用済みである。

iPhoneを扉に近づけて鍵を解錠する様子
iPhoneを扉に近づけて鍵を解錠する様子
(画像:WWDC20での基調講演をキャプチャーしたもの)
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 UWBを自動車のデジタルキーに利用することで、単なる鍵だけにとどまらず、自動車の安全性や利便性を一段と高める用途に適用できる。UWBは高精度な測位・測距が可能だ。この特性を生かして、「リレーアタック」による自動車の盗難を防ぎやすい。自動車に近づくだけで運転席やトランク、ガレージの扉を自動で開錠できる。所有者が近づくだけで運転席の扉が自動で開錠され、着席するとクルマが始動し、運転者の好みに合わせたナビ機能の設定や車内照明の調整といった「パーソナル化」処理も自動で済む。こうした機能はBluetoothやNFCによるデジタルキーでも可能だが、UWBであれば、より高精度に、かつポケットやカバンにスマホを入れたままで実現できる。