攻める総務

IT投資に必要な予算は、総務から生まれる 何に、いくら投資すべき?総務プロの「攻めと守り」

» 2020年12月23日 08時00分 公開
[金英範ITmedia]

連載:総務プロの「攻めと守り」

 連載第1回〜第4回では、ウィズコロナの時代はオフィス変革のまたとないチャンスであること、「総務業務 36種MAP」を見ながら総務の「攻める」べき部分と「守る」べき部分、攻めるための前提知識や具体的な市場理解についてお話しました。本記事(第5回)は、働き方の変化に対してテクノロジーの投資をする上で、総務がどのような役割を持ち、社内で仕掛けるのが効果的であるかを皆さんと一緒に考えます。

 「テクノロジーに対して、人々はこれまでで一番オープンになっている」──新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、不動産大手「OVG Real Estate & EDGE」の創設者兼CEOのクーン・ヴァン・オストゥルムはそう語ります(オンラインで開催されたイベント「WORKTECH20 Tokyo」より)。世界で最もスマートなオフィスビルの一つ「The Edge」を手掛けた人物です。同氏が述べるように、総務の領域でもテクノロジーで「攻める」部分が増えてきました。

 前回でも触れましたが、新型コロナウイルスの影響により、働き方が急変したことで、2021年以降の企業における「総務予算の変革」が注目されます。どれくらいの予算を、IT投資に充当できるのでしょうか。

IT投資に充てられる予算はいくら?

 会社によって働き方改革の内容はさまざまですが、ハイブリッドな働き方が主流になると予測されます。例えば、社員の出社率をウィズコロナの間は30%程度でコントロールし、アフターコロナ(ワクチンが出回り、安心感が出たころ)には70%程度に引き上げる、といった具合です。出社率を70%にするか、50%にするか、20%以下でも業務を進められるかは、業種・職種によって異なるでしょう。はっきりといえることは働く場の選択肢は今よりも多様化、分散化が進み、会社の経費の使い方、社員へのサービスの仕方までも変わるということです。

 例えば1000人の会社で、社員の1週間の勤務場所(1年間でも同様)を、本社オフィス=50%、在宅=30%、その他(シェアオフィスや街中、郊外ワーケーションなどを含む)=20%としてみましょう。

 いわゆる総務のサイフ(年間OPEX総務予算)は、社員1人年間100万円程度です(第3回を参照)。あくまでシミュレーション上の数字ですが、1000人の会社なら10億円となります。

 図1の通り、働き方改革により、総務のサイフでは「ハード系」のコスト、つまりオフィス関連コスト、空調電気代、清掃などが大幅に減り、「ソフト系」のコストは増えるもの、減るものが混在するでしょう。

 例えば、オフィスサービスコスト(社員がオフィスに居ることにより、比例して増えるコスト)やメールサービス、受付、文書管理などコストは下がる一方、社員の在宅ワークやテレワークの支援、社員の健康を支えるサービス(WELL関連)、会社によってはワーケーションなどに経費を費やすことが考えられます。

photo (図1)社員1人当たり、年間10万円をIT関連に投資できる

 その結果、ソフト系コスト全体ではほぼ同じかやや減少と予測します。削減される総務のサイフのベースライン(PL換算)は、社員1人当たり年間30万円と試算できます。これは毎年、継続的に削減できる予算です。

 この削減分を「IT関連へ投資する原資」と捉えたら、どれほどの効果が出るのでしょうか。図1では模擬的に30万円/社員1人の削減分を、10万円=削減として計上、10万円=IT投資、10万円=人事部予算へ移管する、とシミュレーションしています。このさじ加減は会社の状況次第で変わるでしょう。

 肝心なことは、今まで予算がなくて取り組めなかったDX(デジタルトランスフォーメーション)投資やWELLへの投資をできるチャンスが来た、ということです。これまで固定費と思われていた(信じられていた)不動産コストが、ようやく変動費として社会的に認知されたためです。では、実際に「社員1人あたり年間10万円」というIT部門へ追加された予算により、会社はどのくらいのDXを推進できるでしょうか。

どんなITツールに投資する?

 図2は、筆者の経験と昨今の企業の動き、展示会の様子など供給する側の事情も見た上で、社員のために総務が導入できるサービスやツールの例を挙げたものです。

photo (図2)総務が社員のために導入できるサービスやツールの例=図は筆者作成

 ペーパーレスや業務プロセスのデジタル化は既定路線でもあり、これを機に一気に進むことは容易に予測できますが、これだけではありません。

 将来、ワクチンが流通したとしても、感染症への心理的な抵抗は簡単にはなくならないことも予測され、当面は非接触型サービス、居場所検知ツール、混雑状況モニタリング、リモート業務のサポートなどのニーズが大きく、コストが投下されること(サブスクの利用)が予測されます。

 筆者が総務の経験上、知っている具体的な企業・サービス名を列挙していますので、興味のある方は各サイトをご覧ください。料金は社員1人当たりに換算すると、1サービス当たり、1000円/月以下で導入できるものが大半なので、先ほどの1人当たり10万円/年間=約8000円/月の追加予算からすると、8サービス以上は使えることになります。

 例えば、シェアオフィスを都心部だけでなく、社員の居住地近辺などで探す必要がある場合は、分散型オフィス「PerkUP」、スペースコンシェルジュサービス「eichiii」など最近、登場したサービスが活用できそうです。これらは働き方改革によって削減した、本社の不動産コストの振り替え先としては理にかなっているでしょう。

 一方、図3はリモートワークで役立つサービスをまとめたものです。このようなカオスマップは他にも多数存在しますので、詳しくは説明しません。ポイントは、こうした領域でも「総務のサイフからの予算移管」が生きてくる可能性があるということです。

photo (図3)リモートワークに役立つサービス・カオスマップ 2020年版=業務受託マッチング「SOKUDAN」を運営するCAMELORSのプレスリリースより

 このようにシミュレーション上は、総務のサイフをIT投資に振り分ける、という計算はできますが、実際には多くの企業には“部門間の壁”が存在します。総務・人事・IT部門が連携して、予算移管のところまで突っ込んで議論し、その戦略を経営判断までスピーディーに持っていけるケースは少ないのも現実です(いわゆる大企業病)。

 総務が削減したオフィスコストを、総務系の役員や一部キャリアの成果としてしまい、単なるコストカットで終わってしまうケースも見かけます。働き方改革の主役である社員が苦労しているのに、経営陣はコストカットで満足していいのでしょうか。

 経営陣には、こうした現状(図1〜3の相関関係)を理解し、トップダウンによる改革プロジェクトを組織、リーダーを任命して権限を与え、推進することが求められます。これらをうまくスピーディーに推進できる企業が、優秀人材をひきつけるでしょう。リモートワークで成果がなかなか上がらない社員(個人差があって当たり前)に対しても、ストレスを低減させ、徐々に成果を上げていく“好スパイラル”を演出できるはずです。

 次回(第6回)では、総務のサイフから人事への予算移管とその具体的な施策例を、筆者の経験から紹介いたします。

著者紹介:金英範

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 株式会社 Hite & Co.代表取締役社長。「総務から社員を元気に、会社を元気に!」がモットー。25年以上に渡り、日系・外資系大企業の計7社にて総務・ファシリティマネジメントを実務経験してきた“総務プロ”。

 インハウス業務とサービスプロバイダーの両方の立場から、企業の不動産戦略や社員働き方変化に伴うオフィス変革&再構築を主軸に、独自のイノベーティブな手法でファシリティコストの大幅な削減と同時に社員サービスの向上など、スタートアップから大企業まで幅広く実践してきた。

 JFMAやコアネットなどの業界団体でのリーダーシップ、企業総務部への戦略コンサルティングの実績も持つ。Master of Corporate Real Estate(MCR)認定ファシリティマネジャー、一級建築士の資格を保有。


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