2020/12/25

「巨大で多様で変化する」中国市場で勝ち残るための武器=情報とは?

NewsPicks Brand Design editor
日系企業がグローバル展開するうえで、中国市場は無視できない。現在、在中国日系企業数は3万社以上にも及ぶ。コロナ禍を経て勝負をかけようと機を狙うものも少なくはない。
日本とはあらゆる条件が違う中国で戦略的に動くには、政府の規制から業界動向まで、体系的な情報収集が肝心となる。
目まぐるしく変わる中国市場の「現在地」は? どこにビジネスチャンスがあるのか? 中国を主戦場とする専門家らに聞く。

中国市場、3大特徴とは?

──まず、近年の中国市場の特徴を教えてください。
西村 中国市場の特徴は大きく3つ、「巨大で、多様で、変化する」というポイントがあると思います。
日本と比べて中国は国土が25倍、56の民族から構成される14億人の人々がいます。「中国」とひとくくりにして見るのではなく、各都市をひとつの国とみなした1都市1モデル戦略でビジネスを展開する必要がある。
何かを売るにも、上海や北京のような大都市と、チベットや新疆ウイグル自治区といった地域では売れ筋も変わります。
こうした巨大で多様な市場が、同時にものすごいスピードで変化しているので、日系企業も現地でのスピーディーな対応が求められていますね。そのためにも、現地での正確で詳細な情報を収集することが重要です。
鈴木 あらゆる項目で二桁成長していた時代は、2000年代で終わりました。2010年代以降は、イノベーション・テクノロジーで発展する新興市場と、経済格差を埋めるために開発が進む後発市場の内陸部、特に西南部や農村部が成長領域といえます。
中国は沿岸部と内陸部や、都市部と農村部などの二重性、世代の多重性があり、何でも包摂する市場になっています。
また2010年代なかばには「文化大革命」の記憶のある世代がリタイアし始めました。
90年代以降生まれは、都市部の大卒が当たり前となり、教育などの意識も変化。新しい中国を形成しています。
──そのなかで、日系企業のプレゼンスはどう変化しているのでしょうか。コロナ禍で変化もあったと思います。
鈴木 新型コロナウイルスの影響で日本における中国からのインバウンド消費が激減しました。その需要が今、中国国内で膨れ上がっています。
越境ECイベントでの最大の輸入元は日本。リアルでも無印良品がレストランをオープンしたり、TSUTAYAなどが初出店し「中国での1号店」ブームを起こしたりしています。
中国で日本のサービス消費をしてもらう動きは、最近の構造変化のひとつと言えます。
ただ正直、全体の流れとしては厳しい状況にあるのではないかと。
中国の消費はモノからサービスへ移行していますが、日系企業の対中投資は7割が製造業。新しい消費のコアとなるサービスにはなかなか手が出し切れていない印象です。
ユニクロや無印良品、ローソンなどコンビニ系の一部がポジションを獲得しているものの、欧米企業はITや金融・投資、ホテル・レジャー開発などの高付加価値なサービスにも深く入り込んでいる。日本企業の遅れは否めないと思います。
安齋 日系企業も強い危機感を持っていますよね。でもまだ諦めていない。ここで改めて本腰を入れて、ラストチャンスだと力を入れる企業も多い印象です。
中国市場で成功している企業でいうと、ひとつは日本電産があります。19年3月期の売上高全体に占める中国市場の比率は23%と、大きなマーケットとなっている。
あとダイキン工業は、77%の海外売り上げのうち13%が中国。今回の新型コロナウイルスの影響で日本製の空調機器は注目されています。アパレルで代表的なのはファーストリテイリングで、中国でかなりのシェアを誇ります。
西村 中国はサービス産業における日本企業との協力強化を望んでいます。
実際、昨年末に安倍前首相が訪中した際、中国の李克強首相からサービス産業の開放についての話がありました。
日本は、金融や介護、医療や物流などの分野において中国にはない技術があります。そうした点で日系企業と一緒にサービス提供ができるのではないか、と。
ですので、今後こうした分野で中国も日本にしっかりアプローチをかけてくるでしょうし、日系企業もビジネス拡大のチャンスは期待できます。
──厳しい状況もあるが、チャンスと捉えることもできる、と。
安齋 確かに厳しさもありますが、今の中国にとって日本は間違いなく大事な国だといえると思います。
RCEPという新しい貿易協定で、世界におけるアジアの存在感がどんどん大きくなっています。中国にとって日本は、地政学的にもビジネス的にも重要なポジションといえるかと。
鈴木 そうですね。特に今の米中貿易摩擦において、中国は多国間主義で国際ルールを重視していると世界に伝えたいところ。
日本と一緒に自由貿易協定を進めることは、中国にとっても国際政治的な意義があるといえます。

中国を牽引する業界プレイヤーは?

──そんな「巨大で多様で変化する」市場のなかで、BATHやSaaS企業など、テクノロジー関連の新たなプレイヤーが続々誕生しています。みなさんが注目する企業やサービス、ビジネス動向などはありますか?
西村 近年のテクノロジーをベースとした中国のニュービジネスの多くが、社会問題の解決をしながら成長してきました。
スマホ決済の登場で、使い勝手の悪かった現金問題が解決し、ライドシェアサービスの普及で都市部のタクシー難民問題が解消された。このような例は枚挙にいとまがありません。
昨今でいえば、そこに新型インフラの5Gを掛け合わせて展開する事業やサービスに注目します。
例えば今回の新型コロナの対応でも、遠隔医療の分野で5Gが活躍しました。都市部と農村部での医療格差問題も、5G基地局を利用した遠隔医療による改善が期待されます。
あとは労働力不足の問題も懸念視されていますが、これはドローンを活用した配送システムで解消されるかもしれませんし、自動運転の実用化で交通マナーや渋滞問題も緩和されるかもしれない。
他にも、高齢化に伴う介護・医療問題、貧困問題や衛生・環境問題、教育問題など、中国にはまだまだ問題が山積みしています。
従来型モデルでは解決できなかったこれらの多くの社会問題に、新しいビジネスの原石があるのではないかと、私は思います。
中国初の電気自動車レンタルサービスEvCardの充電ステーション。上海には3,000ステーションと約6000台の車がある(2017年7月)©anilbolukbas
安齋 新興国が抱える社会問題を、政府主導でテクノロジーとイノベーションの力を用いて解決してきた国が中国です。
逆に言うと、それらの社会問題を解決すべくあらゆるイノベーションが生まれてきたということですよね。西村先生の言うとおり、ここにマーケットがあるのは間違いありません。
鈴木 中国では消費者が買いたいモノやサービスは、一定程度、洗練されてきました。
普及を目指す時代は終わり、普及のあとどのように高度化し、サービスや体験を盛り込むかの「ソフト面」が重要とされる段階。新しいだけではだめで、消費者の状態を知り抜くことが大切です。
また、これだけ情報蓄積が進むと、市場の分析や予測がこれまで以上に重要視されます。
情報ツールを駆使しつつ、新機軸を打ち出しながら新商品を開発したり、既存商品をアップデートしたりして、製品のライフサイクルを最適化する。こうした流れが、消費者中心的な、より広く言えば「社会を中心とした経済圏」に変化するなかで必要となってきています。

中国駐在員の情報収集「3大ペイン」

──では、変化も早く新たなプレイヤーが続出する市場で、日系企業が戦うために必要な情報とは、どういうものでしょう? どのようにしてこの独自な市場での情報収集スキルを身につけていけるでしょうか。
安齋 基本的に、中国の駐在員が抱える情報に対する課題は、大きく3つのペインに分けられます。
ひとつは、中国政府の動きと政策の全体像が捉えられない、仕組みがわからない点。
これは中国においてはクリティカルです。基本的に中国市場には政府の大きな枠組みや計画的な経済推進があり、その影響が絶大。だから規制緩和を始めとした政府の動向をスピーディーに、構造的に知る必要がある。
2つめは、業界の再編や、主要業界のプレイヤーが一気に変わる点。
変化が早いという話もありましたが、BATHを始めとしたテクノロジー企業の台頭により、常に急激な業界再編が進んでいます。この状況をキャッチアップしなければならない。
そこに追随する3つめのペインとして、こうした最新のトレンド、テクノロジー企業を牽引する若い世代の消費動向や社会的流行がわからないという点もあります。
なぜこれらのペインが生まれるかというと、まず言語の壁の問題があります。もちろん中国の言語を学ぶ人もたくさんいると思いますが、普通のビジネスパーソンからすると英語ほど身近ではないですし、中国は言語の種類も多い。そもそも政策レポートや論文などはネイティブの人でも読むのが難しかったりします。
あと、中国ならではの特徴として、グレートファイアーウォールの問題があります。GoogleやFacebookなど、日本で馴染みのあるツールは使えず、使い方に慣れない現地のサービスを使わなければならない。ビジネス的にも生活的にも、現地のサービスを強制されるのは大変です。
西村 ひとつめのペインである「政府政策がわからない」という点は、大きいですよね。中国でビジネスをするうえで、政府の動きや国家方針の情報は外せません。
地方政府ごとの政策が異なる場合があるため、どの都市でどの分野の政策を展開するか、注視する必要があります。
例えば最近の話でいうと、日系企業との協業や日本の地方都市との連携などを目的とした「中日地方発展協力モデル区」というのが各地で建設されています。
これは日本企業をターゲットにしたプロジェクトで、各都市によりコンセプトが異なります。
四川省成都市では文化・クリエイティブ産業における日中の協力促進を目的としており、山東省青島市は省エネ・環境保護がテーマ。
こうした情報は、国の方針があったうえで各都市に展開される。そこを押さえていく必要もあります。
四川州の省都、成都市。近年開発が進む。©4045/iStokc
もう一点は、社会問題です。中国は猛スピードで発展してきたので、日本に住む私たちからすると想像もつかないような問題が山積しています。
だから政府としても新しいビジネスやサービスを通じて、国だけでは解決が難しかった社会問題にアプローチする企業の取り組みにも期待している。つまり、一般市民が不便や不安を感じる部分がビジネスチャンスになるわけです。
また、どの国もそうですが、ビジネスには規制がつきまといます。しかし中国ではこうした社会問題の解決につながるようなサービスには過度な規制をかけないで、開放的な政策をとる傾向にある。
したがって、日系企業は自社の技術や製品、サービスがどのような社会問題を解決できるか目算したうえで、そのヒントを得るための情報収集の視点を持つといいのではないでしょうか。
鈴木 そこにプラスして、北京のような一級都市と小さな地方都市では社会問題がまったく違いますから、各地域事情を知るのは本当に重要ですよね。
政府の政策について補足すると、マクロ視点の分類として、経済や産業、地域、制度の政策、最近ではイノベーション政策があります。
他に知るべきものとしては、政治家の会議発言や動向、有力学者の意見なども挙げられます。それらがどれくらいの確度かも調べなければいけません。
安齋 私の所感として、中国市場の情報を捉えるときに2つのステップがあると思っています。
まずお二人も言うように、マクロ視点の情報環境を整えること。その後にミクロ視点として現場にいって、リアルな情報を取りにいく。
1つめのステップであるマクロ情報を捉えるためには、デスクトップのリサーチは欠かせません。そのうえで、現場の聞き取りや現地企業の訪問や交渉をしにいく。この両輪の情報収集が、中国で戦うためには必要だと思います。
──多様で大量な情報に対し、常にアンテナを張っておく必要があるのですね。
鈴木 他の新興国と異なり、中国では外資企業と同時に中国企業とも競争しなくてはなりません。生産基地ではなく消費市場として見るうえでも、知るべき情報量はますます増えています。
中国がそもそもどのような経済、制度、社会を築いているのかを知っておかないと、業界プレイヤーひとつとっても理解できないことがある。
あと重要なのは、優良な情報というのは「タダではない」ということです。これは中国に限った話ではないかもしれませんが。
国家統計局などの政府機関や、新聞各社の情報、業界団体のプレスリリースは無料です。でも、ビジネスに本当に必要とされる予測関係の資料やマーケティング情報などは、お金を払わなければ入手できません。足で稼ぐ情報もです。
中国や欧米企業は、情報こそ「お金を払って得るもの」と思っていますが、日系企業はこの感覚ができあがっていないように思います。
安齋 中国ほど、情報でビジネスが変わる国はないと思います。
人口は日本の約10倍、GDPも約3倍。日本とは経済構造だったり商習慣が根本からして違います。巨大国土で14億人を相手にするとなると、事業資金のスケールも日本とは格段の差があります。
これだけ大きな経済基盤のなかで無料の情報だけで戦って事業を伸ばせるかというと、難しいのではないでしょうか。変化が激しく、情報収集で勝負が決まるような国では、クローズドの情報を買うことは基本的にマスト事項だと思います。
そもそも情報というものは、無料も有料もひとつなぎで見て解釈することが重要です。マクロからトレンド、業界から企業までの情報がシームレスに分析できるから、明確な意思決定ができる。そうした本質的な情報の価値と解釈を大事にしていくべきだと考えます。
参考:https://www.daikin.co.jp/investor/personal/schedule/data/normal.pdf