2021/1/13

「リモート or 出社」だけじゃない。10年後、私たちはどう働くか

NewsPicks Brand Design editor
 コロナ禍で、働き方の常識は激変した。リモートワークの普及で「オフィス不要論」がささやかれたり、逆に非対面でのチームビルディングの難しさが露呈したりと、ワークプレイスのあり方をめぐる議論は、まさに混迷を極めている。
 つい近視眼的に語られがちな、ワークプレイス論。しかし目まぐるしく状況が変わる今こそ、10年先の未来を見据えた大局的な議論が必要ではないか。
 そこでこの3本連載では、10年後のワークプレイスの姿を徹底議論。「リアル」「バーチャル」「カルチャー」の3つの層に分けて、より大きな価値を生めるワークプレイス作りに求められる視点を読み解いていく。
ワークプレイスを、リアル、バーチャル、カルチャーの3つの層で表した図。これからのワークプレイスは、リアルな場とバーチャルな場へと二層化し、トラスト(信頼)がその場の活動の根源となる。これらが効果的に機能することが企業のカルチャーを創り出し、企業のより大きな価値創出につながる。
 連載の1本目である本記事では、リアルの場としてのワークプレイスの意義を議論。
 かつては隈研吾建築都市設計事務所で歌舞伎座などの設計を担当し、LINEの本社移転では空間ブランディングを担った山根脩平氏と、最先端の働き方やワークプレイスのあり方を提案するオフィス家具メーカー、イトーキの二之湯弘章氏に話を聞いた。

働く場所は「分散」する

── コロナ禍でリモートワークが広まるなか、最適なワークプレイスを巡る議論が活発化しています。10年先の未来を考えると、働く場はどのような姿になっていると思いますか?
山根 ワークプレイスの「分散」が、かなり進んでいると考えます。
 コロナ禍を機に、どこか一箇所に集まらなくても、ある程度働けることが判明しました。結果的に、目的なく「集まるだけ」の場所の価値は薄れてきている。
 だからこそIT企業や大企業を中心に、従来“オフィス”と呼んでいた場所は、会話や交流、コラボレーションなどの目的に特化した場所になっていくはず。
 集中したいときには家の近所のシェアオフィスで働き、同僚とアイディア出しに明け暮れたい日には、コラボレーション用のオフィスに出社する。
 10年後には、そんな働き方が浸透しているのではと思います。
二之湯 私も同意見です。オフィスが生まれた産業革命以降、人は「一箇所に集まる」ことを是としてきました。都市の発展は、まさにその理屈ですよね。
 その概念が、人類史上初めて否定された。そこで今、ワークプレイスのあり方を巡る議論が噴出しています。
 経営者目線で考えたときに、不動産コストは大きな要素。「リモートでも働けるなら、本社の面積は半分に減らして、不動産コストを削減しよう」という考え方もあるかもしれません。
 ですが、それで本当に生産性は担保できるのか。チームの連帯感は醸成できるのか。社員は幸せになるのか。
 こうした視点から議論していくと、ワークプレイスへの投資には、不動産投資にとどまらない、さまざまな役割があることが見えてきます。
 在宅社員の健康を高める福利厚生を充実させる、バーチャル上の会話を活発化するツールを導入する、というのも、考えられる投資の形の一つです。
「本社オフィスを縮小すべきか」という観点ではなく、どうしたらより生産性の高い職場環境を再構築できるか、という観点で考える。そうすれば自ずとワークプレイスへの投資は多様化し、企業が生み出す価値の総量も増えると思うのです。
 働く場のソリューションを提案する会社として、そこに寄り添ってお手伝いしていきたいと思っているのです。

在宅勤務には、限界が来る?

── 10年後には、リモートワークがより普及していると予想されますが、その時代にリアルな場としてのワークプレイスを持つことの意味はなんでしょうか?
山根 正直私は「リモートで在宅勤務」というのは、どこかで限界を迎えると思っているんです。
 理由の一つは、組織開発や人材育成の側面。出社する場所があれば、「先輩はこういう風に仕事をしているんだな」と背中を見て学ぶことができますが、リモートではそれができません。
 特にコミュニケーションが得意な人ほど、リモートで能力を発揮できずに塞ぎ込んでしまう、という話も聞いています。
 さらに、仕事環境の側面があります。当たり前ですが、自宅は働くためには設計されていません。そこで最高のパフォーマンスを出すのは、多くの人にとってやはり難しい。仕事とプライベートの切り替えにも苦労すると思います。
── 働く環境によって、仕事のパフォーマンスはそんなに左右されるのでしょうか?
 はい。気づかないうちに、人の行動は環境に大きく影響されていますよ。
 たとえば色温度。部屋の照明が真っ白か、暖色かといった違いにより、声の大きさや議論の白熱度は変わります。ソファよりも、ハイチェアなど目線が高くなる椅子に座っている方が、人はおしゃべりになるという検証結果も出ていますね。
二之湯 今日はイトーキのイノベーションセンターであるSYNQA(シンカ)にお越しいただいていますが、今お話ししているこの部屋はタッチパネルで照明が変えられるんですよ。
 議論をもっと活発にしたいときには、照明の色温度を白く。ちょっと白熱しすぎたなと思うときは、暖色に変えます。照明によって、議論をファシリテートする仕掛けです。
山根 面白い。照明のタイトルが「バキバキ」「イキイキ」「ゆったり」など、わかりやすくて良いですね。
 きちんと設計されたワークプレイスは、「どうしたら社員が生産性・創造性高く働けるか」が考え抜かれている場。逆にそれがない自宅でひとり働くのは、やはりどこかで無理が生じてくるはず。
 だからこそ10年後も、リアルな場としての働く環境には、大きな意味があると思います。
 2017年のLINEのオフィス移転の際に、空間ブランディングを担当していたのですが、私もコミュニケーションを活発にするための、さまざまな仕掛けを作りました。トイレに行く際に、必ず打ち合わせのためのコミュニケーションエリアを通らなければいけない、といった工夫です。
 なんでトイレに行くのにこんなに遠回りしなきゃいけないんだ、という文句も出ていましたけれど(笑)。
二之湯 対面で会うだけならカフェで十分なのに、あえて出社する意味は何かを考えると、会話の次の「行動」まで移せる点が大きいと考えています。
 直接会って話した後、アイディアを出したいのか、モック版の製品を作ってみたいのか、メンバーに向けて発表したいのか。こうしたプロセスを実現するための環境が、オフィスには揃っているんです。
 コミュニケーションで生まれたものを、具体的なアクションを伴った価値に昇華させる。その役割を、これからのワークプレイスは担っていくべきだと考えています。

ワークプレイスを決めるのは、ミッションだ

── ですが実際にワークプレイスをデザインする際には、社員からも多様な要望が出てくるはず。「交流の場が欲しい」「一人で集中したい」といった相反する意見が出た場合、どのように最終的な設計に落とし込むのでしょう?
二之湯 ワークプレイスを設計する上で最も重要なのは、企業のカルチャーです。企業が目指す姿を起点に、それを実現できるようなワークプレイスを設計していきます。
 だからこそイトーキがワークプレイス作りのお手伝いをする際は、まず企業のミッションやビジョンをお聞きし、中期経営計画などを重視します。
 重要なことは今、そのミッションを実現する働き方となっているか。そこから今の時点で必要な環境や働き方は何なのかを読み取り、デザインに落とし込みます。
山根 LINEのオフィスデザインでも全く同じで、従業員の多様な要望がある中で優先順位をつける基準は、「企業理念と合致しているか?」という視点でした。
 ですがそもそも、「ミッションを起点に働く場を作る」という考え方は、たった10%くらいの先進的な企業にしか浸透していません。残りの90%の企業は、インターネットが普及しても働き方や働く場を変えられていないというのが現状です。
 最近はおしゃれなオフィスも増えていますが、採用目的の「見栄え」のためだけにやっている企業も少なくなく、それではやはりもったいない。
 そうではなくて、「自分たちは何者で、何を目指しているのか」というミッション・ビジョンをしっかり定義して、ワークプレイスはそれを表現する場として捉える。そうすることで初めて働く場は、社員を結びつけるものとして機能するんです。
 この基礎に立ち返ることが、10年後のワークプレイスをより意味ある場所にするために、経営者に求められる視点ではないでしょうか。

これからの時代は、 “自律”して働く

二之湯 そもそも、求められるワークプレイスのあり方は企業ごとに異なりますし、どの成長フェーズにいるかによっても全然違いますよね。
 スタートアップ企業はいつの時代も、まずマンションの一室に集まって寝食を共にし、そこでエネルギーいっぱいに働くところから始まります。そこでは、コラボレーションなんて、問題にはならないわけです。
 そしてある一定の人数を超えたところから、管理の側面が必要になってくる。さらにしばらくすると成長が止まってきて、起爆剤としてまた環境を一新する。
 そういった一社一社の個性、その時置かれている状況としっかり向き合い、企業ごとに最適なワークプレイスを作り上げることが重要です。そこで各社の目指す働き方の戦略を構築する理念として、ABW(Activity Based Working)が注目されているのです。
ABWとは、個人がある活動をするときに、最も生産性が高い場所/時間/相手を、自分の裁量で選択する働き方を実現する総合的な戦略のこと。ヴェルデホーエン社によって提唱された。同社の調査によると、ナレッジワーカーの活動は、上記の10のカテゴリーに分類可能。カテゴリー内の各活動に対して、その特定の活動を行うための適切な環境(場所やITツール)を構築することが望ましい。
山根 確かに従来の「割り当てた仕事をサボらずにやらせる」という目的なら、グレーの机を向かい合わせる対向島型のデザインは合っていました。
 しかし今では単純作業は機械に任せ、社員はよりクリエイティブな成果を出すことを求められている。その時代に、ABWの考え方が浸透していくのは、私も自然な流れではないかと思っています。
 そもそも建築物は、最新トレンドからは一歩遅れてしまうもの。大規模なオフィスビルを建てるには、5年くらいはかかりますから。今議論されている最新トレンドも、実際の建物に実装されているのは10年後、もしくは20年後かもしれないんです。
二之湯 それはこの業界の宿命ですよね。だからこそイトーキは、10年後、20年後の未来をしっかりと見据えた上で、企業のワークプレイス作りに伴走していきたいと考えているのです。
 日本は今人口が減り、少子高齢化時代に突き進んでいます。ですが、人口が減少しているにもかかわらず発展を続けた国は、今までないんです。
 そう考えると、日本の発展を担う企業一つひとつの働く場を作る私たちの仕事には、重大な役割があると感じています。
 そのためにも「働く戦略」全体のご相談にのれる存在として、しっかりと貢献していきたい。企業がより大きな価値を提供できるよう、働く場のデザインを通して全力で向き合っていきたいと思います。