2020/12/23

【山本康正】テクノロジー最前線の「地殻変動」をつかめ

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イーロン・マスクの20年来の盟友にして、「シンギュラリティ大学」「Xプライズ財団」等の設立者としても知られるベンチャーキャピタリスト、ピーター・ディアマンディス。いま米国のベストセラーリストを席巻している氏の著書『2030年』が、12月24日に日本でも刊行される。

ディアマンディス同様にシリコンバレーの最先端を熟知したVCであり、『2025年を制覇する破壊的企業』等の著者、山本康正氏が本書に寄せた解説を、刊行に先駆けてお届けする。
「What a ride.(なんてドライブだ)」
本書『2030年:すべてが「加速」する世界に備えよ』を読み終えたあなたは、刺激的な未来を巡るジェットコースターに乗せられて戻ってきたような気分に浸っているのではないだろうか。
「そんな馬鹿な」と疑いながらも、前提の条件が添えられた未来予測に引き込まれる。未来に対する読者の固定観念を壊すトレーニングとして、本書は読むに値する一冊である。
『2030年』著者ピーター・ディアマンディス(左)と、イーロン・マスク(写真:Jesse Grant/Getty Images for Global Learning XPRIZE)
奇しくも私自身、「2025年」をテーマにした本(『2025年を制覇する破壊的企業』)を先ごろ上梓したが、本書『2030年』と拙著の間に大きな乖離はなかった。テクノロジーの最先端に近い所にいる人間にとっては「当然こうなるだろう」と見当がつく箇所は似ているものだ。
【山本康正】最新テクノロジーの知識がなければもう成長できない

テクノロジーの「マップ」を手に入れろ

本書はまず、テクノロジーに関する各分野で、どのような地殻変動が起こっているかを俯瞰的に把握するのによい入門書だ。
私も以前から「テクノロジーの発展のマップを自分の頭の中に持つべきだ」と言ってきた。どのテクノロジーとどのテクノロジーが関わり合っているかを見比べることによって、自分が深掘りすべき領域はどこなのかが浮かび上がってくるからだ。
たとえば、「スマートシティ」という言葉1つとっても、その中には「人工知能(AI)」「モビリティ」「決済」「エネルギー」「シェアリングエコノミー」といった言葉が部品として存在する。つまり、「スマートシティの専門家」など、そもそも存在しないのだ。
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テクノロジーは非連続的な変化をもたらすから、新しい名前がつく。スマートシティについての見解を従来の都市計画の専門家だけに求めるのはナンセンスだ。各部品をバランスよく理解して初めて、スマートシティの輪郭が理解できる。
流行りのテクノロジーの潮流や、「ブロックチェーン」「AI」「DX(デジタル・トランスフォーメーション)」といった新しい流行語も、何が部品として存在しているか、そして、その部品同士がどうやってつながっているのかをよく知っておく必要がある。
本書では複数の技術が交わることを「コンバージェンス(融合)」と呼んでいる。そして加速度的に変化が起こるのは、このコンバージェンスが理由だという。私はそれを「AI、 クラウド、 5Gのトライアングル」と表現しているが、本書も根本的に同じ主張だ。
(写真:shulz/iStock)
(ちなみに、本書で取り上げられている各分野の細部については、著者よりも詳しい人は大勢いるだろう。特にビジネスモデルのところは実務者のほうがよくわかっているだろう。
しかし、かれらのうち一体どれだけの人が、自分の専門分野について、本書のように広範な他分野との比較でわかりやすく説明できるだろうか。
日本は「理系」と「文系」という悪しき分断によって、テクノロジーの理解についてハードルを高くしてしまっている。本来ならば幅広い年齢・職業の人にテクノロジーが理解されることこそ、社会にとって望ましいはずだ。)

「日本のメディアがスルーする分野」がカギ

本書が米英で出版されて間もなく、世界は新型コロナウイルスの感染拡大に見舞われた。コロナによってテクノロジーがさらに加速している部分もあるし、十分な注目を浴びていない部分もある。コロナによって予測がずれた面もあるし、それだけで1冊の本ができそうなほど、2020年は変化が「加速」した年だった。
そんな中、本書でしっかり確認してほしいのは、日本のメディアがあまり取り上げないトピックだ。自国企業が関わっていない「ハイパーループ」などの技術革新は、日本のメディアでは小さく扱われがちだが、海外では重要だとみなされている。
イーロン・マスクが発案し、英ヴァージン・グループが開発実験を進めるハイパーループ(写真:Jorge Villalba/iStock)
逆に、日本企業が関わっているがゆえに国内メディアだけで過度に大きく扱われるトピックも多い。たとえば、日本のスーパーコンピューター「富岳」は、海外ではほぼ重要視されていない。本書で重要な位置を占めるのは、量子コンピューターだ。なぜ、Googleなどの企業はスーパーコンピューターではなく、量子コンピューターに力を入れているのかを冷静に考える必要がある。
(写真:Google/ロイター/アフロ)
さらに、イノベーションとは「業界の新結合」を意味するが、日本では記者が業界別に担当している時点で、イノベーションのインパクトを過小評価しがちだ。記者が複数の業界に通じていることは稀なためだ。そして読者や視聴者であるビジネスパーソンも1つの業界しか経験していないことがこれまで多かったために、この過小評価はニワトリと卵の関係でもある。
そういった際に参考になるのは「株価」である。未来予測のインパクトは、株価に大きく表れるのだ。新型コロナが流行する前、テスラ・モーターズがわずか半年でトヨタの時価総額を抜くことを予想できた人は少数だろう(テスラはもはや自動車会社の枠を超えているし、もし、予測が行き過ぎだと思えば、テスラ株を空売りすればよい)。
(写真:Sky_Blue/iStock)

科学とビジネスモデルに基づけ

本書が取り扱う分野は実に幅広く、AIから空飛ぶ車、遺伝子編集まで、テクノロジーが関わる分野を包括的に網羅している。
こういったテクノロジーは携帯電話のように、ひとたび使われ始めると「なぜ今まで使わなかったのだろう?」とまたたく間に広がるが、それまでは「電波が危ない」など根拠のないネガティブなことを言う人がいる。日本ではそれが新しいテクノロジーを取り込む際の大きな障壁になっている。
(写真:nikolay100/iStock)
単なる「評論家」の見解に耳を傾けるのではなく、科学的根拠とビジネスモデルに基づく議論が必要なのだ。残念ながら、今のメディアでこうした議論ができる人は限られているため、業界を超えた人材交流が必要だろう。
また、第13章に見られるように、気候変動などの社会問題も多く取り扱う本書には、SDGsへのヒントが数多くある。

「未来予測」に接する際の注意点

「未来予測」というジャンルには悪書も多い。間違った予測を吹聴することで負うデメリットが少ない論者が、とにかく世間の人びとが想像しにくい未来を衝撃的に語り、そうした予測が10回中1回でも当たれば有名になる、という歪んだ構造がある。
(写真:metamorworks/iStock)
株式の世界で言えば、「結果がすべて」であるヘッジファンドマネージャーは持論を雄弁に語らない一方で、株式については素人の学者が「株価が半額に下がる」などと言い続ける(100年言い続ければいずれは当たるかもしれない)現象と同じ構図だろう。
肝心なのは「その人に予測を当てるメリットが本当にあるのか」である。
テクノロジーも同じだ。「AIが人類を滅ぼす」といったセンセーショナルな言説や、カタカナ語を多用する人、妄想が得意なだけな人が目立ってしまい、現実的な議論が少ない。先端の科学者と行政、ビジネスなどの分野を超えた歩み寄りが求められる。
本書はその点でも、前提条件をきちんと説明し、推測できる範囲で語っているところが非常に評価できる。

本書を読んだあなたがすべきこと

本書を読んでさらに詳しく知りたいと思った分野やテクノロジーについては、それぞれによい専門家がいる。彼らの著書や動画を見ていけばいいだろう。
たとえば本書の第14章に登場するブレイン・コンピューター・インターフェース(BCI)については、そのトップ企業であるNeuralink(イーロン・マスクが設立)が2020年8月に、マスクによるデモを公開している。動画サイトで簡単にブタでの実験を見られるので、ぜひ一度ご覧いただきたい。
本書に登場する研究内容は、今この瞬間も実用化に向かって進展中であることを実感できるだろう。
(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)
本書の主張どおり、進化はこれまで以上に加速している。2年後にはまた別の景色になっているかもしれず、定期的に私たち自身で確認し続けるべきだ。
また、本書の中に知らない企業名が出てきたら、ぜひ検索をお薦めする。それぞれの分野では知っていて当たり前の企業だからだ。
私が危惧するのが、本書が「海の向こうの話だ」と片付けられてしまうことである。
これまでもPCや携帯電話のOSなどは、海外からやってきて、あっという間にプラットフォームを取られてしまった。今やそれが家電や小売、金融、自動車に波及しつつある。守るための最低限の努力をしつつ、海外の動向をいち早く知っておくことは必須だ。
【山本康正】これから勉強すべき「4つの知識」
新型コロナウイルスの感染拡大で海外出張がしにくい時期ではあるが、本書に登場するようなテック企業はコロナの影響をほぼ受けずに開発を進めている。事態が落ち着いたら現地で、それまではデジタルで、自ら積極的に情報を取りにいくべきだ。
迫りくる変化から目を逸らさず、本書をきっかけに、世界の最先端のテクノロジーとビジネスを、ぜひ直接海外から学び始めてほしい。
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