2020/12/25

【名和高司】知らなければ生き残れない。SDGsの「本質」

一橋大学ビジネススクール客員教授
今年からスタートしたNewsPickの電子書籍レーベル『NewsPicks Select』。

その第2弾として、一橋大学大学院特任教授を務め、ファーストリテイリング、味の素などの社外取締役としても活躍する名和高司氏が『日本人が誤解するSDGsの本質』を上梓した。

書籍の発売を記念して、購入者限定のオンラインセミナーも開催する(詳細は記事の末尾)。

これからのサステナブルなビジネスに欠かせないSDGsとは、いったい何なのか。ここでは本書の内容の一部を紹介、その見どころに迫る。

SDGsが次世代成長で重要な3つの理由

SDGs、持続可能な開発目標――。
このキーワード自体はニュースで見ない日はないと言っていいほど流通している一方、それが実社会で何を意味するのか、なぜ重要視されているのか、本質を答えられる人は多くないのではないでしょうか。
一言でいうと、SDGsは「誰一人取り残さない」未来の実現に向けて、国連で合意された17のゴールです。
格差が広がる一方、誰もが将来に不安を抱える中で、とても大切な目標が掲げられています。
例えば、貧困をなくそう、ジェンダー平等を実現しようといった正しい社会の実現が目指されています。
また、すべての人に健康と福祉を、という目標は、コロナ危機の中で、改めてその尊さが痛感されます。
写真:i-Stock/MariusLtu
これまでは、このような社会課題を解決することは、公的機関やNPO・NGOの仕事だと考えられてきました。
しかしSDGsは、今や企業経営の主軸とすら考えられるようになりました。なぜでしょうか? 大きく3つの理由があります。
第一に、ビジネスそのものに関する目標が掲げられている点です。
例えば、働きがいと経済活動の両立がうたわれています。
あまりにも当たり前と思われるかもしれません。しかし日本で昨今唱えられている「働き方」改革はもう古い。
働き方(How)ではなく「働きがい(WhyとWhat)」が求められているのです。英語の表記は「decent work」、すなわち、意味のある、誇りをもてる仕事を指しています。
そして仕事と生活を分ける(ワーク・ライフ・バランス)のではなく、仕事が人生の一部となる(ワーク・イン・ライフ)ようにしなければなりません。
第二に、これらの目標に背を向けると、企業として生きていけなくなるからです。
例えば、環境変動や生物多様性に配慮しない企業は、SNSなどで消費者にたたかれて顧客を失い、投資家も離れていってしまいます。
「Sustain or Die(持続可能性を守るか死か)」は、人類共通の課題であるとともに、企業存続のための課題でもあります。
逆にこれらの目標を自分ごととして捉え、実践している企業は、顧客や社会の共感を勝ち取ることができます。
最近、特にコロナ禍を契機に、「エシカル消費」への関心が一段と高まっています。
エシカルを「倫理的」と訳すと固いイメージがありますが、環境保全や社会貢献に熱心な企業の商品に「いいね!」の声が集まって、よく売れるようになるといった意味合いです。
写真:i-Stock/Tempura
さらに、そのような企業には、いい社員が集まります。
今のミレニアル世代、そしてこれからのZ世代の若者は、「デジタル・ネイティブ」であると同時に、「サステナビリティ・ネイティブ」世代とも言われています。単に自分のためだけでなく、社会の役に立ちたいという利他の心を大切にしています。
事実、SDGs先進企業、例えばユニリーバやセールスフォース・ドットコムは、世界中で「最も働きたい企業」ランキングの上位に選ばれています。
そして第三の理由は、これらの17の目標には、企業にとっての次世代成長のヒントがふんだんに盛り込まれているからです。
需要予測が難しい時代になったといわれている昨今ですが、これらの社会課題は、「今、ここにある」確実な需要そのものです。それを解決できれば、大きな成長が期待できるはずです。

サステナブル経営のカギ「CSV」

ただし、うかつに手を出すと、足をすくわれてしまいます。というのも、これらの社会課題が解決できていないのは、経済性が成り立ちにくいからです。
SDGsにまじめに取り組もうとすればするほど、投資が先立ち、コストがかさんでしまいます。トップライン(売り上げ)はあがっても、ボトムライン(利益)はへこんでしまいます。
そこで営利企業としては、社会価値を上げつつ、経済価値を上げる知恵が求められるのです。企業戦略の大家であるハーバード・ビジネス・スクールのマイケル・ポーター教授は、このような企業戦略をCSVと呼んでいます。
CSVを普及させたマイケル・ポーター教授(写真:L. Busacca / Gettyimages)
CSVとは、Creating Shared Valueの略で、「共通価値」と訳されています。
SDGs、すなわち社会課題に企業として取り組むためには、この2つの価値を両立させることが、大きな経営課題となります。
ビジネスパーソンにとっては、SDGsにまじめに取り組もうとすればするほど、CSVの実践が問われることになるのです。
21世紀型の経営モデルとして、世界中でCSVが注目されているゆえんです。
本書ではSDGsの成り立ちから解説し、その裏の狙いや落とし穴にも言及します。
そしてSDGsの限界を突破するCSV経営の実例として、欧州からはネスレ、ユニリーバ、ノボ・ノルディスクを。
新興国からは、インドのタタ・グループ、中国のアリババ、バングラデシュのグラミン・グループを取り上げます。
日本を代表するCSV企業として取り上げたのは、ファーストリテイリングです。
同社が掲げる「ライフウェア」というコンセプトは、J-CSV(日本型CSV)のベストプラクティスといえるでしょう。柳井正CEOがそこに込めた高い志も紹介したいと思います。
これらのCSV経営企業を分析したうえで、最後は現行のSDGsを超える「新SDGs」を提唱します。
Sは今のSDGと同様のサステナビリティですが、Dはデジタル、Gはグローバルズを指します。そしてこれらの3つの交点に「志(パーパス)」を置きます。これを私は「志本経営」と呼んでいます。

あなたの企業に「志」はあるか

自然とCSVを実行できる企業と、その他の企業の決定的な違いは何か。
それが、上述した「志」があるかどうかだと思います。社会を本気で良くしたい、貢献したいという志は、多くの日本企業が忘れてしまっているものでもあります。
経営者が単なる数字合わせの経営をしていては、CSVは実現できません。経済価値にばかり目が行き、社会価値がなおざりにされてしまうからです。
本来ビジネスは、誰かの課題を解決することで対価をもらって成立するものです。
しかし、マーケットが拡大するにあたって競争環境が激化し、ライバル企業との関係性の中でビジネスの意思決定が行われるようになります。
スーパーマーケットの陳列棚を見ても、そんなに多くの飲料、新商品を本当に消費者が求めているのかと、疑問を抱かざるを得ません。
写真:i-Stock/Bill Oxford
成長を続けている企業はそろって、自分たちの原点に対して強いこだわりを持っています。何をもって社会にインパクトを与えるのか、世の中をどう変えたいのかという基本がブレません。
だからこそ、競争環境や組織のあり方が変わっても、企業としての思想や信条が経営者や社員という立場に関わらず染み込み、受け継がれていくのでしょう。
ビジネスとは社会の課題を解決して利益を上げること。その意味で、すべての企業はCSV的であるべきです。
しかしそうなっていない現状は、改めて企業に存在意義を問うています。我々はなぜ存在するのか、何のためにビジネスをしているのか。
その根本的な問いかけへの答えが今、求められているのではないでしょうか。

SDGs18枚目の「空白のカード」

本書では、SDGs、CSV、そして新SDGsなどについて、実例を挙げながら概念を整理しています。
読者の皆様は、それらがいずれも、ビジネスの原点ともいえる「志」に強く根ざしたものであることを、わかっていただけるものと確信します。
これからはぜひ、この「志本経営」を力強く実践していただきたいと願っています。そのためには、高い志を掲げることが出発点となります。
その際に重要なことは、世の中の社会課題に目を向けるのではなく、自分たちの内側にある熱い思いを見つめなおすことです。
私は常々、志には3つの必要条件があると言っています。「わくわく」「ならでは」「できる」の3つです。
社員も顧客も「わくわく」するような志を掲げること。そして、自社「ならでは」の思いが込められていること、さらには、誰もが実現「できる」と確信すること。
この3つがそろわない限り、志本経営は始動しません。
SDGsには、国際的に掲げられている「17の目標」とは別に、実は18枚目のカードがあることを、ご存じでしょうか?
そこには何も書いてありません。17枚には入っていない自分たちの志を、高らかに掲げればいいのです。
例えば、ファーストリテイリングであれば「ライフウェア」、花王は「キレイ・ライフスタイル」です。三菱ケミカルは「KAITEKI」を、そしてソニーは「感動」を掲げています。
トヨタの18枚目のカードは、「ワクドキ」です。そこにはハートマークが描かれています。豊田章男社長は最近、「幸福の量産」という志を唱え始めました。
クルマの量産から、幸せの量産へ。まさに、ワクワクで、ならでは、そして「できる!」の3拍子がそろっていると思いませんか?
豊田章男氏(写真:David Becker / Gettyimages)
大企業だけではありません。むしろ、中堅、中小企業やベンチャー企業の方が、志本経営を推進しやすい。一芸に秀でているため、ぶれることがないからです。
例えば、中川政七商店。そもそもは300年を超える奈良の晒(さらし)問屋でした。
13代目にあたる中川淳氏(現会長)が社長に就任してから、おしゃれな工芸品のプロデューサー企業に大変身しました。その中川氏が掲げる志は、「日本の工芸を元気にする!」です。
また、アウトドア用品を展開するスノーピーク。現在の山井太(とおる)会長が2代目社長に就任してから、大きく業容を拡大していきました。
当初は「ヤマガール」やキャンパーなどの本格的なアウトドア派をターゲット顧客としていましたが、オフィスに「半ソト空間」を提案するなど、都会にも「癒やしの場」を広げています。
山井氏が提唱する志は「人間性の回復」です。コロナ禍でリモート生活が新常態となるなかで、ますます人気を集めています。

CSV経営を牽引する「日本の現場力」

経営者でなくても、CSVを実現することは可能です。いや、むしろ本当の志本経営は、社員一人一人の熱い思いから生まれるのです。
「CareerSelectAbility(キャリアセレクタビリティ)賞」を、ご存じでしょうか?
エン人材教育財団が創設した賞で、若手のキャリア自己選択力を育てる企業を応援することを目的としたものです。
同財団の越智通勝理事長に加えて、渋沢栄一翁の子孫でもあるコモンズ投信の渋澤健会長、シンクタンク・ソフィアバンクの藤沢久美代表、それに私が審査員となっています。
初回の2020年は、オイシックス・ラ・大地、資生堂、ベネッセスタイルケア、YKKファスニング事業本部の4社が選ばれました。いずれも、現場の若手が社会課題の解決と事業成長に真剣に取り組んでいる企業です。
例えば、オイシックス・ラ・大地では、社員一人一人が、「安全な野菜を届けたい」「生産者にもっと喜んでほしい」という志に動かされて、ハードワークをこなしています。
また良質な介護サービスで人気の高いベネッセスタイルケアでは、介護スキルの高い現場の介護士が「マジ神」としてあがめられています。
「善の循環」という志を掲げるYKKでは、20代の若手が新興国の修羅場で、「土地っ子」になるべく日夜励んでいます。
日本企業の世界遺産ともいうべき価値は、現場力にあります。その現場の志に火がつけば、日本企業が世界の志本経営のフロントランナーに躍り出る日が来ることでしょう。
そのためにも、ビジネスパーソン一人一人がまず自分の志をしっかり見つめなおし、周りの人たちに共感の輪を広げていくことを、心から期待しています。
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これからのニューノーマル時代を生き抜く切り札となるCSV経営実践のエッセンスが、『日本人が誤解するSDGsの本質』にはまとめられている。
SDGs、CSR、CSV…。本書を読めば、これらの似たような横文字に振り回されず、ビジネスにとって真に重要な本質とは何かを誰もが理解できるはずだ。
『日本人が誤解するSDGsの本質』発売を記念して、書籍ご購入者限定のオンラインセミナーを開催いたします。

 今回のセミナーは、本書の著者・名和高司氏が、改めてSDGsの本質を解説するとともに、ニューノーマル時代の「新SDGs戦略」についてもお話しします。

 参加者からのご質問にもお答えしながら、インタラクティブにお届けいたします。ぜひ奮ってお申し込みください。

https://peatix.com/event/1757385