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面白い論考ですね。

少年漫画のヒーローと悪役に両義性を求めるのは酷かなと思う。
確かに、好敵手として味のある敵の存在は物語を盛り上げる重要な要素かも知れないが、アンビバレンスを売りにした作品ではないように思うので、作品それぞれかなと。無惨のキャラがシステム論的で現代的という解釈は面白いが、(大人の事情なのか)部下を粛清したあたりで十分かなという気も。

富樫作品やタツノコプロ作品、レゼロの様に敵が主人公人気を食ってしまう作品(やはり主人公の心理が理解できないものが多い)が数あるなかで、炭治郎人気が高いのは、その正義(というか、ただただいい人感)のわかりやすさからかなかと。

炭治郎は生まれつきなのかトラウマなのか、前頭前野よりも大脳基底あるいは扁桃体の活性が優位になっているため、推論による考察や自分の利益計算が殆どできない妹救済マシーンになってしまっている。だから、「考えるんだ」と自問しなければ、冷静に戦いを進めることができない。

それを、そこから家族愛を感じるのか、「トラウマ的な責任と倫理」を感じるのかは受け取り手の感性によるが、一般に責任や倫理は社会的なもの(妹を助けなかったら自分は酷い人間だろうという思い)なので、炭治郎からはそうしたものは微塵も感じないので多分違うでしょう。

私はまだ最終話見ていないので、またここに戻ってくるかも。
名文かつ名分析