東芝の“絶対に破られない”「量子暗号通信」開発責任者を直撃 市場の4分の1を取ってリーディングカンパニーへ医療、金融、政府機関の分野で実用化(1/4 ページ)

» 2020年12月09日 19時00分 公開
[中西享ITmedia]

 原子力ビジネスの失敗、粉飾決算などが重なって巨額の赤字を計上して経営が大きく揺らいだ東芝。日本を代表する名門大手電機メーカーではこの数年、多くの事業が売却されるなど、暗いニュースが多かった。だが、この10月明るいニュースが世間の注目を集めた。

phot 量子暗号通信の送受信機(イメージ画像:東芝提供)

 企業や政府機関に対するサイバー攻撃が相次ぎ、解読できない暗号が注目される中で、「理論上、盗聴が不可能な量子暗号通信」といわれる将来的に有望な暗号技術の開発に成功したのだ。

 東芝は2035年度に全世界で約200億ドル(約2.1兆円)と見込まれる量子鍵配送サービス市場の約4分の1(2030年度で約30億ドル[約3150億円])を獲得し、量子暗号通信業界のリーディングカンパニーを目指すとしている。この事業化を目指す責任者の村井信哉・新規事業推進室プロジェクトマネージャーと研究開発センターの佐藤英昭・上席研究員にその背景を聞いた。

phot 村井信哉(むらい・しんや)。東芝 新規事業推進室プロジェクトマネージャー。1994年に東芝入社。ネットワークシステムの研究開発に従事。2017年から量子暗号の事業立ち上げを推進
phot 佐藤英昭(さとう・ひであき)。東芝 上席研究員。1993年に東芝入社。ネットワークシステムアーキテクチャ・セキュリティの研究開発に従事。2011年から量子暗号の実用化に向けた応用研究に従事し、情報通信研究機構の委託研究として東京QKDネットワークの構築や、東北大学におけるゲノム解析データ伝送向け量子暗号システムの開発および実証試験を推進

2000年ころから研究を継続

――いつからこの分野に注目して研究を続けていたのか。

村井マネージャー: 2000年くらいから量子暗号という技術の応用を見据えた研究をしていた。このころからサイバーセキュリティへの脅威が指摘されていたので、必ず将来は必要になる技術になると思って研究開発を続けてきた。

佐藤上席研究員: 東芝はこの基礎研究を進めるために、2000年より前に英国のケンブリッジ大学の近くにケンブリッジ研究所を作り、同大学と連携して量子物理の最先端の基礎研究を行っていた。研究所ではこの基礎技術を一層高めていくというミッションがあった。その中で応用技術として量子暗号技術の研究開発を進めた。日本では神奈川県の川崎市に通信、システム関係の技術開発をする研究所があり、この技術とケンブリッジで開発した技術を融合することによって事業化のメドが立った。

――東芝は一度、経営難になった。そういう苦境の中でもこの技術の研究開発を止めなかったのはなぜか。

村井マネージャー: 東芝のケンブリッジ研究所は量子暗号技術の研究で良い成果を出し続けてきた。権威のある科学雑誌『サイエンス」や『ネイチャー』に成果となる論文を度々掲載するなど、この分野では世界のトップを走り続けてきたので、会社としても「止める」選択肢は全くなかった。

 もう1つの研究を継続できた理由は、サイバーセキュリティへのニーズは高まることはあってもなくなることはないためだ。この量子暗号技術は究極の形態なので、陳腐化することはない。技術の必要性は時代とともに増していくことが明確に分かっていたので、研究をさらに発展させることができた。

phot 量子暗号通信の特徴(以下資料は東芝提供)
phot 量子暗号通信の原理
phot 東芝の量子暗号研究開発の歴史
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