[ロンドン 4日 ロイター] - 金融市場では、新型コロナウイルスワクチン開発の飛躍的進展と米大統領選の結果を受けて楽観的なムードが一気に広がり、一部の通貨が非常に速いペースで上昇、新たな通貨戦争の可能性が取り沙汰され始めている。

ブラジル財務相が西側の中央銀行による量的金融緩和を「経済戦争」になぞらえてからほぼ10年が経過した。当時、一部通貨の下落を招いた条件の一部が再び形成されつつあるようだ。

リスクの高い資産への投資意欲の高まりにより、新興国通貨は11月に過去2年近くで最大の上昇を記録した。

6月に始まった新興国通貨の上昇局面がさらに続けば、2012年以降で最長となる。ドルは3日に2年ぶり安値を付けており、新興国通貨高は続きそうだ。

韓国、台湾、タイは既に自国通貨高への懸念を強めており、為替市場に介入するか、あるいは脆弱な景気回復の失速を防ぐための措置を講じる可能性がある。

スウェーデン中央銀行は11月26日、予想に反して量的緩和を拡大した。同国の通貨クローナは今年、世界で最も上昇している通貨の一つだ。

UBSの新興国市場戦略部門を率いるマニク・ナライン氏は「通貨戦争は現時点で使うには少し大げさな言葉だと思うが、ある種の先行的な威嚇射撃は行われているとも言える」と指摘。「仮にこの通貨上昇局面が続けば、これらの国々は相場を強く押し下げ始める可能性がある」と述べた。

自国の輸出競争力を強めるための通貨切り下げは、1930年代の世界大恐慌を悪化させ、その後何十年にもわたる保護主義の高まりが世界貿易を抑制し続けた、とエコノミストは指摘している。

通貨切り下げのサイクルは通常、利下げと市場介入の応酬で始まるが、現在、新興国市場に投機的な外国資金が流入しており、それを食い止めるため、投資への課税や資本統制へと早期に対応が強化される可能性もある。

国際金融協会(IIF)が12月1日に公表したリポートによると、11月の外国投資家による新興国資産の買い越しは株式が過去最高の約400億ドル、債券が370億ドルとなり、11月の買越額は8-10月の合計を上回った。

米大統領選後の上昇率はメキシコペソ、ブラジルレアル、トリコリラ、南アフリカランド、ロシアルーブル、ポーランドズロチが5-10%上昇。中国人民元、台湾ドル、韓国ウォンは6月以来の上昇率が5-12%となっている。

<大幅上昇の余地>

新興国通貨高の原動力となっている要因は、新型コロナウイルスワクチンによって貿易、人の移動、コモディティ価格が正常化するとの期待だけではない。

世界的な低金利により、新興国は投資家が債券投資でプラスのリターンを確保できる数少ない市場となっている。一方で電気自動車(EV)や自動化のブームにより、アジアの大手半導体メーカーに資金が流れ込んでいる。

バイデン次期米政権になれば通商政策が予測しやすくなるとの期待もあり、世界の貿易は来年、3年ぶりに拡大する見通しだ。

パシフィック・インベストメント・マネジメント・カンパニー(PIMCO)の新興国市場ポートフォリオ運用部門責任者、プラモル・ダワン氏は「通貨戦争が勃発する可能性のある地域は、最も多くの資本フローもしくは株式フローを引き付けている地域だ」と指摘。こうした動きの中心となっているのは台湾、韓国、中国であり、インドが追随する可能性もあると話した。

UBSのナライン氏によると、インドは今年、ドルの準備高が850億ドル増え、ルピー相場の変動抑制を支援している。

<心配無用との声も>

外国為替市場で各国に行動を起こさせるのは通常、相場変動のペースだ。

2010年9月、ブラジル・マンテガ財務相(当時)が通貨戦争勃発を宣言した際、ドルは約3カ月で10%余り下落した。その後もドル安は止まらず、ドルは11年6月までに17%下げた。

今回の下落局面でドルは8カ月で11%下落した。だがモルガン・スタンレーは、ドルは依然として10%ほど過大評価されていると分析。シティグループは来年、景気が回復し米連邦準備理事会(FRB)が金融緩和を続ける中、ドルは過去最大となる20%の下落率を記録すると予想している。

IIFのチーフエコノミスト、ロビン・ブルック氏は、こうした動きが全面的な通貨戦争の引き金になるとの見方に懐疑的だ。

新興国通貨は年初来でみると、8%上昇した人民元を除けば、依然として5%下げており、最も売られたブラジルレアルとトルコリラは25%程度下落し、10年前と比べ極めて低い水準にとどまっている。

ブルック氏は「率直に言って、もし私が新興国の政策決定者なら、自国の通貨が上昇する日は毎日、幸福に感じるだろう」と語り、通貨高は積み上がったドル建て債務の返済コストを軽減すると説明した。

それでも同氏は、ユーロと円は今後上昇し、欧州中央銀行(ECB)と日銀は対応を迫られると予想した。中国の対応も注視される。バーツ相場を「24時間」監視するとしたタイ中央銀行の声明は、高まりつつある緊張感を際立たせている。

タイ中銀のセタプット総裁は11月24日、「われわれの心配は(バーツの)調整スピードにある」と述べた。

(Marc Jones記者、Elizabeth Howcroft記者)