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日本も「ポスト石油」の世界へ

今朝、毎日新聞NHKが、経済産業省がガソリン車の新車販売を2030年代半ばに禁止する方向で調整に入ったと報じました。発表は毎日新聞が朝5時ちょうどで、NHKが5時5分ということなので、両社申し合わせの上、NHKが毎日に5分譲ったというところでしょうか。

「電動車(xEV)」とは

両社の報道によると、禁止対象はいわゆるガソリン車で、以降の自動車販売は経産省が定義する「電動車」に限られるとのこと。「電動車(xEV)」とは、2018年に開かれた経済産業省の「自動車新時代戦略会議」の中で出てきた用語で、EVだけでなく、実際はガソリンのみで走行するハイブリッド車も含まれる概念です。

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第二回自動車新時代戦略会議 事務局提出資料(P.6)より抽出

EV走行モードがあるとはいえ、実質的にガソリンのみで走行するハイブリッド車を禁止しないのに、「ガソリン車禁止」を謳うのはいささか無理があるなと思いますが、「2035年"電動車"以外販売禁止」では、「電動車」という経産省用語が人口に膾炙していない上、インパクトに欠けるということなのでしょう。そもそも、こうした発表は国際的なアピール合戦でもあり、表現と中身の乖離はよくあることです。

2050年カーボンニュートラルに間に合うか

菅首相が10月26日の所信表明演説で2050年のカーボンニュートラルを宣言したことは記憶に新しいですが、仮に2050年に自動車からの排出ガスをゼロにしようと思えば、乗用車の平均寿命が13.51年(軽自動車は9.75年)であることから考えると、仮に2040年にEVとFCV以外すべて販売禁止にしても間に合いません。もっと言うと、一般に貨物車の寿命は乗用車より長く15年程度なので、貨物車の方を先に規制しないと間に合わない計算になります。

従って、2035年にハイブリッド車の販売がまだあるとすると、理屈上は2050年のカーボンニュートラルを実現するためには相応の二酸化炭素を埋めるなどして固定化する必要が出てくるということになります。

しかし、日本には、長年ハイブリッド技術を牽引してきたトヨタ、追従してハイブリッドを出してきたホンダ、エンジン走行はないものの実質的にガソリンで走るハイブリッドといえる日産の"e-Power"があること、自動車産業(=内燃機関産業)は日本に残された数少ない国際競争力を持つ産業であること、そして、世界最大の自動車マーケットである中国がハイブリッド車の販売に力を入れ始めていることを考えると、現実的にはハイブリッド車の販売を排除するという方針は、産業政策的に難しいと思います。

軽自動車や貨物車の扱いについて

また、今回の報道では明示されていませんが、先に触れた軽自動車や貨物車の扱いが今後どうなるか気になる所です。ハイブリッド技術というのは、どのような車格や使われ方でも合う(コスパと燃費向上効果が両立する)わけではなく、一定の車の大きさと、ストップ&ゴーの多さで、技術の真価が出るタイプの技術です。繊細な制御によりエンジンとモーターのいいところどり(エンジンは低速域に弱い、モーターは長時間走行するとバッテリーを早く消費する、減速時に回生ブレーキでエネルギーを回収する、大きなバッテリーは重くて高価なので大切に使う)をして、全体を最適化させています。

つまり、プリウスやアクアくらいのサイズで、日本のような市街地で走行する際に最適と言えます。また、よく知られているように、高速道路での一定速度での走行ではハイブリッド車は最高燃費は実現できません。それが、軽自動車や貨物車にハイブリッド(特に"ストロングハイブリッド")がほぼない理由なのです。

ただし、軽自動車の一部には、回生ブレーキと駆動アシスト機能をもつ"マイルドハイブリッド"も存在します。スズキの軽ハイブリッドモデルの中には、10秒程度のEV走行が可能なものもあるようです。こうしたモデルは、経産省のいう「電動車」の扱いになるのでしょうか。また、貨物車にもごく一部ハイブリッドモデルが導入されているようです。

各国の動向に対応

とはいえ、菅政権がガソリン車販売禁止を打ち出さざるを得ない背景があります。一つとして、既に世界各国が同様の政策を発表しており、「遅れている」という批判をかわす狙いがあると思われます。ただし、どの国も計画の段階であり、具体的な禁止法を定めた国はまだありません。また、自動車輸出国の日本としては、市場環境の変化という側面もあります。

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各種報道を元に筆者まとめ(状況については流動的であることに留意)

21世紀はポスト石油の時代

今回の発表は、2050年カーボンニュートラルに対応して出てきた政策でしたが、私は化石燃料の中でも石油こそが21世紀で最初に供給制約があるエネルギー源であると考えています。現在、コロナ禍で石油需要が落ち込んで供給がだぶつき、原油価格は低迷していますが、2015年頃から続く上流投資の不足から、経済が元に戻れば今度は石油供給危機が起こる恐れがあります。また、日本ではあまり報じられませんが、中東ではイエメン、リビアで内戦が続き、今年はアルメニアとアゼルバイジャンによるナゴルノ・カラバフ紛争がありました。米国大統領が変わるタイミングで、権力の真空地帯が発生すれば、再び大きな変化が起きるリスクもあります。

その意味において、中東からの石油依存が強い日本にとって、脱石油依存のための自動車の電動化は国家として喫緊の課題だと考えています。しかし、一方で、自動車産業は日本経済の基盤の一つでもあり、外貨獲得・社会秩序のためにも守らなければならない部分があることも確かです。また、人々の移動の足としての自動車が、手頃な価格で入手できるという自由もまた、自動車産業が担っている重要な役割でもあります。あまりに急激で不公平な規制政策は、人々の社会生活を一変させ、混乱を招きかねません。

我々は、産業競争力と人々の生活を維持しつつ、脱石油社会への変革を公平公正に推し進めていく、という難しい課題に直面しています。つまり、電動車両によるモビリティサービスの世界で競争力をもつ必要があります。今回の政策発表が、21世紀を生きる日本の「ポスト石油戦略」に資するものになることを願っています。

(フリーランスで活動しています。応援してくださる方は少額でもサポートしていただけると嬉しいです)

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