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現在のフランスの基礎をつくったのは、1958年にシャルル・ド=ゴールが成立させた第5共和政です。ド=ゴールのフランスは、米国ともソ連とも対等に距離を取ることで、フランスの存在感を高めようとしました。この外交姿勢は、第3極としてのヨーロッパの統合へと通じていく面もありましたが、フランスの核武装、NATOからの脱退という、米国と対立してでもフランスの地位を高めようとする独自路線は、結局、ヨーロッパ統合の妨げとなるものでした。
 1974年に就任したジスカール・デスタン大統領の外交は、新大西洋主義と呼ばれ、米国とも協調路線をとりました。1975年には米国や日本を含めた第1回先進国首脳会議を主催しました。この後ヨーロッパが統合されていくうえで、非常に大きな意義がある協調主義的な外交でした。
 ド=ゴール主義下での計画経済と石油ショックで疲弊し、インフレの進んでいたフランス経済を、サービス業の振興などで立て直そうともしました。フランスの国威発揚を第一にして目立つようなことはしませんでしたが、協調を進めて、EUの中のフランスへの道筋を固めた大統領でした。
嫌味が多く一緒に呑みたいタイプではなかったが、政治家でありながらクールな知識人風で、若い時は颯爽としていた。西独シュミット首相とは蔵相時代からのコンビで、モダンな独仏枢軸のスタンダードを創り、それにより欧州と世界をぐいぐい引っ張った。1974年の大統領選は、左右の有力候補を抑え、中道から競り上がった見事な闘いだった。個人的な好悪とは別に尊敬していた。ご冥福をお祈りいたします。
戦後政治を牽引してきた大物政治家の方々が続々と亡くなっています。
彼らの眼から今の政治状況はどう見えていたのでしょうか。橋渡しをする世代がどの国でも機能不全なのかもしれません。

いずれにせよ、ご冥福をお祈りします。
ジスカール、新型コロナで亡くなったのか…。94歳という年齢だったので、大往生といえば大往生ではあるが。合掌。
戦後、かつての敵国ドイツとの関係を強化し、西ドイツのシュミット首相と共に、独仏という軸を確立したのがジスカールでスタン大統領だった。ちなみに、家族の話では、故人は身内だけの葬儀を望んでいたと報じられているが、国葬等はどうなるのだろう?。
ジスカールデスタン氏と言えば、やはり第一回先進国首脳会議を実現させた人として後世に語られるだろう。あのフランスのランブイエ城での第一回サミット、西ドイツのシュミット首相、イタリアのモロ首相、英国のウイルソン首相、日本の三木武夫首相、そして米国のフォード大統領だ。そして、この裏で舞台を用意したのがキッシンジャーである。こういう人物がコロナで亡くなるというのは、やはりこのウイルスは高齢者には怖いなと思う。ご冥福をお祈りします。
1974~81年にフランス大統領を務め、サミットの生みの親ともなったバレリー・ジスカールデスタン氏がお亡くなりになったそうです。
【訃報】フランス大統領を務めたジスカールデスタン氏が死去したとのこと。熱心なヨーロッパ統合派の政治家であったが、最期は新型コロナに感染して亡くなったとのこと。ある意味ではグローバリズムの影響で亡くなったというのがなんとも皮肉。ご冥福をお祈りいたします。