2020/11/25

【楠木建×双日トップ】No.1は、目的じゃない。コロナでも変わらぬ商社の本質

NewsPicks Brand Design editor
 新型コロナウイルスの打撃により、様々な業界が大きな変化を余儀なくされている。そんななか、「商社の役割は変わらない」と語るのは、総合商社・双日の代表取締役社長である藤本昌義氏だ。
 その真意とは何か。双日は、これからどこに向かうのか。企業の競争戦略を専門とする経営学者・楠木建教授との対談で、読み解いていく。

コロナで商社は変わるのか?

── 世界中で多様なビジネスを展開してきた総合商社は、コロナ禍で大きな転換を迫られているのではないでしょうか。
藤本 よくその質問をいただくのですが、商社のビジネスを根本から変えなければいけないとは、思っていません。
 もちろんコロナで世界中が不況に陥ったことにより、私たちも大きな打撃を受けました。特に自動車や鉄鋼は、影響が大きい分野です。
 そういった背景で、2018年に発表した中期経営計画では、2020年度(2021年3月期)までに、当期純利益750億円を目標としていましたが、実際には300億円ほどで着地予定です。
 ですが私たちの役目は、コロナ前も今も「必要な場所に必要なものを届けること」
 そのときマーケットが必要とするものにどう付加価値を付け、商売として組み立て、求められる場所に届けられるか。それを考えることが商社の本分で、たとえコロナのような打撃があっても、突然変わることはないのです。
楠木 私も同意見です。コロナがあろうとなかろうと、世の中なんて常に“激動の時代”です。
 時代の流れや価値観はいつも変わっているわけで、それと連動して企業の本質がコロコロ変わるなんてことは、ありえない。もしそんな企業があれば、全く中身がないということになります。
  NewsPicksはいつでも、「今こそ激動」「変化すべき」と言っていますけれど(笑)。
藤本 もちろん商社の本分を全うするための手法は、時代とともに変え続けています。
 双日はそもそも、ニチメンと日商岩井が2004年に合併してできた企業ですが、両社とも元は1800年代に創業し、全くビジネス環境が異なるこの100年余りを生き抜いてきた存在です。
 開国期の絹や綿花の輸出入から始まり、明治時代の著しい近代化の動きの中で、エネルギーや機械分野にも展開してきました。
 時代に合わせて手法を変えながら、必要な場所に必要なものや機能を届けてきた歴史の上に、今の双日があるのです。
── 楠木さんは、変わらぬ商社のビジネスの本質をどう捉えていますか?
楠木 商社は「ビジネスのプラットフォーマー」だと、私は考えています。
 資金を投入して、企業や自治体などを繋げることで新しいビジネスを生み出し、それをきちんと継続させる。そんなサイクルが回る「場」を世界中で提供しているのが、総合商社ではないかと。
 このプラットフォーマーには、一朝一夕になれるものではありません。各分野のローカルな部分まで入り込んで人間関係を築き、サプライチェーンを構築し、持続可能なオペレーションを軌道に乗せて初めて、可能になるビジネスです。
 つまり、参入障壁が高いんですね。思いついて1ヶ月後には開始できるネットビジネスを仮に“子どもの商売”と表現するならば、商社は“大人の商売”。
 大人の商売は、そう簡単には真似できません。もちろん優劣はなくどちらも重要なプレイヤーですが、大人の商売が経済の大きな部分を支えていることは確かです。
 これはアメリカの四季報を見てみると、顕著にわかります。驚くほど好業績なのに、世間的には全く知られていない会社がたくさん出てくるんですね。コロラド州で長年工場用の機械を製造しているメーカー、というような。
 最近は新興のIT企業がメディアで取り沙汰されることが多いのですが、実は彼らが握っているのは経済の一部に過ぎない。世界中どこでも“大人の商売”は、縁の下の力持ちとして経済を支えているのです。

No.1が目的ではない

── 商社の話になると、必ず話題になるのが順位。双日は現在7番手と言われていますが、それをどのように受け止めていらっしゃいますか。
藤本 その議論になると難しいなと思うのですが、私たちは順位を上げることを目標にしているわけではないのです。
 私たちがやっていることは、今お話があったようなビジネスプラットフォームを、必要とされている場所に広げて利益を生み、また新たな領域に投資していくこと。その役割を果たせれば、順位は関係ないと思っています。
楠木 業界の中で企業に順位をつける議論は、そもそもスポーツのような競争を念頭に置いていますよね。スポーツであれば、金メダルが一つで次に銀、銅と、縦一列に優劣が並びます。
 ところがビジネスの世界はもっと平和で、一つの業界に複数の勝者が存在できる。アパレル界では、ZARAもユニクロも両方勝者です。
 ここにおいては、どちらが優れているかで順位を付ける意味がありません。お互いに違ったポジションをとり、敵を倒すことではなく自らの成長を目的に、共存していけばいいんです。
── “お互いに違ったポジションをとる”というお話がありましたが、藤本さんは双日の独自性をどのようにお考えですか。
藤本 企業として「若い」ことは、特徴の一つだと思います。
 特に人材面では、2004年の合併後はしばらく採用を止めていたため、良くも悪くも35〜45歳くらいの、通常であればこれから課長や部長になっていく世代がスポッと抜けているんです。
 その“谷間”の世代を埋めるためにも、20代や30代前半の若い世代をどんどん昇進させて、大きな仕事を任せています。それが「若さ」に繋がっている。
 実際に業界大手に合格しつつ、あえて双日に入社してくる社員は、若いうちから何かやりたいと野心を持っている人が多い。そんな若手が、挑戦できる環境作りを進めています。
楠木 若手が早い段階から裁量を持って働ける環境は、大きな独自性ですね。
 職場に求めることも多様化している中で、単純に業界ナンバーワンだとか給与が高いことが若い世代の基準ではなくなっています。むしろ今が健全で、我々の世代が異常だったのだと思いますが(笑)。
藤本 そうですよね。社員がいま何を考え、何を求めているのかに対しては、常に敏感でいたいと思っています。
 また双日では、「ハッソウジツ(発想×sojitz)」という、新規事業創出を目的とした社内コンテストも実施しています。社員から新規事業のアイディアを募り、良いものは採用して事業化していくのです。
2019年から始まり、そのうち2案はすでに具体的な事業化が進んでいる。
 もちろん双日が提供できる新しい価値を模索する目的もありますが、自ら事業を創れる人材の育成という側面も大きい。
 今の時代、新卒で入社した企業で勤め上げるケースは、かなり減っていますよね。その後どんなキャリアを目指すとしても、双日に入社してくれた人には、きちんと商売の仕方、事業の創り方を教えたいと思っているんです。
 そこから先は独立してもいいし、双日に残ってトップを目指してもいい。独立した人が双日に出資を求める局面があれば、もちろん検討もしたいと考えています。
 独立して様々な経験をしてから、双日に戻ってくるのも全く構わないと思っています。まずは双日で仕事をきっちり覚えてもらい、その後は出入り自由な風土を築いていくつもりです。

ジョブ型で「経営人材」は生まれない

── 若手が活躍できる環境とはいえ、一般的には商社からの若手流出が指摘されています。この問題に対して、藤本社長のお考えと対策を教えてください。
藤本 私たちが若手だった時代、商社はラーメンからミサイルまでと言われるほど多くの事業がある一方で、「一度配属されたら一生同じ部門で過ごす」という縦割りの世界でした。社員側に選択肢がなく、離職の一因になっていたと思います。
 しかし現在双日では、まず配属して、3年ほどしたら異動させるローテーション型をとっています。社員が主体的に部署異動できるよう、経歴や能力を希望する部署に自ら売り込める制度もあります。
 そうすることで、どんな仕事でも通用する、様々な能力を伸ばせる環境を作っています。
── 一方で、ゼネラリストを育てるメンバーシップ型雇用よりも、職業のプロを育てるジョブ型が、より生産性が高いとする潮流もあります。
藤本 一つの事業の責任を持つような立場の人が、ジョブ型で仕事をするのは私は無理があると思っています。経営者は、いわば「究極のゼネラリスト」です。財務から人事、事業企画、マーケティング、セールスまで、すべてを理解している必要がありますから。
 私が考えているのは、まず10年程度はゼネラリストとして様々な仕事を覚えてもらい、それから自分の道を選んでもらう形。多様な選択肢を知るためにも、最初は色々と経験してもらうことが重要だと思っています。海外駐在の機会もあるので、自分を試すチャンスは豊富にありますね。
楠木 ジョブ型雇用には利点もある反面、人材のコモディティ化を進める側面もあります。職能がはっきりしている分、代替しやすくなってしまうんですね。経理が一人いなくなりました、では別の人を採用しましょう、というように。
 一方で、商売丸ごとを動かせる経営人材がいなくなると、その穴埋めには大変苦労します。
 先ほどもあったように、商社は「世界を股にかけてビジネスを創り上げたい」「将来は起業したい」と考える、野心家が集まる業界。そういう方々を一つのジョブに押し込めるのは、確かに最適ではないと感じます。

世界中に商社を創る

── 双日がこれから目指すゴールを教えてください。
藤本 直近としては、コロナの不景気で振るわなかった業績を、持ち直していきます。
 合併やリーマンショックを経て、私たちは財務面の強化を第一に考える我慢の年を過ごしてきました。
 ですが財務面を持ち直し、また攻めの投資ができるようになってきた結果、2015年は331億円だった当期純利益が、2018年は568億円、2019年には704億円まで上がってきています。
「稼ぐ力」は確実に伸びている。これまでやってきたことは間違っていなかったとの自負を持ち、コロナの打撃を克服して更なる成長を続けたいと考えています。
 また長い目で見ると、これまで私たちは日本を中心に考えすぎていた、という反省はあります。もっと世界のマーケットに視野を広げる必要がある、と。
 かつて双日は、日本の自動車メーカーの車を海外に売っていました。ですが日本のメーカーは自社で販路を広げられるようになり、商社が間に入る必要性は減りました。
 そうすると、経済がある程度成熟した国では、「商社なんていらないんじゃないか」なんて声も聞こえてくるかもしれません。ですが、かつての日本のような段階の国は、世界を見ればたくさんあるんです。
 私たちは今日本車を世界で販売していたノウハウを活かして、韓国の車をタイやプエルトリコで売ったり、中国の車をフィリピンで売ったりしています。売れ行きも好調です。
 このように、国の置かれたステージごとに、必要とされる商社の機能があるんです。世界が発展を続ける限り、この機能は衰えません。
 次のステージでは、日本の商社として海外のマーケットに行く、では足りないと思っています。世界各地に総合商社を創り、日本を介さなくても海外の市場同士を繋げられる基盤を築く。そんな覚悟が必要だろうと考えています。
楠木 なるほど。事業にただ資金を投入して終わりの投資家ではなく、オペレーション的な実務まで担う日本の商社だからこそ、その役割が世界で求められている。エンゲージメント投資家と、呼んでもいいかもしれません。
藤本 そうですね。現地に連結子会社を作り、現地の方をトップに置いて、日本とも対等の立場で情報共有する。これまでは日本が本社として指令を出していたのが、これからは世界中にその機能が分散されていくイメージです。
 私たちは、いつの時代もソリューションカンパニー。常に世界のマーケットを見て、その需要を敏感に捉えていく。これからも変わらず、「必要なものを必要な場所へ」届け続けたいと思います。