2020/11/18

【大阪府CIO×ユーザベース】「課題先進都市」大阪が官民連携を掲げる理由とは

NewsPicks Re:gion 編集長
 社会活動が「時間」や「距離」の制約から解放され、デジタルシフトが加速する現在。ニューノーマル時代における「都市」や「地域」は、それぞれの独自性を発揮することが最重要課題となりつつある。
 そんななか、従来の行政プロジェクトとは一線を画する「大阪スマートシティ戦略」が始まった。その組織のトップには元・日本IBM常務執行役員の坪田知巳氏が就任。
 地域経済をアップデートしながら次世代都市の実現を目指す坪田氏と、大阪府とスマートシティ推進に向けて協定を結ぶユーザベース代表取締役COOの稲垣裕介氏の両者に、目指す「新しい都市」の戦略、そして12/8に大阪で開催するイベント「WestShip」の狙いについて聞いた。

日本のなかでも、大阪は「課題先進都市」である

──大阪の「地域経済圏」が直面している課題について教えてください。
坪田 日本は世界における課題先進国ですが、そのなかで大阪は「課題先進都市」です。
 少子高齢化や健康、医療に関する問題など、さまざまな課題を抱えていますが、厳しい財政事情の中、税金の投入によって直接的に解決することが難しい状況にあります。
 税金だけで解決できない以上は、地域住民がお互いに助け合い、さらには民間企業とパートナーシップを組むことによって問題にアプローチする“共創”の仕組みが必要です。
 具体策として、われわれが最優先プロジェクトに掲げているのが、ICTを使った「スマートシティ戦略」の実現です。現在、大阪各地にあるニュータウン地域を中心に複数のプロジェクトが走っています。
 “大阪モデル”のスマートシティ実現に向けて、企業やシビックテック、府内市町村と連携して「大阪スマートシティパートナーズフォーラム」を設立しました。現在、府内の全市町村を含む300団体以上とタッグを組んで、大阪の課題解決を目指しています。
──300社以上の民間企業や団体が大阪府と組んでいるとのことですが、大阪府と組むメリットとは?
坪田 大きくは2つあります。ひとつは行政が保有している膨大なデータ。民間企業、特にスタートアップには先進的な技術がありますが、それを活かすためのデータがないことが多い。
 われわれと組むことで、そのハードルを越えることができます。ビッグデータを活用したビジネスモデルが創りやすい環境を用意します。
 もうひとつは規制緩和です。前述のデータ活用を含めて、日本の行政にはさまざまな規制があり、民間の技術を適切に運用できないケースが多々あります。
 われわれ「大阪スマートシティ戦略部」は、府行政の各部門を横断するチームであり、知事直轄のプロジェクトですから、お役所の“縦割り”を越えることができます。
 民間企業がこれまでチャレンジできなかった事業を、迅速な規制緩和によってバックアップできるのです。

自治体を越えてデータとシステムをつなげる、オープン化した公民連携

──民間企業にとっては、“大阪モデル”の事例をもとに、他の地域・自治体にも横展開できる可能性が拓ける?
坪田 その通りです。ただ、これまでも公民連携と謳った自治体のプロジェクトは各地で立ち上がっていますが、実はうまくいっている自治体はとても少ないのが現状です。
 なぜなら従来の行政は、案件を落札した企業に外部委託する形で丸投げをしがちで、人材難、資金難の自治体ではシステムを発展的に維持できないからです。
 日本各地でそれが繰り返されてきたので、「30年間システムが変わっていない」といった事態が発生しているんです。
 大阪府は、それを2つの面から刷新します。1つは「共同調達」の仕組みに変えること。
 全国の地方自治体は、事務処理業務はどこも同じにもかかわらず、各自でバラバラにITベンダーへ依頼し、独自の情報システムを構築してきました。
 結果、システムの維持管理や改修などに関して個別に対応する必要があり、コストが嵩む上に職員の負荷が大きかった。またこれは、行政のデジタル化や効率化が進まなかった原因の1つで、ずっと前から問題視されていました。
 そこで大阪府は、各市町村との「共同調達」形式に変更し、各地の課題や各機関でバラバラに管理されていたデータを集約してオープン化することで、企業や研究所がビッグデータとして行政データを活用できる状態を整えます。
 もう1つは、パートナーとの関係を「成果報酬型」に変えること。
 たとえば、1億円の経費を削減するプロジェクトなら、2〜3年後に本当に1億円を削減できたら1000万円の報酬を保証し、5000万円しか削減できなければ報酬は500万円を保証するといった具合に、自治体と民間が運命共同体になる契約形態にします。
 この調達改革は、今の制度下では簡単にはいきませんが、私が在任の間に風穴を開けます。
 行政にとって解決しなければならない社会的課題が、民間にとってビジネス市場と認知されるような「見える化」が重要です。
 データをオープン化することで、ビジネスモデルを作りやすいプラットフォームが提供されれば、大阪府とパートナーシップを結ぶ理由になると思っています。

大阪、東京、グローバルをつなげる。“共創”のビジネス創出へ

──ユーザベースは大阪府のパートナー企業として参画していますが、その狙いを教えてください。
稲垣 坪田さんも仰られていた通り、お互いにとってプラスにならないパートナー関係は必ず形骸化します。
 今回大阪府のパートナー企業として参画する上では、大阪府の方にもこの点は事前にお伝えさせていただいており、お互いにとってプラスになる座組を一緒に作っていきたいと思っています。
 形としてはお互いのネットワーク力を活かして、大阪と東京、そしてグローバルをつなぐことで、新たなビジネス創出や価値を生み出すきっかけを作っていきたいと考えています。
 これはユーザベースグループに限りませんが、いわゆるITベンチャー企業は、日本の各都市にサービスを提供したくても参入障壁が高く、売り上げのほとんどが“東京由来”という課題を抱えています。大阪で立ち上がったITベンチャー企業ですら、売り上げの多くは東京と聞きます。
 今回、大阪府とパートナーになることで、お互いにつながりを作るところをサポートし合いながらビジネスを発展させる可能性を広げたい。
 実際、大阪府の自治体の案件を東京の民間企業に受注してもらうためのマッチングを目的に、10月28日に共催した「OSAKA Smart City Meet-up」には、東京の大企業・スタートアップやメディア約200社をお呼びし、大阪府とつながる場を創出しました。
 大阪府とつながりを持ちたいという意欲のあった東京企業に対して、弊社がNewsPicks上で集客を支援することで、これまでになく多くの企業とのつながりを作ることができました。
坪田 大阪と東京、大阪とさまざまな地域をつないでいく取り組みは力を入れているポイントで、こういった連携はありがたいです。
稲垣 次回、12月8日に大阪・梅田で開催する「WestShip」というイベントでは、大阪府のスマートシティフォーラムの会員企業の方々を大阪府からお声がけを頂き、東京から来る企業とのつながりの場を作っていくことに協力していただきます。
 一方、大阪のベンチャー企業からは、東京のベンチャーキャピタルとの関係性が薄く、投資事例も少ないと聞いているので、弊社から東京のベンチャーキャピタルや企業、外資系企業にお声がけする予定です。
 コロナ禍で立地を問わない働き方や協業ができるようになったので、ユーザベースグループが持つネットワークを活かし、様々なつながりを作ることで各都市のビジネスの発展に貢献したいと思っています。

大阪行政のDXは「住民QoL向上」と「産業育成」が目的

──大阪のスマートシティ戦略は、いわゆる行政のDXにとどまらず、よりビジネス的な裾野が広い印象を受けます。
坪田 そのとおりで、住民QoL向上と産業育成の意味合いが強いです。もちろん行政のDXも重要ですが、それよりも、民間企業や住民まで裾野を広げたDXによって、市民の生活がより豊かに、幸せにならなければ意味がありません。
 現在、吉村大阪府知事と握っている目標は10個あり、そのうちの1つが、大阪のスタートアップの上位30社の想定時価総額を5000億円にすることです。
 また「金融都市大阪」も掲げており、政情不安定な香港から拠点を移す金融機関の受け皿になるために、ネックとなっている規制の緩和を進めます。
 それから、大阪には大企業の下請けの“ものづくり”企業が何千とありますが、IT化が遅れているため、コロナ禍で大変な状況に追い込まれています。
 本来、大阪の技術力を持つものづくり企業は大阪の強みのはずが、弱みに変わっています。IT化を後押ししてサプライチェーンを守りたい。この課題は最優先です。
 そのためには、従来のスマートシティとは違う観点での規制改革が必要だと考えています。

2025年の万博で、個人情報の捉え方を変える

──規制緩和とDXでいろんなプレイヤーと協業しながら都市としての競争力を高めていく。それは、2025年の大阪・関西万博も見据えていますか?
坪田 まさに大阪は、2025年の大阪・関西万博を控え、統合型リゾート(IR)の誘致も目指しています。
 日本はコロナ禍でハイテク後進国の烙印を押され、スイスの国際経営開発研究所(IMD)が発表している「世界デジタル競争力ランキング」の順位は年々下がり、台湾や韓国、香港などアジアの国との差も広がっています。
 だけど、日本の技術力は決して低いわけではなく、むしろ負けていません。
2025年・大阪万博の会場となる大阪湾の人工島・夢洲(ゆめしま)は、スマートシティ戦略の舞台としても開発が進む。
 それなのに、日本のデジタル化が他国よりも大きく遅れていると言われ、コロナ禍での対応が後手に回ってしまった理由は、「個人情報」を公正に公的利益のために活用するための議論がされてこなかったからです。
 国民に個人情報活用のコンセンサスを取るのは簡単ではなく、コロナに襲われたタイミングで議論を始めていたのでは間に合わない。だから、今できる範囲内でしか対応策が取れませんでした。
 一方で、韓国は2015年に流行したMERSをきっかけに、個人情報の取り扱いに関する議論をしており、国民のコンセンサスが取れていたから対策が早かった。
 台湾のIT大臣もマスクが買える場所を可視化するアプリを作って混乱を回避しましたが、それは国がIDで「いつ・誰が・何枚買ったのか」を管理しているからできたことです。
 この現状を変えるには、2025年の万博がカギになります。
 日本人はコロナ禍で、個人情報の取り扱いに関して、海外と日本では大きな差異があることを認識しました。万博は、日本人が個人情報の活用について議論するきっかけになると思います。
 現在すでに、訪日観光客をターゲットに、関西国際空港で顔認証をすると、その後は地下鉄も飲食店もすべて顔認証でサービスを受けられるようにするプロジェクトもパートナーズフォーラムで立ち上がっています。
 また、大阪メトロでは「顔認証改札」の実証実験が始まっており、万博までに本格展開を目指しています。
 万博に訪れた外国人観光客が当たり前のように顔認証システムを活用し、便利なサービスをたくさん使っている光景を見たら、個人情報の扱いについて、日本人の間でも議論が湧き起こるはずです。
 東京オリンピックで個人情報に関する議論がされなかったのは残念なことでしたが、そのぶん、大阪府は万博で仕掛けます。
──行政がここまで革新的なスタンスをもっていることに新鮮さを感じます。
坪田 デジタル庁と大阪府が実現させたいことの方向性は一致しています。必ず成し遂げられると信じています。
稲垣 万博という機会自体もそうですが、それに伴ってこういった規制緩和の動きが出てくることは、多くの企業にとってビジネスチャンスが眠っています。
 また今後まだコロナの影響が読めない中では、リアルとオンラインを組み合わせて今までにない万博の形を作っていく必要もあると思います。
 大阪、関西の企業だけでなく、東京、グローバルと様々な技術や製品を持った企業が立地を超えて共創し合うことで、より良い未来をつかめる可能性があると思います。
 そのためにも企業同士が繋がり、こういったテーマについてお互いの意見を交わすことがすべてのスタートになると考えています。
 WestShipでは越境と共創のリーダーシップというテーマで、リアル×オンラインのハイブリッドで開催します。
 私たちはそのお役に立てるように、これからもそういった場づくりをすることで貢献していけたらと思っています。