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【徹底取材】東大生が持つ、「大いなる資産」とは?

NewsPicks編集部
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  • 東京大学新聞 記者

    企画の立案から編集まで、サポート役として関わりましたが、関東近郊の私立中高一貫校出身の自分の体験とは大きく異なる東大生の体験談を取材で聞き、経験の環境依存性の強さを再認識しました。世間ではひとくちに「東大生」と括られる人々も、ひも解けば多様な存在なのです。

    地方出身者と関東出身者では「使命感」みたいなものに差があるな、というのが僕の個人的な印象です。自分の人生相談の相手はいろいろ葛藤している地方出身者の方が多かったりします(笑)

    地方出身の東大生と話していると、関東出身の自分の「強者性」に気づかされて、反省させられることも多いです。こういう多様性は、東大が社会のリーダーを輩出したいのならば、大切なことだと思います。


注目のコメント

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    東京大学大学院新領域創成科学研究科 准教授

    この投稿を思い出しました。地方出身者が東京に出てきて、情報格差、環境格差に愕然としたという話です。
    https://anond.hatelabo.jp/20201026003439

    個人的な感覚としても、関東の私立中高一貫の学生ほどいろんなキャリアに敏感にアンテナを張っている印象があります。周囲の中高時代の友達からの情報とかも多いでしょうし。
    ただそれ故か、博士課程にはあまり進まない印象です。入学時の関東ー地方、私立ー公立あたりの比率と、博士学生のその比率は結構違うんじゃないかなぁと(個人的な感覚で、実際のところは知りません)


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    静岡県立大学国際関係学部 准教授

    大学が階層の再生産の場、というのは昔からいわれてきたことだし、今はその傾向が強まりつつあります。日本はまだいい方で、欧米はますます親の資産と文化資本が充実していなければ、大学を利用できなくなっています。
     途上国になると、エリート・コースというのは、欧米に留学することです。親が政府のコネと資産を持っていることが絶対に必要で、階層上層の道は閉ざされています。
     日本では明治以来、大学は立身出世の場、成り上がりの手段、という別の面もありました。これは、日本の大学が、世界でも中国を除けば例外的なくらいに階層上層の役に立ってきた、ということです。
     大学では、自分にできないことを知り壁にぶつかったり、それまでは考えても見なかった人生の選択肢があることを知ってこそ、大学で学んだ甲斐があります。そういう機会のないまま、4年間を過ごす大学生が非常に多いのも確かです。大学では、知識を得る機会は膨大にあるので、特に体系だった学問を利用して、壁にぶつかったり選択肢を知る、ということが、どれだけできるかが重要です。
     実のところ、大学で学ぶ体系だった学問をどれだけ有効活用できるかは、入学までに身につけている文化資本に左右されるところが大きいです。歴史や哲学、世界の経済、芸術、近代の生物学の発展、ヨーロッパやアジアの文学、そういった知識を自分の人生と選択肢に関連づけて、自分の人生の充実にどれだけ活用できるか、それが大学の4年間をどれだけ活かしきれるか、ということになります。
     18歳になるまでに、そういう文化資本がどれだけあるか、そもそも大学をそういうふうに活用しようという意識と意欲を持っているかどうかが、大学の4年間の意義を左右します。これは、受験の成績や親の資産額以上に、大学4年間を左右する要素です。
     文化資本を閉じられたものにするのではなく、できるだけ多くの国民がアクセスできるようにする、というのが教育の使命です。日本は、欧米に留学できる一握りだけが特権を享受できる、という国には、これまではならずにすんできました。
     東大(やその他の日本の大学)など意味がない、行く価値があるのは欧米の大学だけだ、ということになれば、それは、大多数の日本国民にとって、将来の可能性が閉ざされるということです。


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    ライフイズテック 取締役 最高AI教育責任者

    インタビュー対象が関東は私立中高一貫、地方は公立非中高一貫に限定されているのは少し気になりました。
    私は地方の私立中高一貫出身ですし、関東公立非中高一貫もかなりの入学者いるはずです。

    個人的には、中高一貫であることよりも、関東と地方の差を大きく感じてきたタイプです。私は大学入学時に東京に出てきたのですが、中高時代に何ができるかという「可能性の認識」に大きな差があったことを痛烈に気付かされました。特に、高校時代に留学してる人の多さには衝撃を受けました。

    これはまさに文化資本の差が生み出した認識差です。ロールモデルがいるなどして、新しい選択肢を知る機会がなければ、そもそもやれる・やりたいとも思わないんですよね。特に地方の私立中高一貫は、盲目的に地方医学部に行かせようとしますから、可能性の認識が全く広がらない。この最低な進路指導だけは本当に撲滅したい。

    その点、東大に入る前にすでに可能性の認識格差があるわけです。それが、東大を目指そうと思えるかどうかの意識差も生んでいる。
    ですので、東大が格差を拡大してるとは言えないと思います。その前にほぼ決まってます。


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