2020/11/18

クーポンで人の移動はどこまで変わるのか。「しずてつMapS!」の挑戦

牧村 和彦
一般財団法人計量計画研究所

行動変容をクーポンで誘導

今、世界中でWithコロナ時代に対応した次世代交通サービスの取り組みが始まっている。
特に注目すべきは、人々の移動にまつわる行動変容を促す施策だ。
日本国内では静岡市で11月から新しいサービスが開始したほか、アメリカでは「移動がポイントに変換される」サービスが人気を集めている。

混雑回避策となるか、「しずてつMapS!」

静岡市は東西の移動を静岡鉄道の路線が支えるほか、駅間距離も短く高頻度に運行する、欧米で言うところのLRT(ライトレール)が市民の足を担っている。
ここで始まった次世代交通サービスの一つが、混雑した時間帯を避けた移動を促すために、混雑状況に応じてクーポンを発行する取り組みだ。
MaaSアプリ「しずてつMapS!」を使って混雑状況を可視化し、電子クーポンを獲得することができる。
今年度の国土交通省および経済産業省による「スマートモビリティチャレンジ」の選定プロジェクトでもあり、注目の取り組みだ。
具体的には、「座席に座れる程度」「ゆったり立てる程度」「肩が触れあう程度」の3段階の混み具合に応じて、3種類のクーポンが用意されている。
駅に設置したモニターからQRコードを読み込むことで、電子クーポンを取得できる仕組みだ。
例えば、長沼駅から新静岡駅に向かう列車を検索すれば、下図のように3本の列車の状況が混雑情報が表示される。
「しずてつMapS!」アプリ画面のキャプチャ
先発であれば「座席に座れる程度」でAクーポン、次発の列車であれば、「ゆったり立てる程度」でBクーポンが取得できるという具合だ。
Aクーポンでは150円引き、Bクーポンで100円引き、Cクーポンで50円引きといった具合に、地元の商店や飲食店など約80店舗で利用できる。
「しずてつMapS!」アプリのキャプチャ画面。獲得したクーポンが表示される。
静鉄グループのしずてつストアでは、マイバッグや除菌ウェットティッシュなどの特典と交換できる。
商店や飲食店などへの集客も期待でき、「移動×商業」の連携した取り組みとしても興味深い。
「しずてつMapS!」では、市内公共交通不便地域の2地域を対象にAIオンデマンド交通サービスを利用できるほか、14日間や28日間乗り放題の電子チケットを組み合わせた新しい移動体験が始まっている。

移動のマイレージサービス「Miles」

米国では、移動手段ごとの移動距離(1マイルごと)に応じてポイントが付与される次世代の移動サービスが好評だ。
日本では利用回数や特定の交通手段に限定したポイント付与はあるものの、米国でスタートしているサービスは1歩も2歩も進んでいる。
「Miles(マイルズ)」というサービスが2018年夏ごろから始まり、わずか2年余りで35万ダウンロードを超えた(2020年10月末時点)。
環境負荷の小さい移動手段への行動変容を促すための施策が充実している。
例えば、移動距離に応じて徒歩や自転車なら20倍、公共交通なら3倍、配車サービスなら2倍、のように移動手段に応じてポイントが付与される。
今年4月22日のアースデーには、徒歩やランニング、自転車利用のポイントは20倍も付与されるキャンペーンが行われた。
移動距離あたりの環境に優しい移動手段の利用傾向から考えると、Milesが人々に行動変容を促し、地球温暖化に貢献していることがうかがえる。
たとえば、2019年の1年間の利用実績によると、総移動距離は5.5億マイルのうち、環境に優しい公共交通機関や自転車利用による移動距離は900万マイルだったという。
総移動距離における移動手段別の割合は、鉄道10%、バス7%、配車サービス4%、自転車3%だった。
依然、自家用車による移動の割合は大きいが、少しずつ「グリーンな移動」を選ぶ市民も増え始めているようだ。

6月にはあいおい、JR東日本などとも業務提携

「Miles」の開発や運営を行うのは、シリコンバレー発のスタートアップ・Connect IQ Labs(コネクトIQラボ)だ。
世界中から注目を集め、ポルシェや上海汽車集団、ソニーやパナソニックなども出資している。
今年6月あいおいニッセイ同和損保やJR東日本との業務提携が発表されたことでも話題だ。
西海岸のサクラメントからサービスをスタートした彼らは、その後サンフランシスコ地域、コントラコスタやジャクソンビルの交通局など、行政との連携を進めている。

「歩けばお得」は人々の行動を変えるか

たまったマイルは、地元商品をはじめ、さまざまな商品と交換することができる。
また、環境に関するイベントごとにボーナスマイルを付与したり、店舗と連携したボーナスマイルを設定して来客を誘導するなど、創意工夫がされている。
例えば9月のカーフリーデー(マイカーではなく公共交通機関などで移動をし、環境に優しい移動を考える日)では、50名先着で5ドルのギフトカードがプレゼントされた。
2019年の5月から6月にかけてサクラメントやコントラコスタで行われた実証では、5ドルのスターバックスコーヒーやAmazonギフトの特典により、公共交通利用が3~4%増加したことが報告されたという。
ポイントや電子クーポンが交通行動に影響を与えることが実証され始めているといえよう。
移動の需要や移動する目的地、移動の利用手段や経路へのインパクトなど、さまざまな領域へのインパクトが期待される。
交通サービスのデジタルトランスフォーメーションの、さらに先を見据えた取り組みが今後加速していくはずだ。