2020/11/24

【対談】生産性を高める「働く場所」は、自分で選択する時代へ

海達 亮弥
NewsPicks, inc. BRAND DESIGN SENIOR EDITOR
コロナ禍の強制在宅勤務をきっかけに、働く場所の規制緩和が起きた。企業にはオフィスだけではないあらゆる場所を組み合わせた「ワークスペースの提案」が求められている。

一方で、ビジネスパーソンにも自分が集中できる場所はどこで、アイデアが生まれる場所はどこかを見極める「審美眼」が不可欠になった。 仕事の成果=価値創造を実現するには「集中」「発散」「コミュニケーション」といったプロセスを見つめ直し、どうすれば最高の形でアウトプットに結びつくのかを知る必要があるだろう。

そこで、産業医としてメンタルヘルスの問題だけでなく、未来の働き方について提言する大室正志氏と、スペースを時間貸しする日本最大級のプラットフォーム「スペースマーケット」を運営するスペースマーケット代表取締役社長の重松大輔氏との対談から、これからの「働く場所」について考える。

働く場所は「規制緩和」で自由になる

──これまで働く場所は「固定型オフィス」が当たり前でしたが、今はコワーキングスペースや自宅など「ワークスペース」の選択肢が増えました。それぞれのメリットやデメリットをどう考えていますか?
重松 固定型オフィスのメリットは、ハード面が充実していることです。以前は書斎がある家が多かったのが、経済成長を経て「家は休む場所」で「オフィスは働く場所」と切り分けられて、最適化されました。
 経営者の立場から言うと、競争優位になる社風やカルチャー、仲間意識の強さはオフィスで醸成しやすい。採用や育成、オンボーディングもそうです。
 なかでもコロナ禍で浮き彫りになったのが、新入社員の“いきなりリモートワーク”の難しさです。オフィスなら困ったことがあれば周りに聞けるし、上司も適切なタイミングで助け舟を出せる。そこに固定型オフィスのメリットがあると思います。
大室 “寝ること”だけを重視し、会社近くの都心に家を借りている一人暮らしの若者は、その住環境の悪さからリモートワークを嫌がる傾向もありますね。
 今はまさに働く場所の「規制緩和」が進んでいる状態です。
 例えば、昔は結婚を親や親戚が決めていましたが、規制緩和によって自由恋愛に変わりました。
 自由になれる一方で、誰が運命の人なのか、誰を選ぶべきなのかわからなくなり、“決める”ことへのストレスが発生するようになった。
 働き方改革も働き方の規制緩和で、その一環で働く場所も自由になりました。
 そうなると「右にならえ」で働く場所を決めるのではなく、自分たちに最適なのは固定型オフィスに集まることなのか、リモートワークと組み合わせることなのかを決める必要があります。
 ある意味今後は、働く場所に仮想空間が追加されてもいいと思うんですね。物理的に同じ場所にいても心は離れているかもしれないし、全員自宅にいても仮想空間で強くつながっているかもしれない。
 ただ、どんな場所で働くことがいいかの答えはまだわからなくて、今は壮大な社会実験をしている段階です。
 こっちの方が効率的だ、こっちの方が集中できるといったいろんな調査結果がありますが、それらはコロナ以前の話。
 どうすればパフォーマンスが上がるのか、何を最大化するのかは会社ごとに決める必要があるし、そのセンスが問われている状況だと考えています。

働き方は「人間中心主義」の時代へ

──では、生産性を最大限に高めることを目標に考えると、働く場所はどのように見つけるのがいいと思いますか?
大室 万人に当てはまる答えは残念ながらありません。例えば、受験生が集中して勉強できる場所は教室に限らないですよね。家がいい人もいれば、図書館がいい人もいる。
 働く場所も「分散した場所で集中できるタイプ」は同じ場所にいることが窮屈だし、「ルーティンを必要とする研究者タイプ」は決まった場所がないと落ち着きません。
重松 ビジネスパーソンでも、ルーティンを徹底している人もいるし、自由に使える時間や、集中できる時間、場所が決まっている人もいますね。
大室 ライフステージによっても働き方は変わりますから、会社がそれにフィットできるといいなと思います。
 今までは、オフィスや電車の時間に合わせて働く必要がありましたが、「人間中心主義」に変わったのは大きな変化です。
重松 なるほど。当社の場合ですと、“人間が服を着替えるように”働く場所を選んでいますね。
 家で集中して働いてもいいし、都心から離れた古民家を貸し切ってミーティングをしてもいい。もちろん、細かい情報共有をしたいときはオフィスを選ぶ。まさに人間中心主義です。
 他社との連携を企画するときは、よくキッチン付きのスペースを貸し切ります。日中は両社で会議をして、終わればそのままキッチンを活用して懇親会をする。
 つまり、今まではオフィス内に閉じていたものを、分解して再結合することで、さらに人が働くためのより良い場所の使い方が生まれているんです。
大室 おっしゃる通りですね。人間中心主義になることによって、これまで思いもつかなかったような場所が、ワークスペースになり得るわけです。
 そういう意味では、スペースマーケットのレンタルスペースは、思いつかないような場所が集積していますよね。
 当然、先程お話ししたように “決める”ことへのストレスはあるわけですが、場所の選び方次第ではさらにパフォーマンスを出せる可能性がある。
 ですから、ビジネスパーソンはポジティブに捉えて、積極的に場所を選んでいくことが必要でしょうね。
──働く場所が自由に選べる反面、課題も生まれています。例えば、オンライン会議をするための個室がなくて、仕方なくオープンスペースでしてしまうとか……。
重松 聞きたくなくても聞こえてしまいますからね。パソコンに会社のステッカーが貼ってあれば、どこの会社かもわかってしまう。だから、“テレカン難民”は多いのではないでしょうか。
 スペースマーケットでは、現在地から最も近い個室の空間を、短時間かつ貸し切りでレンタルできるのがメリットの一つです。
 最近、外出中にセットされたオンライン会議の場所に困っている人が増加傾向にある、という調査結果を発表したのですが、実際にその反動なのか、スペースマーケットのサービスを活用する人が急増しています。
大室 まさに僕も“テレカン難民”になって、スケジュールの合間に入っているオンライン会議のために、一度帰宅したことがありますよ(笑)。
 そんな時に、気軽に借りられるレンタルスペースがあるとありがたい。まだ明確に課題になっていないかもしれませんが、この問題はさらに顕在化する可能性もあります。
重松 そうですね。我々もこの新たな課題に対し、サービスを通じて多くのビジネスパーソンに寄与できると考えています。
 働く場所についても、人間中心主義の観点に照らし合わせていく。その必要性が、今まさに求められているのでしょうね。

メンバーシップ型はリモートが成立しやすい?

──働く場所の規制緩和がされた今、企業はどんなことを考えて働く場所を提供すべきだと思いますか?
重松 11月現在、テレワークをしている企業は全体の2割で、8割が出社に揺り戻されています。
 でもコロナ禍で、オフィスで働くことが必ずしも効率的ではないことがわかったから、業種業態によって最適解を見つけて、選択肢を提案できるようにすべきだと思います。
大室 今までは出社して自分のデスクにいることが、一つの評価軸になっていました。でも働き方や働く場所は自由になったので、個々の仕事内容やミッション、評価軸を明確にする必要があります。
 「ジョブ型」の運用に慣れている会社は、物理的な場所に縛られない働き方でもきちんと評価できますが、「メンバーシップ型」の会社はリモートでコミュニケーションや評価をするための下地づくりが大切です。
 コミュニケーションの運用がうまくいっている事例を参考にして、多様な働き方でも評価できる体制を整える必要があるでしょう。
 そこでいうと、ヤフーがリモートに振り切ったのは壮大な実験ですよね。ジョブ型と個人主義が徹底しているアメリカでは、完全なリモートワークにすると心も離れてしまう傾向がありますが、メンバーシップ型の日本は集団凝集性が高すぎるので、リモートくらいで丁度いいという説もあります。
 ヤフーのような大企業でもリモートは成立するのか、その上できちんと評価もできるのか。その答え合わせが、今後できるのではないかと思っています。
 とはいえ、ある程度コロナが収束しても、オフィス一極集中から分散・組み合わせ型へと移行する流れは変わらないでしょう。
 もちろん、原則出社の会社や、出社が必要な職種はありますが、よほどの理由がない限りオフィス一極集中の世界には戻らない。
 それを企業はきちんと認識して、働き方や働く「場所の最適解」を探すべきだと思っています。
重松 まさにそれは、企業が取り組むべき大きな課題ですよね。ただ、各社がチャレンジしているところなので、まだ何がベストプラクティスかがわからない状況でもあります。
 これから各々の企業によって、様々な取り組みが行われるはずです。そこで得た成果を、人事や経営者のネットワークを使いながら情報を取り込み、自分の会社に合った「場所の最適解」を見つけていくことが必要になってくるでしょう。

働く場所は、今よりさらにフレキシブルになる

──スペースマーケットは8月に働くスペースに特化した「スペースマーケットWORK」を新たに立ち上げました。大室先生のお話を借りるのであれば、このサービスによって働く「場所の最適解」は見つけられるのでしょうか。
重松 まず、「スペースマーケットWORK」が生まれた背景をお話しさせてください。
 スペースマーケットは「チャレンジを生み出し、世の中を面白くする」というビジョンを掲げています。
 そのチャレンジの創出を増やすために、場所にフォーカスした事業を展開しているのですが、なかでも「MICE (※)」と呼ぶ需要に注目してサービスを開始しました。
※MICE…Meeting(会議・研修)、Incentive(招待旅行)、Conference(国際会議)、Event(イベント・展示会)の頭文字をとった総称。
 しかしながら、スペースマーケットを設立した当初は意外と会議には使われなくて、パーティー需要が多かったんです。ただ、スペースシェアを通して、人々の「はたらく」「あそぶ」「くらす」のあらゆるシーンにおける選択肢を広げることができました。
 それが、昨今の働き方改革が浸透したことによって、会議の需要が徐々に増えるようになりました。
 2020年に入るとテレワークやオンライン面談、オンライン会議、動画撮影などの需要が一気に増大。
 働く場所としてのスペース活用が増えていることを受けて、「より多くのビジネスパーソンがチャレンジし、新しい価値を生み出せる最適な場所が必要なのではないか」と考えたのです。
 そのような経緯から、全国の貸し会議室やレンタルオフィス、テレワークスペースを素早く検索・予約できる「スペースマーケットWORK」をリリースしました。
「スペースマーケットWORK」では個室タイプの部屋や会議室はもちろん、シェアオフィスからホテルの客室まで、窓からの景色や立地も含めて、仕事内容やその日の気分に合わせて使い分けができる。
 そういう意味では、最適解を探しやすいワークスペースだと考えています。
大室 今までは、例えばスターバックスのように、どこに行っても同じものが手に入ることが安心感につながっていました。
 でも最近は、飲食チェーンが複数ブランドを展開しているように、画一的ではなくなってきた。同じようなことが働く場所にも広がっているのが新しいし、面白いですね。
──働く場所の多様化が進んでいますが、その未来はどうなると思いますか?
重松 一昔前は、どんなに遠方でも会議や商談に「来てください」と言われるのが当たり前でした。
 それがオンラインで完結するようになった今、「急でもないのにわざわざ会いに行った時代があったな」と思うのと同じように、5年後には「満員電車で通勤していた不条理な時代もあったな」と思うような気がしています。
 働く場所がフレキシブルになれば、地方居住や育児、介護などの「物理的課題」で働き方が制限されていた人たちの障壁を取り除くことができる。
 つまり場所が多様化することで、全ての人にとっての「チャレンジ」を新たに生み出すことができるわけです。
 そうなれば、誰もがもっと生き生きと働き、暮らしていける未来が描けると考えています。
「スペースマーケットWORK」で利用できるオフィス。その一つである、渋谷スクランブルスクエア11Fの会議室。
コワーキングスペース、イベント、セミナー、会議室に使える六本木の個室オフィス。
セミナーや懇親会など、ビジネスの利用に最適な五反田のレンタル会議室。
大室 効率化できるところは効率化して、できないところはどうすべきかを考える。
 ダイバーシティが進めば進むほど、ビジョンや価値観を共有するために時間を割く必要があるように、働く場所の規制緩和によって、自分の会社はどんな価値があるのかに向き合う時間が必要ですね。
重松 まさに、そこからようやくハード面の設計ができるようになります。これからはオフィスだけでなく、家も飲食店も商業施設も、ワークスペースを兼ね備えた場所に変わってくるかもしれません。
 そうなれば、多くの人々が受動的ではなく能動的に働くことができるはず。これからも「スペースマーケットWORK」を通じて、よりビジネスパーソンがチャレンジできる世界を作り出していきたいですね。
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