2020/12/2

【異色エンジニア鼎談】ノーコード/ローコードで、身近な課題を解決したい

NewsPicks Brand Design editor
かつてソフトウェア開発は一握りのエンジニアしかできない仕事だった。
しかしプログラミング教育が小中学校で必修化されたことに加え、ノーコード/ローコードの台頭により、ソフトウェア開発の民主化が始まっている。
低コストかつ知識も不要のため、世代やジェンダー、職種に関係なく、誰でも簡単にソフトウェア開発ができる。
こうした背景から、2024年までには65%のシステムがノーコード/ローコードで行われるという予測さえ出ているのだ。
連載「ノーコード新時代」第4回目は、世界最高齢プログラマーとしてApple社のティム・クック氏とも対談した若宮正子氏と、エンジニア兼女優/タレントの肩書を持つ池澤あやか氏、そしてSalesforceを活用して革新に挑戦する「Trailblazer(トレイルブレイザー:先駆者)」の鈴木貞弘氏による「異色エンジニア鼎談」を実施した。

81歳でプログラミングを始める

──若宮さんと池澤さんは、どんなきっかけでソフトウェアエンジニアリングに興味を持ったのでしょうか?
池澤 高校時代にミニブログが流行っていたこともあって、私の世代はHTMLを書ける人が多いんですね。だから私も自然な流れでWebサイトを作るようになり、それが楽しくて大学時代はWeb制作会社でアルバイトをしていました。
すると徐々にプログラミングに興味を持つようになったので、島根県松江市で開催された合宿に参加してみたんです。当時は未経験でしたが、合宿でプログラミングの面白さに目覚め、今ではソフトウェアエンジニアリングにどっぷりはまっています。
自分で書いたコードが目の前で形になって動くのが面白いし、それを人に使ってもらって喜んでもらえることが最大の魅力ですね。
若宮 私は81歳からプログラミングを始めたのですが、きかっけは、シニアが楽しめるスマホアプリが少なかったことです。
池澤鈴木 え!? 81歳からですか?
若宮 ええ、プログラミングなんていうと恐縮してしまいますけどね。
シニアは指先が乾燥しているから、スマホの画面をスワイプしてもなかなか反応してくれないし、目や耳が悪くなるとアプリで何が表示されているかもわかりません。
そこで、知人の若い開発者に「シニアが喜びそうなアプリを作ってよ」とお願いしたのですが、「僕らもシニアが求めるものはわからないから、若宮さんが自分で作ればいいと思いますよ」と言われてしまって。だから自分で作ることにしました(笑)。

低コストでスピード感のある開発が実現

──ノーコード/ローコードの開発経験について伺いたいです。実際に、どんな開発をしたのか、もしくはどんなシーンで使ってみたいか、教えてください。
鈴木 2009年に国が緊急経済対策として施行した「定額給付金」の際に、初めて自治体の申請システムをノーコード/ローコードで開発しました。
きっかけは、自治体から話をもらってから運用開始までの期間が2ヶ月しかなかったこと。2ヶ月間で給付金の申請システムを作るなんて、設計・開発・テストといった従来の開発プロセスを踏んでいたら間に合わない。正直、何を言っているんだと思いました(笑)。
ただ、ノーコード/ローコードの存在は知っていたので、もしかしたらそれで解決できるかもしれないと思ってSalesforceのLightning Platformを使ってみたところ、短期間での実装が実現したんです。
3つの自治体のシステムを同時並行で進めたのですが、ノーコード/ローコード開発じゃなければ実現不可能でしたね。
池澤 私は一つのサービスをノーコード/ローコードのみで開発したことはありませんが、自社サービスに連携する一部機能の開発経験はあります。
たとえば、営業から社内閲覧用の機能を作って欲しいと言われたときのこと。そのためだけに新しいシステムを作るのはコストがかかって現実的ではないので、ノーコード開発ツールを活用して該当機能だけを開発し、自社サービスに連携させることにしました。
驚いたのは、1日で作れた上に、自社サービスとの連携も簡単だったことです。これはすごいと思いました。
鈴木 複数の外部サービスを組み合わせてプラットフォーム上で連携すれば、新しいシステムが出来上がるから、数千万円をかけて新しい社内システムを導入するのは、もはや現実的ではないですよね。
それに、外部サービスを活用すれば、その部分のテスト工数は減るし、メーカーがバージョンアップして常に最新機能を提供してくれるから、運用コストの削減にもつながる。
池澤 自社で開発をすると、予期せぬ事態に対応できるかを確かめるためのテストが必要ですし、脆弱性につながらないよう穴なく実装する必要もあって、工数も時間もかかります。その意味でも、外部サービスとの組み合わせはいいなと思います。
特に、実装が面倒で、個人情報流出などのリスクがある「ショッピングカート機能」は、外部のノーコード/ローコードツールで開発すると、リスク回避になります。個人情報を持ちたくないスタートアップなどでは、よく使われているのではないでしょうか。
鈴木 カート機能も含めて自社開発しようとしたら半年近くかかりますからね。それが、外部サービスと組み合わせるだけで、1ヶ月くらいでリリースできるなら、活用したほうがいい。ただ、社内の開発文化を変える必要はありますけど。
若宮 このスピード感は素晴らしいですね。予期せぬ出来事が起きたら、従来の開発プロセスや開発者だけに頼るのではなく、自分たちですぐに対応しなければいけません。ウイルスも天災も“待ったなし”ですから、ノーコード/ローコードはとても重宝すると思いました。

アイデアを形にしてビジネス化も可能

──即時性が求められる時代だからこそ、ノーコード/ローコードですぐに作れるのは利点ということですね。その意味では、どんな人に使ってもらいたいですか?
鈴木 Salesforceが開催している、全国のSalesforceユーザーの活用事例を発表する「Salesforce全国活用チャンピオン大会」で優勝もしくは準優勝した人の中から、自社のノーコード/ローコードの開発事例をテンプレート化して、他社に展開する人が増えているんです。
Salesforce全国活用チャンピオン大会の様子
だから、自分のアイデアを形にしてビジネスにつなげたい人にとって、ノーコード/ローコード開発ツールはすごくいいと思います。
──ものを作るだけでなくビジネス化もできる。
鈴木 そうなんです。しかも、ノーコード/ローコードで作っていると、フルスクラッチ開発に比べて横展開する際にアレンジしやすく、数日あればカスタマイズも可能。そのスピード感でビジネス化できるので、新規事業としてもハードルが低いと思います。
池澤 私は、エンジニアはもちろん、それ以外の職種の方も幅広く活用できると思っています。
たとえば、エンジニアなら社内からの「この機能とこの機能を比べたい」といったニーズに柔軟に対応できますし、非エンジニアなら自分たちに必要なツールが欲しいときに、エンジニアに頼らなくても簡単に作って運用できます。
ノーコード/ローコードの価値は、非エンジニアこそ実感するかもしれません。
若宮 私が使って欲しいのは自治体の方です。台風や地震など有事の際に、自治体は「どの避難所にあと何人入れるか」を瞬時に把握して、今でいうと三密を避けられるように手配する必要があります。
最近増えている熊の出没にしても、その場所をすぐにマッピングできるツールがあれば、素早い対応につながるかもしれません。そのためにも、誰でも簡単に問題を解決できるノーコード/ローコードの存在を、“知っている”必要があると思っています。
若宮さんがエクセルの表計算を駆使してデザインしたうちわ。
池澤 ノーコード/ローコードは“向き・不向き”があるんです。全部をノーコードで作れる場合もありますが、それだけでは成立しない場合もある。
鈴木 フルスクラッチ開発の方が向いている分野もありますからね。
何をやりたいのかを明確にして、ある部分はノーコードで開発し、連携させる部分はフルスクラッチで開発するといった「役割分担」が必要だと思います。

プログラミングは、目的を達成するための手段

──2024年には、65%のシステムがノーコード/ローコードで開発されるという言説もあります。広く普及していくことで、どんな効果に期待したいですか?
鈴木 いまアメリカでは、ライフステージの変化で一度現役を離れた人が、再び第一線に復帰する際に、ノーコード/ローコードのプラットフォームを使ってビジネスを始めるケースが増えています。
同じように日本でも、3年後5年後には誰でもノーコードを使える世界が広がり、自分のビジネスにコミットする文化が広がるのでは。
それこそ、若宮さんのように80歳を超えてプログラミングを始める人はほとんどいませんが、ノーコードなら作りたいものを簡単に作れますから。
若宮 子どもから高齢者まで使えますからね。
個人的には、プログラミング教育で文法を教える前に、ノーコード/ローコードを教えてあげたほうがいいと思っています。というのも、作りたいものがないのにプログラミング言語を習っても、卒業したら忘れてしまうから。
プログラミング言語は、コードを書いてものづくりをしたい人に教えればよくて、一律で必修科目にしてもそこまで汎用性がないのではないか、と。
池澤 まさに、目的や課題を解決するために、どの手段でアプローチするかを考えるのが重要ですよね。
鈴木 何か困ったことや作りたいものがあって、それを達成したいときの身近なツールがノーコード・ローコードです。この考え方が広まって、誰もが問題解決のための選択肢の一つとして持つようになれば、世の中はもっと良くなるはず。そんな未来に期待したいですね。