社員3人で京都を攻める。あるシェアサイクルベンチャーの熱狂

2020/11/17
身近なモビリティサービスとして、世界中の都市で利用が広がるシェアサイクル。
欧州では政策としても取り上げられるほか、昨今のコロナ禍には公共交通機関を避けた移動手段として、改めて世界中で注目が集まっている。
11月配信のモビリティ変革番組『モビエボ』では、京都のシェアサイクル「PiPPA(ピッパ)」に注目。
観光都市であり、学生のまちであり、「鉄道空白地帯」も多い京都市。ニーズは明白だが、これまで大手事業者も参入するも広く普及するには至っていなかった。
そんな中、たった3人で運営するPiPPAだけが、2018年のローンチ以降市場シェアの拡大を続けている。
現在では、自転車を650台、そして自転車の貸し出し・返却のための駐輪ポートを京都市内に135カ所設置するまでに拡大した。
なぜPiPPAは支持されているのか。PiPPA京都を率いる西本統氏に迫った。
【オンデマンド配信中】交通課題都市・京都に3人で挑むシェアサイクル

なぜたった3人のベンチャーがシェアNO.1になれたのか

──まず一番の驚きが、京都市内のサービスを社員たった3人で運営されている点です。
西本:よく驚かれます(笑)。
たとえばアルバイトを雇って人数を増やすことも簡単ですが、私たちが取り組むような新規事業では、少ない人数で高速にPDCAを回す方がむしろ良いこともあります。
事業のフェーズや持続可能性を考えて、「3人で出来る」ように、事業を組み立てているんです。
営業から自転車のメンテナンスまで、3人でほとんど全ての業務を行うため、毎日京都中を走り回っています。
特に、返却された自転車を再配置する業務は3人だけだと正直大変なのですが、ありがたいことにこの部分は、協業の京都市都市整備公社さんにも協力いただいています。
──地場の方と協業されているのですね。
地場の企業や団体とがっちり協力できたことで、営業も運営もしやすくなりました。
たとえば、シェアサイクルの利便性は駐輪ポートの多さ・密度の高さに比例します。
そのため、ポートを設置するにはその場所を保有・管理する自治体や企業との連携が不可欠です。
京都駅近くのポートの様子
──行政と企業で、シェアサイクル事業への連携具合は違いますか?
これまでは民間企業とシェアサイクル普及施策を進めることが主でした。
最近では、京都市議会で門川市長から「シェアサイクル事業についても取り組みを強化していく」との発言がありました。
行政のこれからの動向にも期待しています。

実は観光だけではない。隠れた自転車大都市・京都

──そもそも、なぜ東京の企業が京都のシェアサイクル市場に参入したのですか?
個人的な話なのですが、東京の駒沢公園近くに住んでいた時に「片道で利用できる自転車があったらもっとこの街を楽しめるのに」と思ったのがきっかけです。
今の会社に入社してすぐにシェアサイクルの事業化に取り組み、どの地域なら自分が思い描く事業ができるか徹底的にリサーチしました。
そこで浮上したのが京都です。
実は、京都市内では日常の移動に自転車がよく使われています。自転車都市としての土壌がすでにあるんです。
盆地で平坦な地形に、中心市街地が5~10kmにまとまったコンパクトな街なので、自転車で30分も走れば大体の目的地にアクセスできます。
一方で電車移動となると、環状路線がないため、東西の横の移動や斜めの移動がちょっと不便。
自転車なら10~15分で到着できるのに電車に乗ると30分かかる、なんてこともあります。
また、京都は学生のまちです。人口の10分の1、およそ15万人が学生で、彼らの多くは自転車で通学し、休日出かけていきます。
それなのに街中には十分な数の駐輪場がなく、自分の自転車を止められる場所がないので使いたくても使えない。
毎年卒業していく学生たちが置いていく自転車の投棄も問題になっています。
京都市内大学の駐輪場。多くの学生が自転車を主な移動手段としている (tekinturkdogan/iStock)

実績がないなら、愚直に信頼を積み上げるしかない

──実際に京都にシェアサイクルを持ち込んだ際には、どんな反応がありましたか?
はじめは実績がありませんし、「どこの誰?何をやってるの?」という感じで、話も聞いてもらえませんでした。
無名のPiPPAを京都に持ち込むには、地場の企業との協業が必須だと考えて、まず京阪電鉄さんに持ち込んだのです。
──鉄道会社は交通の要であると同時に、地場経済の核とも言える存在です。どうして協業できたのでしょう。
入念な調査と準備をもって臨んだことと、事業の持続可能性を理解してもらえたことが大きかったのではないかと思います。
中期経営計画を読み込んで準備することはもちろん、事前の実地調査から沿線のラストワンマイル問題を解消する明確な動線を想定して提示しました。
一方で、あえてエリアを限定したり、将来的なソフト面の向上による沿線価値向上を訴えたりと、持続可能性の視点もシビアに盛り込みました。
お金の話だけでなく持続可能性を信じてもらえたことは、モビリティ領域で新規事業を立ち上げるぞというときに、とても支えになりました。
番組「モビエボ」では京阪電気鉄道 前田勝氏がPiPPAと協業を決めた理由を語った
──京阪電鉄、京都市都市整備公社のご担当者が、PiPPAに期待されている様子が番組「モビエボ」の中でも印象的でした。
本当にありがたいですよね。
会うと「ちゃんと寝てる?」「新しいシャツある?」と心配してもらったり(笑)、とても親身になってもらっています。
──ここまで信頼を得るために、どのようなコミュニケーションがあったのでしょうか。
単純な言葉で言うと、「頑張る」しかないですよね。努力を見せること、全員がなんでもやること。
私たちはたった3人だからこそ、「連絡つくかな、稼働してるかな」と不安にさせないように、こちら側から積極的に連絡するようにしています。
ポート数が増えるほど自転車の再配置は大変ですし、ポートを増やし続けるのも3人だけでは厳しい。
京阪さん、京都市都市整備公社さんとの協業のおかげで、サービスの質を落とさずに拡大できていると感じます。
番組「モビエボ」では、京都市都市整備公社の河嶋敏郎氏ほか、吉川拡志氏にもインタビュー

どこにでも乗り捨てられなくては意味がない

──ユーザーからも「もっとポートを増やしてほしい」という声がありましたね。
嬉しいですよね。私たちは何よりもユーザーに「PiPPA、めっちゃ便利やん」って思ってもらいたいんです。
京阪電車内の中吊り広告
そのためには観光客だけではなく、市民の日常の移動に使ってもらえるような場所にポートを行き渡らせる必要があります。
「150~200mごとにポートがあってどこでも乗り捨てられる」状態まで、シェアサイクルのポート網をつくりあげることが目標です。
マイルストーンとしては、京都市内に現在の135カ所から500カ所以上まで増やすことを考えています。
──西本さんが京都で目指すビジョンに、どれほど近づけたと感じていますか。
ハードとソフトの2面の目標があるのですが、ハードは20%位、ソフトは0%しか達成できていないと感じています。
ハードは定量的な「ポートの設置数」。ソフトは、それぞれの生活圏を共有し広げるサービスをシェアサイクルを通じて展開していくことを考えています。
まちに暮らす人や訪れた人が見つけた魅力までシームレスにアクセスできる手段にしたいんです。
──生活圏を共有し広げる手段、ですか。
市民も観光客も、ちょっとした移動に「シェアサイクルを使えばいいか」とすぐ想起できれば、「ここ素敵だよ」と勧められたときに何の不便もなくたどり着けますよね。
せっかく魅力的な場所も、そこまでの交通手段がなければわざわざ行きません。
交通の不便はまちにとって、本当にもったいないと感じます。
PiPPAはフランス・パリ市内のシェアサイクル、ヴェリブ(Vélib’)をモデルにしています。
パリは観光客が年間3000万人訪れ、市内には1700カ所のポートがあり、2万3000台自転車がある。行きたいなと思う場所にはだいたいポートがあるんです。
しかし京都を見てみると、これだけ日常的に自転車利用があり、観光客も年間5000万人訪れる観光都市なのに、まだポートが135カ所しかない。全然足りていませんよね。
シェアサイクル事業では特に、ハードの充実なくしてソフトの充実は実現できません。
今はハードを強固にすることに邁進していますが、本当は早くソフトの部分をやりたい気持ちでいっぱいです。

自分たちの仕事で、ひとつの実績を打ち立てたい

──なぜそこまでシェアサイクルの普及に情熱を注ぐのですか?
実を言うとシェアサイクル自体にはそれほどこだわっていません。
シェアサイクルという手段を使って、「生活圏がひろがるような移動の便利なまち」を目指している、というようなイメージです。
A地点からB地点までの移動の選択肢が多ければ多いほど便利ですし、その選択肢の一つとしてシェアサイクルというサービスがある。
自分がかかわっているサービスを全力で良くしよう、と努力しています。
自ら動いて始まったサービスだからこそ、PiPPAへの思い入れは強いですね。いつも、コスト削減の工夫やキャンペーン施策などを考えてしまいます。
──新卒では大企業に就職されました。なぜベンチャーに参画したのですか?
新卒の頃から「自分から仕事を引いたときに何が残るか」、「今日が人生最後の日だとして、今この仕事をするだろうか」ということを考えて働いていました。
3年目で転職を決めたのも、それを考え続けていたためです。
大企業では、当然ですが効率化のための分業化が行われています。
良い環境でしたし学びも多かったのですが、世界が変化していくなかで自分自身が置いていかれる気持ちがどうしてもありました。
次に務める会社も探さずに辞めて、偶然今の会社に出会い、2番目の社員として飛び込みました。
「こんなことがしたい」と話すと「やってみてよ」と快諾してくれるような、自由さに惹かれたんです。

働くことが自己実現につながった

──新規事業を立ち上げ、自分で全部を見られる仕事ができた、と。
自分たちだけで全部やらなきゃいけない、というのもあるのですが(笑)。
不確定要素しかない新企業事業を進めるうえでは、全部やることで全体最適を意識したり、高速で改善できると思っています。
ポートの清掃や自転車の整備も毎日行う。「少しでも綺麗で気持ちいい自転車の方が、長く乗ってもらえるかなと思っています。」
また、責任や意思決定権があることは、仕事のやりがいの大きな要素の一つです。
私たちは3人全員が責任者として、それぞれのキャリアへの思いや意志を尊重しながら、「自分がサービスをつくる中核にいる」と意識できるような組織づくりを心掛けています。
いち社員として「自分たちがサービスを作っている」と感じられる部分は、本当に楽しいと感じています。

誰にとっても「当たり前」のサービスに

──西本さんにとって、PiPPAの成長が様々な意味を持つのですね。
京都に必要な「公共交通の先まで」行ける移動手段として、PiPPAは絶対にニーズがあると感じます。
そのためにはもっと頑張ってポートを増やして、最適な方法で運営できるよう工夫を続けたい。
PiPPAが京都で当たり前のサービスになって、移動の選択肢の一つになれたらものすごく嬉しいですね。
──PiPPAで実現したい未来を考えたとき、いま必要なものは何でしょうか。
必要なものだらけです(笑)。
やりたいことはたくさんあるのですが、今は自分たちが良いと思うものを完成させるために選択と集中の時期。
事業規模の拡大よりも、ユーザーの使いやすさにフォーカスして、高密度なポート設置・開拓に注力しています。
よく思い出すようにしているのが、スターバックスのハワード・シュルツの「優れた商品を提供しさえすれば、たとえ時間はかかっても顧客は必ず選択するようになる」という言葉です。
まだまだ課題は多いですが、いつか「PiPPAが京都にあってよかったな」と思ってもらいたいですね。
他の都市にも展開できるように、できる限り工夫して理想のビジネスモデルをつくることも目標です。
そのためにも、まずは今自分ができる場所から、全力を尽くしたいと思っています。
(取材・編集:安西ちまり・久川桃子、インタビュー撮影:小池大介、京都ロケ撮影:安西ちまり、デザイン:月森恭助)