新着Pick
562Picks
Pick に失敗しました

人気 Picker
興味深い内容。 日本ので今、過去を紐解きながら、これからへ考えを広げることができる。
学生時代、橋爪先生の「はじめての構造主義」「世界が分かる宗教社会学入門」などを読み、勉強したのを思い出しました。明日も楽しみにしてます。
興味深いし勉強になる。
宗教は、一神教と多神教に分けられ、それが社会・文化・思考への影響は強いと感じている。一方で、様々な経典などで神・君主・民衆・人間がどういう存在として表現・象徴されて、それが課題への捉え方、問題解決への捉え方としてどう一般的に捉えられやすいのかという観点では考えたことがなかった。
宗教は、日々の生活や情報摂取に内包されている。無意識的な摂取で、分化や思考の根底は京成されることが多い。一方でその体験をしていなかったり、またそれを言語化しないとそれに気づけない。こういう見方があるというのは勉強になるし、世の中を見る一つの観点として使っていってみたい。
【歴史】うーん、一次資料に基づいて実証的に語っているのではなく、何だか橋爪氏の独自解釈が展開されているだけのような…。旧軍の「統帥権の独立」について、大日本帝国憲法の規定をもって「議会と政府が軍に介入できない体制ができあがった」としているけれども、大日本帝国憲法成立当初の「統帥権の独立」の目的は、陸海軍の運用にあたって当時の藩閥政治の弊害を排するため、つまり軍を政争の具に使わないための措置であったはず。

本来的には「統帥権の独立」があるからこそ、政治の軍部への介入を防止し、政治事情に関係なく陸海軍の運用を行えるはずであった。ところが、閣僚人事おいて軍部が陸海軍大臣に同意しなければ組閣を流産させることができることを軍が発見したため、「統帥権の独立」を盾に軍部の政治介入が可能となったという認識の方が時系列的には正しいはず。
神道、神社、天皇。これらのキーワードから、日本人は「無宗教と言われるが、実は無宗教ではない。」と言われることが多い。
しかし江戸時代以前の市井の人たちは、どういう宗教感だったのか気になりました。天皇をみかどとして崇拝し畏れることと、信仰の対象となるかは少し観点が違う気もする。神社に参って神様に手を合わせることと、みかどを畏れることが、江戸時代以前はつながっていたのか別物だったのか。

父によると、私の祖母は、日本の誕生はイザナキとイザナミによるものだよと父に教えていたようなので、信仰していたのだと思う。
この連載について
まるで預言者(プロフェット)のように、新しい時代のうねりをいち早く紹介するNewsPicksのインタビュー集。本質を見抜く視点を毎週つむいでゆくことで、ちょっと先の未来を覗こう。