2020/11/6

スタートアップが「今あえてWeWorkを選ぶ」理由とは

NewsPicks Brand Design editor
成長フェーズのスタートアップが、「オフィス」としてWeWorkを選択する事例が増えている。コロナ禍でオフィスを縮小する動きなどもあるが、この選択にはまた別の理由があるようだ。
では、スタートアップはニューノーマル時代のオフィス戦略をどのように考えるべきか。WeWorkを選択したとき、どのようなベネフィットが得られるのか。WeWorkを利用する急成長スタートアップ2社の事例からひもとく。

WeWorkにしかできない「クラウド感覚」のオフィス拡張

「もともと私と共同創業者は創業前、ニューヨークでWeWorkを利用していました。実は、WeWorkから事業のインスピレーションを得た部分もあります」
こう話すのは、株式会社ビットキーの江尻祐樹CEOだ。一般には「スマートロックの会社」として認知されているビットキーだが、創業時から壮大な野望を抱いている。
「事業提携するときにわかりやすいということもあり、スマートロックや不動産テックを初手に選んだのですが、私たちのビジョンは『テクノロジーの力で、あらゆるものを安全で便利で気持ちよくつなげる』こと。
今着手しているのはほんの一部で、やりたいことをすべて実現するには社員が10万人いても足りないかもしれません」(江尻氏)
ビットキーが解決しようとしているもののひとつが、オンラインとオフラインの体験の断絶。WeWorkから得たインスピレーションとは、まさにこのことだ。
「ニューヨークで働いていた当時、日本以上にシェアリングエコノミーが浸透していて、AirbnbやUberを使うのが当たり前でした。しかし、マッチングはデジタルでも、最終的には鍵を受け取って泊まり、ドライバーと会って車に乗る、というフィジカルな体験がある。
途中までは便利になっても、最後の段階に面倒な工程があるのです。私たちはそれを、もっと気持ちよくつなげたい。WeWorkが実現しているオンラインとオフラインの体験の融合は、私たちのビジョンと重なる部分があります」(江尻氏)
ビットキーの成長と比例して、従業員数も急激に増加している。WeWorkで利用している部屋も最初は3名での契約だったのが、14名、42名、梅田を追加……263名(現在)と、これまで7回ほどオフィス移転をしてきた。
普通の物件は定期借家契約があるので、気軽に引越しはできない。気軽にオフィス移転を実現できるのも、WeWorkを利用するメリットのひとつだという。
「WeWorkの場合、社員が3人から14人に増えたら、11名の料金を追加するだけでいい。この感覚は、クラウドでのソフトウェア使用と似ていて、すごく楽でムダもありません。
創業にあたっていくつもオフィスを検討しましたが、スタートアップは今までにない価値を作ることがすべて。それを最速かつ最大効率で達成するためには、すべてが揃っているところに入って、その日から仕事がはじめられる、くらいのスピード感がいい。
さらに従量型で移動できる柔軟性や、アクセスのいい都心で100名、200名規模でも受け入れられるキャパシティを考えれば、WeWork以外の選択肢はなかった。この判断は正解でしたよ」(江尻氏)

生産性向上のための「適切な投資」とは

WeWorkのオフィス環境は採用にもメリットを生んだ。
ビットキーが創業した2018年当時、WeWorkの拠点は都内でも数箇所だった。その目新しさもあり、「一回、遊びに来ない?」と誘いやすかったという。一般的な雑居ビルのように閉鎖的な空間ではないので、訪問する側のハードルは確実に下がる。
「最近はコロナの影響でやっていませんが、以前は簡単なピザパーティーをよく開いていました。それによってリファラル採用がしやすい環境ができるのです。昨年一年で増えた約100名のうち、半分以上はリファラル。
さらに、WeWorkに入居している方から『ビットキーに合いそうだから』と紹介され、入社に至ったケースもありますよ」(江尻氏)
狭いマンションの一室で起業し、事業拡大とともに豪華なオフィスに引越すというのも、ストーリーとしては美しいかもしれない。しかし、江尻社長は懐疑的だ。
「ファシリティーをそろえるだけでもコストがかかりますし、移転ともなると、移転先の環境を整えるために、総務のような管理部門や経営者がかかりきりになることもある。それはもったいないですよ。
それに僕は、『スタートアップは初期にめちゃくちゃ苦労する』という定説も否定したいんです。だって、そんなこと聞いたらチャレンジしたくないじゃないですか(苦笑)」(江尻氏)
当然、起業にはリスクがある。大企業を辞めて、給料を落とし、賃料の安いマンションの一角で、カップラーメンを食べながら新しいサービスを開発したスタートアップは多いはずだ。
しかし、働きやすい場所を用意して生産性を上げ、無駄なことに時間や労力をかけないように工夫することはできる。
「そのために必要な投資は適正にするべきです。以前はWeWorkのようなサービスがなかったから、コストを抑えようとすると、安いマンションしか選択肢がなかったかもしれない。
だけど、今はこれだけ使いやすいツールがあるのだから、存分に活用するべきですよ。そうすれば、優れたサービスを生み出すことに集中できますから」(江尻氏)

オフィスへの投資がなぜ「人材投資」になるのか

ビットキーと同時期に創業し、同じくWeWorkに入居しているのが、女性向けのオンライン金融教育を提供するABCashだ。
現在、会員数は約6,000人(2020年10月時点)。今年10月にはシリーズBとして約9.5億円の資金調達を行うなど、社会全体の先行きが不透明ななかでも、投資家からの期待は大きい。
「日本にはお金のことを考えたり、話したりするのはタブーだというイメージがいまだにありますが、僕は『お金について考えるのは当たり前だよね』という社会に変えたいんです」
こう話すのはABCashの児玉隆洋社長だ。新卒でサイバーエージェントに入社し、Amebaブログアプリの立ち上げ責任者やインターネットテレビ局であるAbemaTVの広告開発局長を務めた。
前職の10年間で、「サービス成長のためには人への投資が不可欠だと学んだ」という。
「ですから、創業時から積極的に人材投資を行う姿勢を明確にしていました。WeWorkの利用は従業員が働くスペースとしては『オフィスへの投資』ですが、実は『人材投資』の側面がより大きいと思っています。
まず、快適な空間を提供できることが優秀な人材の獲得につながる。そして、クリエイティブな空間は、それに見合うパフォーマンスを出そうと従業員を刺激してくれる。 見られるとやっぱり人はちゃんとするんですよ(笑)。
その結果、サービスのクオリティが向上し、ユーザーに価値のあるサービスが提供できるようになるんです」(児玉氏)
WeWorkへの入居は創業から半年後の2018年8月。売上がほぼない状態であっても、コストを超えた価値があると感じたがゆえに、先行投資として入居を決意した。
もちろんWeWorkより費用面で安いオフィスはあるが、WeWorkの利用は株主からの理解も得られたという。投資家たちも、オフィス空間が従業員のパフォーマンスやサービスの品質にどれだけ影響を与えるかを理解しているということだ。

従業員だけでなく企業にも利益をもたらすWeWorkの動線設計

創業に先駆けてWeWorkに入居したビットキーとは違い、ABCashの入居のきっかけは、サービス開始直後の急成長だった。
1対1で金融教育を提供するというこれまでにないサービスが注目を集め、6月にファイナンストレーニングスタジオを開始したところ、会員数は急増。
「おかげで、あと2週間で新しい場所を見つけないとパンクする、という状況に陥りました。ただ、いい物件であっても、数年単位の契約や多額の保証料を求められる。設立して半年のスタートアップですから、そんなお金も、何年もそこに居続ける保証もありません」(児玉氏)
そもそも、どう考えても内装が間に合わない。コワーキングオフィスもいくつか見たが、しっくりこない。
差し迫った状況で、原宿アイスバーグにWeWorkのオフィスが完成するという話を耳にした。すぐさまオープン直前のオフィスに足を運び、見学した児玉氏の頭に浮かんだのは「神は細部に宿る」という言葉だった。
「『WeWorkっぽい』コワーキングスペースは増えていますが、やっぱりWeWorkとは違うんですよ。その違いはクリエイティブな空間の作り込みの差です。スタッフの方と入居者の触れ合う動線設計や、入居者同士が触れ合う動線設計が、オンラインとオフライン両面で練り上げられている。
僕自身、ウェブのプロダクトをずっと作ってきたので、ユーザーがサービスを選択する際にUI/UXが与える影響の大きさを痛感していました。
賃料だけ見れば、別の選択肢もあったでしょう。ですが、クリエイティブな空間設計が群を抜いているWeWorkのオフィスこそが、新しい価値を世の中に提案しようとする僕たちにとって最適な場所だと感じて、見学翌日に契約しました」(児玉社長)
ABCashのファイナンストレーニングの様子。※コロナ禍で対面のスクールはほぼ休止している
「神が宿る」と感じた動線設計により、WeWorkでは知らない入居者同士が徐々に顔見知りになり、コミュニケーションが取れるようになる。それは、ABCashのビジネスにも好影響を与えている。
「他社の人への挨拶も、WeWorkでは『お疲れさまです』になるんですよ。これが絶妙なラインで、他社の人なのに、同じ会社の別部署とか、別事業部くらいの距離感に近づきます。
おかげで、プライベートとビジネスの中間ぐらいの新しいビジネスリレーションシップを築けるようになりました」(児玉社長)
ビジネスマッチングイベントのように、堅苦しい挨拶からはじまるのとは違い、コーヒーブレイクついでのちょっとした立ち話から、新しい事業が動き出すこともある。
WeWorkのパントリーでは、他の入居者との間に自然に会話が生まれる動線がある。
ABCashと地方銀行との協業は、WeWorkのパントリーで生まれた。WeWork内でつながった企業からの資金調達も決まった。あるいは、入居者同士のランチがきっかけで、社員への福利厚生として金融教育を提供することが決まったケースもある。
今後、ABCashは自前でオフィスを構えることはないのか。
「中期的には自社のオフィスも考えてはいますが、その場合も、変化に強いWeWorkのオフィスを併用しながら、そのときそのときで最適な組み合わせを考えることになるでしょう。
僕たちは最初、従業員4名の段階でWeWorkに入居し、現在は約40名。成長に合わせて柔軟にオフィスを変えられるのがWeWorkの強みですが、コロナ禍によって、さらにその強みが明確になりました」(児玉社長)
非常事態宣言が発令された際には利用人数を減らし、解除されれば増やす。そんな調整を月ごとに行うことができるのもWeWorkならでは。
また、現在はオフラインでの対面サービスをほぼなくしているものの、この状態が続くのか、反転するのか、何が「ニューノーマル」になるかはわからない。
「僕個人としては、WeWorkの強さを改めて感じたことで、今まで以上にスタートアップに勧めたくなりました。特に創業した直後、サービス開発が大変なときほど、社会情勢による影響を抑えながら『めちゃくちゃ頑張れる環境』として、WeWorkを活用してほしい。
世界を変えるプロダクトがWeWorkから次々生まれてくれると、僕も嬉しいですね」(児玉社長)