いま、移動や社会のあり方が変わろうとしている。ICTによってシームレスな繋がりを目指す「Mobility as a Service(サービスとしてのモビリティ)」という大きな概念が掲げられ、移動や物流だけにとどまらず社会のあり方まで波及する。新時代のMaaSビジネスとは、モビリティと都市の変化とは。

本連載では書籍『Beyond MaaS 日本から始まる新モビリティ革命─移動と都市の未来─』から全4回にわたってエッセンスを紹介する。

前作『MaaS モビリティ革命の先にある全産業のゲームチェンジ』はこちら

3つの領域で考えるMaaSビジネスの要点

ここからは具体的にMaaSのビジネスの創り方を以下の3つの領域に分けて解説していきたい。
①MaaSの基本構築領域:情報提供、予約決済機能などを備えたMaaSアプリの提供

②Deep MaaS領域:交通分野の経営改善への貢献、都市・地域交通の最適化、先端技術や新しいビジネススキームの導入

③Beyond MaaS領域:交通と異業種との連携、スマートシティ
3つの領域の関係性としては、情報提供(経路検索・運行情報)や、予約・決済機能を備えた、いわゆるMaaSアプリを提供する領域を「①MaaSの基本構築領域」とする。
どの方向に進むにしても①は必要な領域だが、重要なのはこの部分だけでは事業性が生まれにくいことだ。
そのため、できるだけコストをかけずに既にある機能群をうまく活用することや、連携しやすい事業者と組んでコストを抑えていくことが必要になる。
特に地域ごとにMaaSアプリをゼロから開発するようなことが起こると、予算をそれだけに消費してしまい、時間もかかる。
MaaSのサービスを実現するだけではなく、MaaSプラットフォームを他社に展開するなら個別に特色をもって開発してもいいが、それ以外なら、既存のシステムをうまく活用し、予算や時間のリソースは他の2つの領域に使うようにするのが望ましい。
これを前提に、重要な新モビリティの導入や、移動の効率化、快適性の向上などモビリティサービスの深化や先進的な取り組みを「②Deep MaaS領域」、他産業を巻き込んでビジネス展開をする領域を「③Beyond MaaS領域」とした。
では、それぞれを詳しく見ていこう。

①MaaSの基本構築領域

ユーザー向けのMaaSの基本機能は前述した通り、ナビゲーション機能(地図、経路検索、運賃や所要時間表示)、予約機能、決済機能、メッセージ機能などの付属機能がある。
こうしたMaaSの基本機能だけでも、今まで知られていなかった、あるいは新たな移動手段の情報が広くユーザーに提供されることで、ユーザーの移動総量が増加したり、手数料ビジネスによって事業性が生まれたりするケースもある。
しかし、この領域ではサービスが模倣されやすく、多くのユーザーを獲得して事業性が垣間見えたとしても、すぐに別のプレーヤーからの脅威にさらされる。
MaaSの基本機能だけでは、優位なポジションを維持し続けることは困難だろう。
ただし、ここで挙げたMaaSの基本機能がすべての出発点であり、ユーザーとの接点となるので、その重要性がないわけではない。

②DeepMaaS領域

Deep MaaSとは、根深い課題(ディープイシュー)をテクノロジーで解決することを示す近年注目のキーワード「Deep Tech(ディープテック)」になぞらえた筆者らの造語だ。
ちなみにディープテックとは、以下の4つの要素を含んだ製品・サービスのことを指すとされている。
●最先端の科学技術、または研究開発を基礎とした技術がある

●実現までに高いスキルと非常に多額の投資額と長い時間がかかる

●多くの場合、具体的な製品・サービスが見えていない

●成功した場合のインパクトが非常に大きく、破壊的ソリューションとなり得る可能性を秘めている
これをMaaSで考えてみると、新たなモビリティサービスの導入や料金制度を変えていくこと、データを活用したオペレーションの最適化などの要素は、その技術開発、関係者の調整、法律の改正が必要となるケースも多い。
また、AIやIoT、自動運転、オンデマンド型乗り合いサービスの普及によって、MaaS本来の効用を発現するビジネスモデルもある。
そこで、次に挙げる4項目をDeepMaaSの特徴とし、MaaSの深化と進化のプロセスを紹介する。
①先端技術や工夫された革新的なビジネススキームを開発している

②研究開発やインフラ整備など基盤整備を実施している

③実現までに一定の時間がかかる

④成功した場合のインパクトが大きい

③Beyond MaaS領域

Beyond MaaSは、MaaSのビジネスモデルと、そのインパクトを語るに当たって最も重要な観点だ。
これまで単一の交通モードで事業やサービス、システムがつくられていたものが統合され、1つになるというMaaSの概念は確かに画期的だが、交通手段の統合と最適化だけがゴールかといえばそうではない。
筆者らは、あくまでその先にある、あらゆる産業やまちづくり、社会への波及効果が発現される段階を目指すべきだと考える。
インターネット黎明期を経験した有識者らとの意見交換でMaaSの現状を話すと、2020年現在のMaaSの状況は、インターネット黎明期に似ているという。
新たな概念が出ては期待が増し、理想と現実のギャップに失望することを繰り返すが、その過程を経た現在ではインターネットはあらゆる産業のコア要素となった。
実際に、GAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)や米動画配信大手のNetflixなどのように、インターネットを〝土壌〞として発展したメガサービスは多数ある。
同じように、交通版のデジタルプラットフォームともいえるMaaSの上に、他産業のいくつものサービスが連携し、発展する姿は自然だ。
インターネットによって情報(文字、絵や動画、音楽など)が流通したことで、これだけ人々の生活を変えたことを考えると、リアルな人の移動分野で生活に密着するMaaSには大きな可能性がある。
そもそも移動という行為は、場所の性質の違い、差によって発生する。
今ここにないから、その場所に移動する。今ここにいないから、会いに行く。今ここではできないから体験をしに行く。このように、人の移動には必ず何かしらの目的がある。
それらの場所の問題でいえば、不動産業界や小売り業界が最も影響があるだろう。
また、移動する手段として自家用車の利用からMaaSに移行することもそうだが、シームレスなサービスを行う上では、リスクを事業者間でどのように負担するかが問題となる。
その点では、保険業界の新たな事業展開や、MaaS専用の保険商品が求められる。
さらに、決済や融資に当たっても、従来のように個別かつ固定された形式ではなく、サービス単位、MaaSオペレーター経由の支払い・課金となることから、そのスキームの変化に対応できたプレーヤーは新市場を切り拓くことも可能である。
今後、貨客混載の物流網などが実現された際には、人の移動の最適化やサービスとの連携でモノの移動もセットに扱える。
既存の自動車や鉄道、バスを多目的利用することで、より効率的な業態が生まれる可能性もある。
働き方に与える影響も大きい。これまでは決まった時間に決まった場所で働くことが求められたが、テレワークやシェアオフィスなどが普及し、パソコン1つあればどこでも仕事ができる状況が生まれると、移動の自由とセットで働き方の自由が担保され、働く側も雇用側もその取り得る選択肢は多様となる。
その時に、MaaSの仕組みでより利便性高く働き方改革を推進していくことが可能となる。
医療・介護分野でも、今は指定された時間に病院に行って診療を受ける形だが、病院予約とオンデマンド交通による送迎サービスをセットにして全体の効率性や予約管理の手間を削減することや、診察を受ける人の到着遅れで医師の稼働時間が損なわれることも解消できる。
広告分野でもグーグルが提出した特許を例に取れば、興味のある店の情報を見て、そこから予約すると無料の自動運転車の送迎がセットになるなど、小売りや体験、エンタメなどの広告の在り方もモビリティサービスとの組み合わせで大きく変化していく。
より大きなまちづくりの観点でも、2020年1月に国土交通省の交通政策審議会交通体系分科会地域公共交通部会の中間とりまとめ案によれば、移動その他の地域課題を解決するためのMaaSの円滑な普及促進に向けた措置が求められるなど、地域交通やまちづくり観点でもMaaSが取り入れられていく傾向にある。
行政課題解決として、これまで以上に官民で連携して事業性と社会課題解決を両立するような取り組みが期待される。
Deep MaaSによる深化については、基本的に交通事業者に近いプレーヤーの領域だが、Beyond MaaSはMaaSの基本機能ができ上がっていれば、新規のスタートアップや他業界のプレーヤーにも参入のチャンスが大きい。
人が移動しやすい状態になると、前述したような他産業のサービス・システムにとっても利用者が獲得しやすい理想的な連携状態が可能となる。
このようにDeep MaaSとBeyond MaaSが合わさって社会実装されると、これまでの鉄道は鉄道、バスはバス、タクシーはタクシーという分断状態ではなく、民間と行政、社会インフラに関係するあらゆる組織とシステムが理想的に連携する状態となる。
これはモビリティ領域からのスマートシティの実現でもある。社会課題を解決し、時代の変化にそぐわない形態や事業を新しい産業に生まれ変わらせていくこと。
スマートシティとは何かという1つの理念と具体的なアクションの一翼を担うことは、モビリティ業界に課せられた1つの使命であり、大きなビジネスチャンスでもある。
※本連載は全4回続きます
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本連載は書籍『Beyond MaaS 日本から始まる新モビリティ革命─移動と都市の未来─』(日高洋祐、牧村和彦、井上岳一、井上佳三〔著〕、日経BP)の転載である