いま、移動や社会のあり方が変わろうとしている。ICTによってシームレスな繋がりを目指す「Mobility as a Service(サービスとしてのモビリティ)」という大きな概念が掲げられ、移動や物流だけにとどまらず社会のあり方まで波及する。

新時代のMaaSビジネスとは、モビリティと都市の変化とは。本連載では書籍『Beyond MaaS 日本から始まる新モビリティ革命─移動と都市の未来─』から全4回にわたってエッセンスを紹介する。

前作『MaaS モビリティ革命の先にある全産業のゲームチェンジ』はこちら

MaaSが生み出す価値とは?

ここでは国内外の事例を踏まえて、MaaSビジネスを展開するに当たって重要なポイントを紹介する。
MaaS自体はあらゆる移動手段を扱う広い概念なので、利益を生み出す新しいビジネスモデルとされることもあれば、社会課題の解決手段とされることもある。
MaaSを手がけるプレーヤー像や目的は多様であっても、最終的に到達すべきは「ユーザーにとってより自由で快適な移動を、多様なモビリティサービスの統合によって実現する」ということに変わりはない。
MaaSといっても、その置かれた地域や事業環境の要因1つでその有り様は大きく異なる。
そのため、これまで紹介した事例や、今後も出現する新たなMaaSについて適切に評価し、そこから得られる知見を選択してMaaSの持つ要素をしっかりと使いこなすことが非常に重要になる。
では、以下で具体的に解説していこう。

MaaSのプレーヤー定義

まず、ビジネスという観点で説明を進める上で、MaaSのステークホルダーの定義をしておきたい。なぜなら、それをイメージしないと同じ情報でも全体が見えてこないからだ。
ステークホルダーとしては、下記の4者が挙げられる。
①移動する人(ユーザー)

②移動させる主体(交通事業者)

③MaaS事業を行う人(MaaSオペレーター)

④地域の周辺事業者や自治体
それぞれに関係性があり、例えばユーザーと交通事業者はMaaSオペレーターがいなくても既に関係が存在している。
MaaSオペレーターはユーザーと交通事業者の両方をつなぐ役割となる。
地域の周辺事業者や自治体は、直接的なステークホルダーではなくとも、連携を考えることでMaaSの多面的な理解がしやすくなる。
例えば、鉄道会社がMaaSを展開する場合は、MaaSオペレーターと交通事業者が一致する形だ。
MaaSオペレーターについては、予算を出す主体(自治体や交通事業者など)と、その運用する主体(システム会社や委託を受けた主体)の違いはあるが、ここでは、それを分かりやすさのため一体としてMaaSオペレーターと表現する。
MaaSオペレーターがMaaSのサービスを提供する際には、ユーザーの利便性を向上させることに加えて、交通事業者の経営効率化や、交通事業者自体のサービス向上のためにMaaSを展開することもある。
また、周辺事業者や自治体を巻き込んで地域課題解決のために行われるMaaSもある。
このようにMaaSを始める上ではステークホルダーを可視化し、特にMaaSオペレーターはそれぞれの立場や考え方をよく把握していることが望ましい。
より革新的なサービスであればあるほど、与えるインパクトは大きいものの、その反発や一部からの誤解が生じやすくなる。
そのため、より一層、交通事業者、地域関係者の理解を得て、その後押しを受けながら取り組みを進めていくことが望ましい。

MaaSの定義と基本機能

次に、MaaSの基本的な機能を確認する。
ユーザー向けの機能構成としては、「ナビゲーション機能(地図、経路検索、運賃や所要時間表示)」「予約機能」「決済機能」「メッセージ機能などの付属機能」が一般的である。
それに加えて、事業者や行政機関向けには、「データの可視化機能」「交通分析機能」「交通制御機能」が挙げられる。
これらは、後述するMaaSにおけるコントローラー機能となる。
MaaSに他のサービスが連携した場合にはさらに機能が追加されることもあるが、大きく分けると以上の構成となる。
次に、スウェーデンのChalmers University of Technology(チャルマース工科大学)のJana Sochor氏らによる5段階のMaaSレベル定義を見てみよう。
まず、「レベル0(No Integration)」は、それぞれの事業者が個別に行うモビリティサービスであり、既存の公共交通やカーシェアリングなどがここに該当する。
続いて「レベル1(Integration of Information)」は、事業者の情報を統合して提供するサービスで、既存の経路検索サービスなどが当てはまるイメージだ。
そして「レベル2(Integration of booking & payment)」は、単に経路検索ができるだけではなく、複数のモビリティサービスの予約や決済も可能な統合型のプラットフォーム。
さらに「レベル3(Integration of the service offer)」になると、予約や決済ができるだけではなく、月額サブスクリプションプランといった専用の料金体系を持つなど、シームレスなモビリティサービスが実現される段階となる。
最後に「レベル4(Integration of societal goals)」は、これまでの段階を踏まえつつ、さらに政策との融合、官民連携を進めた状態としている。
MaaSレベル4の政策目標や社会課題解決に向けては、ユーザー向けMaaSアプリの機能だけではなく、事業者や自治体向けのデータの可視化や分析、制御機能があるとより達成しやすくなる。
それをMaaSコントローラーと定義して、その機能について紹介しておきたい。

都市を制御する「MaaSコントローラー」

MaaSコントローラーは、その呼び方自体は分析機能部分をMaaSシミュレーターと呼んだり、MaaSの一部と定義づけられたりすることもある。
ドイツのシーメンス・モビリティやPTV、リトアニアのTrafi(トラフィ)、シンガポールのモビリティXなどが同様のコンセプトでサービスを計画している。
MaaSアプリを提供するだけではなく、その裏側にデータ分析と、それを活用したアクション機能を盛り込むことでユーザーとモビリティの関係を改善し、ユーザーの利便性をさらに向上させる。
海外でも既に開発競争が活発化しており、都市への導入実証が進んでいる。
MaaSコントローラーの持ち得る機能としては、モビリティとユーザーの行動をデータに基づいて、それぞれ調整していくものだ。
例えば、ユーザーがMaaSアプリで経路検索をした際に、そのルート上に他のユーザーの検索数の傾向や過去のデータ分析から混雑や渋滞が予想されたとしよう。
そこでMaaSコントローラーの機能を使うと、ユーザーに別の交通手段を推薦したり、交通事業者に増便をリクエストしたりなど、需給の平準化を図ることができる。
この仕組みを用いてイベント時の混乱回避、災害時の対応など、広く応用することが可能だ。
こうしたMaaSコントローラーの基本機能は3つに大別される。「①データ収集、分析・予測機能」「②モビリティ連携機能」「③MaaSアプリ(ユーザー)連携機能」となる。それぞれ、解説していこう。

①データ収集、分析・予測機能

モビリティ系のデータと、ユーザーのデータを統合的に収集し、必要な分析を行う機能となる。
過去のユーザー群の移動実績データと、地域で提供されるモビリティサービスのデータに加えて、イベント情報やエリアの人口統計、天候データなど各種関連データを用いる。
そこから統計的にユーザーとモビリティサービスの関係性を示すモデルを構築して、それを用いてシミュレーションモデルを作成する。
そのモデルを使って仮想的にこのようなイベントが行われた時に混雑がどのくらいになるか、ダイナミックプライシングを導入すると、どの程度の行動変容が起こるかなどを予測することが可能となる。

②モビリティ連携機能

分析・予測機能でシミュレーションができるようになることで、モビリティ事業者側に最適なアクションを促せる。
例えば、タクシーであれば乗車見込み客が多いエリアや時間帯などの需要予測をドライバーに示すことや、鉄道やバスであれば増便やダイヤの変更リクエストを行っていく。
このようにユーザーの移動データから事業者にメリットを生む需給調整機能をMaaSオペレーターが持つことで、MaaSで連携するモビリティサービス事業者の経済的メリットを創出できる。

③MaaSアプリ(ユーザー)連携機能

こちらは、ユーザーに対する制御機能となる。
例えば、モビリティ側の調整が可能であれば、混雑時にはより多くの車両を供給すれば混雑は緩和される。
「需要(乗りたい>供給(乗せる)」の関係の中で、供給を増やすことで「需要(乗りたい)=供給(乗せる)」とするイメージだ。
だが、車両数(供給量)に限界がある場合には、需要側(ユーザー側)を時間的に、経路的に分散することが必要となる。
例えば、MaaSアプリのユーザーに対して別経路を促すことや、時差通勤や混雑を避けた場合にポイントがもらえるといった施策を実施することが、それに当たる。
MaaSアプリで行うことのメリットとしては、ユーザーを特定してポイント付与することができることだ。
誰がどの時間帯にどの経路で移動しようとしているかという情報を基に必要なユーザーに対してポイントを付与することで、必要最小限のポイント原資で交通の需給調整が可能となる。
また、その施策に対してどの程度のユーザーが行動変容したのかがデータ連携できることから、インセンティブ量が適切であったのかなど、施策の妥当性を評価することも可能となる。
以上、MaaSの基本機能を紹介してきた。次に、それらをどのような目的のために行っていくかという導入価値の考え方を紹介する。

3つの観点で見るMaaSの導入価値

MaaSのアプリおよびコントローラー機能などを用いた際の価値については、日本政策投資銀行の産業調査部、石村尚也氏らがまとめたレポートが非常に詳しい(『MaaS-Mobility as a Service-の現状と展望』今月のトピックスNO.291-1、 年 月 日)。
これによると、MaaSの推進によってもたらされるインパクトは「利用者のメリット」「交通事業者のメリット」「都市・周辺事業者のメリット」と分類されている。これを基に筆者らが一部再編集すると次のようになる。
【利用者のメリット】

・検索・予約・決済機能などの統合により、各交通手段の利用が容易になる

・都市部では移動手段の最適化により混雑の緩和が図られ、有効に活用できる時間が増える

・地方部では移動手段の最適化により、より少ないコストで交通手段が維持される
【交通事業者のメリット】

・運営効率が向上することで、運賃収入などの増加につながる期待がある

・データの蓄積・分析により、利用者に精度・効用の高い行動提案が可能になる
【都市・周辺事業者のメリット】

・収集した人流・交通データの活用・連携ができれば、スマートシティの推進につながる

・データの活用により、買い物・住宅・保険など周辺領域でも利便性の高いサービスが提供できる
日本では、人口減少や都市部への人口の一極集中、若年層のクルマ離れ、高齢者の外出手段の確保など、様々な社会問題が山積している。
それらを解消するためにMaaSを活用するのは〝課題大国・ニッポン〞特有の環境かもしれない。
ユーザー目線で利便性の高いサービスをつくり出しながら、複数の交通事業者が連携して運行の効率化を図ることも、ドライバーなどの人手不足に悩む日本においては求められる要素だろう。
MaaSに取り組む際には、先述したステークホルダーをイメージした上で、それぞれのメリットのどの部分に注力するか、その導入価値を定義することから始める必要がある。
※本連載は全4回続きます
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本連載は書籍『Beyond MaaS 日本から始まる新モビリティ革命─移動と都市の未来─』(日高洋祐、牧村和彦、井上岳一、井上佳三〔著〕、日経BP)の転載である