2020/10/30

【須藤憲司】DXの真髄は、顧客体験の改善。誰よりも“顧客の顧客”のことを考え抜く

中道 薫
NewsPicks Brand Design
 「DX(デジタルトランスフォーメーション)」が加速している。
 政府もデジタル庁の創設を打ち出すなど、あたかも日本経済を立て直す“魔法の杖”のように、期待が寄せられつつある。
 しかし、ここにいる一人の“DXのスペシャリスト”は、自らの仕事を「頼まれてもいないのに、毎日ひたすらバットで素振りしているようなものですよ」と笑う。
 その人物とは、Kaizen Platform代表取締役の須藤憲司氏だ。
 同社は2013年の創業から700社以上、3万件超のDXやUX改善施策に携わり、企業の業務改善やサービス成長をサポートしてきた。
 須藤氏のビジネスから改めて「DXとは何か」をひもといてみると、イメージとはまるで異なる泥臭い実態が浮き彫りになった。

DXがいらない企業もある

──多くのNewsPicks読者にとって須藤さんといえば、グロースハックとDXのスペシャリストです。改めて「DXって何?」と聞かれたら、どう答えますか?
須藤 僕は、DXとは「デジタルを活用して、圧倒的に優れた顧客体験を提供し、事業を成長させること」と定義しています。
 ここでの一番のポイントは“顧客体験(UX)の改善”です。
2003年に早稲田大学を卒業後、リクルート入社。マーケティング部門などを経て、史上最年少でリクルートマーケティングパートナーズ執行役員に就任。13年にKaizen Platform,Inc.を米国で創業し、現在は日米で事業を展開。UX/動画/DXの3つのソリューションを提供し企業のDXを支援している
 DXというと、デジタル化による業務効率化をイメージする人が多いかもしれませんね。でも、顧客体験の変革に結びつかないデジタル化はDXではない、と僕は考えています。
 例えば競合他社も含め、今までは2週間かかっていた納品が、デジタル化によってたった3時間で済むようになったとしましょう。これは圧倒的な顧客体験の変化ですからDXと言えます。
 一方、経費精算システムを導入して社内の業務効率化ができた。これはデジタル化と整理できます。
──幅広い領域でDXが必要だといわれている反面、自社の事業でのDXにピンと来ない人も多いようです。
 では、ちょっと想像してみてください。あなたのいる業界にGAFAが参入してきて、同じ商売をするとしたら何が起こるでしょうか。
 保険会社の方であれば、GoogleがGoogleマップのデータを活用して自動車保険を販売したら、と仮定する。運転の荒さを地図データから割り出せば、画期的な保険商品ができそうですね。
 そんなふうに、“嫌な予感”がするならDXをしたほうがいい。
──逆に、GAFAに脅威を感じないのであれば?
 現時点ではDXの必要はありません。自社の事業領域で十分な競争力があり、ビジネスがコモディティ化していない証拠ですから。
 このような場合の最優先課題は、今のポジションをしっかりと守り続けることになると思います。
 でも、これほどみんながDXと言っているのは、それだけビジネスを差別化できる要素が減ってきているからなんです。その打開策の一つとしてDXに期待が集まっている。
 そして、時代の変化やプラットフォーマーといわれる企業の進化と共に、DXを考えなければいけない領域は拡大していくものと捉えるほうが自然です。
 僕、行きつけの和菓子屋さんがあるんですけど、そこのおばあちゃんが「ねぇ須藤くん、SEOでうちの店が上がってこないのよ」とか言うんです。
──え、和菓子屋のおばあちゃんがSEO対策を?
 僕としては「そんなのこっちでやるから、おばあちゃんは小豆の仕入れに専念しててよ!」って、職人さんへの一方的な憧れから思っちゃうんです(笑)。でも、巷の個人商店でさえも無視できない状況になっているということなんですよね。
 DXはもはや特別な施策ではありません。どんな産業にも必要不可欠な“顧客のための投資”なんですよ。
 今の世の中は、誰もがデジタルと無関係ではいられなくなっていると思うんです。世間はみんなスマホを使っている。ならば当然サポートすべきなのに、いまだに対応していないサイトもある。
 誤解を恐れずに言えば、DXが遅れている企業は“顧客軽視”をしているのと同じなんです。そのことに早く気づいたほうがいい。

“顧客のための投資”は日々変わり続ける

──たしかに、これだけ人々がデジタルを活用しているのに、そこに対応しないのも不自然な気がしてきました。
 もちろん今までどの企業も、顧客のためにさまざまな投資をしてきたはずです。価格を下げたりポイントを付与したり、駅の近くに出店したり。
 DXも、そんな顧客のための投資の一つだと考えてみてください。そうすれば、今DXに取り組んでいないのがどういうことなのか、わかると思います。
 例えば、これまで銀行の支店は駅の西口にも東口にもあった。それが顧客にとっての利便性だし価値だから、投資してきたわけです。でも今、その窓口に並んでいる人たちは、みんな手にスマホを持っています。
 もしすべてキャッシュレスになれば、ATMすらいらなくなりますよね。なぜ我々はコンビニに行って現金を引き出していたのか、と。そういう未来がやってくる。いつまでも過去の成功体験にしがみついている場合じゃない。
(YurolaitsAlbert/iStock)
 ただ、僕もいろんな企業をサポートさせていただいて思うのは、DXはまだまだハードルが高いのもまた事実。
 スイスのビジネススクールIMD(国際経営開発研究所)の調査によると、世界中のDXに取り組んだ企業のうち、思ったような成果をあげられたケースはわずか5%というデータもあります。
──そこで須藤さん率いるKaizen Platformのようなスペシャリストが、課題を劇的に解決するテクニックを授けてくれるんですね。
 残念ながら違います(笑)。DXが難しいのは、一度やって終わりではないってことです。
 世の中の変化とともに顧客にとっての価値も変わり続けるから、企業はトランスフォームし続けないといけない。
 だからKaizen Platformがやっているのは、僕らの顧客であるクライアントと一緒に、顧客よりも顧客のことを考えて、継続的に顧客体験を改善し続ける。そんな“持久戦”を一緒に伴走することなんです。
 そもそもグロースハックもDXも、劇的な変化が起こったように見えても、実は小さな改善の積み重ねの結果だったりするんです。
 例えば、新規ユーザーの獲得効率を毎週3%ずつ改善したとしましょう。1年後に、1週間で獲得できるユーザー数は、何もしなかった時の4.5倍、年間累計を比べると2倍以上の差がつく。これが複利の力です。
──意外とコツコツというか、地味というか……天才的なアイデアとか、イノベーティブなツール一発で劇的改善!って感じではないんですね。
 みんなそうやってホームランを打ちたがるけど、それよりも日々の素振りのほうが遥かに大切だと僕は言いたいですね。
 もちろんツールも使いますよ。でも、それで本当にクライアントの問題が解決するのかというと、解決しないというのが僕の答えです。大事なのは、むしろ“人”だと思っていて。
──人、ですか?
 組織の中では、本当にいろんな問題が起きるじゃないですか。大手企業ほど、しがらみや組織の壁が多いし、社内のちょっとした頼みも断ったり渋ったりする人がいる。一見、まるで敵のようですが、彼らには彼らなりの正義があって、会社のためを思って仕事をしている。
 こういった複雑な問題を解決するのは、ツールだけでは足りなくて、“人”の力が必要でした。
 よく「物事を変えるのは、よそ者・若者・馬鹿者」なんていわれますよね。外部の人間だからこそ、できることがある。だから、SaaSとチームを両方提供するKaizen Platformを作ったんです。
クライアント企業にとって最適なDX戦略を共に考え、その施策に最適なデジタル人材をネットワーク上で組織したチーム。そして、サイトにタグを1行加えるだけでA/Bテストやパーソナライズに対応した環境構築ができるSaaS。Kaizen Platformは、この二本柱でサービスを展開する
 ネットワークを介してチームを組織する一方で、僕らは現場をとても大事にしています。顧客体験や顧客接点はいつも現場にあるので、DXは必然的にボトムアップのデジタル革命にしかなり得ない
 だから僕らはすぐに現場に行く。営業活動に同行するし、いちユーザーとしてサービスを使い倒して意見を言う。そして現場でPoC(Proof of Concept:実証実験)をひたすら繰り返す。
 社名に「Kaizen」とあるくらいなので、メンバーはコツコツと仮説検証のサイクルを回すのが好きな人ばかり。4番バッターの集団じゃなくて、勝手にひたすら素振りしてるような人間の集まりです(笑)。
 創業から7年が経ち、Kaizen Platformが支援した企業は700社以上、DX施策は3万件を超えました。クライアントと一緒に、僕ら自身も膨大なPoCで学んでいることになる。年々、改善施策のバリエーションや精度は間違いなく上がってきているはずです。

「楽したい」よりも「改善したい」

──須藤さんなら、ご自分の発見したメソッドで、もっと楽できるビジネスの仕組みも作れそうですが、あえて地道に改善に取り組んでいるんですね。
 それはめちゃくちゃ単純で、改善することが大好きなんですよね。
 世の中を良くしたいという思いはもちろんありますが、改善のプロセスに関わるのが何よりおもしろくてたまらない。他の仕事は一切せずに、改善だけをひたすらやり続けたいぐらいですよ。メンバーから改善事例を聞くと「うわー、それ俺がやりたかった!」って毎回思いますから。
 改善なんて地味でつまらないと思われるかもしれませんが、実はすごくアバンギャルドな行為なんです。なぜなら、改善とは常に現状を否定し続けることでしか成し得ないものだから。……なんかカッコよくないですか?(笑)
──須藤さんの果てしない“改善愛”を感じました。
 でも、一方でこうも思うんです。僕らが改善を成し遂げられるのは、外にいるからこそなんだ、と。
 誰しも自分で自分の改善をするのは至難の業だし、僕だってKaizen Platformの改善を一人でやり切ることはできません。うちのブランドや商品の説明だって、もっとわかりやすくできるはずなんです。でも、中にいると、純粋なユーザー目線には立ち戻りにくい。
 だから、人は他人と仕事をするんだと思います。こうして取材を受けたり、外部のクリエイターさんに参加していただいたりするのもその一環。一人だと限界がありますが、外の人の刺激を受けて絶えず新しい発見ができれば、成長し続けられますから。
創業当時のメモ。「一億人と一緒に世界中のサイトや広告をカイゼンして個人の才能や情熱あふれる社会を実現したい!!(原文ママ)」という須藤氏の想いが綴られている
 僕らKaizen Platformの本質は、DXのテクニックを提供することではありません。人間というものを理解した上で、デジタルを使って改善を成功させることです。
 テクニックは時間の経過とともにどんどん廃れますが、人間そのものは昔からほとんど変わらない。であれば、人間の心理特性や行動原理を知る努力のほうが、よっぽど大切だと思います。

僕らのボスは“顧客の顧客”

──顧客のDXに伴走する上で、Kaizen Platformが一番大切にしていることは何でしょうか?
 徹底的な“顧客の顧客志向”を貫くことですね。
 Kaizen Platformのメンバーにも「あなたの上司は僕じゃないからね」と口酸っぱく言っているんですよ。僕らのボスは“顧客の顧客”、つまりユーザーです
 時にはクライアントの話さえ疑ってかかります。「うちは営業力がないから」という企業では、「営業力ってそもそも何なのか、考えてみませんか?」と深掘りすることから始めます。それが、他ならぬクライアントのためだからです。
 誰よりも、顧客とその顧客のことを考え抜く。これが僕らKaizen Platformのビジネスです。
 僕らはDXのためのデジタル技術や方法論については知っていますが、業種ごとの深い知識を持っているわけではない。クライアントの業界についてはだいたいド素人で、ユーザーとほとんど変わりません。
 その意味で、ユーザーと同じ“素人目線”でクライアントの話を聞き、「それはおかしい」「ユーザーには関係ない御社の都合ですよね」と思ったら遠慮せずに指摘し、時には現場で額に汗して泥臭く改善に取り組む。
 もしも“顧客の顧客志向”を貫いた結果、クライアントと喧嘩になったら僕が謝りに行けばいい。メンバーには「安心して思い切りやってくれ」と伝えています。
──徹底した“顧客の顧客志向”を実践するには、どうすればいいのでしょうか?
 一言で言えば、「ユーザーに聞け」ということですね。ユーザーにとって何が一番良いのかは、ユーザーにしかわからない
 だから実際に、ユーザーに試してもらったりユーザーの声を聞いたりする。アイデアが2個あるならA/Bテストする。そして、ユーザーを観察し、洞察する。僕は過去に100パターン試したこともあります。
──さすがに100パターンは多すぎるのでは……。
 でもおもしろいことに、その中の最適解を誰一人当てられなかったんです。だから、やっぱり「ユーザーに聞け」しかないんですよ。
 こんなことを言うとクライアント企業に怒られるかもしれませんが、僕は究極のところ、短期的な結果は大して気にしていません。成功を重視しすぎると、失敗を恐れて「バットを振らないほうがいい」という判断になりかねない。
 DX改善には終わりがありませんから、バットを振り続けることが大事です。
 結果がどうであれ、そこから学習する。成功すれば最高だけど、失敗してもそれは前進です。「Aで成果が出ない」とわかれば、次の成功確率は確実に上がっているんですから。

19歳の学生に“秒で断られた”原体験

──そもそも、須藤さんはなぜ顧客体験の改善をビジネスにしようと思われたんですか?
 そこには僕の悲しい原体験がありまして……。
 2008年頃、前職のリクルートで19歳の学生アフィリエイターを取材しました。求人系のアフィリエイトで月に200万〜300万円も稼ぐ優秀な子で、思わず「うちで一緒に働かない?」と誘ったんですよ。
──スカウトしたんですね! それでどうなったんですか?
 秒で断られました(笑)。
 「スドケンさんがリクルートが楽しいと言うのはわかるんですけど」なんて、しっかり気遣いまでしつつ彼が言うには「僕は毎朝起きて『あ、これをやろう』と思いついたら、30分後には自分でサイトをいじって、お昼には結果が出ます。リクルートという大企業で、同じスピード感で仕事ができますか?」と。
 あまりの正論に「ごめん、できない。君は100%正しい」と言って引き下がりました。
 彼は徹底的に“顧客の顧客志向”を体現していました。毎日、顧客のことしか考えていない。ユーザーに「こういう体験を提供したい」と思いついたらすぐさま試して、結果が良ければそれを反映する。良くなかったら元に戻して、違うことを考える。それを誰にも邪魔されず、ひたすらやり続けている。
 デジタルの世界ではこれが正義なんです。仮説検証のサイクルを高速で回し、ユーザーに最高のサービスを提供している者だけが勝者になれる
 手順やルールに従って動く大企業が、個人にボコボコにされる社会がすぐそこまで来ているんだな、と。同時に、自分のダサさにも気がついた。「ああ、この子からすれば俺は“ダサい働き方をしている側”の人間なんだ」と。
──それがきっかけで、“顧客の顧客志向”を追求する会社を立ち上げたんですね。
 そうです。はっきり言って、顧客体験の改善の重要性なんて昔からいわれていることで、特に目新しいことではありません。でも、実行できている人はそれほどいない。少なくとも、僕はできていなかった。
 予算をかけた大型企画でモノが売れたとしても、それは単なる一発屋で、継続性はありません。でも、自分も含めてみんなその一発のホームランばかり狙いたがるし、時間とお金をかけた大規模なプロジェクトこそおもしろい仕事だと信じ込んでいる。いやあ、我ながらダサい……。
 19歳の彼のおかげで、真の顧客体験の向上は、ちょっとした改善を泥臭く、毎日積み重ねることでしか実現できないんだと目が覚めました。
 当時はUXという言葉さえありませんでしたが、ユーザーにとってわかりにくく不便なことは山ほどありましたし、大企業で働いていて、おかしいなと思うことも改善していきたかった。だからKaizen Platformという社名にして、改善を仕事にしようと決めたんです。
 さまざまな企業のDX施策をサポートしながら「僕は、あの19歳の彼みたいになれているか?」と、今でも毎日自問自答し続けているんです。