2020/10/28

“孤独”なイノベーターを救う、「4thプレイス」の真価とは

NewsPicks, Inc. Brand Design Editor
なぜ日本の大企業からイノベーションが生まれないのか。
その理由について、「日本企業には問いを立てる力が足りない」と語る2人がいる。
ネスレ時代に革新的なサービスを次々に生み出し、「大企業イノベーター」の筆頭として存在感を発揮してきた元ネスレ日本代表CEO 高岡浩三氏と、NTTコミュニケーションズにて大企業×大企業によるDXの実現を目指す共創コミュニティ「C4BASE」のマネージングディレクターを務める戸松正剛氏だ。
良質な問いを立て、イノベーションを創出するためには何が必要なのか。
大企業イノベーションのリアルを知る2人が、イノベーション創出のために企業が実践すべき取り組みについて語り合う。
インターネット、スマホ、SNS、Zoom、5G……テクノロジーの進化によって、社会はどんどん繋がっていきます。人と人、人と社会との距離を超えながら、いかによりよい未来を創っていけるのかを探る大型連載「Change Distance.」。コミュニケーションの変革をリードするNTTコミュニケーションズの提供でお届けします。

マネジメントには「目利き力」が必要だ

──高岡さんは、常に「顧客の問題はどこにあるのか」を考え抜くことの重要性を発信してきました。他に日本の大企業からイノベーションが生まれにくい、一番の理由はどこにあると思いますか?
高岡 最終的な意思決定をするマネジメントが誰も経験したことがないことを、彼らが意思決定しなければいけないということです。
 実はこれ、僕自身が一番今までネスレで経験してきたことなんです。
 日本の大企業で出世する人のほとんどは、みずから旗を振ってイノベーションを成功させた経験がない。
 だから事業コンセプトの「目利き」ができず、下の人たちが新しいことをプレゼンしてもGOサインを出すべきかどうか判断できないわけです。
 でもそれも当たり前です。大企業で評価されるのは、上司に指示されたことをそつなくこなす人間ですからね。
 多くの大企業でイノベーションを成功して出世した人は一人もいないだろうし、ネスレジャパンもそうだったんですよ。
戸松 なるほど。先ほど「目利き」とありましたが、新たなビジネスプランを各社員が毎年提出するイノベーションアワードを始め、高岡さんにはネスレ時代は社員から多種多様なアイデアが上がってきたと思います。
 経営者としてどれを高く評価し、ビジネス化にGOサインを出すかは、どのような基準で判断されていたのですか。
高岡 それは極めてシンプルです。イノベーションアワードの選考で見ていたのは2点。
 「顧客が諦めている問題」を解決する取り組みかどうかと、その問題を解決できることを説明できるかです。
 なぜなら自分のアイデアが否定されたときに、「上司が理解してくれない」と言っていては、イノベーションは絶対に起こせません。
 サラリーマンの立場でイノベーションを起こすにはどうすべきか、現実問題として考え抜かなければならないのです。
 ただ応募時点は、良いアイデアでも何の問題を解決しているのか理解しきれていないこともあるし、うまく説明できない人もいる。
 そこにどんな問題解決があるのかを見抜き、イノベーションに導くのは私たちトップや役員の仕事でもあります。
 しかし、イノベーションを起こしたこともない「目利き力」がないマネジメントが、事業プランを判断しているから、その種を見逃してしまう。
 例えばイノベーションアワードから生まれた新規事業に、「キットカットショコラトリー」という有名パティシエが監修する高級プレミアム版のキットカットブランドがあります。
 当時、世界的ショコラティエが手がける高級チョコレートがブームになる中で生まれた「職人が手作りするチョコなら高いお金を払ってでも食べたいが、大量生産のキットカットにはクラフトマンシップがない」という顧客の問題を解決する事業でした。
 でも実はこれ、「後付け」なんです。提案した本人はそこまで考えていなかったので、意味を付け足した。
 このようにマネジメントが目利き力を持って、顧客の問題解決になっているかを見抜かなければいけない。
戸松 「後付け力」は私も重要だと思っています。高岡さんが手がけた「キットカット受験生応援キャンペーン」※や「ネスカフェ アンバサダー」もそうですよね。
 キットカットやコーヒーという商品そのものの機能は変わらないが、そこに新たな意味を与えたことでユーザー体験がガラリと変わった。
※「キット、サクラサクよ。」というメッセージとともに、「キットカット=受験生のお守り」という新たなブランドイメージで訴求したキャンペーン
高岡 はい。ソニー創業者の盛田昭夫さんがウォークマンを開発できたのも、最初から顧客の問題を意識していたわけではない。
 当時は飛行機にエンタメの設備がなく、海外へ出張すると暇で仕方なかったので、会社のエンジニアに「出先で音楽を聴けるものを作ってくれ」と言ったのが始まりだそうです。
 盛田さんご本人は、自分が欲しいものを作っただけだったのかもしれない。でも実は、「飛行機で個人が音楽を楽しめるわけがない」と人々が諦めてきた問題を発見していた。
 盛田さんのように、自覚がなくても、直感的に人々が諦めている問題を解決できると思えるのは、アントレプレナーの資質なんでしょうね。

イノベーターは「孤独」になりやすい

戸松 ちなみにアイデアは素晴らしいけど、ネスレの事業との関連性が弱いアイデアが社員から上がってきたら、経営者としてどう判断されるのですか?
高岡 それが自社の技術を生かせるものならいいですが、そうでなければ却下です。自社の事業と全く関係がないところで、顧客の問題解決は難しいというのが私の経験上の答えです。
戸松 なるほど。よく「ゼロから新しいビジネスを生み出せ」とか言われますが、私は、やや誤解されやすい言い方だと思っていて。
 既存の社内アセットなど、すでに何らかの「イチ」があって、それに社外アセットも含めて組み合わせることで顧客の問題解決に対する新しい意味付けに至るのだと考えています。
 自社のアセットを生かせないなら「却下」という言葉をお聞きできて、改めて理解できました。
高岡 かねがね言っていることですが、イノベーションの起点は「顧客の問題を見抜くこと」に尽きます。
 そしてその問題は、すでに顧客が認識している問題なのか、顧客が「解決できない」と諦めている問題なのか。もし後者であれば、そこにはイノベーションを起こすチャンスがあります。
──戸松さんご自身も新規事業創出の実践の場として、「C4BASE」を運営されています。
戸松 「C4BASE」は、大企業で新規事業創出やDX推進に取り組む人たちが集まり、会社・家庭・個人のコミュニティとは別の「4thプレイス」を目指している共創コミュニティです。
大企業の中で旗を振っている人は“孤独”を感じやすいので、悩みなど共有できる環境づくりを心掛けています。
──孤独ですか?
戸松 高岡さんのように大企業でイノベーションを担う人は、私も含めて組織の中で本業とは違う場所で活動する、いわば「亜流」の存在になりがちだと思っていて。
 例えばトップダウンで新規事業を任され、「新しいことをやるから君に任せたぞ」などと言われるわけですが、その割には本業との間に生じる軋轢を収めてくれないし、「じっくり取り組んでくれ」と言われても、しばらくすると急に「いつ結果が出るの?」などと言い始める。
 また、本業の人たちからもすぐに収益が出ない活動は、冷ややかな目で見られがちです。
高岡 その孤独感はすごく分かります。
戸松 いつしか経営陣や社内に対して「何のためにこれをやっているのか」をアリバイ的に説明すること自体が仕事になっていく。
 そして「自分は何の問題を解決しようとしているのか」という、そもそもの目的を忘れてしまいがちだと思うんです。
 だから私たちは、C4BASEを孤独なカタリスト(組織の中で触媒になる人)たちが集まって語り合える場にしたいと思っています。
 実はこの対談で高岡さんに伺いたかったのも、そうした大企業のイノベーションの担い手を救うために、高岡さんご自身は何を大切にされていたかということなんです。
高岡 そうですね。私の経験上から答えると、適正に人を評価する仕組みづくりが不可欠だと思います。
 ネスレ時代に「イノベーションアワード」という仕組みを作ったんですが、初年度は社員3000人のうち69人しかアイデアの応募がありませんでした。
 そこで翌年はイノベーションアワードの成果を、全社員の人事評価に2割反映することにしました。そうしたら、応募者が前年の10倍に増えてですね。
戸松 なるほど。アイデアやイノベーションをしっかりと人事制度として評価する。
高岡 ええ。しかも面白いのが、イノベーションアワードで大賞を取る人たちは、人事評価においてはハイパフォーマーではないことが多いんですよ。
 要するに、本業の人事評価が高い人と、実際にイノベーションを起こす人は一致しない。
 旗を振る人が孤独になるのも、社内での評価のされ方に問題があるわけです。イノベーションを起こしたいなら、新しいことに興味を持ち、実際に行動できる人を高く評価する仕組みが必要です。
戸松 高岡さんのお話は、自身の経験から語っていただけるのですごく納得感があります。今日はありがとうございました。これからも大企業の中で旗を振る孤独な人たちのために取り組みを続けていきたいと思います。

「意味」こそがサービスの価値を高める

大企業×大企業による共創コミュニティ「C4BASE」。C4BASEの共創プログラムは、テクノロジー(技術)、クラフト(手作り感)、アート(芸術)の3要素で独自の「トライアングルアプローチ」を構成しているという。その理由とC4BASEに懸ける思いについて戸松氏に追加インタビューを実施した。
──一見、ビジネスとあまり関係なさそうに思えるアートを起点としたビジネス創造に、共創コミュニティである「C4BASE」が取り組む理由を教えてください。
戸松 それは、役立つだけではなく「意味のある」ビジネスを作りたいとの思いからです。
 現在のような課題が見いだしにくい時代では、課題解決ではなく、課題そのものを提起することが大事になる。だから、デザイン思考のような課題解決型だけではなく、自らの思いを起点としたアート的な課題提起型の発想が必要です。
 ミラノ工科大のロベルト・ベルガンティ教授が、「意味のイノベーション」※という考えを提唱しています。
※米国を中心に普及してきたイノベーション手法であるデザイン思考に対し、ミラノ工科大学のロベルト・ベルガンティ教授が提唱しているイノベーション手法。
 ベルガンティ教授は、社会や価値が激変するときには、従前の前提に疑問を投げかける必要があり、答えは、どのように(HOW)ではなく、なぜ(WHY)の中にあると主張しています。
 そして、そのメインメッセージを簡潔に表せば、「表面的でないイノベーションを起こしたいのであれば、解決手段(SOLUTION)ではなく、意味(MEANING)を熟慮すべき」ということになる。
 例えば、任天堂のWiiがその事例として分かりやすいです。
 高解像度のゲーム機開発に各社こぞって取り組む中、「ハードウェアの性能競争」という路線からあえて外れた。
 「家庭・家族に溶け込めるゲーム機」という新たな意味を作り出し、優れた体験価値を生み出しました。
 このように、意味のイノベーションを起こすことが重要だと思っていて。「それは本当に今解くべき問いなのか?」を議論する場所が必要なんです。
 だから私たちは、自らの思いを起点としたアート的発想を大切に、ビジネス創造に取り組んでいます。
──なるほど。どのようにして、今のようなアプローチに辿り着いたのでしょうか?
 実は今の状態に辿り着くまでには、紆余曲折を繰り返していて。
 C4BASEは元々、4年ほど前に「オリンピックを見据えて新たな挑戦をしたい」というところから始まっています。当時は、恥ずかしながら、同じ思いを持つお客様とビジネスの未来について語りたいね、という程度の趣旨で作った研究会的なものでした。
 今では、「大企業×大企業の共創コミュニティ」という明確なコンセプトがあるものの、実はスタートアップをマッチングするような機能にトライしていた時期もあって。
 当時は、かなり迷走してましたね(笑)。
 それに、C4BASE自体も、会社の中では、本流の活動として認知されておらず、まさに亜流でした。
 「結局、何がやりたいの?」と社内外の人から無言の圧力もありました。それで、コミュニティのご意見番的な会員の方々に素直に相談したんです。
 私たちの「どこに価値を感じてくれてるんですか?」って。
 今さらNTTコミュニケーションズにスタートアップのマッチングなんか全く求めてないってハッキリ言われてしまいました(笑)。
 当たり前ですよね。大企業の会員の人たちは、すでにシリコンバレーなどに拠点を持つなどして、スタートアップとの連携は、それぞれで進めているし、私たちに頼るメリットがない。
 むしろ、大企業同士の強みの掛け合わせに可能性を感じるからこの場にいるのだと言われ、その通りだなと。それから、今の大企業×大企業のコンセプト1本でやっていこうと腹を括りました。
 私たちが「やるべきこと」と「やらなくていいこと」を考えた結果、例えば、スタートアップとコラボする機能は、他のコミュニティやアクセラレーターの方にお任せしようと判断しました。
──なぜ「大企業×大企業」のコンセプトに決めたのですか?
 いわゆる日本の大企業は、社数でいえば全体の1%にも満たないんですが、従業員数は1400万人以上で、全就業者の3分の1も占めていている。
 根本にあるのは、このような大企業同士が組むからこそ、解決できる社会課題のスケールの大きさや、大企業の中で挑戦者が増えることにより実現する社会的なインパクトを信じているということです。
 次に、私たちが一番価値を発揮できる場所を考えたとき、元々、大企業の顧客を多く抱えていることもあり、同じ悩みを持つ大企業の人たちとコラボした方が相性が良いと。
 でも一番大きいのは、私自身が「大企業の個人としての挑戦者」のために何かしたいという思いですね。
 私自身、C4BASEの立ち上げも含めて、少なからず「孤独」を経験してきていますので、同じ大企業の挑戦者の人たちの悩みは痛いほど分かります。
 大企業イノベーターの人たちって、自分を発信できる場所が少ないんです。良質な問いは持っているけど、大きな看板を背負っているが故に勝手に発信できなかったりする。
 だからこそ、ある程度のクローズドなコミュニティであるC4BASEでは自由に発信してほしいし、それが4thプレイスとしての本質だと思ってます。
 思いはあるけど、誰と組めばいいんだろう、どこを目指せばいいんだろう、そんな悩みを感じている人にこそぜひ参加してほしい。あなたの旗を立てる場所が、きっと見つかるはずです。
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