2020/10/21

“MaaS”が生まれる前から「モビリティ革新都市」ウィーンに学ぶべきこと

牧村 和彦
一般財団法人計量計画研究所

モビリティ政策の最先端都市・ウィーン

昨今では耳にすることも多くなった「MaaS(Mobility as a Service)」。
この言葉が登場する前から、複数の交通機関をシームレスにつないだ「マルチモーダルな移動サービス」を行政主導で進めてきた先進的な都市がある。
オーストリアの首都ウィーンだ。
ウィーンでは、「自動車を所有せずとも移動できる社会」の実現を目指した革新的なビジョン、「Urban Mobility Plan Vienna STEP2025」を2013年に策定している。
ビジョンを実現するにあたり、ウィーンでは市民に自家用車から公共交通機関へのシフトを促す「地域交通の再生プロジェクト」を行ってきた。
たとえば、各鉄道路線とバスの乗り継ぎを調整することで、運行本数を減らしながらも、ドアtoドアの移動時間は増加させずにスムーズに移動できるようにした。
これは「インテグラル・タクトダイヤ」と呼ばれる手法で、コロナ禍のロックダウンや運行制限でもスムーズな移動を実現する要因となった。
計画の最終目標年である2025年には、「20:80」という定量的な目標を掲げている。
自家用車の利用率を20%に減らし、それ以外の交通手段の利用率を80%まで上昇させるるということだ。

市内全ての移動にスマホからアクセス

この目標を実現すべく、ウィーンではMaaSの取り組みも積極的に行われている。
欧州最大手・フィンランド発「Whim」や「TIM」など、MaaS領域のグローバル企業が数多くのサービス展開している。
何より、自国由来のサービスが充実しているのも素晴らしい。ウィーン市内の移動は、2017年6月にリリースされた市交通局のアプリ「WienMobil」があれば十分だ。
バスや路面電車、地下鉄だけでなく、駐車場やタクシーやレンタカー、自転車シェアリングやカーシェアリング、電動キックボードなど、市内の利用可能なすべての交通機関にスマホからアクセスできる次世代の移動サービスだ。
(martin-dm/iStock)
リアルタイム情報にアクセスできるだけでなく、チケットの購入、予約、あるいは組み合わされた移動手段の予約、決済まで行うことができる。
まさに「ワンストップ・モビリティ・ショップ」を、世界に3年も先駆けて展開しているわけだ。
市民にも好評で、100万人以上の市民がダウンロードしている。日常生活に浸透しているMaaSの好例であろう。

移動×エネルギーの次世代プラットフォーム

そのデータ基盤を担っているのが、2017年に市が設立したスタートアップのUpstream社だ。市交通局が51%、市の電力会社シュタットベルケが49%出資している。
交通事業者と地元電力会社が連携したことで、「移動とエネルギーの融合」が実現した。次世代の移動エコシステム構築への挑戦ともいえよう。
彼らは市内すべての移動サービスを一元化したプラットフォームを構築しており、交通事業者とMaaSオペレータをつなぐ役割を担っている。
設立当初は6人の従業員からスタートしたUpstream社だが、現在は50人を超える従業員がMaaSのB2Bビジネスに取り組み、事業は拡大を続けている。

「車がなくとも移動できる」を実体験に

また、市では、公共交通とカーシェアリングや自転車シェアリングなどを統合したモビリティハブを積極的に投資してきた。
例えばSimmeringer Platz駅では、EUのプロジェクトSmarter Togetherにより、エネルギーや物流と移動サービスとを連携した先進的が取り組みが進められている。
ここには、電動アシスト自転車やカーゴバイク、カーシェアリングや充電ステーション、情報端末などが配置されている。
このエリアの住民であれば、自動車がなくてもさまざまな手段で移動ができるのだ。
「モビリティハブに来れば多様な移動サービスが利用できる」というフィジカルな空間を提供している。
欧州では「カーゴバイク」も一般的なモビリティのひとつだ(J2R/iStock)
これまでの政策は、充電ステーションのみを配備したり、シェアリングサービスを個々に展開していくものであった。
この取り組みでは、充電ステーションと電動モビリティ・移動サービスを一体で展開している。ここで注目すべき点は、まさに先述の「移動とエネルギー」の両輪にある。

使われなければ意味がない

グリーンエネルギーと電動モビリティの利便性を市民に周知していくことで、環境に配慮したクリーンな移動を緩やかに浸透させていく狙いがあるだろう。
これまでにも多くの電動モビリティが登場しているが、広く市民に使われなければ環境配慮の意味もない。
保有するにはまだ高価な電動モビリティを、市全体で「シェア」すればクリーンな移動が実現し、市民の認知も高まることになる。
環境配慮やグリーンエネルギーの浸透は、市民への認知と実体験としてのメリットがないとすすまない。
モビリティハブの利便性は、まさに「使ってみよう」という市民への動機となるはずだ。
こうして、ウィーンでは質の高い物理的な空間(モビリティハブ)を整備しながら、バーチャルなマルチモーダルサービス(アプリ)を充実させている。
市民はスマホ一つで様々な移動手段が得られるし、移動体験がスマートかつクリーンなものになることで、地域の持続可能性が高まっていく。
今、世界中で、様々なプレーヤーが、マルチモーダルな移動サービスの実現を目指している。
本当に実現するためには、ウィーンのように、「魅力的でワクワクする交通手段」と、それを「実際に使える、簡単に使える物理的な空間」という2軸が重要だ。
無人で24時間営業し、チケットレスでキャッシュレス。モビリティハブが地域に充実することは、未来のまちづくりの重要な核になることだろう。