「DX期待症候群」克服を
SmartTimes 大阪大学教授 栄藤稔氏
「デジタル変革」というお題で講演を依頼されることが多くなった。デジタルトランスフォーメーション、略してDXと呼ばれ、情報技術を用いて企業の諸活動を効率化させること、これまでの事業モデルを変えて新たなイノベーションを起こすことを指す。DXは一躍トレンドとなったが、混乱も起きているようだ。
「デジタルは大事だ」とは思うが、何から手をつけていいか分からないという経営幹部は多い。一方で、「DXというバスに乗り遅れるな」という同調圧力によってとりあえずPoC(Proof of Concept)という概念検証をやってみるが、それを繰り返すだけで何も進まないという事態も顕著になっている。つまり、DXが目的化しているだけの状況に陥っており私はこれを「DX期待症候群」と呼んでいる。
価値創造に必須のPoCは、デジタルによって新しい事業を作るための第一歩だが、多くは失敗する。多くの失敗の中から次の打ち手が見える。問題なのは、「事業責任を持たない部署が人工知能を使ってとりあえずやってみました。面白いでしょ」という流行に乗っかっただけの行動だ。もうけに対する強い執着の上にPoCがあるべきなのにそうなっていない。逆に事業に真摯に向き合ってDXに成功した場合でも、生存者バイアスがかかって肝心の克服すべき課題が外から見えにくくなる。
DXをお題とするセミナーを聴講し、関連する書籍を読んでいると、どうしてもフワフワした印象が漂ってしまう。なぜDXなのか、なにが課題だったかという実際の現場で戦った人の話がない。結局、入ってくる情報を「自分ごと化」できないのだ。
あなたが中堅の小売企業の社長でDXを推進する環境にあるとしよう。まず事業戦略として現業のもうけを伸ばしたい、現業だけでは不安なので次のもうけのタネを仕込んでおきたいという2つの目的があり、それを実現する道具としてデジタルを位置づける。
そして、日ごろから今、何がどのように売れているか知り、そのためのサプライチェーンマネジメントの最適化をデジタルでやる。扱う商材と販売機会も増やす。次に世の中はオンラインショッピングに変わろうとしていることを察知し、ネット注文と物流倉庫の新規事業を立ち上げておこうと考える。
例えばこうした取り組みが、社長のやるべきDXの定番だろう。DX期待症候群を克服するには第一に事業戦略とDXを一体で考え、第二にどうやって環境を整え実行するかがカギとなる。デジタル化に合わせて社内プロセスを変え、現場にこれまでの仕事のやり方を変えてもらうかなど課題も出てくる。DX実行力がある専門家はまだ少ない。会社の枠を超えた個人と組織の連携に期待したい。
[日経産業新聞2020年10月9日付]
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