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「寂しいから妊娠」在日ベトナム人の孤独…「私たちにも目を向けて」日本社会とのつながりを求めて
在日ベトナム仏教信者会の会長、ティック・タム・チーさん(撮影:樋田敦子)

「寂しいから妊娠」在日ベトナム人の孤独…「私たちにも目を向けて」日本社会とのつながりを求めて

新型コロナウイルスの感染拡大で、状況が一変したのは日本人だけではない。日本に暮らす外国人たちも、仕事が減ったり、解雇されたりして困窮に直面している。

現在、日本で暮らす外国人の出身国をみると、1位が中国、2位が韓国、そして3位がベトナムだ。コロナ禍を在日ベトナム人(約41万人)たちは、相互扶助や同郷人団体の支援でなんとか乗り切ろうとしている。

彼らを支援している在日ベトナム仏教信者会(以降、信者会)の会長、ティック・タム・チーさん(42歳)は、「日本にいて、日本人と同じように働くベトナム人実習生にも目を向けてほしい」と話す。(ルポライター・樋田敦子)

●バラ色からブラックにイメージが一変

今年9月、台風10号の大雨の影響で、宮崎県椎葉村で土砂崩れが発生。4人が行方不明となるが、一番最初に見つかったのがベトナムからの技能実習生、グエン・ヒュー・トアンさん(22歳)だった。建設業で働くトアンさんは、勤務先の家族などとともに土砂にのまれた。

「悲しい出来事でした。私は、念仏を唱えながら彼の魂がベトナムに帰れるように祈りました。食糧支援を支援を呼びかけた4月22日以降、これまで23人の葬式をしました。地方の中小企業の生産を支えている、若い人たちが亡くなっていくのはとても残念なことです」

タム・チーさんはそう話す。

1993年から日本は、外国人の技能実習生を受け入れている。発展途上国の人材育成や日本の技術を伝えるのが目的で、受け入れ側としては、安い賃金で長時間労働を確保できる利点がある。

特に地方では、高校を卒業して都会に出ていく高卒就職者たちを補完する意味でも実習生は重宝され続けてきた。2019年には改正入管法が施行され、深刻な人手不足に対応するため、在留資格「特定技能」が創設され、さらに門戸が広がった。法務省の調べによると、同年末の時点で、外国人実習生は約41万人で、トップがベトナム人の21万人だった。

しかしその労働実態は、最低賃金以下で働かされたり、残業代の未払い、暴力、暴言、セクハラ、パワハラなどの虐待も数多く発覚している。

「来日する前、ベトナムの会社(送り出し機関と呼ばれる民間会社)では、日本が魅力的な国だと良いことばかりを言います。そのため実習生たちは、日本はピンク色だと思って来日するのですが、地方に送られて仕事をしてみると、ブラックな実態だと初めてわかります。

私は来日して20年になりますが、日本も、日本人も、日本の文化も大好きですよ。こうやって実習生たちの日本に対するイメージが悪いほうに変わっていくのは、つらいのです」(タム・チーさん)

少数ながら、中には実習生として来日し、夢を実現できた人もいる。

埼玉県鴻巣市の縫製工場で働いていた女性は、借金を抱えて来日したが、社長がきちんとした人で、残業代も含めて20万円以上の給料を支払ってくれた。まじめに働いた彼女は、職場の日本人からも愛され、妊娠がわかったときも、親身になって相談にのってくれたという。

給料からベトナムにいる家族に仕送りし、さらにお金を貯めて小さいけれど故郷に3階建ての家を建てられた。実習期間が終了し、いったんは帰国。その後も「特定技能」で再来日し、今も元気に働いている。

「実習生の将来は運次第でしょうか。良い会社に入れば彼女のような生活が送れる。でも来日するときは、どの会社にもきちんとしたルールがあったはずです。なのに企業はルール守らないブラック企業だったりするわけです。

良い会社だから良い運、ブラックだから悪い運ということでは済まされないと思います。日本にやってくるベトナム人みんなを幸せにしてくれる企業であってほしい」(タム・チーさん)

●日本で学びたいをかなえるために来日する留学生たち

実習生だけではなく、留学生も日本に希望を抱いてやってくる。

神奈川県の新聞販売店で働くトゥ・ワンさん(19歳)は、日本語の専門学校に通っている。

「高校3年生のときに、ベトナムの大学に通うかどうか迷いました。しかし、日本は経済が発展しているし、日本流の経営を学びたいと思い、日本にやってきました。挨拶や敬語など日本式のコミュニケーションを身につけて、企業の営業の仕事がしたいのです」

学校と仕事で毎日が目まぐるしく過ぎていく。留学生ビザで来日し、住民基本台帳に登録しているため、特別定額給付金も支払われ、給料はきちんともらえているが、彼には不満がある。

「上司がとても不公平なんです。日本人の同僚には言わないのに、私にだけ怒りをぶつけてきます。怒られるようなことはしていないのに、なぜか私だけ怒られたりもします。最近では我慢も限界になってきています」

●「日本での留学経験は何事にも代えがたい」

5年前に来日し、千葉県にある千葉秀明大学観光ビジネス科に通うグエン・ライさん(26歳)。彼女は日本に滞在したことのある親戚に勧められて、日本の大学を目指した。

「ベトナムで大学に通っていたのですが、両親の介護で、半年で辞めざるを得なくなりました。その後、日本には学ぶことがたくさんある、と周囲の勧めで日本に来ました。最初の2年は新聞販売店で働きました。日本語学校の学費も返済不要の奨学金がもらえ、給料も月10万円ほど出たのです。その中から少しずつ貯金して、入学金に充て、17年に大学に入学しました」

大学に入学してからは、2つのコンビニでバイトを掛け持ちしながら、学費と生活費はバイトで稼いだ。しかし、このコロナでバイト生活に変化が出てきた。

3月末からの2週間、仕事に入れることが1度もなく、ついに収入は途絶えた。1つのコンビニのバイトはなくなった。別のコンビニのバイトは復活。今もそこで働いている。

熱心な仏教徒も多い(撮影:樋田敦子) 熱心な仏教徒も多い(撮影:樋田敦子)

「コンビニの店主が良い方で、『自分の子どもだと思って守ってあげる』と言ってくださって、大学を優先して働けるシフトも作ってくれています。住まいもコンビニの方に紹介してもらったところで暮らしています。いちばん大変なのは学費。大学に頼んで、何回かに分けてもらい納入しました」

熱心な仏教徒のライさんは「すべてご縁です」と、話す。大学、コンビニに加え、さらにホームレス支援のボランティアにも参加する。「同郷の人や、路上生活者の高齢者のおじいちゃんと話していると、落ち着くんです。私にとっては、ここで出会う人たちが宝物です」。

来年3月に大学を卒業したら、ベトナムに帰るつもりでいる。両親の健康に不安があるので、帰国して一緒に暮らしたいという。

「私が学んでいる観光は、このコロナの影響で求人もほとんどなく、就職は難しいと思うのです。今の生活は苦しいですが、日本での留学経験は何事にも代えがたいと思っています」

●日本の社会とつながれない人たち

日本社会とのつながりを求めて(撮影:樋田敦子) 日本社会とのつながりを求めて(撮影:樋田敦子)

タム・チーさんは、社会とつながれないベトナム人たちのことを心配している。

実習生、留学生とも正規の在留資格があるので、健康保険証を持ち、3割負担で医療が受けられる。が、中には、保険証を持っていないので、実費を負担している人も。短期のビジネスビザでやってきて、脳内出血を起こし、大学病院のICUで何日も過ごした人がいたこともあった。

「この人から『日本人でも払えないような高額な医療費を請求され、どうしたらいいか』と相談を受けました。病院に掛け合って、日本の補助金をもらって支払いましたが、せめて医療だけでも人命を尊重して多くの助成を受けられるような制度があったらいいと思いました」

そしてタム・チーさんを悩ませているのは、人工妊娠中絶で多くの小さな命が奪われていることだ。3年で50人ほどを供養してきた。当事者には「きちんと懺悔をして供養しなさい」というが、中絶の数は減らない。

「ベトナム人たちは、日本人とつながりたくてもつながれないのです。日本人同士でも人間関係は希薄になっており、そんな社会に外国人は入り込めない。実習生たちは相談もできずに孤立しています。送り出し機関も監理団体も、企業もその中には入りません。

彼らは寂しいから同郷の人と会い、関係を持って妊娠します。妊娠が分かれば、仕事を辞めて帰国をしなければならなくなる可能性だってあります。出産費用も高いので、中絶をするのです。

この困窮が、ベトナム人を孤立に追い込まないように、私たちも支えていきますが、日本人のみなさんにも、国内で働く外国人たちに目を向けてほしいと思っています」

日本人同様、コロナ禍で苦しんでいる在日外国人がいる。そう意識することで、ともに支え合っていくことができるのではないか。そして単に労働力とみなさずに、社会の一員として長期労働できるような移民の仕組みを、再構築していくべきではないだろうか。

【取材協力】ティック・タム・チー。在日ベトナム仏教信者会会長。寄付は「ゆうちょ銀行(名称)ザイニチベトナムブッキョウシンジャカイ(記号)10170 (口座番号)83642461」まで。

【執筆】樋田敦子。明治大学法学部卒業後、新聞記者を経てフリーランスに。雑誌でルポを執筆のほか、著書に「女性と子どもの貧困」「東大を出たあの子は幸せになったのか」等がある。

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