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決済システムを超えて。CBDC as a programmable moneyー中銀デジタル通貨についてー

どうも、すべての経済活動を、デジタル化したいLayerXの福島です。

本日は今日出たビッグニュースにからめてCBDC(中央銀行が発行するデジタル通貨)についてです。

早速ですが、こちらの記事。歴史的な内容かと思います。

日銀は中央銀行が発行するデジタル通貨(CBDC)の実現を見据えた準備を加速する。2日に技術面の論点をまとめたリポートを公表し、課題解決に向けて実証実験に乗り出す方針を明らかにした。現金を介さないデジタル決済の需要が高まり、中国などの発行計画も進むなか、日銀も出遅れないように踏み込む。

本日、日銀からもリリースが出ています。

pdf本文にはこういった記述があります。

上記のうち、概念実証フェーズ1は、2021 年度の早い時期に開始する
とを目指している。

今までも日銀はProject Stellaにおいて、主にDLTの決済システムの応用を検討していました。

https://www.boj.or.jp/announcements/release_2017/rel170906a.htm/

https://www.boj.or.jp/announcements/release_2018/rel180327a.htm/

https://www.boj.or.jp/announcements/release_2019/rel190604a.htm/

https://www.boj.or.jp/announcements/release_2020/rel200212a.htm/

一方、これらはあくまで金融機関での閉じた決済システム(いわゆるホールセール決済)に限定した議論であり、民間(一般ユーザーや非金融機関の企業)も含めたCBDCの実証実験に関する言及はおそらく初めてではないでしょうか。

CBDCとは

まずCBDCとは何でしょう?

ビットコインと仮想通貨との違いは?電子マネーとは何が違うの?CBDCと現在の決済システムとの違いは?なぜCBDCにブロックチェーンを使うの?など非常に素朴な疑問があります。

CBDCとは中央銀行が発行するデジタルマネーです。細かい類型(ホールセール/リテール型, アカウント型とトークン型)はありますが、まあそういうものもあるんだなぐらいに頭の片隅に入れておいてください。

CBDCは国が発行するものなので、仮想通貨や電子マネーとは根本的に立ち位置が違います。仮想通貨はインセンティブシステムと流動性によって価値が担保されてます。電子マネーは(一般には)一企業の信用のもと、"限定された"経済圏でのみ流通するものです。

一方、CBDCは国が発行するものなので、仮想通貨的価格変動はありません。また仮想通貨のようにマイニング(もしくはステーキング)で新規発行されるのではなく、国が金融政策に基づいて発行量を決めていきます。したがって極めて中央集権的な発行になります。

また、CBDCは法定通貨の一種として定義されるので、受け取り側はCBDCでの支払いを拒否できません。これによって"限定されてない"経済圏で流通することができます。「うちはPayPayでは支払えません」とか「うちはクレジットカード使えないんですよ」とかそういったものがない世界と考えてもらうとイメージが湧きやすいかもしれません。(うちは現金だめなんです、みたいなのは聞いたことないですよね。あれは“強制通用力“が日本銀行法で定められているので、法律で受け取らないといけないと決められてるからなんです)

また、CBDCには「決済ファイナリティ」があります。これは後述で詳しく解説するのですが、ざっくりいうと「取引」と「その確定(=価値の移動)」には時差があり、この時差が多大なコストを生み出していると考えてください。

まとめるとCBDCと仮想通貨、電子マネーの違いは

①価格が変動しない

②利用が制限されない(少なくとも日本国内では受取拒否がされない)

③決済ファイナリティがある

これらが一般的に見られる特徴であるといえます。

私が、経営するLayerXではこの3点に加えて④決済「プラットフォーム」としてのCBDC という価値を提唱しています。

詳しくは後述しますが、決済、すなわち「取引」にたいして適切なメタデータを付加できること、またある条件にたいして実行されるプログラムを埋め込めることにより、単に「決済リスク」を抑えるのではなく、「お金周りのプログラム経済圏」(ファイナンスの円滑化、契約や受発注書に基づく自動執行、プログラマブルな与信、監査やコンプライアンスの透明化・執行化・簡素化、給付金や税金のプログラム化などの行政のスリム化etc)を構築できるインフラという点にこそ、CBDCの真の価値があると考えています。

「決済システム」の意義

日本はすでにCBDCが存在

さて、決済システムに詳しい人は一つ疑問に思うかもしれません。日本にはすでに「全銀システム」「日銀ネット」という決済システムが存在し、これはすでにCBDCとして機能しているのです。

たとえばある人に高額な資金移動をしたいとき、銀行に行って、大量の現金をおろして人に渡すみたいな決済をする人はほぼいないと思います。多くの人はネットバンク(もしくはアプリで)送金を指示するだけだと思います。そしてこの裏で「全銀システム」「日銀ネット」が動くことで決済ファイナリティも確保しています。ここらへんの仕組みを詳しく知りたい方は名著「決済システムのすべて」を読んでみてください。

あれ、これCBDCで実現したいことがすでにできていますよね?じゃあなぜCBDCみたいな話がいま出てきているのだ?という話は次の章でお話します。

まずここでは決済リスクというものについて説明します。

決済リスクとは

決済には「ファイナリティ(=確定)」という概念があります。

ファイナリティという概念はまた厄介なのですが、たとえば電子マネーや銀行預金(預金債権)は一般に法定通貨のように扱われますが決済ファイナリティがありません。企業は潰れますし、銀行も潰れます。決済というのはある種の支払いの連鎖で手元にある現金よりも多くのお金がぐるぐる回っています。ですのである1ポイントがつぶれると連鎖的にこの決済ができない、この決済ができないとなりその決済システムは崩壊してしまいます。このようなリスクを「システミックリスク」といい、影響範囲が金融市場全体へと広がる可能性があります。こうしたリスクを抑えるために「取引の実施」と「(法定通貨的意味での)価値の決済」をできる限り近くする、できれば即時で決済を確定することができればこのリスクは極小化されます。CBDCの意義として、この決済リスクを極小化する、決済ファイナリティがある電子マネーであると考えることができます。

実際決済リスクが顕在化するようなことはあるのか?と思われるかもですが、例えば「証券」と「お金」の交換には現在T+2日(つまり取引の後2日後に決済が「確定」する)かかります。また銀行間の送金なども、1億円未満の決済に関しては、即時決済されず、決済システム(日銀ネット)において決済ファイナリティが得られるまでは、決済が「確定」していません。これが確定される前に銀行や証券がつぶれてしまうとそのお金はとりっぱぐれてしまうわけです。そういったことがおらないように、各国の中央銀行やそのネットワークに参加する民間銀行、金融機関は、決済システムに対して多大な投資をしているのです。

CBDC(というよりは決済システム)というものはこういった決済リスクをいかに下げるかを念頭に開発されてきました。日本でいうと1988年からこういったシステムが稼働し始めています。これは世界でも類を見ない早さであり、日本のデジタル決済は世界最先端だったわけです。

一方時代は、インターネット=>スマホの登場によりどんどん進化していきます。もはや説明不要なくらい認識がひろがった、「Alipay, wechat経済圏」のように、インターネットはもはや情報の世界だけでなく、お金やリアル経済まで巻き込んだ巨大金融エコシステムとなっています。Fintechやプログラマブル金融の世界が到来し、「決済システム」に求められる役割が当時想定したものよりも遥かに広がりつつあるというのが、今CBDCが盛り上がっている理由だと私は考えています。

決済システムを超えて

では、日本でのCBDCの意義、今後の発展性の方向を考えてみましょう。

詳しくは後述しますが、決済、すなわち「取引」にたいして適切なメタデータを付加できること、またある条件にたいして実行されるプログラムを埋め込めることにより、単に「決済リスク」を抑えるのではなく、「お金周りのプログラム経済圏」(ファイナンスの円滑化、契約や受発注書に基づく自動執行、プログラマブルな与信、監査やコンプライアンスの透明化・執行化・簡素化、給付金や税金のプログラム化などの行政のスリム化etc)にこそ、CBDCの真の価値があると考えています。

冒頭で軽くこうまとめました。

日本のCBDCに必要なのはタイトルにも書きましたが、「CBDC as a programmable money」という要素だと思っています。

これは従来の電子マネーと何が違うのでしょう?お金をプログラマブルにとはどういうことでしょうか?

まず日本のCBDCにおけるポイントは、お金(ないしは取引)にたいしてメタデータを紐付けやすくすること+取引の発生をプログラムで実行できること、他のアプリケーションに容易に組み込めることであると考えています。これが実現されないのであれば、(筆者独自の意見ではありますが)わざわざ多大なコストを掛けて改めてCBDCなるものを作る意味はないとすら思っています。

(注: こういった決済システム自体の拡張はZEDI(全銀EDI)などでも実現に向けて動いています。また銀行APIの開放によって、取引をプログラマブルに実行できる、他のアプリケーションに容易に組み込めるみたいなことも実現していくかもしれません。ので日本のCBDCは既存のシステムの拡張でも達成しうるのかもしれません。筆者としてはより使いやすく、安価なプログラマブルマネーが提供されることが正義であり、そこにCBDCというラベルがつけられようが、既存決済システムの拡張というラベルがはられようがどっちでもいいと思っています)

もう少し具体的に見てみましょう。LayerX社で取り組んでいる証券や保険の例をあげます。

プログラマブルなお金があるとたとえば、ある契約にたいしてお金の流れを含めて全て執行されるサービスが作れます。

例えば証券領域では、前述した「証券」と「お金」の決済を同時で行うDVP決済や、一定の条件を基になされる配当など、プログラマブルなお金があることで効率化できる面があります。ここでは配当を見てみましょう。配当とは要は、その会社のシェアをいくらもってるか?どの期間もってたか?会社の配当原資からどれくらい配当可能か?というデータが有れば自動的に実行できます。

現実ではこういった配当を実行するために、大量のアナログリソース、紙、目視の確認や手入力などが行われています。その主要因はやはり、「〇〇というデータが有り、そのデータにひもづいてお金を動かす」というデジタルインフラがないからです。これ以外にやりようがないのです。

covid-19以降、DXの推進が急務な中、こういった契約に基づく執行や価値の移動(特にお金の移動)をデジタルに行うのは現状では非常に困難であり、いまのままだとアナログにやるしかありません。こういった分野にプログラマブルマネーは生きてくるでしょう。

保険はどうでしょう。保険もある意味で契約の自動執行と言えます。保険契約上に決められた損害を、調査員がチェックし、承認されたらお金が振り込まれるといった仕組みです。実際振り込まれるまでに1ヶ月以上かかるといったこともざらです。チェックをどうデジタル化するのかみたいな課題はありますが例えば飛行機や電車の遅延保険、天候保険などはプログラマブルマネーがあればすでにアナログ作業いらずで作られます。将来車や家などのIoT化が進めば自動車保険、火災保険なども、調査員がチェックし、承認してお金を払うみたいなアナログ業務がデジタルで自動で行えるようになります。大手保険会社だと、このアナログ業務に年間100億円近い人件費を投じています。経営インパクトも大きいでしょう。

その他、受発注書や契約書に支払いトリガーを埋め込めれば、信用の低い中小企業でも素早いファイナンスやファクタリングサービスが受けれるでしょう。まだ月末の支払い業務や経理業務なども確実に軽減されるはずです。

プログラマブルマネーがあれば行政サービスも変わります。今回の給付金の配布には一説によると1500億円の事務コストが発生したと言われています。また給付金の意義から考えるに実際に受け取るまでに1ヶ月以上かかるというのは致命的です。これらもお金をプログラムで動かすことができれば低コストでより迅速に給付できたはずです。

将来は確定申告や、税務調査などもすべてプログラマブルマネーにひもづいたデータを提出すれば終了みたいな未来もあるでしょう。

このようにお金とデータが紐づく世界は今全くデジタル化されてません。ここがデジタル化されることで短期的には上記のような効率化。中長期では、今我々が想像だにしないようなパーソナライズなきめ細かい金融サービスを誰しもが受けられる世界になるでしょう(今やインターネット上の情報がすべてパーソナライズされているように)

CBDCにブロックチェーンがなぜ検討されてるか

大前提、CBDCはブロックチェーンを使うことを前提としていません。すでに既存の全銀システム+日銀ネットがCBDC的な役割をある一定果たせていることを考えると、CBDC=ブロックチェーンのように思考停止するのではなく、技術はフラットであるべきですし、最適なものが選ばれるべきと考えます。(実際私が参加するフォーラムでもそのような冷静な議論がなされています)

加えて、CBDCは、ビットコインのような中央の管理者をおかずに発行量を変えられない決済システムとして運用するといったような、中央管理者を前提としないシステムではありません。

ではなぜCBDCにブロックチェーンをインフラとして使う話が世界中でされているのでしょう?(実際に中国やカンボジアのCBDCはブロックチェーンをベースに発行されています)

それはお金・決済という公共性の高いシステムに対して求められる、検証性・監査性を高いレベルで実現するため、と私は考えています。

ブロックチェーンはトランザクションをつないでいく台帳構造をもちます。仮に、中央銀行のみがブロックを作れる存在であったとしても、そのブロックの中身自体は誰もが検証可能です。過去にこういった取引があったという履歴が改ざんされずに確実に記録されていきます。

こうすることで中央銀行が仮に勝手に取引の中身を改ざんしようとしたり、発行量を変えようとしてもその事自体は検知されます。(まああまり想定されないかもですが、究極的な耐性をもつということです。)

またCBDCはその性質上、さまざまな商取引、経済活動で使われていくでしょう。その際、最悪裁判であらそった際、究極的な証拠はこのCBDCの台帳にあるデータです。こういったデータは究極的に信頼できるマスタデータ(ゴールデンソース)である必要があります。その要件には当然、データの完全性や可用性、検証性などがもとめられるでしょう。

こういった機能をそもそもインフラとして提供してくれるのがブロックチェーンです。わざわざスクラッチでこういったものを用意するよりも、一部機能だけ使うとしても乗っかる方が安上がりだといった発想になると思います。(これはどんな技術にもいえることで、例えば表計算ソフトを使うとき、この機能を使ってないから表計算ソフトを使うのは適さないとは誰も言わないと思います。大半の人は一部機能のみ使うものでしょう)

またこれは副次的な要素でありますが、(ある程度こなれた)ブロックチェーンに乗っかること自体が大きなメリットになりえます。

ブロックチェーンを構成する個々の要素(暗号技術、分散DB、コンセンサスアルゴリズムetc)はOSSで作られています。これらは十分にいろんな攻撃に耐えたという実績がある検証されたものがそのまま使えるというメリットがあります。これをフルスクラッチで構築し直すには膨大なコストがかかるでしょう。またその周辺で生まれるインフラ運用のノウハウ、様々なソフトウェア技術や便利なミドルウェア的なものも数多く生まれています。これらの高速道路に乗っかることで、より便利で、セキュアなアプリケーションが高速に低コストに作れるというメリットが、時が進めば進むほど大きくなるでしょう。

ある種のブロックチェーンというエコシステム自体に乗っかることが、全体のエコシステム構築のコストを下げていくといったことが、(インターネットの世界で起こったように)起こっていくこと、またその変化にのれることでどんどんアップデートされていくというメリットははかりしれないでしょう。

これらが各国でCBDCにブロックチェーンの適用が検討されている理由だと思われます。

おわりに

以上、語ろうと思えば無限に語れてしまう内容ですが、一旦はここらで締めたいと思います。

私自身は、LayerX社の代表としての立場の他、JBAではCBDC分科会の理事をやっています。またCBDCに関する日銀決済フォーラムにも識者として参加させていただいています。今後もCBDCに関して、より世の中が便利に、デジタル化が進めやすくなるように積極的に提言、提案、(可能であれば)実装や普及にもしっかりコミットしていきたいと考えています。

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