自動車販売にこだわらず「お客さまの暮らしを良くする」を考えぬく。「MaaSアワード2020」大賞受賞 ダイハツ社のサービス誕生の舞台裏。

5G時代の到来も見据え、自動車やIT業界だけではなく、幅広い業界から注目を集めているMaaS(Mobility as a Service)をはじめとするモビリティテック市場。この分野において社会的意義のある取り組みや、生活を一変させる新たな挑戦を対象に、自動車やITの専門家たちが評価・選出する取り組みが「MaaSアワード2020」です。今回、大賞に輝いたのはダイハツ⼯業株式会社の「通所介護事業施設向け送迎⽀援システム『らくぴた送迎』」及び「福祉介護領域における共同送迎の実現に向けた取り組み」。革新的なサービスや取り組みを生み出した舞台裏について、ダイハツ工業コーポレート本部副本部長の谷本敦彦氏にお話を伺いました。

ざっくりまとめ

- 「らくぴた送迎」は介護事業者向けの送迎支援システムで、送迎計画担当者、ドライバー、施設管理者、利用者などあらゆる人の課題解決を助ける
- 「らくぴた送迎」は「お客さまの暮らしを良くする」を追求した結果、生まれたサービス
- サービス開発を成し遂げるには、開発メンバーがゴールイメージをはっきり持てるようにすることと、モチベーション高く働ける環境をつくることが重要
- コロナ後は「住む自由」が注目を集め、新しいサービスが次々生まれる可能性がある

送迎業務の効率化で、通所介護事業に関わる全ての人を幸せに

ーまずは「MaaSアワード2020」で大賞を受賞された「らくぴた送迎」がどんなサービスなのか教えてください。

らくぴた送迎は、介護事業者向けの送迎支援システムです。送迎前・送迎中・送迎後の各シーンで、 通所介護事業所の送迎業務をサポートし、 送迎計画担当者、ドライバー、施設管理者、利用者など、介護サービスに関わるあらゆる人の課題解決ができます。

送迎前には、利用者の住所や送迎に使う車両の情報を入力するだけで、最適な送迎ルートを導き出す、送迎計画の自動作成機能などをご利用いただけます。相性の良くない利用者さまの情報を事前に入れておくことで、同乗を防ぐなど、現場に必要な細かな機能も搭載されています。

送迎中は、専用スマートフォンで簡単に運行記録が作成できたり、スムーズに施設とドライバー間の連絡・やり取りが行えたりします。近くに来たことを自動でご利用者さまにお知らせする機能もあるので、お出かけ準備を前もってしていただくことも可能です。

送迎後は、より良い送迎計画を算出するため、入力された運行記録を蓄積します。車両稼働率や遅延回数などが見える化されるので、業務改善施策を打ちやすくもなります。

これらの機能によって、利用者さまの「送迎時間が長い」 「自宅前まで送迎車が来てくれない」といった不満を解消できますし、介護事業社が抱える人手不足や送迎にかかる負担を解消するサポートができます。

おかげさまで、多くの介護事業者さまにご利用いただき、今年、「MaaSアワード2020」の大賞にも選んでいただけました。

自動車販売にこだわらず、「お客様の暮らしを良くすること」を考え抜いた結果生まれたサービス

ー「らくぴた送迎」開発までの経緯を教えてください。

きっかけになったのは、2014年、BtoB領域で新しいサービスを始められないかと考えたことでした。車が持っている可能性は大きく、もっと一人ひとりのお客さまと向き合うことで、さらに車の販売台数を伸ばしたり、新しい価値を生み出したりすることができるのではと考えていたのです。

なかでも、我々が販売する車両は比較的ご高齢の方々に地域の足として使っていただいていましたので、福祉領域とは相性が良いと思っていました。将来的にはあらゆる領域で新たな価値を生み出したいと考えていますが、そのファーストステップとして、まずは親和性の高そうな福祉分野に絞ってサービス開発を行うことにしました。
最初に始めたのはお客さまを知ることです。神奈川、東京、千葉と3つの地域を中心に介護施設を回り、どんな課題があるのかを徹底的に調査しました。我々の販売している車をご提供できないかと考えていましたが、調査を進めるうちに福祉介護業界が抱える課題が浮き彫りになり、それだけでは不十分だと思うようになりました。

我々は車の販売を事業の中心に据えていますが、最終的な目標はお客さまの暮らしを良くすることです。自動車販売にこだわらず、現場の生の声を集め、その結果生まれたのが、通所介護事業所の送迎業務をサポートするサービスでした。

さまざまなメディアに、新しいMaaSとしてご紹介頂くようになりましたが、個人的にはMaaSという言葉には違和感を持っています。

一番大事なのはお客さまの暮らしを良くすることです。そのための手段は何でも良いんですよね。「新しいMaaSを生み出そう」と考えてしまうと、手段が目的になってしまい、純粋にお客さまのためになることを考えられなくなると思うのです。MaaSなどの言葉にとらわれすぎるのは良くないと思っています。

イメージを持ってもらうため、ハリボテでもまず作るのが重要

ー大企業は、基幹システムとの接続の関係でシステム開発に時間がかかったり、縦割り文化が強く、新しい考え方に抵抗があったりと、DX化が遅れる傾向にあります。谷本さんがサービスを開発進める上で意識していたことは何でしょうか?

ハリボテでもいいのでスピーディーに形にすることです。誰だって新しいことを始めるのは、リスクがあるのでやりたくありません。協力してもらうには本当に良い取り組みであると共感してもらうことが重要です。そのためにはプレゼンシートを作るより、ハイクオリティでなくても実物を作って見せるのが早いです。

また、活動メンバーのモチベーションを高いレベルで維持することも意識していました。そのためにまず行ったのは、セールスフォース社が提供するプロジェクトマネジメントシステムの導入です。

サービス開発に関わる情報をすべてデータや写真で残すことで、メンバーそれぞれが振り返ることができるようになりますし、お互いの仕事内容を把握することができるようになります。それによって誰がどんな悩みを抱えているのかも分かるので、助け合いや励まし合いの文化を醸成できるのです。

また、頑張れ頑張れと声をかけるだけではなかなかモチベーションは上がりませんが、お客さまからの「ありがとう」には、誰しもがやりがいを感じるものです。システムによって現場担当者がお客さまからかけられる生の声を、他のメンバーにも届くようにする狙いもありました。

ツール導入の際は、メンバーの導入に対する抵抗をなくすため、最終的な活用のイメージを持ってもらうことが大事です。いくら説明資料を見せるより、ツールをインストールしてもらって実際に触ってもらう方が、メンバーのイメージは湧きます。「これを使えばこんなことができるかもしれない」と考えることもできます。最終的なゴール像をイメージしてもらうため、説明用のビデオを作ったりもしましたね。

ーメンバーの選定はどのように行ったのでしょうか?

あえてシステム開発部門の社員は一人も入れないようにして、営業などお客さまと直接接する機会のあるメンバーで固めました。

システムに詳しい人を入れると、サーバーの比較など細かなところにとらわれて、本当に大事な仕組みづくりが遅くなると思ったんです。
セールスフォースのシステム導入を行った際も、システム開発の専門家は一人もおらず、営業担当だけで完結しました。そうすると必要なところだけ作り込み、それ以外の部分は一旦実装を見送るなど、捨てることができます。

ーアジャイル開発を進めていったということでしょうか?

そうですね。ただ「アジャイル開発をしよう」と思っていたわけではなく、お客さまと向き合い、必要な機能を作ろうとした結果、アジャイル開発をすることになった形です。

お客さまは、我々ができるできないに関わらず要求をされるものです。その要求に一つひとつ向き合い、どうすれば実装できるのか考え、システムを作り込む、ということを行えばアジャイル的な開発をせざるを得ません。

「住む自由」が注目を集め、新しいサービスが次々生まれる

ー今後の展望を教えてください。

これからも、お客さまの暮らしを豊かにするための取り組みを強化していきたいです。そのために、福祉介護領域と合わせて、他の領域の支援にも力を入れたいと考えています。

実は送迎に車両を使う時間は、1日の中で3時間ほどしかありません。それ以外の時間を有効に活用する方法はたくさんあります。例えば、地域によっては医療機関や買い物に行くための交通手段がない人もいます。そんな方々を空いている車両で送迎することができます。既にある車や人的リソースを100%活用すれば、たとえ人が減ってもサービスの質を上げることができ、地域のGDPを増やすことにも貢献できるのではと考えています。

数あるサービスの中で福祉介護事業の他、特に力を入れたいと思っているのは、農業支援のサービスです。具体的には、農家の方々が使っている軽トラを有効活用し、スーパーと協業して移動販売を行なったりできるのではと考えています。また、実際に兵庫県の丹波篠山では、ドローンを使って農薬散布作業を代わりにできないかとテストを行ったりもしています。

最近は、お客さま目線でいろんな提案を行ってきたことが評価され、香川県三豊市と次世代モビリティサービスに関する連携協定を締結しました。いつまでも住民の皆さんが安心して住める地域を作るための環境づくりをお手伝いさせていただく予定です。

ーコロナ後のモビリティ業界はどのように変わっていくとお考えでしょうか?

コロナの流行は人類史上最悪の出来事でしたが、たった半年で3年分ぐらい業界を前進させたとも思っています。我々が思い描いていた、いろんな可能性を試すきっかけになりました。

そんな中で感じたのは、「住む自由」が注目を浴びるのではということです。我々はこれまで、どうしても職場に行くことを前提で考えなければならず、自由に住む場所を選べませんでした。しかし強制的に職住分離が進んだことで、住む場所を自由に選ぶようになると思っています。

そうなった時我々ができることは、無限にあると思っています。実際、コロナの最中にお弁当を配達する車を作ったり、その車両管理のためのシステムを提供したりもしました。また、アパレルブランドと連携して「移動式フィッティングルーム 」を開発し、ファッションと車のチカラで子供たちに洋服と笑顔を届ける「服ワクプロジェクト」にも取り組みました。

今後ももっといろいろなサービスが生まれるのだと思っています。我々としても、引き続きお客さまと向き合い続け、暮らしを豊かにするサービスを作っていければと考えています。
谷本敦彦
ダイハツ工業 
コーポレート本部副本部長

1985年ダイハツ⼯業⼊社、商品企画部に初任配置。
その後、新規事業、用品企画開発、国内営業、部品物流、商品企画、特装⾞開発を経て
海外営業部門へ異動。海外マーケティング、欧州室のGMを経て、欧州ディストリビューターに出向し、ダイハツドイツ社/ベルギー社/オーストリア社の社⻑へ。
帰国後は、商品企画部を経て、法⼈事業部⻑。現在は、コーポレート本部副本部⻑としてMaaS・コネクトを担当。

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