【高岡浩三】大企業の勝ちパターンは「問いを立てる力」で決まる

2020/10/8
 GAFAやBATHを代表に、アメリカや中国発の企業が革新的なイノベーションを生み出し、市場を一気に席巻する景色は珍しくなくなった。
 一方で、かつて「Japan as No.1」と評価された日本の大企業のプレゼンスは低下し、イノベーション創出において世界に後れを取っている。
 日本の大企業が低成長から抜け出し、グローバルで戦う力を付けるには何が必要なのか。それとも、大企業がイノベーションを起こすのは困難なのか。
「ネスカフェアンバサダー」「キットカット受験生応援キャンペーン」など、革新的なサービスを次々に生み出し、「大企業イノベーター」の筆頭として存在感を発揮してきた元ネスレ日本代表CEO 高岡浩三氏。
 大企業×大企業によるDXの実現を目指す共創コミュニティ「C4BASE」のマネージングディレクター 戸松正剛氏。
 大企業イノベーションのリアルを知る2人が、大企業を取り巻く課題とそのポテンシャルについて語り合う。
インターネット、スマホ、SNS、Zoom、5G……テクノロジーの進化によって、社会はどんどん繋がっていきます。人と人、人と社会との距離を超えながら、いかによりよい未来を創っていけるのかを探る大型連載「Change Distance.」。コミュニケーションの変革をリードするNTTコミュニケーションズの提供でお届けします。

失われた30年=DXが遅れた30年

──はじめに、お二人が「イノベーション」をどのように定義しているのかをお聞かせください。
高岡 私は20年以上前から、「イノベーション」と「リノベーション」の定義を明確に区別してきました。
 まず前段として、マーケティングを「顧客の問題を解決し、付加価値を生み出すこと」と定義しています。
 そして、この「顧客の問題」に焦点を当てると二つの違いは明らかになります。
 私が考えるイノベーションの定義は、「顧客が認識していない、あるいは解決できるはずがないと諦めている問題を解決すること」。
 一方のリノベーションとは「顧客が認識している問題を解決すること」です。
「暑さ」という問いに対して、「うちわ・扇子」「扇風機」「エアコン」はイノベーション。産業革命で生まれた新しいエネルギーを活用して、顧客が気づいていなかった問題を解決してきた例だ。一方で、顧客の要望から生まれたタイマー機能や風力調整といった機能は、リノベーションと定義される。
 さらにイノベーションを歴史的にひもとくと、産業革命と密接に結びついています。
「暑さ」という問題に対して「扇風機」というイノベーションが起きたのは、第2次産業革命で電力という新しいエネルギーを人類が手にしたから。
 よって、それまで「暑ければうちわであおぐしかない」と人々が諦めていた問題を解決できたわけです。
 そう考えると、現在GAFAやBATHと呼ばれるデジタルプラットフォーマーは、第4次産業革命で誕生したインターネットや人工知能などの“新しいエネルギー”を使ってイノベーションを起こし、20世紀に人々が諦めていた問題を解決したのだと説明できます。
 DX(デジタルトランスフォーメーション)も同様で、「人々が諦めている問題を、デジタルという新しいエネルギーでどう解決するか」というプロセスとして捉えると理解しやすいのではないでしょうか。
戸松 私は大企業同士が組んでDXの創出を目指す「C4BASE」という共創コミュニティを運営していますが、その視点から話すと、高岡さんが仰ったイノベーションの定義は、DXの定義と対になっているように感じます。
NTTコミュニケーションズが主宰する共創コミュニティ「C4BASE」。個人の想いを起点に、夢を語り、旗を立て、仲間を集め、個・企業・社会を繋ぐ4thプレイス(新しい活動を行う場)として、社会課題解決へと繋げることを目的としている
 現在企業が取り組んでいるデジタル活用の多くは、「デジタルトランスフォーメーション(DX)」ではなく、「デジタライゼーション(D)」じゃないですか。
高岡 仰る通りです。
戸松 だから先ほどの対比で言うと、“イノベーションがDX”で、“リノベーションがデジタライゼーション”になるのかなと。
 私なりにDXとは何かを考えるとパラメータは二つあって、1つはビジネスモデルそのものが変わっているか。もう1つは、顧客から見てUXが抜本的に変わっているか。
 ビジネスモデルが変わらず、顧客の体験も納期が早くなったという程度の変化であれば、それはDXではなくデジタライゼーションであり、イノベーティブな取り組みではないのかもしれません。
高岡 今日本で起こっている事業創出の多くはリノベーションであり、デジタライゼーションです。ムリ・ムラ・ムダをなくしてコスト効率を高める取り組みなら、どの企業もやっている。
 でも本当のイノベーションやDXは、売上や利益を生み出した上で「競争上の優位性を確立」することです。
──過去には、リノベーションだけで日本が世界と戦えた時代もありました。今はイノベーションやDXでなければ、やはり勝てない時代なのでしょうか?
高岡 日本の成功体験は高度成長期にありますが、あの頃の日本が強かったと言っても、実はイノベーションはほとんど生まれていません。
 私が思い当たるのはソニーのウォークマンだけです。
 それでも当時は人口が毎年100万人ずつ増えていたので、安い労働コストで世界一品質が高いものを作れた。でもそれは、あくまでリノべーションの成功体験でしかない。
 マーケティングの権威であるフィリップ・コトラーは、「80年代の日本はイノベーティブな国だった」と言いましたが、「それは違う。日本はリノベーティブな国なのだ」と話したことがあります。
戸松 コトラーが言うように日本がイノベーティブなのだとしたら、それは「オペレーションに対してイノベーティブ」だったのかもしれませんね。
 当時の日本は未成熟で、目の前に課題がたくさんあった。だからそれをオペレーション上で解決すれば、すぐに価値が生まれやすかった。
 しかし、今は日本も成熟して、課題がなかなか見つからない。解決策はたくさんあるのに、問うべき問いがないんですよね。
 だから今は問いを立てることが非常に重要になっている。
高岡 同感です。高度成長期の日本はまだ新興国だったので、リノベーションだけで十分やっていけた。
 でも先進国に仲間入りすれば、さらなる成長のためにイノベーションが不可欠です。
 しかし日本はその点で長く海外に後れを取ってきた。「失われた30年」とは、「DXが遅れた30年」とも言い換えることができます。

起業側も出資側も「目利き力」が足りない

──近年、イノベーション創出の担い手としてはスタートアップの台頭が目立ち、大企業の成功事例は少ない印象です。不躾な質問かもしれませんが、そもそも大企業がイノベーションを創出するのは難しいのでしょうか?
高岡 不可能とは言いません。ただ、極めて難しい。
 私はネスレ日本で「ネスカフェ アンバサダー」などのイノベーションを生み出しましたが、ネスレという超巨大グローバル企業として見ると、日本以外の国ではイノベーションを創出できなかった。
 ネスレのイノベーションと言えばコーヒーマシンの「ネスプレッソ」がありますが、誕生したのはもう35年以上も前で、それ以降はグローバルでのイノベーションを生み出せずにいます。
 ではどうやってネスレが成長してきたのかというと、「買収」です。
 20世紀にはM&Aでキットカットやペリエなどの新しいブランドや技術を次々と買収して事業を拡大し、21世紀に入ってからも米国や中国のベンチャー企業の買収を続けている。
 そうせざるを得ないほど、大企業が単独でイノベーションを起こすのは難しいということです。
戸松 私も大企業にいる一人として、イノベーションを生み出す難しさは常々感じます。
 ただ、問いの立て方を「大企業vs.スタートアップ」とする風潮には疑問があります。それよりも「成熟市場vs.未成熟市場」とした方が建設的な議論をしやすい。
 私はNTTグループのファンドでベンチャー投資に携わった経験がありますが、キャピタリストから見ると日本のスタートアップは小粒で、米国西海岸発のユニコーンやメガベンチャークラスになる企業はほとんど出てこない。
 それは日本が成熟したマーケットだからです。
 イノベーションが大企業から生まれないのではなく、「成熟した日本からはなかなか生まれない」と表現するのが正しいのかなと。
 さらには時間軸の捉え方もありますよね。
 そもそもイノベーションは頻繁に起きないからイノべーションなのであって、この30年だけを切り取って「日本の大企業からイノベーションは生まれない」と言い切るのはどうかなと。
 100年や200年の時間軸で見れば、ネスレ日本のような存在が現れて世の中を変えることもあり得るわけです。
 だから「大企業はイノベーションを起こせない」と諦めてしまうのは近視眼的だし、すごくもったいない。そう思って自分を鼓舞しています(笑)。
──日本の大企業でもCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)を設立してスタートアップに投資するケースは増えていますが、米国ほどの成功を収めている事例は少ない印象です。
高岡 それは「目利き力」がないからです。
 そもそも、日本では「起業する側」も「出資する側」も、イノベーションの定義を理解していない。
 顧客が諦めている問題解決に取り組むスタートアップは少ないので、戸松さんが仰るように小粒になってしまう。
 しかもその中で本物のイノベーションを起こせるスタートアップもあるのに、出資する側が見抜けていない。
 メルカリだって上場前は投資家から評価されていなかったし、現在時価総額2兆円のエムスリーでさえ、当初は誰も見向きもしなかった。
 でもこの両社は、人々が諦めていた問題を解決した。だから急成長したのです。

「問いを立てる力」をどう鍛えるか

──では大企業ならではの優位性については、どのように捉えていますか?
戸松 大企業が持つ既存のアセットをうまく活用すれば、大きなインパクトを出せる。これはスタートアップにない強みです。
 例えば小売の世界におけるECの比率はまだ6%程度※です。つまりせっかくのアセットを、イノベーティブにもリノベーティブにも使えていない。
 でも良い問いを立てることができれば、豊富なアセットを活用して解決できる人たちが大企業の中にもいるはずです。
高岡 私自身、ネスレ時代に社長を務めた10年間で、売上の構成比率の20%をECに転換した経験があります。しかもAmazonや楽天に頼らず自社のビジネスモデルとして実現し、売上と利益率のアップに成功しました。
 そもそも米国や中国でECが発展したのは、国の面積が広大で「近くに小売店がない」という人々が諦めていた問題を解決したからです。
 その問題を起点にすると、面積が狭く人口密度の高い日本ではECは発展しないという答えになる。しかし日本には、「世界一の高齢化社会」という別の問題があります。
 外に出たり重い荷物を持ったりするのが困難な高齢者にとって、ECほど便利なものはない。この問題から出発すれば、解決策としてECが日本で拡大する可能性は大いにあります。
 だから全ての出発点は、「顧客の問題はどこにあるのか」を考え抜き、「正しい問い」を立てることにある。
戸松 最初に「何の問題を解決するのか」を考え抜かなければ、何をやっても徒労に終わりますよね。
 もう一つ、R&Dに大きな投資をして技術や知見を長く保持できるのも、大企業ならではの強みだと思います。
 例えば弊社が開発した3Dホログラムは、「面白い技術だね」とは言われていたものの、実際にどんな問題を解決できるのかは明確でなかった。
コロナ禍を機に、ソーシャルディスタンスを考慮した顧客接点に関する案件相談が急増。3Dホログラム技術を使った非接触型タッチパネル「エアリアルUI」を活用した未来型の顧客体験を提案し、店舗の受付に導入するケースが出てきた。
 ところが今回のコロナ禍で、人々が「タッチパネルに触れたくない」と考え始めたことで、空中に映像が浮かぶホログラムの技術へのニーズが突然高まり、問い合わせが急増しました。
 環境変化によって新たな需要が生まれた時に、手持ちの技術の中から掘り起こして応えられるのは大企業だからこそです。
高岡 コロナ禍によって、顧客が気づいていない問題や諦めていた問題に多くの人が気づいた。今のホログラムもそうだし、高齢者にとってECが便利だと気づいたのもコロナ禍が契機になっている。
 その点では企業にとって問題発見の良い機会になったのではないでしょうか。
──イノベーション創出に必要な「目利き力」や「問いを立てる力」を養うために、ビジネスパーソンが今日からできることはありますか。
高岡 とにかく考え抜く癖を付けることです。自分の顧客が抱えている問題は何か、それをどう解決できるかを常に考える。
 では、どう鍛えるべきか。それは、常に自分に対して問いを投げかけ、答えを考え続けざるを得ない環境に身を置くことです。
 例えば、私は30歳でネスレ史上最年少の部長になり、当時日本を知らない外国人からさまざまな質問を浴びせられていました。
 「なぜ日本では、年に一度しか新卒採用をしないんだ?」といった簡単な質問にさえ、私は答えられなかった。
 でも「この日本人はバカだ」と思われるのが嫌で、どんな質問も徹底して考え抜き、必ず自分なりの答えを出すようにしたんです。
 今振り返ると、その繰り返しが思考のトレーニングになりました。
戸松 高岡さんが仰る通り、「問い続ける力」はとても重要だと思います。
 あくまで私の考えにはなりますが、本業に直結することだけでなく、少し遠くの問いを立ててみることが大事ではないでしょうか。
 『ブラック・スワン』の著者であるナシーム・ニコラス・タレブが、不確実な世界を生き抜くための概念として「反脆弱性」を提唱しています。
 これは危機に遭遇するほどむしろ強靭になる性質のことです。
 例えばマーケットで高いパフォーマンスを残す投資家の中には「ポートフォリオのうち、8割から9割は安全性を担保した上で、残りの1割や2割はハイリスクな投資を行い、危機時にこそハイパフォーマンスを狙う」という考え方がある。
 比較的体力のある大企業であれば、8割は安定した既存の本業、2割は新たなチャレンジというポートフォリオでやっていけば、今回のコロナ禍のような荒波にも耐えつつ、逆に新たなチャンスを生み出せる可能性があると思っています。
 ですから問いのトレーニングをする時も、本業に関する問題だけでなく、2割は本業から離れた問題や自社とは別の業界の課題を解決することを意識する。そうすれば、いつか新しい事業を興す時に役立つはずです。
 さらに言うと、大企業の中で旗を振っている人はすごく「孤独」なんですよね。「大企業イノベーターの孤独」や「実践的な仕組みづくり」については、後編でお話しさせてください。
*後編では、実践編として大企業イノベーションを生み出す「仕組みづくり」について深掘りします。
(編集:君和田 郁弥、中島洋一 構成:塚田 有香 撮影:竹井 俊晴 デザイン:岩城 ユリエ)